ロメオ・ハルコット
「いやー、報告は聞いてたけど、ほんとにエルーダ開通したんだな」
「婆ちゃんを連れ帰ったところだよ」
「ははは、リオナちゃんらしい。もう向こうに行ったんだね」
「ロメオ爺ちゃんも参加するの?」
「当然だろう。僕もあの船のクルーだからね。そのための準備も進めてるよ。色々ね」
「そうだったんだ」
「元々僕たちが決めきれなかったせいだからね。それで?」
「ガーディアンを九機、回して欲しい。欲を言えば決戦に間に合わせたいんだけど。無理のない範囲で優先して欲しい」
「『ビアンコ商会』を待てない理由ができたのかな?」
「うちの弟子の成長が想定外でさ」
「前線に?」
「僕を先端まで運ぶためにギリギリまで付き合って貰う予定なんだけど」
「ラーラちゃんへの足枷か」
「ラーラは無理だね。もう決めてるみたいだから」
「背負ってるものは君と変わらないからね。もう失っているものもあるし」
「でも師匠辺りの足枷にはなると思うんだよね」
「レジーナ様か。あの人には幸せになって欲しいんだけどな」
ロメオ爺ちゃんも大伯母に魔法の手解きを受けたひとりである。
「身体が追い付くまで、子供たちには『グリフォーネ』でいいと思ってたんだけど。『ワルキューレ』にどうしても乗りたいって言うから、昨日、婆ちゃんが来たついでに乗せてみたんだ」
「うーん」
見た目まだ中年にも遠いロメオ爺ちゃんが唸った。
「『ワルキューレ』か……」
僕は頷いた。
「決行日は一月後だったね」
「間に合わなくても、早めに持たせてやりたいんだけど」
「滅多に我が儘言わない君が言うんだから余程なんだろうけど……」
「実戦もこなしてる。ドラゴンタイプとの戦歴だって大人たちに負けてない」
爺ちゃんが膝を叩いた。
「わかった。日算一機増やしても九日分だ」
「一日あれば充分ですよ」
側にいた工場長が言った。
爺ちゃんが口角を上げる。
「次の出荷予定は一週間後です。他のクライアントにも迷惑は掛かりません。帳尻は合わせられます」
秘書のモルトさんも帳簿を見ながら賛同してくれた。
「みんなリオネッロに甘いな」
「一番甘い人が何言ってるんです」
「弟弟子が自分の教え子に一肌脱いでやりたいって言ってるんですぜ。これを無下にしたんじゃ、兄弟子は名のれやせんぜ」
「運搬はどうする? 正規ルートでは間に合わないよ。ゲートキーパーの転送予約は半年待ちだからね。エルネストに頼むのかい?」
「爺ちゃんのスキルと同じようなスキルを僕も先日手に入れたので」
そう言って、ここぞとばかりに新種のゴーレムコアを数個、取り出して見せた。パラメーターが好みではなかったから埃を被っていた物だが、研究素材としてなら問題なかろう。
「!」
「例のコアか?」
工場長が飛び付いた。
サンプルを商会に預けたが、反応を見る限り、まだ現物は届いていなさそうだった。
「向こうの迷宮から出た新種です。パラメーターにランダム要素があります」
「基本性能は満たしてるのかい?」
「これまでのコアの基準パラメーターを下回ったことは今のところないですね」
「上位互換か……」
僕は手に入れた経緯を詳しく話した。
「ちょ、調べてきます!」
工場長はコアを抱えて計測器のある地下工場に飛んでいった。
そして、もう一つのお土産の在処をまさぐった。
昨日、空にした物が数個と、満タンの物が数個入った袋を取り出した。
こちらのサンプルは届いていたようだが、現状、金子には換えられない物なので、これにも食い付いた。
ロメオ爺ちゃんは空の魔石に早速、魔力を注入して見せた。
「面白い」
いい土産になったようだ。
「工場長はああ言ったが、工員にこれ以上の無理は強いられない。時間は貰うよ。いい仕事をするためには――」
「しっかり休むことも必要だ、ですね」
「そういうことだ。一週間後、ここの倉庫に揃えておこう。必要なオプションや、補修パーツは」
