ドラゴン大漁、地道に砦建設
入り江の岩盤地帯を切り刻んでできた残骸はいずれ建材として利用するときのために、タイタンが水没予定エリアの外に陸揚げしている。
岩盤地帯は距離にして約五百メルテ。そこを『箱船』も通れる幅で掘り進む。結構な時間と労力を要する大仕事になった。
一方、禿げ山の方の建設も平行して行なわれている。水が溜ってきたせいで、追い立てられる形で現在、濠を掘り進んでいる。
ゴーレムの足元がぬかるんでは仕事ができないので、濠の手前に堤防を一時的に設けて水の侵入を防いでいる。
水没する壁面は水に浸食されないだけの加工を施した後、残土で作った砂岩ブロックで周囲を固め、覆った。入り江で回収した岩ブロックを利用したかったが、さすがに距離が遠過ぎた。
こちらもタイタンによる大掛かりな土木作業になっていた。
そして今日……
ゴン。禿げ山の周囲を覆う最後のブロックがゴーレムによって積み上げられた。
「完成だー」
「すげー、完成した!」
「やったー」
「おめでとう。師匠!」
「おめでとうございます」
「師匠サイコー」
まだ山側の外周を囲っただけなのに子供たちは大騒ぎだ。
その埃まみれの子供たちには平坦部分に作る村のために、土魔法の練習も兼ねて整地作業をして貰っている。
作業を終えたタイタンが次の命令を待って停止した。
終った者は随時対岸の整備に回している。今作業を終えたタイタンにも別の命令を与えないといけない。
「ちょっと待ってろ」
そろそろお昼の時間なのでタイタンに別の命令を出して、子供たちと合流しようとしたそのとき……
ガンガンガンガンッ!
山の頂きから金バケツを叩く音がした!
頂上にはオリエッタとヘモジが見張りをしている。
「敵か?」
光の明滅を読む。
「空、数二。迎撃、ヘモジ」
「ドラゴンだ!」
ガーディアンが飛び立った。搭乗するはヘモジである。
僕はヘモジのために減り掛けた魔力を回復すべく『万能薬』を舐めた。
「みんな退避だ!」
湖を造るときに抉った西側を水面の高さまで埋め立ててできた、人工の広場に全員集まった。ここは港の建設予定地である。そこには子供たちが乗ってきた荷物運搬用のガーディアンがあった。
「早く、こっちへ」
トーニオがガーディアンを操縦して、崖側に移動させる。
崖側の一角には岩をくり抜いて造った小部屋があった。
僕たちの休憩所兼、退避所だ。
女性陣の手によって昼のお弁当やおやつが既に並べられていた。
ここは日陰だし、湖からの風も留まる、ヒヤリと冷えた過ごしやすい場所だ。
子供たちが壁の魔方陣に慣れた手付きで魔石をはめ込んでいく。
「結界作動しました!」
部屋の空気が張り詰めていくのを肌で感じる。
「先に食ってろよ。オリエッタの所に行ってくるからな」
「了解!」
ドラゴンが来ているというのに動揺一つない。
すっかり肝が据わってしまって……
僕は転移して頂上に飛んだ。
「どうだ?」
「順調。順調」
どうやら一体は、既に落としたようだ。
しばらく空中戦が続いた後、最後の塊が地上に落ちるのを確認した。
「はぁあ」
オリエッタが溜め息をつく。
「月一って言ってた」
「そうだな」
全く以てその通りだ。
「このまま警戒しててくれ。あれ回収してくるから」
「わかった」
『万能薬』を一舐めすると僕は跳んだ。
「まったく…… 一週間で何体目だよ?」
待避所の横に巨大倉庫を造って、そのなかに回収したドラゴンの骸を納めている。
「九体だよ」
ヴィートが言った。
港の建設予定地に転移させてきたドラゴンの骸をガーディアン二機とみんなの魔力で運び込む。
素人なりに倉庫に防腐処理の結界を張って、お迎えが来るまでの時間稼ぎをしているが、商品化されている保存庫と違って魔力の消費がままならない。
「そこ、氷が薄くなってる!」
「待って、今追加するから」
フィオリーナの声にマリーが反応する。
子供たちは床を凍らせ、その上を滑らせている。
「羽が邪魔してる! 扉に当たってるよ」
トーニオが叫んだ。
「切っていい?」
ヴィートが聞き返す。
「骨の関節に沿ってきれいにね。そうすれば簡単に折れるから。腱を切るとき跳ね返りに気を付けるのよ」とフィオリーナが答える。
「りょうかーい」
「みんな解体屋になれるな」
「修行じゃなきゃ、やんないよ。師匠が切り分けてくれればいいのにさ」
ジョバンニが口を尖らせた。
「迷宮に入ったら全部自分でやるんだぞ。この町には解体屋がないんだから」
「冒険者ギルド、来てくれるかな……」
冒険者志望のヴィートが心細そうな声を出す。
「だから頑張るんだよ。見せつけてやるんだ。ここが優良な狩り場だってな」
最近、限界まで魔力を使い続けていたせいか、魔力関連スキルが上がっている気がする。子供たちも同様に。
ここにはギルド専売の認識計もないから、後でオリエッタに覗いて貰おうか。
本当に冒険者ギルドの到来が望まれるところである。そのためにも早く迷宮を設置したいところである。
「もう倉庫に入んないわよ」
ニコレッタがドラゴンの腹に乗って叫んだ。
羽を剥ぎ取られた巨大なタロスタイプが床を覆い尽くすように横たわっている。
「姉さんと連絡取れないんだよな。どうでもいいときは飛んでくる癖に」
この調子だと姉さんたちの方も心配になってくる。
「ナーナーナ」
「え?」
壊した?
