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リオネッロ、やっぱり怒られる

 水路の建設エリア上空を飛びながら船を探した。

 ゴツゴツとした地形のなかでは意外に見付けられないものである。

「光信号!」

「ナーナ」

「お、いたいた」

 海との境に陣取っていた。


「お帰りなさーい」

「遅かったわね」

 子供たちとラーラが出迎えた。

「凄い風が吹いてきたよ! バーッて」

「船がひっくり返るかと思った」

 ジョヴァンニとヴィートが嬉々として語った。

「ほんと海に落ちるかと思いました」

 フィオリーナも笑いながら言った。

「錨を下ろしてたんだから問題ないわ」

 ラーラは子供たちの大袈裟な反応に呆れている。


 遅い昼食にあずかる間、子供たちはガーディアンに代わる代わる乗り込み、僕たちの本日の成果を堪能する飛行ツアーに出掛けた。

 外周部でタロスが溺れるぐらいの深さを想定しているので、中心はその何倍もの深さになっていた。が、いずれ土砂が溜れば、その差は埋まり、ちょうどいい深さになるだろうと考えている。

「あ、砂忘れた」

 オリエッタが肉入りシチューの皿から頭をひょこっと出して口をくちゃくちゃさせながら言った。

 たまたま鼻面にニンジンの欠片が載っかった顔がヘモジの壺に嵌まったようで、野菜ジュースを吹き出した。

「こら、ヘモジ!」

 気管に入ったのかヘモジはむせた。

 テーブルを拭きながら僕は言った。

「どうせなら床に直接書いたらどうだ?」

 ふたりが「どうやって?」という顔を向ける。

「チョークを一本ずつ進呈しよう」

「はぁあ!」

「ナーナ!」

 ふたりがすごく嬉しそうな顔をしたので、僕は不安になった。

 甲板を砂だらけにされるのとどっちがいいか遅まきながら天秤に掛けた。

 チョークは『鉱物精製』のスキル上げのとき、最初の最初に作らされた物だ。当時の物が消費しきれずに今も残っている。

 白亜に水を混ぜても簡単に作れると言われたときはのけ反ったものだけれど、迷宮でのマーキングとか、魔法陣を張るときなどに結構役に立つので鞄の奥のケースのなかに束で入っている。湿気易いのと折れ易いのが玉に瑕だが、そんなものは魔法でどうにでもなる。


「第二形態?」

 子供たちが昼寝している甲板横のラウンジで休憩しようと、僕たちはテーブルに着いた。

「二回目の爆発はそのせいだったのね」

「危険はないのか?」

 ラーラの横にカップを持ったイザベルが座った。

「多分ね。ただ第二形態の跳躍はこちらの索敵範囲外からだった」

「それは問題ね」

「転移障害の結界を張れば内側には入られないでしょうけど」

 モナさんがワインの瓶をテーブルに置いた。

「あれだけの質量を転移させるとなれば、向こうにとっても諸刃の剣なのでしょうね」

「第二形態が何体もいれば話は別だよ。一体の犠牲で大勢襲撃してこれるんだから」

 僕のカップにワインが注がれた。

「参ったわね」

「そうそう数はいないと思うけどね。いればとっくにこの世界の形勢は決まってる。南北の戦線に現われないところを見ると見返りを気にしてるんだろうな」

「転移した分の魔力を回収できると判断したとき、初めて重い腰を上げるわけね」

「でもそうなると……」

「建設中は魔素が増大するから注意しないとな」

「いっそのこと、この機会にまとめて来てくれないかしらね」

「砦ができ上がってからはやめて欲しいわ」

「で、第二形態より怖い人にはどう説明するの?」

「大穴のこと?」

「ばれるわよ」

 わざと特殊弾頭などと言ってお茶を濁したけど、見れば一発だな。でも、嘘は何も言ってないし。

 次の作業はラーラの番なので、船の見張りには僕たちが就いた。

 ラーラたちは、というよりラーラは切裂く水路の方角や幅や深度の当たりを付けに向かった。

 海の水が混ざらないように湖の水路の出口は海面より高くなる予定なので、多少複雑な作業が要求される。


「あーッ、何書いてんだよ。ヘモジ!」

「何、何?」

「ナーナ!」

 早速、線を踏むなと起きてきた子供たちに怒っている。

 お、今度はマス目に合計の数字を振ってるのか。改善してるな……

「四百六十五って何だ? なんでここだけ太い丸なの?」

「……」

 ヘモジ、お前…… マスいくつ作ってんだよ?

