来訪二日目
「仕掛け発動の条件になってるから、やっちゃってください」
雪原下、地底断層、奥の部屋。のらりくらりとようやくここまで来た。
「面倒臭い。お前がやれ」
今更かよ。
「ラーラ頼むわ」
「なんでよ」
「『闇の信徒』出すなよ。見たい気もするけど」
「だったらやらせないでよ。ここ距離感掴みづらいんだから」
「ふたりでやれ」
大伯母に怒られた。
「ここを登ったら『ブルードラゴン』だから。昨日は二連戦になったって話はしたよな?」
「そうだっけ?」
「逃げられたんだろう」
「戦ったのは子供たちです」
「あのチビたち、どれだけ強くなってんのよ」
「個の力はまだまだだ」
最下層まで辿り着けただけで、充分上級ですよ。
大伯母の名前がなけりゃ、とっくに青田刈りが始まってる。
そうこうしている間に、雪原に到達。目標が近付いてきた。
「レベル七十二」
オリエッタが事前告知する。
彼女は本日の仕事終了と言わんばかりに、リュックに首を突っ込んでゴソゴソし始めた。
クッキーをくわえて戻ってきた。
「ナナナ」
ヘモジが足元まで戻ってきて「落とせ」と要求してきた。
「今あげる」と言って、自分の分だけ確保すると、缶の方を丸ごと落とした。
雪の上に落としたら、湿気るだろうに!
中身がばらける前にヘモジは無事、缶をキャッチした。
そしてピクルスの元に飛んでいった。
ふたり仲よくクッキーを分け合い、僕の張った結界の縁で、鑑賞する準備を整えていた。
もう一体の姿は今のところ見えない。
「オリヴィアが、半身欲しがってたわよ」
「半身って……」
「メインガーデンに運びたいんですって」
「ちょうど真っ二つにする専門家がいるからよかったじゃないか」
「誰が専門家よ」
「拘束してやろうか?」
「できるの?」
「『ブルードラゴン』にはまだ試してないんだけど」
強烈な魔力溜まりがやって来た。
一般人なら気を当てられただけで立ち尽くしてしまうところを、小人ふたりは暢気にボリボリクッキーをかじっていた。
目の前に氷のブレスが吐かれた。
が、小人ふたりは我関せず、窓の向こうの吹雪いた景色でも見るかのように無関心であった。
「よく見えない」
「ナナーナ」
「どうにかしろ」という目で、僕を見る。
結界範囲、縮めてやろうか?
ラーラも変に気負って、真っ二つにするタイミングを逸していた。
「遠慮しなくていいんだぞ」
綺麗な状態でオリヴィアに卸したいのだ。そのためには胴体まで縦切りや袈裟切りにしてはいけないわけで。
「久しぶりで見ちゃっただけじゃない! 大体拘束するって言ったのそっちでしょう」
「一撃でやれるんなら、それに越したことはないと思ったんだが」
「いいからやれ。わたしも何をするのか見てみたい」
そうなるよな。
僕は前回習得した首投げ技を『ブルードラゴン』相手に実践して見せることにした。
頭がお辞儀したせいでブレスが雪原に!
巻き上がる雪煙。泥も混じってヘモジたちの眼前を襲った。
これにはヘモジも目を覆った。
肝が据わっているのか、反応が単にできなかっただけなのか、ピクルスの方が動じていなかった。
そして強烈な地響きと共に消し飛ぶ暴風。
目の前に現われたのは地面に沈み込んだ巨大なドラゴンが一体。
「まずいな」
天井床が衝撃に耐えられなかったようだ。沈み込む地盤。
亀裂が走る。
落盤まで、数秒。というところで状態は固定された。
大伯母が支えたのである。
そしてラーラが煌めく剣を振り下ろした。
首がゴロンと転がった。
「お見事」
大伯母はしばらく流線の頬に手を当て考え込んだ。
吹雪の向こう側で僕が何を行なったのか、状況を整理しながら結論を探っていた。
使った魔法は既に見透かされている。要はそれをどう使ったのかということに尽きるわけだが。僕が思ったほど魔力を消費していないことも留意している。
大伯母はしばらくすると大きな溜め息をついた。
「新たな境地だな」
どうやら正しく伝わったようだ。
動き出すと、巨大な骸を大伯母はそのまま解体屋に転送した。
ラーラが小人ふたりを引き連れて戻ってきた。
「リ、リオネッロ! 何をしたのか説明して」
小人ふたりがラーラを見上げる。
「ナナーナ」
「内緒だから」
僕が言うことはなくなった。
「それにしても……」
使えるな。この『空気投げ』は。
「それって『魔法転がし』だよ」
「『魔法転がし』?」
「鬼ごっこのとき、よくやるやつ」
「魔法で相手の足元を掬う奴でしょ」
「どっちかって言うと、首根っこを押さえ込む感じなんだが」
「あんたたち、どんだけ過酷な鬼ごっこしてるのよ」
食事時、早速話題に上がった。
「相手は獣人なんだから、対策練るのは当然だろう」
「普通だよ」
子供たちは全員頷いた。
「怪我だけはするなよ」
「させるのも駄目よ」
「当たり前だろ。みんな友達なんだから」
本家学院の生徒よりスプレコーンの健康優良児たちを思い出してしまう。
学院生はもっと上品だったと思うのだが……
料理は今夜も『ブルードラゴン』の素材。
さすがに飽きてきた。
ソースや付け合わせを変え、誤魔化し続けてきたが、とうとうミンチになった。今夜は最高肉でハンバーグだ。
