ロメオ工房に行こう
「ミスリル装甲まで行ってないか?」
『ちょっとだけ。問題ないよ』
『すぐやっちゃうね。塗装は無理だけど』
総動員で、甲板の補修を始める。
「ミスリル装甲を切るとは恐れ入ったのです」
「砂漠に降りればよかったのに」
「あのときは必死だったのです。リオネッロは機体汚したら怒るから」
「……」
急にしおらしくなるなよ。
「で、チョコの飾りは誰の物になるんだ」
「当然、生き残った婆ちゃんが貰うのです!」
踏ん反り返ったリオナ婆ちゃんであった。
「しおらしかったのは一瞬かよ!」
子供たちは簡単だと言いながら、誰がミスリルの補修をするか、まだ譲り合っていた。変換効率が一番優れているのは誰なのか、大破していれば装甲板ごと交換するのだが、議論を呼んでいた。
「修行の内なんだから遠慮しない」
「でもさ」
インゴット一本で済ませたいわけね。
ケチらないで多めに持ってくればいいものを。二本目を倉庫から持ってくるのが面倒なだけか。
『追憶』から加工前のミスリル鉱の塊を取り出したら、あっという間に問題は解決するだろうと思いきや、今度は自分がやりたいと取り合いになっていた。
子供たちが戻ってきたので、船は任せて、僕は格納庫へ下りていった。
子供たちは船を出す前におやつの時間だ。
我が事故物件を見上げると、姿勢制御用のスラスターがいくつか歪んでいた。
「故障箇所の機能を完全にカットしていれば、自動制御が働いたんだけどな」
中途半端に機能していたから、却って不安定に。
「無理矢理使ったから、傷が深くなったんだよ、これ」
「こっちは完全に死んでるよ」
ミケーレとニコロが先行してバラしてくれていた。
『身体強化』様々だな。
小さな子供がクレーンを使ってドワーフ顔負けの仕事をしている。
見てるこっちが怖くなる。
「直りそうか?」
「汎用パーツだから大丈夫」
「フレームの歪み、計測する?」
「歪んでいそうか?」
「微妙かな」
「先に組み込んじゃって、重心見てからでいいんじゃない?」
「頼んだ。僕はブレードの方を見るから」
弾を弾いただけでなく、装甲を切り刻んだからな……
伸びてなきゃいいけど。
「ふたりとも今日は頑張ったな」
「出来過ぎだけどね」
ふたりは照れながら満面の笑みを浮かべた。
「おやつの時間だけど、行かなくていいのか?」
「中途半端はムズムズする」
ふたりは作業を続けると言った。
食後、船は我が家の入り江に向けて出発する。
操船は子供たちに一任した。
僕とニコロとミケーレは遅ればせながら、甲板でケーキをかじる。
「もう『グリフォーネ』は卒業だな」
二人の視線が熱い。
「でも在庫ないよね」
暇あるごとに工房に出入りしているふたりには世間の事情は自明のことであった。
エースパイロットにエース機を提供できないのは職人としても、身内としても心苦しい。
「工房にねじ込んでみるか」
この際、贅沢は言わない。『スクルド』とオプションパーツでいい。
全員が甲板に出て周辺を監視し始める。
着水前、船はギリギリの高度を保ちながら港に入った。
夕刻、ごった返す船を下に見ながら、舵を切る。
「着水準備」
「周囲異常なし」
「高度下げ、ヨーソロー」
着水すると水の抵抗で程よく船は減速して、入り江に首を突っ込んだ所で停止した。
ガーディアンが係留ロープの先を握って入り江に入る。
船は首を振って、お尻から桟橋に接岸する。
「慣れたものだな」
子供は覚えが早いと言うが、この子たちならどんな仕事だってできそうだ。
「まだるっこしいのです」
「……」
あんたは一番年配だろうに……
モナさんとイザベルが桟橋に現われた。
「無事なようね」
動いているガーディアンを見て、イザベルは感想を述べた。
「取り敢えずは」
ミケーレがメモした補充部品のリストを見せた。
モナさんが眉をひそめた。
「なんで新型が一番壊れてるの?」
「お婆ちゃんが壊した」
「模擬弾の残りは回収するわよ。まとめておきなさい」
「もうコンテナに入ってる」
基地からお借りした物なので残りは返却することに。あとで使った分だけ請求書が回ってくる。
「甲板に上げておいて」
「もう上がってまーす」
僕は船内のチェックを始める。
子供たちは空になった闇の魔石をガーディアンから回収して専用の収納袋に投じて、出ていった。
袋の回収はモナさんに任せ、僕はその足で商会に向かい甲板の塗装をお願いした。
賑やかな食堂に入ると甘い香りが漂ってくる。
婆ちゃんがあちらの世界から持ち込んだホールケーキがテーブルに鎮座していた。
「『マギーのお店』の定番なのです」
一番大きなホールと小さ目のホールを買ってきたようだ。家人の人数をちゃんと把握していてくれたようだ。
子供たちの前に切り分けられたピースが置かれていく。
僕たちもご相伴に与ることに。
「どうぞ、召し上がれなのです」
「いただきまーす」
結局、勝敗による優劣は関係なくなった。婆ちゃんも最後に大ポカをしたのでチョコの飾りは没収だ。
今日、一番頑張った年少組に等分に分けられることになったのだった。
激戦の果てのささやかな報酬。