「にょろにょろにょろにょろ……」

 オリエッタは二本の尻尾を巧みに操って、ただひたすらフラフラと蛇行した線を引いている。コンテナの隙間を縫うように、交わらないように一筆書きでもするように。

「楽しい」

 あ、そ。

「にょろにょろにょろにょろ……」

 お前たち目的変わってないか?

 それから子供たちを巻き込んでの大掛かりな石蹴り遊びが始まった。

 子供のお守りをしなくて済んで僥倖だった。「算数の勉強が自然にできますね」と婦人も喜んだ。



 予想通り、その夜、姉さんが飛び込んできた!

「お前、何をしたッ!」

 ガーディアンのフライトシステムを解除するのが早過ぎて甲板を凹ませた。

「ちょっと、ただの貨物甲板なんだから!」

「東の先で爆発があっただろ!」

「ああ、あれ? こっちの作業中に第二形態が現われたんで追い返したんだ」

 どうやら暗がりのせいで大穴にはまだ気付いていないらしい。規模が大き過ぎて気にも留まらなかったのだろう。そもそも元の地形を知らないし。

「誘爆か?」

「敵の位置がわかってよかったんじゃないの?」

「こんな近い距離に?」

「僕も驚いたよ」

「異世界からじゃないのね?」

「あの爆発を見る限り、この世界の奴だね。こっちの魔力に引かれて来ただけのようだよ」

 第二形態を誘い込む程の魔力を一体何に消費したんだと僕たちの本日の作業現場を見遣る。

 夜中でなくても全貌はここからでは望めないので、ばれることはなかったが、第二形態の件は深刻だ。

 第二形態とこうも易々と遭遇するという事態は誰も想定していなかったのである。

 爺ちゃんたちにも問い詰めたいところだが、想定以上の数が現存していることは間違いない。よくよく考えれば、五十年前の時点で爺ちゃんたちに侵攻を諦めさせたのだ。それだけの戦力が敵側にあったということだ。

「たったの数体なんてことはなかったんだ……」

 この世界において絶滅危惧種のタロスと言えど、短期的にはまだまだ死に体ではなかったということだ。単に敵側に積極的に動くだけの見返りがなかったというだけだ。

「第二形態に急所はあるのかしら?」

 ラーラが呟いた。

「なんだ、急に?」

「ドラゴン並に強力な第二形態にこの世界の冒険者はどこまで対応できるのかなと、ふと思っただけ」

「メインガーデンで遭遇した一体は世界とリンクしきれていなかったせいで無敵状態のようになっていただけで、本来の強さはあれ程じゃないってことは知ってるでしょう? 通常の対ドラゴン用の兵装で十分対処できるはずよ。分厚そうな装甲だったけど」