「あーっ!」
ガーディアンの指が折れてる!
「さすがにドラゴンを引き摺り回すようにはできてないからな」
予定は達成できたので本日は早めに引き上げることにした。
指が壊れていたらライフルもブレードも持てないからな。サッサと退散だ。
入り江の方のタイタンは切り出した岩ブロックを担いで水路の底から陸上に運び上げる力仕事に従事していた。こちらも時間が掛かりそうだが、湖の水面はすぐそこまで来ていた。
砦の方はあと一日もあれば対岸の造成も終わるから、タイタンを湖から引き上げられるが、こちらは水の侵入を防ぐためにもっと堤防を高くしないといけない。
僕の方の手の空いたタイタンをこちらに投入できれば効率ももう少し上がるだろう。
『無双』で水路の流れの方角に幾つも溝を掘り、それを『無刃剣』という爺ちゃんが編み出した切断系の魔法で今度は水路を輪切りにする方向にカットしていく。そしてできた格子の柱をゴーレムがへし折り、担ぎ上げて移動させていくのでる。
水平方向にもう一本入れられると、きれいに四角く切り分けられるのだが、人手不足は如何ともし難い。
「早いわね。もう終わったの?」
「ドラゴンの来訪があってね」
「またなの?」
「モナさんいる?」
「見張りに立って貰ってるけど」
「ミントは?」
「一緒よ」
イザベルは偵察要員だし、作業はラーラとタイタン任せだ。もう一人魔法使いがいればな。
早く終わったので加勢することにした。
ヘモジにはモナさんを呼んできて貰って、僕の『ワルキューレ』の修理を頼むことに。その後の見張りはヘモジとオリエッタに頑張って貰おう。ミントと一緒なら気も紛れるだろう。
僕は『鉱物精製』の分解能力を使って、縦横に切り分けた柱の底部を切り離していった。これだけでもゴーレムは無駄な力を使わずに済むし、底辺もきれいに揃うことになる。
「なんだか急に早くなったわね」
へし折る必要がなくなったからだ。ゴーレムの動きも早くなるし、余計な魔力も消費せずに済む。
その分僕が疲労するが、なんだか今日は体調がいい。絶好調である。身体がこの世界にようやく慣れたような、小出力で高性能って感じである。
子供たちも見様見真似で水魔法を使って岩を切る練習を始めた。が、そう簡単に『無刃剣』はマスターできない。導士レベルの制御能力が要求されるからだ。
今はラーラがしていることを目に焼き付けておくことだ。
土魔法を使う地味な方法も披露する。と言っても岩に手を当てているだけなので理解されなさそうだが。
と思ったら、子供たちは全員で一つのブロックに手を当て、ブロックの底に切れ目を入れることに成功していた。
「いつ覚えたんだ?」
これも合成魔法になるのか?
「ここんとこ整地してるし、できるようになったのは最近だよね」
「うん。できるかなって」
全員が頷いた。
「要は応用だろ? 魔方陣さえ覚えれば、後は根性だよ」
えええ? 確かに根性とは言ったが…… そんな安直なものでは……
「簡単だったね」
「師匠がいいからな」
「でも疲れたよ」
「あんたはチビだからよ」
「チビは関係ない!」
ニコレッタとヴィートが睨み合う。
「全員か?」
全員が頷いた。
「一週間もあれば覚えられるよな」
全員が頷いた。
「『万能薬』は数に制限があるから使い過ぎるなよ」
「りょうかーい」
ヴィートだけが恨みがましい視線を向けた。
「今回は飲んでよし」
「やった!」
翌日、僕の方のタイタンは予定通りノルマを終了し、やることがなくなったので入り江に移動させた。
移動だけで半日掛かったが、夜通し働いてくれる労働力は貴重である。
そのおかげもあって入り江の方もそれから数日後、怪我人もなく無事、作業を終えた。
その頃には湖面も予定の水位に到り、臨時に設けた堤防を乗り越え始めていた。
そしてその流れは入り江に至り、いよいよ海に流れ込み始めた。
湖の水位を今後も維持するために入り江に予定にはなかった関を設けた。即席で引いた図面で造った物だからいずれ職人の手でしっかりした物に置き換える必要があるだろう。
船は入り江を離れ、砦の建設予定地に入った。
「これは凄い」
ソルダーノさんが砦になる予定の岩山を見上げて息を漏らした。
船は帆を一枚だけ張って湖上にあった。
「本当ね。これを僅か一週間で」
「信じられない」
まだ足元だけだけど。
広大な湖のなかに浮かんだ巨大な岩山。濠の壁が高くそびえる。
婦人とイザベルが感心しきりだ。
「船はどこに?」
モナさんが外周の壁を見上げながら言った。
「船は港の建設予定地に。このまままっすぐ」
「ドラゴンが十三体入った倉庫、見る?」
マリーがラーラの班の大人たちに嬉々として尋ねる。
「見ないわけにはいかないわね」
「どれだけでかい倉庫なのかな」
「そっち?」
笑いが溢れた。
実際問題、ドラゴンの件は頭の痛い状況になっていた。
こんなことなら姉さんとの連絡手段を確保しておくべきだった。
あれから倉庫をさらに広げたが、それはいずれ港湾地区の拡張工事でどうせ掘り起こさなければならない場所だったからだ。先んじて空洞を造っても問題なかったからだ。だがそれももう限界である。これ以上の拡張は砦全体の強度に影響を与えてしまう。
もう対岸に祠を造るぐらいしかできないが、ドラゴンはもういい。どう考えても獲れ過ぎだ。値崩れ必至である。
第一警戒網は一体どうなっているのか? 北と南を重点的にやるとは言っていたが、東側がざる過ぎないか?
姉さんとの接触が待たれた。




