年少組の方が苛烈だった2
第九戦は、今回のイベントの発端となったヴィートが主役である。
まさにマリーの強さを自ら証明してみせた格好になってしまったが。今度はヴィートが念願の『ワルキューレ』に乗る番である。
猟犬はニコレッタ、ミケーレ、フィオリーナ。マリーとの再戦はならなかったが、事前の決定なので致し方ない。
さて、負けん気の強いヴィートはどう挽回するのか?
「あいつに策はない」
そう言い切ったのはジョバンニである。
「相手はニコレッタだぞ」
トーニオは腕組みする。
両者、綺麗にスタート。
ヴィートは一気に加速する。
そして半周時、勢いが付き過ぎて大回りした。
が、かまわずそのまま急上昇していった。
「とばしてんなぁ」
「レースだったら負けてるよ」
『グリフォーネ』側も必死に兎に角、全力全開であった。
全員ヴィートの戦闘スタイルは熟知しているようで、遅れまいと焦っているようにも見えた。
どっちが猟犬なんだか。
ヴィートは結局オーバーランして膨らんだ分だけライン越えに時間を要した。
双方、接触するまで撃つことはできない。
タイミング的にわずかに『ワルキューレ』が優位。高度も『ワルキューレ』に分があった。
息を呑む一瞬。
「撃てるか?」
『ワルキューレ』は重力を味方に付けつつ『グリフォーネ』に迫る。
予想通り『ワルキューレ』が先にラインを越えそうだが、その差はわずか。
ライン越えまで、三…… 二…… !
アサルトライフルが火を噴いた。
「フライング!」
判定は無言であった。
『グリフォーネ』は散開して一瞬の交錯を凌いだ。
全機ラインを越えた。
「さあ、どう反撃する?」
「危ない!」
トーニオが声を上げた。
緊急回避したフィオリーナの三番機が気流に弾かれ姿勢を崩していた。
ヴィートは既に旋回し、銃口を三番機に向けている。
ここでフィオリーナがミラクルな動きを見せた。
落ちるに任せて、そのまま地上まで加速したのである。
あの場で無理にこらえようとしていたら終っていただろう。
予測を裏切られたヴィートは追撃を余儀なくされた。
結果、他の二人から引き剥がすことができたのである。
味方は息をした。
普段淑やかなフィオリーナも大概で、地上に背を向けながら銃口を上に向け、徹底抗戦の意思を示していた。
「ナーナ」
ヘモジもピクルスも感心する。
慣れない機体で地上スレスレの戦闘は怖いものである。ミケーレと違って、ヴィートはまだあの機体に慣れていない。
落とせるシーンだったのにヴィートは二の足を踏んだ。
そうして気付いたときには、残りの機体と高度が入れ替わっていた。
ニコレッタが上方から狙っている。
形勢逆転だ。
「何やってんだよ」とは、観客のお言葉。
「まったくだ」
口先だけか?
攻守が逆転した。そう思って気を抜いた瞬間だった。
一瞬、逃げを打つ姿勢を見せたヴィートが、くるりと前転して後ろから迫るミケーレを一撃で沈めた。
「!」
偏差射撃をものともせず、逆に迫ってくるミケーレを適確に処理した動きは見事というしかなかった。
エースパイロットかよ。
これには観客全員、黙り込んだ。
確かにあれは『グリフォーネ』ではやりたくてもできない芸当だ。最小ゼロ半径での一回転。
ヴィートが欲しがっていたのは、これか。
ヴィートは上昇せず、先ほどフィオリーナにやられたことのお返しとばかり、ニコレッタ相手に降下して距離を取る。
下にはまだ復帰して間がないフィオリーナがいた。
重力を味方にしながら加速する機体と、足枷にしてあがく機体。
ニコレッタは追い掛けないわけに行かなかった。
偏差撃ちでヴィートを翻弄する。
が、当たらない。
距離は開くばかり。
そしてヴィートの射程圏内に三番機は捉えられた。
反撃むなしく、今度こそ三番機は地上に落ちた。
そして予想通り、チームのポイントゲッター同士の戦いになった。
親友を討たれて、若干切れ気味のニコレッタ。ヴィートに負けないアクロバティックな飛行を披露した。
ヴィートは『ワルキューレ』の機動性を生かして、見事にそれに対応。圧倒する。
「ひっちゃかだよ」
「ぐちゃぐちゃだ」
双方、互いに先を読んで撃ち合うから、まるで関係ない場所に乱射しているように見える。機体も互いの軸線から外れるように逃げ回るので、こちらも捉え所がない。
模擬弾でなく『必中』込の実弾だったら、また別のシーンを演出してくれたのだろうが。
「お帰りー」
最初に落とされたミケーレが甲板に戻ってきたのを、マリーやニコロたちが窓越しに手を振って出迎えた。
ニコレッタの善戦が光る。劣る機体でまだ互角の戦いをしていた。
「あと三十秒」
時間切れの様相を呈していた。
「弾数もそろそろだよ」
どちらが先に切れるか。
近接戦に移行するのもありだが、今のタイミングで距離を縮めるのは自殺行為だ。
「ナナーナ!」
ヴィートがライフルを捨てた。
「判定は?」
『保留』