「で?」
必要な件がすべて済んだ後になって、僕の『追憶』のキャパシティーの話になった。
ロメオ爺ちゃんはエルネスト爺ちゃんのスキルを目の当たりにしているから相応の容量があることを疑っていなかった。だから、重要なファクターであるにもかかわらず後回しにされたのだった。
僕は正直に試したことはないが、ドラゴンを数体丸ごと収納しても問題なかったことを告げた。
すると急遽、別件の配送を請け負うことになった。
端からその気だったようで、だから最後の話題に回されたのだと気付いた。
人のいい顔をして抜け目がないところは爺ちゃんと一緒だ。
輸送業者が割を食わないように違約金は払うことになるが、決戦に間に合うならその方がいい。間に合わないと諦めていた分の追加注文も見込めるかもしれないし。
僕は砦の『銀団』と『愉快な仲間たち』から受けている分の運搬を請け負うことになった。
九機分の代金はその分大負けして貰えることになって、それはそれで万々歳であったが、オリヴィアに事情を説明しなければならなくなったことだけは気が重かった。
でも、そもそも決戦あっての発注であるし、ここはユーザー目線に立つとして。
「大丈夫だ。何もしなくても違約金が入ってくると思えば、向こうに取っても悪い話じゃないさ。他の物資がその分余計に積めるわけだしね。ポーズで眉一つぐらいはひそめられるかもしれないけど、彼女なら損得勘定ぐらいお手のものさ。要は急な変更でドタバタしないように余裕を持たせることさ。そのための一週間でもある」
「何か買わされちゃうかな」
「それは君と彼女の友情の問題だね。帳尻合わせに、うちの新商品でも見繕っていったらどうだい?」
その発送を商会に委託して、機嫌を取っておけと。
「権謀指数上がってます?」
「こう見えて六十年は生きてるからね。多少賢くなっておかないと周りに馬鹿にされちゃうよ」
「変わらない人もいますけど」
「彼女は変わらないことに価値があるのさ」
僕は立ち上がった。
「泊まっていくのかい?」
「いえ、帰ります」
「早く仲直りしなよ」
「喧嘩してるわけじゃありませんよ」
「尚更質が悪い」
「もうすぐけりが付きますから」
「だから会っておけって言ってるんだけど」
「加害者意識強過ぎるんですよ。一番の被害者だっていうのに。だから笑えるようになってから会いに行きます」
「そうか。だったら生きて帰らないとな」
「そのつもりです」
「一週間後だ。ちゃんと取りに来いよ」
「一週間後、了解です」
外はすっかり日が沈み、星が瞬き始めていた。
あちらとは違う空。
僕にとっての空は…… どっちなんだろう?
『追憶』の中には、いろんなオプションや補充品が満載状態。これを卸して出費をカバーすることにしよう。
ということで、オリヴィアのもとへ、謝罪も含めて。
神妙な顔で話を切り出したら、ケラケラ笑いながら肩を叩かれた。
「そんなこと気にしなくてもいいのに」
そして次の瞬間「何か買ってきたんじゃないの?」と、真顔で見詰められた。
「なんでわかるかな」
「それが商人てものよ」
「色々見繕ってきたけど」
僕は商会の倉庫にいろいろぶちまけた。ガーディアンのオプションや備品だけでなく、港や工房で使えそうな作業用のユニット等々。特筆すべきは『ビアンコ商会』謹製の船舶用の巨大ユニット群だ。
「これ最新型の『浮遊魔法陣』の出力ユニット…… うちに寄ったの?」
「帰りの通り道だったから工房の品を届けに行ったら、ついでに頼まれた。これ伝票。別にノルマじゃないってさ」
「気前いいわね」
「実戦データーが欲しいってさ」
「じゃあ、あんたの船のデーター送っておくわ」
「そうなるのか」
「そうなるのよ」
思ったよりすんなり事が済んで、ほっとした。
これで残るは子供たちへの吉報のみだ。
みんな喜ぶぞ。
僕は勇んで夕闇に光る我が家の明かりを目指した。




