遭遇する子供たち
帰宅して納戸に入ると、子供たちの装備がなかった。
「迷宮じゃないよな?」
「砂漠に行きましたよ。練習だそうです」
ちょうどエレベーターから降りてきた夫人が言うには、フライングボードの練習をすると言って出て行ったらしい。
なるほど『追憶』から出しておいてと言われて、壁に掛けておいたボードがない。
「迎えに行きましょうか?」
「もうすぐ帰ってくるでしょう」
普通の親なら、子供たちだけで壁の向こうに行くとなったらソワソワするところだろうが、子供たちの実力を知る夫人は結構安穏としていた。
「毒されてるなぁ」
オリエッタがクスクス笑った。
僕は言われるまま、ピクルスの矢の補充をする。
「在庫まだある?」
「まだまだいっぱいあるよ」
ピクルスは満足して本日の作業を終えるのだった。
僕もピクルスの装備に不備がないことを確認すると納戸を出た。
バン! と、突然玄関が開いてびっくりした。
子供たちが帰ってきたのだった。
「ただいまー」
「お帰り……」
互いに浄化魔法を掛け合い、砂を払う。
外でしてこいという話であるが。習慣とは恐ろしいものである。玄関も綺麗になるから別にいいけど。
この様子だと、婆ちゃんのことはまだ知らないようだな。
「時間聞いてなかった……」
話題が明日の予定になったところで、気が付いた。子供たちと婆ちゃんでは狩り場が違うということに。
子供たちに同行すると婆ちゃんには付き合えないことになる。
婆ちゃんがいつこっちに来るかも問題だ。子供たちとエルーダに向かうタイミングとズレると擦れ違うことになる。
「まずったな」
「時間を決めてないなんて……」
ラーラに呆れられた。昔のルーティーン通りなら開始時間は今と変わらない。問題はどこで合流できるかだ。エルーダを基準にするのか、こちらを基準にするのか、はた又、迷宮深部なのか。
「婆ちゃんが来るまで待機だな」
子供たちは不満顔だったが、致し方ない。
婆ちゃんには早めにこちらに来て貰えることを期待しつつ、どちらの予定も消化できるように準備しておく。
「この特殊弾頭いるのかな?」
ヴィートが弾倉に弾込めしながら言った。
婆ちゃんにもあげた銃の弾である。
「貫通効果はいらないけど『必中』と属性効果があるだろう。理想を言えば貫通効果分の魔力を飛距離や属性効果に回せたらいいんだけど」
「自作しちゃ駄目なの?」
「やり方は投擲鏃と変わらないからできなくはないけど、加工はそれなりに大変だぞ」
「確かに鏃より小さいけど」
「銃弾は形状が揃わなかったり加減を間違えたりすると、弾詰まりとか暴発だって起こしかねないからな」
矢なら取り敢えず放つことはできる。
子供用や未熟な初心者用の弓には目の前に落ちる危険性を考え、発動遅延、或いは一定距離確保の安全対策が組み込まれるケースも多々あるが。それができるのも射速が遅いからで。
銃の場合、第一声が『爆発』魔法だし、弾速も速い。弾も小さいので、多くのことを処理させようと思ったら銃側で肩代わりさせなければならない。
その場合、銃弾と接触している間に処理が行なわれなければならず、発砲の瞬間は情報伝達のオーバーフローが起こり易い。
故にメンテナンスも含めての許可制なのである。
弾と銃本体、双方でバランスを取らなければ、とてもじゃないが、危なくて一般開放できない。
「既製品から型は取れるんだから、やらせてみたら?」
「王女様が犯罪行為を扇動するなよ」
「自分で使うだけなら大丈夫よ」
故に子供たちに安易に教えたくはなかったのだが、生産職でないラーラにこの微妙な危機感は伝わらない。まして爺ちゃんの造った国宝級の銃を使っていては……
性能が高くなるほど計算し尽くされ、他人の手が介在する隙がなくなっていく。発明から五十年、安全に安全を重ねてきた結果がオブラートに包まれた現状なのである。
ピーキーでいられた時代はとうの昔に終っているのである。
ガーディアン用のライフルの弾頭ぐらい大きくなれば話は変わってくるのだが。
「…… 勉強会、今度やろう」
「やった!」
子供たちは大喜び。
自己流でやられたらそれもまた危険だ。
「どうせドラゴン相手にしか使わないだろうしな」
婆ちゃんと違って。
「へー、師匠のお婆ちゃんが来たんだ」
「明日も来るらしいんだが、しっかり話し合ってなかったんだ。明日の狩り場がどこになるか、まだわからない」
「エルーダじゃなくなるの?」
「婆ちゃんはこっちの五十階層がお好みだからな。もしかするとこっちの一階から攻略することになるかもしれない」
「ふーん」
気のない返事。
「どんな人?」
「変な人だとは聞いてるけど」
誰から聞いた?
