みんな来た。来なくていいのに
足の遅い大きな船が港から次々姿を消していく。
修理ドックからも大きな船は消え、今は中小型の船がひっきりなし。
中海を越えて、見たことのない船団が砂漠を通り過ぎていく。
商船の船団もやってきてはコンテナを大量に投下していく。『ダイフク』の格納庫も既に物資で埋まっている。
ギルド制限を解除し、一般への入港を許可したことで、港はさらに活気付き、入荷と共に人も増えたが、物資もものの数日で綺麗に捌けていった。
これは総力戦である。
それもこれも一気に包囲網を狭め、僕が突入する道のりを縮めるためだけのものである。これは敵中央に到達する一瞬のための、至極単純な戦い。
到達できれば勝ち、できなければ負けだ。
街を行き交う人員の構成も変わっていく。非戦闘員が増えだして冒険者が減っていく。
それに合わせてソルダーノさんの店の品揃えも変わっていった。
「バンドゥーニさんとはあっちで会うようだな」
バンドゥーニさんは仲間と共に早々に出ていった。
世界が変わったら、この世界の冒険者は何をするのだろう? 迷宮に潜るのか、アールヴヘイムに戻るのか。大地に根付くのか。
ゲートキーパーがテコ入れでもしてくれれば、豊かになるのかもしれないけど。
「あー、また間違えてるよ。誰、『火の魔石』をこっちに入れたの!」
「勝手に箱、動かすからだろう。わかんなくなるじゃんか」
子供たちはいつもの日常。
真剣に今後のことを聞かされているはずなのに、何も変わらない。
こっちの世界でも問題なく機能する稀有な魔法使いとして、新しい世代と言われつつあるようだが。こいつらを前線に連れて行くというのはどう考えても僕のエゴというものではないのか……
歴史の一ページを見せてやりたい気持ちもあるにはあるが。
もしもを考えれば、最悪極まりない無責任な大人だ。
「オリヴィアも前線行くって。『ブルードラゴン』の肉、売りまくるって息巻いてたわよ」
ラーラが僕の気持ちを察してか隣りに立った。
ベランダから望むいつもの景色。
何もなかったところから今では緑が映える田園風景。
「ノルマ、あと一体だろう?」
「まさかこんなことで出立が遅れようとはね」
午前中、子供たちと一緒に『ブルードラゴン』を狩って来たばかりである。
「それより、そろそろよね」
「爺ちゃんたちだけじゃない。厄介なのも来る」
「でも朗報よ」
「何?」
「浮遊要塞は止まりません」
「そうなのか?」
「時間がないんですって」
「なんでまた?」
「人員増やした分、物資の搬入で手間取ったらしくて、尻に火が付いたみたい。みんなカスカスでやってんだから余分なんてそう簡単に調達できないのにね」
「援軍が足引っ張ってどうすんだよ」
「分かってないのよ。所詮、満たされた世界の発想なのよ」
「あれだけあったこの町の備蓄もみんな前線に持っていったもんな」
「短期決戦にあの量はいらないんだけどね」
「魔石の無駄遣いもいいところだ」
「勝利の宴のときにでも役立って貰いましょう」
そう言って僕の肩を叩いて、その場を離れた。
「そうか。爺ちゃんたち、こっちに寄れないのか」
「師匠」
「ん。どうした? マリー」
「兄ヘモジ、来ないのー?」
「どうかな。誰かしら寄るとは思うんだけど」
先触れぐらい出してくれればいいのに、肝心な時は来ないんだから。
勿論、婆ちゃんのことである。
「つまんない」
「そうでもないぞ。そろそろだ」
「そろそろ!」
マリーは駆け出して、みんなを大声で呼んだ。
「みんな時間だよー。そろそろ来るって!」
「もう来んのか?」
「来るよー」
各自、用事を手放して廊下に出てきたが、支度をするためまた一旦、首を引っ込めた。
そして装備を揃えたところで一斉に裏口に群がった。
裏口の先には展望台に上がるための階段がある。
「見張りの邪魔すんじゃないぞ」
「わかってるって」
「ナナナナ!」
「来た、来た」
ヘモジもオリエッタも飛んでった。
「何か来た」
ピクルスを抱っこして僕も出る。
「わー」
上の方で歓声が上がる。
空の上にはガーディアンが無駄に飛んでいた。
僕も踊り場で足を止めて、その壮絶な景色に食い入る。
「おっきい…… 敵」
「違うから」
『鏡像物質』に覆われた要塞は目に見えない。
空気の揺らぎでかろうじて何かがあることがわかるが、普段は高高度にいるのでまず見付けることはできない。
