閑話 王族会議
「予定通り、前線とこちら側が繋がったと、昨日、報告がございました。場所はエルーダ迷宮。行き先は『湖の守護者』にある新迷宮であります」
「おー、いよいよか」
「規定に従い『タロス殲滅作戦』の最終段階移行につきまして、承認して頂きたく参集させて頂きました」
「この後の総会に掛けたいのでしょう?」
「あなたのことだから根回しは済んでいるのでは?」
「今更変更する謂れもないだろうに」
「来訪者は彼とお弟子さんよね?」
「耳聡いな」
「『銀団』の案件です」
「まだお前のものではなかろう?」
「年齢さえ満たせば、権限の移譲はいつでもできます」
「お前は行かないのか?」
「叔母様が行かせてくれないのです」
「行っても周りが混乱するだけですからね」
「まあ、迷宮内の移動は当分彼ら任せになるが、知った顔だ、問題なかろう」
「報告ではラーラ様とレジーナ様も可能だとか」
「なんだ、最近姿が見えないと思ったらラーラの奴、追い掛けたのかよ」
「健気ねぇ」
「元々選ばれた子だ。好きにさせておけ」
「ですが、父上」
「あの子たちの絆を裂くことは誰にもできまいよ」
「浮遊要塞は現在、順調に東進中、新都市上空には二週間ほどで到着します」
「魔素の充足率は?」
「ギリギリです。ゲートキーパーの出した予測値からの乖離もほぼありません。次回の総攻撃を以て飽和限界に達するという予測は正鵠を射ています。前線では既に防衛に徹し、攻勢を手控えている状況です」
「ハーフエルフはよくやっている」
「敵側の覚醒が起これば、再び世界を封印する必要が出てくるやもしれませんからね」
「そうなっては我々ではどうすることもできまいよ」
「こちらの世界との干渉は最悪切断してくれるようだがな」
「我らの寿命を考えますと、最後のチャレンジとなるやも知れません」
「新迷宮のおかげで魔石の採掘率が上がったせいもあるのでしょうか?」
「そのおかげで前線を予定より深部まで送り込めたわけであろう」
「それはそうですが」
「予定調和だ。問題ない」
「しかし、派遣は英雄殿たちだけでよいのでしょうか?」
「作戦の肝になる『プライマー』は魔力を持つ者を敵味方関係なく蹂躙する。要は逃げ足が速くなくては邪魔になるということだ」
「厄介なものですな」
「その厄介な能力に頼らねばならんのが現状よ」
「英雄殿も悔しかろう。孫に最後まで付き合ってやれないのだからな」
「『プライマー』が使用されさえすれば、万が一、作戦が失敗したとしても、敵の追撃はおぼつかなくなるはずです。最悪でも難民受け入れの時間はあるかと」
「敵の覚醒がどのようなものかわからぬ以上、安請け合いはできんぞ」
「そうなったら…… 見殺しですかな」
「避難勧告の段取りはどうなっておる?」
「各ギルドに最終作戦参加承諾の折、段取りも告知致します。参加しない者はその段階で最終ラインまで後退、非戦闘員と共に中海の西に移動して頂きます」
「現場に残ると言う者もいそうだが」
「クーストゥス・ラクーサ・アスファラは想定以上に人口が増えて来ていると聞きますよ」
「あそこは『銀団』のギルドタウンです。皆、心得ていますよ」
「教会都市もそばにありましたな」
「我々は勝利に賭けております。まず我らが真摯に向き合ってこそ、神の恩寵も期待できるというものです」
「聖女殿の面目もあるでしょうに」
「次の聖女候補は既に用意してございます。お気遣いなく」
「それでヴァレンティーナ。お前の方は大丈夫なのか?」
「あの子が動くのはまだ大分先ですから」
「話しておらんのか?」
「リオネッロおじさんが大好きな子なので」
「エルネストは今どこだ?」
「隣国にてワーム狩りをしております」
「もうそんな季節か……」
「暢気なものだな」
「彼らの働きが作戦の原資の一端を担っていることをお忘れなく」
「表だって協力できない国も依頼という形で参加してくれておりますので」
「世界平和のためだ。それぐらいしてくれなければ困る」
「タロスの襲撃を経験した国は限られておりますからな」
「滅ぼされた国の伝承ならいくらでもあろう」
「もっといい手はないのか!」
「ガウディーノ」
「その件は…… もう話し尽くしただろう」
「ヴァレンティーナ!」
「既に大勢の犠牲を払ってきた作戦です。身内であろうとも、今引き下がることはできません」
「陛下…… そろそろ」
「うむ。では皆の者」
その場にいた者たちは控えの間の扉から本会議場の扉に向かった。
「我らの手でタロスとの因縁にけりを付けてやるさ。宰相、あちらの転移結晶、船一隻分融通しろ。俺もあちらへ行く」
「申し訳ございませんが、浮遊要塞に配備された飛空艇の乗り手の選抜は当に済んでおります」
「なんとかしろ」
「なりませんね。便乗したがる輩はごまんとおりますれば」
「大体、俺が遠征に出ているときに勝手に人選しおって。ズルいであろうに」
「兄上、五十年前の話をされても困ります」
「その話は耳にたこができるくらい…… もう聞き飽きました」
その後、アールハイト王国並びに王国連合に連なる国々は『タロス殲滅作戦』の最終フェイズ移行を承認し、秘密裏に各々最後のテコ入れを開始するのであった。
「デメトリオ様もガウディーノ様も、もう前線という歳ではないでしょう」
「お前こそ、行きたいのではないか?」
「ヴィオネッティー家の重鎮の方々を差し置いて、若輩のわたしが出るのはおこがましいではないですか」
「次期ギルドマスターの冠があれば、一人ぐらい可能だろうに」
「あちらにはリリアーナ様もラーラもいます。指揮系統が乱れては困りますから、わたしはこちらで大人しくしていますわ。それに……」
「それに?」
「わたしにかこつけて叔母様が着いてきそうなので」
「そうね。旧友の側にいてやりたかったわね」
「あの魔女は勝手してよくて、俺ができないのはどういうわけだ?」
「彼女はフリーで、叔父様は騎士団の統括だからでしょ」
「そんなに言うなら、もう当人と交渉してくださいよ。リオネッロの弟子たちはこれからエルーダを攻略するそうですから、行けば転移結晶の一つや二つ分けて貰えますよ」
「さすが元諜報部」
「エルーダの攻略はお済みで?」
「う…… いや、まだ、これからだが……」
「五十年間、何してたんです?」
「すまん…… ヴァレンティーナ」
「エルネストに話を通しておきます」




