年少組の方が苛烈だった
休憩明け、五回戦目。
『ワルキューレ』にはミケーレ。ジョバンニとニコロとマリーが『グリフォーネ』だ。
猟犬側が有利過ぎるように見えるが、子供たちが修正しなかったことを考えるとこれでバランスが取れているという判断なのか。
「トーニオ。あれでいいのか?」
「ミケーレはしぶといんで」
ガーディアンのことを一番よく知るミケーレが『ワルキューレ』をどこまで使いこなせるかが、勝負の鍵になりそうだ。
空砲が放たれた。
全機、一斉に動き始める。
まずは攻撃を解禁するために早く一周する必要があるが、これに関しては『スクルド』の後継機たる『ワルキューレ』が有利であり、先制を以て、数を減らすのが鉄則である。
当然、猟犬側も外周を最小半径で回り、先手を打たれることを防ぎたいところだが。
猟犬側は大きく散開して、交差ラインを通過しようとしていた。
「猟犬側がビビってるのか?」
全開状態の『ワルキューレ』が船首ラインを突破した。
最寄りの一体に突っ込んでいく。
狙われたのはニコロの二番機だ。
ニコロはまだ攻撃できない。降下して、加速。なんとかやり過ごそうとするが、正確な射撃が容赦なく機体を染めた。
「二番、撃墜」
オリエッタが言った。
「最高速度で立ち回るか?」
そう言えば、開始前のヘモジのレクチャーを受けてなかった気がする。
工房の手伝いで、もしかして飛んでたのか?
モナさんの工房では『ワルキューレ』の仕事は引き受けたことがないはずだから『スクルド』か。
『スクルド』を扱っていたなら『ワルキューレ』は御し易いか。むしろヘモジ仕様のままの方がよかった可能性も。
大回りして最初の接触を避けた二体が、ニコロが作ってくれた隙に交差ラインを突破した。
遠距離からの牽制射撃は無駄に終った。
「間に合わなかったか」
ヴィートが悔しがった。猟犬側に肩入れしているようだ。
ミケーレは弾幕を避けるため、船影に隠れた。
双方、魔力探知で位置はバレバレだが、射線が通らなければ……
「こうなるとミケーレは動かないのよね」
ニコレッタの言葉にフィオリーナが苦笑いする。
「あなたはうまくやったわね」
「まあね。粘られる前に、やれてよかったわ」
「どっちが先にじれるかしら」
「ジョバンニでしょ」
「マリーは欲がないから」
「このままか、ジョバンニがやられて終わりだな」
トーニオが展開を読んだとおりになった。
撃破、二。時間切れであった。
今のところ一番の成績だ。
六戦目はやられたばかりのニコロが『ワルキューレ』だ。猟犬にはニコレッタ、ミケーレ、フィオリーナである。
ニコロとミケーレは攻守逆転だ。
猟犬側で怖いのはニコレッタだろう。ミケーレとフィオリーナは守備的だから、前に出てくるタイプではない。
問題はニコロも前に出てくるタイプじゃないことだが……
どう戦う?
何も言わずにトーニオを見た。
「オール・オア・ナッシングかな」
どういう意味だ?
開始と共にニコロは周回しながらどんどん高度を上げていった。
一方、速度が落ちることを嫌った猟犬側はまず船首を目指すことを優先した。
この判断が決定的な差になって現われることになる。
猟犬側は出力が劣る機体だ。当然、上昇に不利な機体である。
だからこそ周回の間に少しでも高度を上げて、距離を詰めておくべきだった。せめて一機だけでも。
ニコロはかなりの高度で交差ラインを突破した。
交差タイミングに両者、差はほとんどなかった。むしろニコロの方が遅かった。
だがそのタイムラグが、高度の差となって如実に現われていた。
ニコロは上空でターンを決めると一転、狙撃体勢を取った。
「ロングレンジライフル!」
全員アサルトラフルを選択するものと思っていたのに。
『ワルキューレ』は後退しながら高度を上げ続けている。
猟犬側は自分たちのミスに気付いたが、時既に遅し。
先頭のニコレッタが落とされた。
ロングレンジライフルの弾速は避けられなかったか。偏差射撃もよく知る相手故か、予測が正確だった。
「避けろ、ミケーレ」
観客の声が届いたのか、ミケーレはすんでのところで躱した。が、ボードに当たって姿勢を崩した。
ニコレッタの機体が影になったようだった。
「故意じゃないだろう」
「ナーナ」
オリエッタも反応しなかった。
だが、時間の問題だった。
距離が縮まらないまま一方的に撃ち込まれてミケーレが落ちた。
残るはフィオリーナだが……
フィオリーナは遙か彼方にいた。
水平方向に距離を取った格好だ。
「ロングレンジライフルに分がある」
双方、大きな螺旋を描きながら撃ち合いになった。
そして五分を待たずにフィオリーナが弾切れを起こした。
「粘ったなぁ」
子供たちが口を揃えてフィオリーナを褒めた。
ニコロは焦る必要がなかったから深追いはしてこなかったが。双方の胆力の程は理解した。
ニコロが誇らしい顔で操縦席から降りてくる。
快勝は本日初めてだ。
「全然距離が縮まんないんだもん」
フィオリーナは汗だくだった。
「みんな凄いのです」
婆ちゃんも感心した。
年少組の方が凄くないか?
「やっぱ『ワルキューレ』にはロングレンジライフルでしょ」
ニコロが僕を見て言った。
「あ」
もしかして僕を真似たのか?