ヘモジとオリエッタが視線を逸らした。
「僕やラーラの剣の師匠でもある」
「強いの?」
「武闘大会で三度連続で優勝したこともある」
「ほえー」
「師匠は?」
「え?」
「師匠は優勝した?」
「僕は出たことないよ。ラーラは何度か出たけど」
視線はラーラに。
「十八番が使えないんだから、表彰台も無理よ」
王家が秘匿するユニークスキルの一つ『無双』を公式大会で披露することはできない。多くの即死技や魔法が禁止される中、王女の肩書きを持ったラーラはただの動きのいい少女剣士兼、大会を盛り上げる賑やかしに成り下がっていた。
「それでも四位に入ったことある」
オリエッタがフォローする。
もう一歩で三位だったんだけどな。
婆ちゃんの再来にはなれなかったなぁ。
「明日はいつも通りでいいの?」
「婆ちゃんがこっちに到着してからだからな」
「いつ来るか決めておけばよかったのに」
「来るだけなら勝手に来られるからな」
多少は気が楽だが。さすがに置いていくわけにはいかないし。
翌朝、婆ちゃんとハイエルフの第二夫人が仲よく食堂で、朝食を食べていた。
「…… お、おはよう…… お早いお着きで」
大伯母の眉間がヒクヒクしている。
彼女とは生涯のライバルであり、大親友である。
「まさかあんたが来るとはね」
「お隠れになったのかと思っていたぞ。まさかわたしを差し置いて、砂漠の真ん中でバカンスとは」
爺ちゃんの第二夫人にして、姉さんの母親。最強のハイエルフにして絶世の美女、アイシャ・ボラン。
世界的に高名な作家ハサウェイ・シンクレアのペンネームを持つ多彩な人である。
「双六で有名だと言うと、げんこつが飛んでくるぞ」
僕の言葉に子供たちは一斉に口をつぐんだ。
「言おうとしちゃった」
「俺も、言い掛けちゃったよ」
「でもシリーズ百越えてるんだぞ。ライフワークだろ?」
戦闘スタイルは大伯母を若干剣士よりにしたタイプ。長い手足を使って優雅に、笑顔で、相手を切り刻むタイプ。目下の悩みは娘と仲が悪いこと。
長命なハイエルフよろしく、時間間隔が人とはズレており、怠惰に思われがちである。娘との関係もそのせいで長引いているとも言えた。
「我らは放っておいてもよいぞ。そこの暇人に頼む故」
不満そうな大伯母。
「情報さえあれば、問題なかろう」
「久々に親交を深めようというのじゃ」
「どう見ても過剰戦力だよね」
子供たちも頷く。
「さっさと攻略して、他人の手を煩わせないようにしないとなのです」
その相棒になんでその人を選んだの?
「どうせお前しか暇人はいなかったのだろう?」
「!」
「仲がいいのです」
「どこがだ!」
「折角、子供たちと会えたのに残念なのです。わたしがエルーダ案内して上げるのです」
「い、いや駄目だから!」
そんなことされたら、怪物ふたりと付き合うのが僕の役目になってしまう。
「お主も付いて参れ」
「だ、駄目です。わたし忙しいので」
ラーラが手を振り払った。
アイシャさんは嫌がるラーラを覗き込んだ。
「…… そうじゃった。もう子供ではなかったの」
「嫌われとるのー」
「お主ほどではないわ」
この間にどう入ればいいんだよ。
「つまらなそうなのです」
さすが野生の勘。
「仕事だ」
ふたりにはこちらの迷宮攻略の任が与えられたようだ。
帰りの最下層への送迎は子供たちが引き受けた。
その歳で美人にほだされてどうする。
当然、引率は僕がするわけだが。
「お主の成長も見てみたいんじゃがの」
「昨日、見たのです。ヘンテコな魔法覚えてたです」
「ヘンテコ言うな」
「明日は暇なのであろう? 付き合って貰うぞ」
予約されてしまった。
僕にはこの人も魔法の師匠だからな。
「じゃあ、明日も『ブルードラゴン』で」
「フロア攻略だろ!」
「そうだ。情報が欲しいのです」
「あ、今、持ってきます」
トーニオが自室に駆けていった。
そして、大量の資料を抱えて戻ってきた。
「今、まとめてるところなので」
バラバラの情報を一冊にまとめているらしい。フロア前半部分にはギルドで売られている早刷りも含まれていた。
「三十層まではこれで大丈夫だよ。残りはまだまとまってないんだ」
ギルドに提出した書類の写しが基礎になっているので、書式的には整っている。
「助かる。借りておくぞ」
アイシャさんに微笑まれて、真っ赤になるトーニオ。
「リリアーナ様のお母さん!」
エルーダに向かう先で聞かされた衝撃の事実。
「どこか似てると思ったけど……」
「リオナ婆ちゃんは僕に似てたろ?」
「全然」
子供たちに首を振られた。
「どっちかって言うとラーラ姉ちゃんに似てた」
王家の血の方が濃いってか。
「それにしても師匠の家族は美人しかいないのかよ」
「たまたま爺ちゃんが面食いだっただけだよ」
「ハイエルフって凄ーな」
「俺、ラーラ姉ちゃんより美人はいないと思ってた」
「なんでだよ。リリアーナ様がいるじゃんか」
男子が女の好みで言い合いを始めた。
「あれでみんな五十越えてるのよね」
「アイシャさんは余裕で百超えてるぞ」
「えーっ。マジ?」
「大師匠より年上だからな」
「ハイエルフ恐るべし」
「素っ気ないけど、面倒見のいい人だからな。なんでも頼るといい」
もう一人は人当たりはいいけど、頼るには今ひとつな人だからな。
この日、子供たちはエルーダ迷宮十層に到達。ヒドラと対戦したのだった。
「あんまり強くなかったね」
子供たちの相手ではなかった。
共闘した他の冒険者たちもびっくり。
やっぱりエルーダの難易度はクーより低かったようだ。