甲板まで戻り掛けていたフィオリーナがそのまま通過して、落ちたライフルの回収に向かった。
空になって捨てたのなら、この時点でヴィートの負けである。
判定保留のまま、最後の攻防。
蜂の巣にされる『ワルキューレ』
試作から始めて幾星霜、ここまでこてんぱんにされるのを見たことがない。
「意外に頑丈だな」
手前味噌である。
が、撃墜のコールはまだない。
そしてニコレッタもブレードを構える。それまで足にしていたボードを盾にしながら。
落下速度が一気に増した。
「ほえぇー」
年少組は唖然、呆然。
「着地してからにすればいいのに」
ごもっともな意見である。が、そこまで保たないと判断したのだろう。
このまま落ちたら、機体諸共あの世生きだ。その前に安全装置が働くだろうが。
どうするんだ、ニコレッタ。
一番機のノズルが噴射された。
ヴィートには盾が猛烈な勢いで突っ込んで来たように感じたはずだ。
実際は落下速度を一時的に押さえ込んだだけだが。
激突するガーディアン。
「勝者、ニコレッタッ!」
一瞬の交錯。
オリエッタは高らかに宣言した。
ヴィートの最後の一撃は最後まで当たらなかったのである。
ニコレッタは盾を構えて当たりにいったところで、盾を手放していたのだった。
『グリフォーネ』の最後の加速が『ワルキューレ』を捉えていたのである。
ふにゃふにゃブレードが『ワルキューレ』の操縦席に突き刺さっていた。
ヴィートが盾を弾く隙に横手から最後の一手を放っていたのだ。
最初のふかしは最大出力じゃなかったのか。
「落ちるよ!」
ボードは落下防止のためワイヤーで本体と繋がれているが、もうたぐり寄せる時間はない。
が、『ワルキューレ』は『グリフォーネ』をそのまま抱え込むと、滑空体勢に入った。
さすがに浮力ギリギリの出力設計をしているので、落下は止められないが、ボードをたぐり寄せて足の裏に密着させる時間は稼げた。
離れていく二機の機体。
大回りをしながら、タイミングを計って、続けてランディング体勢に入る。
そしてもう一機。
「どの道、負けだったな」
投げ捨てたライフルの残弾の如何を問わず、ヴィートの負けは確定した。
が、実戦ならニコレッタも機体を失っていた。
こういう無茶をやられると、評価に困るんだよな。
褒めていいのか、悪いのか。
「残弾、残り十二発」
フィオリーナが『グリフォーネ』に乗ったまま弾倉チェックを行なった。
「ニコレッタ。あんな戦い方は認められない!」
僕の代わりに怒ってくれたのはトーニオだった。さすが若きリーダー。
「ごめん。ごめん。でもヴィートなら助けてくれると思ってたから」
「ズルいよ。ああいうの!」
距離を取ってしまえば勝ちはヴィートのものだったのだ。踵を返してあのまま放置すれば、結果が勝手に転がり込んできていたはずなのだ。でも、仲間の一番機を助けるためには最後の決闘に付き合うしかなかった。
始めたのが、例え自分だったとしても。
「ごめんね。ヴィート」
「一番機のライフル、残弾ゼロなんですけど」
「はぁ?」
「え?」
「マジか?」
「だ・か・ら。ごめんって」
可愛くウィンクされても、背筋が凍る。
勝負に賭ける気概は自分が一番だと自負していたヴィートの敗北の瞬間であった。
そりゃ、髪を掻きむしるしかないよな。
「勝者、ヴィートに訂正する」
ほっぺたを膨らませ、判断を誤らせたことに抗議するオリエッタ。
「もうどうでもいいよ」
毒気を抜かれたヴィートはその場で尻をついた。
これで全勝は四人になった。
ニコロ、カテリーナ、マリー、ヴィート。次点は二勝したミケーレだ。
「意外な結果になったな」
全員、年少組である。
『グリフォーネ』での撃墜数を加味しても、三人が同列であった。その場合、ヴィートが次点になるが。
ケーキ賞も盛り上がらなかったので、敢闘賞として全員に等しく贈られることになった。
そして――
「いよいよ出番なのです!」
婆ちゃんが拳を叩いて踏ん反り返った。
「ナナーナ」
「忘れてた」
ヘモジとピクルスが言った。
僕も忘れてたわ。
「じゃあ、今回の優勝者三名で、と行きたいところだが、一番機のシートの替えがない」
「元々、複座だし」
「二人ずつ乗ればいいよ」
そういうことでニコロとヴィートとマリーとカテリーナが。二番機と三番機に乗り込むことになった。
「じゃあ、俺が操縦だな」
二番機のシートはじゃんけんで決められた。
「こっちはいつも通り」
普段からペアを組んでいるふたりはマリーが操縦するようだ。
一番機はフィオリーナも含めてじゃんけんをした結果、ニコレッタが選ばれた。
「疲れてるなら、替わってやるぞ」
「結構です」
「…… どういうことだ? 一対一じゃなかったのか?」
「自分だけそれじゃ、ズルいのです」
大人だろうに。
「デスマッチなのです。それより機体の整備、急ぐのです。その間、自分は特訓するのです」
操船のためにトーニオとフィオリーナを残して、残りは全員格納庫に下りていった。