どこにでもある苺のケーキなのに、なぜかとても懐かしい味がした。
親戚などとは縁のない子供たち。その夜はワタツミ様までやって来て、どんちゃん騒ぎに拍車を掛けた。
ラーラもこの日ばかりは羽目を外した。
大伯母はこっそりあちらに行っていたようで、大量の書類をラーラの前に提示した。
こちらに来る王族の名前も確認できた。
デメトリオ・カヴァリーニ。王弟で元近衛騎士団統括だ。今はただのご意見番に収まっているが、影響力は絶大だ。
飛空艇一隻分の将兵とやってくるらしい。
屈託のない人格者なので、脇腹のラーラとも関係は悪くない。
あちらもそれなりに気を使ってくれたようだ。
酔い潰れた若干名の敗戦処理をして、僕も部屋に戻った。
「もう少しだな……」
作成中の万能薬の様子を確認して、寝床に入る。
ヘモジとオリエッタは既に高いびき。
明日のための英気を養っていた。
翌朝、婆ちゃんを送るついでに『ロメオ工房』に向かうことにした。
土産は『闇の魔石』と新種のゴーレムコアである。これでなんとか、時期は兎も角、最新鋭機を人数分、お願いする予定だ。運搬は『追憶』に放り込むので、何とぞ、色よい返事を。
婆ちゃんの家に久方ぶりに寄る。
「変わらないなぁ」
裏手の道場では既にお弟子さんたちが奇声を上げていた。
「よく見るのです。神樹が天井をぶち抜いて婆ちゃんの部屋が野ざらしになっているのです」
婆ちゃんの山小屋風の小部屋は神樹の枝の上に建っているのだが、いつからか屋敷で一番高い所になっていた。昔は爺ちゃんの部屋がある三階ぐらいの高さにあったらしいのだが。
慎重な爺ちゃんのこと、建築当初、余裕を持って造ったと思われるが…… この分だと我が家も将来、危なさそうだ。
「高い所が好きそうだから狙ってたんだと思ってたよ。違ったんだ」
「どういう意味なのです」
「どこ行くの?」
「この先にショートカット用の簡易ポータルが設置してあるのです。婆ちゃんももう歳なのです」
どこがだよ。
幹に沿って階段も設置されている。部屋まで続く木造のそれはその都度、増設されていったので面白いグラデーションを作っていた。
「リオネッロのあの家もいずれ天井が抜けるのです」
幹も太くなってきているので余裕を持って造った中庭も手狭だ。
オクタヴィアたちの募金箱がまだ転がっていた。
「はい。お布施」
おやつ代に小銭を入れておいた。
婆ちゃんの一時帰宅が済むと、僕たちは目的のポータル部屋に向かい、生まれ故郷の東ヴィオネッティー自由解放区領『パラディーゾ・ディ・フォレスト・エ・ラーギ』に向かった。
ここに世界に冠たる我らが『ロメオ工房』本社がある。
我が家のモデルともなった通称『別荘』に出た。
現在、ここは知り合いたちの文字通り別荘となっていた。
現在満室。冒険者の都ということもあり、予約はひっきりなしであった。
リアルダンジョンの入口みたいなもんだからな。
アースドラゴンが相変わらず足元を徘徊している。あれも番犬としてよく機能している。
婆ちゃんとは別に用事があるというので、玄関先で別れた。
恐らくエテルノ様がいるエルフの出先機関か、僕の両親がいる領事館だろう。
無意識に僕の視線は領事館のある方角を見詰める。
僕は踵を返し、工房のある鍛冶屋街に向かった。
歩き慣れた町並み、やはり懐かしい。
昔は『別荘』から工房に簡単にポータルで行けたらしいが、領事館ができて街の中心が移ったことで、撤去されてしまったのであった。
今は領事館経由の直通ルートが存在するが、私情により僕は徒歩で通っているのであった。
婆ちゃんは僕の我が儘に付き合ってくれたに過ぎない。
工房の建屋は驚くほど小さい。
一見、普通の鍛冶屋と変わらなかった。
だが、その地下には世界有数の大工房が広がっている。元はアント系の魔物の住処だったとか。
どれだけ大規模かと言うと、工房の炉で熱せられた地熱の影響で、冬でも町の象徴たる湖で水泳が楽しめる程であった。
金床を叩く音があちこちから聞こえてくる。
冒険者御用達の商店街の路地を抜けた先にそれはある。
とても大工房の物とは思えないほど質素な看板。ヘタをすると見逃してしまうレベル。
「でかくしろって言ってるのに」
家主は「商品こそが看板だ」と、言って聞かない人だった。
この変哲のない扉を潜るのも久しぶりだ。
僕は扉の手前で深呼吸する。
「爺ちゃん、いるかな」
「こんにちはー」
「いらっしゃいま――」
受付嬢の一瞬の沈黙。
部屋の中にいた職員の視線が一斉にこちらを向いた。
どいつもこいつも元高レベル冒険者。
「ひさしぶり、トリヤーニさん。元気してた?」
「リオネッロ!」
「坊主ッ!」
あっという間に元同僚たちに取り囲まれた。
「ギータ、棟梁、呼んでこい!」
「はい、ただいま」
「お前、あっちの世界に行ってたんじゃなかったのか? どうやって戻ってきた?」
続々と地下から人が現われ、大騒ぎになった。
来客たちは戸惑うばかり。
僕は急ぎ空室に自ら退避し、お茶を所望した。
そして、待つこと数分。
扉が勢いよく開いて、現われたるは『ロメオ工房』の創始者にして、S級冒険者、ロメオ・ハルコットその人であった。