第七戦はカテリーナだ。猟犬はトーニオ、ニコロ、マリーである。
さっぱりわからない。
なんでもそつなくこなすが、前に出過ぎないのがカテリーナである。戦闘でもサポートよりの動きをして味方の穴を埋めるような動きをよく見せる、視界の広い子だが。
単機となると……
「ロングレンジライフルだ」
ニコロと同じ選択をしたようだ。となると、戦術も似たものになるのだろう。
全機一斉に散開する。
『ワルキューレ』は右回りに。『グリフォーネ』は左回りに。
「大袈裟だな」
先の戦いの結果から猟犬たちは最短距離を飛ぶことをやめ、大回りすることで距離を離す戦術を取った。
「腹の探り合いだな」
船尾で一旦交錯する。
そこで敵の手が読めるのだが、カテリーナはまさにニコロと同じ動きを見せていた。
猟犬は確信する。
水平方向に距離を取れば、レンジの関係で『ワルキューレ』は高度を落とさなければならない。
今気付いたが、猟犬側のニコロもロングレンジライフルを抱えている。
猟犬側は予想が当たったと、ほっとしたのだろうか?
カテリーナが上昇にかまけている間、交差ラインを越えるための時間的余裕が生まれる。大回りして損している分のある程度は補完できていると。
だが、次に交差ラインを越えたとき、自分たちの作戦は悪手だったと気付かされるのである。
上昇すると見せ掛けていたカテリーナは半周後、降下しながら加速していたのであった。
時間的な余裕は完全に消されていたのだ。
カテリーナは圧倒的な早さで交差ラインを越え、その速度のままラインを未だ越えられない三機に迫るのであった。
「あーあ」
観客からは諦めの声が。
なんと三機の『グリフォーネ』は交差ラインを越えるどころか、どんどん遠ざかっていくのであった。
こうなると一方的だな。
必死に回り込もうとするが『ワルキューレ』の翼と長距離射撃からは逃げられない。
一機が落とされ、二機目に迫る。
「戦闘エリア離脱により『グリフォーネ』二機、失格!」
オリエッタが突然宣言した。
「おー。完全勝利だ」
双方きょとんとしていたが、事前に戦闘区域に定めて監視していたエリアを二機が越えたのだ。
オリエッタの宣言の正当性を、ソナーシステムの盤面を見ていたフィオリーナが頷いて証明してくれた。
「まさかカテリーナが取るとはね」
「末恐ろしいのです」とは、婆ちゃんの言葉。
一気に優勝候補に躍り出たのであった。
第八戦、いよいよマリーの登場である。猟犬はジョバンニ、ヴィート、カテリーナ。
お互い正攻法で来そうだが……
装備は全員アサルトライフル。近接も視野に入っている模様。
先の二戦からスタート後のライン取りが注目された。
全機、始動した。
注目が集まる中、マリーは上昇することなくトップスピードに乗った。
一方『グリフォーネ』側はヴィートが最短を、ジョバンニが上方を、カテリーナが水平方向に別れた。
『ワルキューレ』がラインを越えた!
まだ発砲できないヴィートが、必死に回避行動を取る。機体は押されてどんどんラインから遠ざかっていく。
その間にジョバンニとカテリーナがラインを越えて、反転してくる。
反転間際の減速を狙われたが、ヴィートがこれ幸いとライン越えを狙うような動きを見せたため、中途半端に終った。
マリーはヴィートを意識してるようだ。
あそこはヴィートを無視してでも一機落としておくべきところだったのではないか?
結果、ヴィートは未だ発砲できず。
二機が迫るなか、マリーの動きは徹底していた。
完全にヴィートを封じ込めている。しかも二人の攻撃が当たらない。
二機の挟撃が完成し掛けた時だった。
マリーがヴィートを無視してカテリーナに狙いを定めたのである。
弾幕を張るカテリーナに余裕で接近。お返しとばかりに撃ち込んで、あっという間に撃沈した。
唸る観客。
ヴィートは大急ぎでラインを目指す。が、猶予はない。
マリーは二番機とラインまでの距離を完全に読み切っていたようだ。
復帰してくる頃には二機は撃墜できると。
「ほんとに凄かったんだな」
「最初の頃は一番負けてたんですけどね」
一番幼くて、女の子で、どうしても集団戦では狙われ易かったのだろう。
今鬱憤を晴らすような活躍を見せてるが。
ジョバンニも落とされた。一対一の空中戦では『ワルキューレ』が圧倒的に有利だ。
ようやくラインを越えて、戻ってくるヴィート。
ここでマリーはなんと距離を取りつつ上昇していくのであった。
追い掛けても追い掛けても距離は縮まらない。
「じらされてるわね」
笑うニコレッタ。
そして残り時間わずか。
「ああッ!」
双方、ライフルを捨てた!
ブレードを構えてガチンコだ!
「あのふたり撃ち合いじゃ勝負付かないのよね」
それは同じ機体に乗っていればだろう。
マリーは有利だったはずだ。今でも有利ではあるが。
交錯する二機のガーディアン。
オリエッタの判定は遅れた。
だが、上空では勝敗は決していた。
ヴィートが負けを認めて降下してきていた。
「あーあ」
二番機の胸元に大きな傷が付いている。
いくらふにゃふにゃブレードといっても、あの加速で交錯したらね。
むしろ衝突しなかったふたりの技量に感心する。
「……」
婆ちゃんはもう言葉もない。
「もォ、壊すなよ」
ミケーレとニコロが格納庫に向かった。
インターバルの間に機体をチェックするようである。
「僕も行こう」