あの中には当初、アールヴヘイムとミズガルズを繋ぐ唯一のゲートが存在した。何もなかったこの世界に初めて降り立った時に使用された転移ゲートだ。今でこそ、バックアップ用として控えているが、当時はあれだけが世界を越える唯一の手段であった。
当時の冒険者たちがどんな気持ちで世界線を越えたのか。
タロスが支配する世界でゲートを守り続けたそこには爺ちゃんの飛空艇や多くの歴戦の船が今も収容されている。
「あれが伝説の浮遊要塞!」
何が伝説かピクルスにはわかっていない。それに。
「あれはただの飛空艇」
「飛空艇……」
「敵?」
「違う!」
数隻の飛空艇が忽然と現われ、目の前の基地に向かって下り始めた。
一隻の機体にはヴィオネッティー家の家紋があり、すぐ後ろの船には王家の紋章があった。残りは護衛であろうか。
「ラーラ、厄介が来たぞ」
要塞は情報通り、止まらず進む。
でも足元の発着場は大騒ぎ。急いでスペースを空けるために大勢の搭乗者が、置かれているガーディアンに乗り込んだ。
町の防御結界を知らせる早鐘がなる。
「迷惑もいい所だ」
回り込んで正門から入ってこいって言うんだ。
早速立ち往生である。
「あれがこっちの世界の爺ちゃんたちの船か。重そうだな」
その後ろの王家の船はもっと重そうだった。
実際は浮き袋と『飛行石』で浮くだけなら問題なく浮いていられるだろうが。信じられないのはあの図体でドラゴンと直接やり合うことだ。
王家の船とその周りは着陸していくのに、爺ちゃんの船だけは浮いたままだった。
「なんで降りて来ないの?」
子供たちも疑問符を浮かべる。
「姉さんはどこかな。停泊できる場所を――」
「敵ッ!」
ピクルスが僕の背後に全力の蹴りを見舞った。
ヘモジと違って弓士の蹴りではあるが、元はドレイクである。
ただの人なら一大事だ。
「中々いい蹴りだな。ん? ヘモジじゃないのか?」
細い足を簡単に掴まれ、宙ぶらりんにされてしまった。
「爺ちゃん!」
「ナナーナ」
「いらっしゃーい」
「敵、違う……」
ヘモジとオリエッタ、子供たちが見張り台の上からこちらを覗き込んだ。
「師匠が二人になった……」
子供たちの口がぽっかり空いたが、年齢差五十近くあるんだぞ。失礼じゃないか?
「どうしてお前たちはそう予定なしなんだ」
大伯母が現われた。
「船を下ろす前に打ち合わせに来られただろうに。周りの迷惑も考えろ」
「僕じゃないって。あっちが勝手に動いたんだ。こっちが降りるとわかったら急にね」
「はー」
大伯母は深い溜め息をついた。
「リオネッロ、こっちは任せる。あっちはラーラだけでは手に負えまい」
「了解」
「それで、船を下ろしたいんだが」
「地下ドックを使え」
大伯母は目だけこちらに向けて、そう言い残すと階段を駆け下りていった。
「久しぶりに会えたのに、相変わらずだな」
「それはこっちの台詞だよ」
血抜きされた鶏のようになっているピクルスを奪い返すと「ちょっと行ってくる」と行って、僕は爺ちゃんと入れ替わりに飛空艇に転移した。
転移した先の格納庫には武器弾薬が既に満載。
「でかいな」
伝説の投下型特殊弾頭。呪われたベヒモスを一撃で葬ったという。
「リオネッロなのです」
出迎えたのは婆ちゃんである。
「案内に来たよ」
「助かるのです」
「よー、リオ。元気そうだな」
「ピノさんも来たの?」
「来らいでか。若干減ったが、クルー勢揃いだ」
それは勢揃いとは言わない。
僕はメインデッキ手前の操縦室扉から別室に入った。
「やあ。ひさしぶり」
「あれ、テトさんじゃないの? なんでロメオ爺ちゃんが操縦してるの?」
「テトは普段から操縦してるからいいんだ。こっちは久々だから」
僕は港を指差した。
地下ドックは特殊で、物理的な扉はない。大伯母が施した仕掛けなので大概だが、出入りは人の出入りと同様、許可証代わりの指輪を持つ者のみ行える。
「座標はこの辺りのはず……」
おまけにここの転送ゲートの発動術式を知っているのは、僕と大伯母とラーラの三人だけ。
船がゲートの中央に向かって降下していく。
まばゆい光に包まれ、次の瞬間。
もう閉鎖空間の中である。
「到着です」
「広ッ。どこだ、ここ?」
「ぶつけないで」
『ダイフク』が入るんだから余裕だと思っていたが、充分過ぎる広さがあった。
『ダイフク』 思ったよりでかかったんだな。
ここで、これから骨董品の改造を行なおうというのである。
もうお客さんでいいじゃんと思うのだが、爺ちゃんはこちらの技術を試したくてウズウズしているのであった。