「姉さんは戦ったことがあるの?」

「いいえ。メインガーデンで見たのが初めてよ。でも父さんたちはそう言ってたでしょ?」

「ええ? そうなの?」

「聞いてないの?」

「全然」

「まったくあの人たちは」

「じゃあ、普通に倒せるのね」

「硬めのドラゴンを相手にするぐらいのものよ。でも大概、転移してきた段階で魔力がほとんど枯渇している残念なドラゴンらしいわよ」

「魔力が残ってないなら、あれ程の誘爆はしないよ」

「リオナの言うことだからな。話半分だ」

「婆ちゃんの評価は基準が自分だから当てになんないんだよ」

「言われるままヒドラに突っ込んでいったもんね」

「五本首は雑魚だって言うから。こっちはまだ七歳かそこらだったんだぞ。おかげで死に掛けた」

「事前に下調べしておかない、お前が悪い」

「今度新手と遭遇することがあったら考えておくよ」

「是非そうして頂戴。ついでに第二形態の相手もしてくれると助かるわ。こっちはまだあれと当たりたくないから」

「らしくないな」

「あれにはまだポイントが付いてないのよ。誰かが戦闘評価をしないことにはね」

 普通は損害の大きさや、殲滅に要する費用を見て決めるんだろうけどね。

「最低でもドラゴンタイプ並には付くんじゃないの?」

「今度遭ったら、身ぐるみ剥がすぐらい徹底的に調べてから始末して頂戴。できれば解剖のために亡骸もあった方がいいわね」

 遭遇する確率はそっちの方が高いと思うんだけど…… なるほど回収部位の価値も評価対象だ。

「あの転移能力だけでも高評価して欲しいところだね」

 夜も更けたので、姉さんは泊まり込むことになった。

 砦に張る結界を工夫しないといけないと遅くまで思案していた。



 そして翌朝。

「起きろーッ! この馬鹿弟!」

 だから弟じゃないって。

 目が覚めると長い髪を垂らした姉さんが覆い被さっていた。

 幸せの予感すら感じる間もなく、背筋に冷たい物が……

 胸ぐらを掴む両手が魔力を帯びている。

 姉さんは既に昨日来たときの装束に着替えていた。砂粒をまとっているところを見ると外に出ていたようだが。

 オリエッタが欠伸しながら入ってきた。

 今、何時だ?

「おはよう……」

「何がおはようだ! あれはなんだ!」

 窓の外を指差した。

 ベッドからでは見えない。

「何?」

 身を起こして遮光カーテンを掻き上げ、窓の外を覗き込む。

 太陽に照らされた水面がキラキラと輝いていた。

「ここ、どこ?」

「姉さんが戻る途中で見付けちゃったのよね、あれ」

「だから何?」

「何って言われても……」

 蛇行する水の流れの先に結構大きな水溜まり。こんな場所…… 地図にあったか? 干上がった大きな河川か? 

 見たことのある崖の塔が水溜まりの遙か向こうに霞んで見えた。

「はぁああああ? なんで水が!」

 ここは昨日、掘ったばかりの大穴だ!

「目下、船は見送りも兼ねて東進中」

 ラーラが状況説明を挟んでくる。

「まさか水が湧いてきたのか!」

「北の地層が抉られたのかも」

 オリエッタが鼻面を窓に擦り付けた。

「朝食、もう食ったのか?」

「美味しかった。チーズケーキ」

「髭にまだ付いてる」

「勿体ない」

 肉球で髭をしごいた。

「ケーキの話なんてどうでもいい! あれはどういうことなの! ちゃんと説明しなさーいッ!」

 姉さんの癇癪が落ちた。

「いや、別に大したことじゃ……」

 僕は大穴を開けた経緯を説明した。


「これのどこが航路なのよ」

 船は湖の縁、海へと続く排水路の入口辺りに浮いていた。姉さんを見送るために東進したらしい。

「砂漠の上より安全だろ?」

「北の水が涸れたらどうする気よ!」

「護岸工事をしてから水を引き込む予定だったんだけどな」

 姉さんは頭を抱えた。


 朝食もそこそこに僕たちは水源探しに奔走した。そして北側の岩盤から緞帳(どんちょう)のように流れ落ちる無数の滝口を見付けた。

 砂の表層は浸食を受けてとうに流れ、黒い岩肌が露出していた。

「地下水脈を掘り当てたか」

 取り敢えずこのまま様子を見ることにした。どうせ放っておいても海に流れ込むだけの代物だ。


 一番低地の中心ポイントの辺りは既にかなり大きな湖ができ上がっていた。

 どこまで広がるかだが、こればかりは年間を通して見ていかなければならない。

 氾濫されては元も子もないので、落ち着くまで湖畔近辺に田畑を作るのは禁止だ。高台に作って水を引くにとどめたい。


 船に戻ると姉さんはもういなかった。

 こちらにばかり構っていられないと、散々釘を刺して帰っていったらしい。

 子供たちは完全に観光気分ではしゃいでいた。

「あれ全部飲める水なの?」

「師匠があれを一日で造ったの?」

「凄いね」

「僕たちも頑張らないと!」

 いや、あそこまで頑張っちゃ駄目だぞ。たぶん。

「でも涸れちゃわないかしら?」

 ニコレッタが姉さんと同じことを言った。

「やってみなきゃ、わからないこともあるからな」

 お茶を濁したが、水源に関しては問題ないはずだ。万年雪をかぶった山脈地帯があるのだから。


 記念に銘板を中央にそびえる崖の塔のてっぺんに設置し、水上に残すことにした。湖の中心点ということで。



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