過去最大級の大きさに子供たちは大喜び。
ただ中まで火が通りづらかったようで、魔法で加勢していたフィオリーナとニコレッタは疲れていた。
脳天気な男子が「うまい」を連呼する度に、顔を赤らめる様は見ているこちらがこそばゆい。
「全部食うから」
クッキーを食べ過ぎて食が進まないオリエッタたち。自業自得である。
「ナーナ」
万能薬を手に取るヘモジ。飲もうか思案している横で、ピクルスはあっさり口を付けた。
見えていないと思っているのか、ラーラはテーブルの下で靴を脱いで楽していた。
久しぶりに歩いたせいで疲れたようだ。
「万能薬。補充しておくか……」
一週間後、約束通り、僕たちはスプレコーンにいた。勿論、銃の受け取りのためである。
降り立ったエルーダのゲート前広場に差す朝日もまだ若かった。
二度目であるから子供たちも比較的、落ち着いていた。
今回はじっくり周りが見えているようで、あの看板が面白いとか、見たことのない花に視線を向け、辞書を開く余裕まで見せた。
行き先は前回と同様だ。
子供たちは『振り子列車』のホームに辿り着いた。
今日は年長組と年少組に別れるようだ。
「お菓子、誰のリュックに入ってるの?」
「カード、持ってきた」
「え? マジかよ。こっちは何も持ってきてないぞ」
「本なら貸して上げるわよ」
「参考書だけどね」
「なんでそんなもん持ってくるんだよ!」
「来週テストじゃないの」
「ああ?」
「落第しても知らないわよ」
「同級生になる?」
「なるわけないだろ!」
ジョバンニが年少組にからかわれた。
「今回は有意義な時間が過ごせそうで何よりだな」
僕は年長組の車両に、ヘモジたちは年少組の車両に乗り込んだ。
そしてスプレコーンに降り立った僕たちを待ち受けていたのは――
婆ちゃんではなく、Sランク冒険者『怒濤のフィデリオ』おじさんだった
「おじさん……」
若く見えるがこの人も爺ちゃん関係、既に五十を越えたおっさんだが、二十代後半ぐらいにまだ見える。
爺ちゃんちの使用人だったアンジェラお婆ちゃんの一人息子で、幼い頃はとんでもないトラブルメーカーだったらしい。
「リオナさんが来ると思ったか?」
「まあね」
「リオナさんはお前たちと遊ぶために溜まっている依頼を目下消化中だ。他の人たちも遠征中で、あと数日は合流できない」
そう言いながら嫌らしく笑った。
婆ちゃんの性格をよく知る者なら、理解できる反応である。
婆ちゃんの顔が目に浮かぶようだ。
「面倒ごとは済ませてしまおうか」
そう言って子供たちを舐めるように見る。
「全部、お前の弟子か?」
「みんな優秀ですよ」
「全員、魔法使いか?」
「凄いでしょう?」
「ドラゴン装備を着た魔法使いね…… レジーナ様も好き放題やってるようだな」
「あの人はいつだってマイペースさ」
「Sランク冒険者だって」
子供たちも僕の影に隠れてコソコソ。
「まず銃砲店だな」
「おじさんはなんで?」
「たまたまだ」
「事務手続きだけだから大丈夫ですよ」
「この後、エルーダ迷宮を攻略するんだろう?」
「ええ、まあ。誰もいないんじゃ、屋敷に寄っても仕方ないですし」
銃砲店に到着すると、子供たちはそれぞれ注文した品を受け取った。
全員あくまで主戦力を魔法と定め、銃はあくまで補助的な用途で使用することにしたようだった。
「おかしなこだわりは捨てた方がいい。銃を主兵装にする冒険者もいるんだぞ」
そう言って子供たちの頭を鷲掴みにする。
「でも物理的な限界はあるから」
「今はこれで」
杖と銃、双方をかざす子供たちのしっかりした割り切り方に感心するベテラン冒険者。
「しっかり向かい合ってる…… んだな」
『突貫小僧』だった昔を思っているのか。幼少期、実力を無視して無茶した挙げ句、周囲の大人たちに散々迷惑を掛けたとか。
子供たちは自分たちの注文通りか、試し撃ちして確認する。
反動でよろめくことしばしば。
フィデリオおじさんは先輩冒険者らしく、子供たちに指導する。
「腰を落として、肘は固めるなよ。的より下を狙う気持ちで」
「店の中じゃ、魔法使えないから。身体強化使えば」
「使わずにすめば、その分、別のところに力を回せる。強くなりたきゃ小さな無駄も見逃すな」
当たり前の言葉のなかに含蓄がある。
この人は平民で、ただの人間で、特別なものを何一つ持たずに持った人たちのなかで育った。
歯痒かっただろうに。もどかしかっただろうに。
「無茶もするさ」
「すげー、百発装填だって。重ッ! 銃より重いよ、これ」
「弾込大変そう」
「俺、この弾倉にしよっかな」
「馬鹿なの? 替えの弾倉でいいでしょ」
「杖と一緒に持てないでしょうに」
「お前らだってなんだよ、そのどうでもいい花柄模様は」
「愛着はあった方がいいでしょ」
「ちょっと。次の試し撃ち、誰? やらないなら、わたしがやるわよ」
「待って、僕の番」
蘊蓄は届かなかったか……
店を出た時には、僕はすっかり疲れていた。
今まで見て見ない振りしてきたことを、一々指摘されているかのようだった。
師匠なんて柄ではないことに今更気付かされ、溜め息をつくしかなかった。
人生体当たりしてきた人間と、逃げ回ってきた人間の差は…… 大きいな。




