両手にキセログラフィカ
僕はふたりを連れて迷宮に入る。
そしてふたりの内、浅い層までしか到達していないラーラに合わせて行動することになった。大伯母の方が攻略が進んでいて、正直びっくりした。
ほんとこの人は神出鬼没だよな。
メモはあるけど、記憶に鮮明なフロアばかりではない。うろ覚えなフロアは階層のスタート地点に一旦降りたって「ああ、ここか」と記憶を呼び覚ましてから、移動することもしばしば。
低階層の方は大伯母方が覚えていたりして、お願いしたりもした。
出口の先に次の階層の起点もあるわけだから、たいした面倒にはならないわけだが……
さすがに度重なる下り階段に、膝が震えてくる。僕ではなく、事務方が。
脱出ゲートもすぐなので、外に出て一旦休憩しようということになった。
僕なら立ち寄らないようなおしゃれな喫茶店に飛び込んだ。展望台へ向かう坂の下、木立に隠れてひっそりとそれはあった。
毎日のように通ってきたのに気付かなかった。てっきり個人宅かと。
店内は木目張りの落ち着いた雰囲気。冷房もしっかり効いていた。
「ケーキセット」
「紅茶セットだ」
女二人が躊躇なく言った。
何が違うんだ? メニューを睨んで、僕も大伯母が選んだ紅茶セットを頼んだ。
どちらもケーキに飲み物が付いたセットであるが、さしたる理由はないようだった。
「あ、こっちはケーキ選べないんだ」
その代わり、お茶のお代わりが自由にできるわけか。頼んだ後に気が付いた。
「ふたりはここの常連なのか?」
「ゲートに近いから、イザベルやジュディッタたちとね」
「わたしは一回だけだ」
その一回、誰と来たのか気になります。
洒落た店だが、やはり男が来る場所じゃなさそうではある。大伯母ですら浮いていた。
見た目だけは若いんだけど…… 存在自体が鉛のように重いんだ。
「お待たせしました」
ケーキセットのフルーツジュースが運ばれてきた。
砂漠の真ん中でこれは…… 贅沢過ぎる! グラスもでかい。
子供たちがこの店に気付いたら、常連になってしまいそうな予感がする。
「それは大丈夫」
ラーラ曰く、入店には年齢制限があるようだ。
おしゃれなつもりのコースターに魔法陣の絵が書かれていた。
それを見て大伯母が眉を潜めて苦笑いする。
魔法陣が全く以てデタラメだったからだ。
僕もラーラも噴き出すのを堪えた。
「お待たせしました」
僕の分が来た。
風が強くなったのか窓が叩かれた。と、思ったら肉球が張り付いていた。ちっこい鼻も。
「オリエッタ……」
僕はオリエッタのためにドアを開けた。
「ペット大丈夫かな?」
「ペット違う」
しゃべるからな、人権というか猫権というか、猫じゃないけどあるんだよな。
お店の人はオリエッタを知っているようで、他のお客様の手前、浄化魔法を掛ける振りだけして下さいとのことだった。
振りだけするくらいなら、実際してしまった方が早い。
「ケーキセット」
「……」
猫がケーキセットを自分の言葉で頼んだ。
「『森の苺』のチーズケーキで」
この店の看板メニューを知っていた。
「来たことあるの?」
「店の前にいるとみんな誘ってくれる」
困った奴だとラーラと大伯母に笑われた。
一服するとオリエッタも同伴することになった。
「女三人旅ねー」と、僕はラーラにハブられた。
オリエッタがいるだけで、全員の口数が増えた。その分、僕が無駄口を叩く必要がなくなったのは僥倖であった。
そして午前の後半戦、フロアが広くなってきた分だけ、手間も掛かり始めた。
おかげで作業は予定はしていたが、午後に持ち越されることになった。
「でも、今日中には終りそうね」
オリエッタが頷いた。
最初からいたような風格ですな。
「開いてるクッキー缶持っていく」
やっぱり暇だったんじゃねーか。
後半からはクッキーを頬張りながら観光したいらしい。
が、開いてるクッキー缶などないので、新品を開封だ。あったら子供たちが見逃すはずがない。
「ナナナーナ」
「わたしもいく」
クッキー缶に釣られて小人が増えた。
増える分だけ、転移魔法にコストが掛かってくるんですけどね。
「水筒用意する」
ピクルスが自分たちの水筒にウーヴァジュースを入れてくれるように夫人に懇願し始めた。
ウーヴァジュースの樽は下の倉庫にあるので結局、僕が取りに行く羽目になってしまった。
「あれ、試していい?」
ラーラが言った。
「またかよ」
下層に行けば手合わせしたい敵もチラホラ出てくる。が、大伯母と交互にこう手合わせをセッティングさせられては、予定が前に進まない。
雑魚敵はヘモジとピクルスが引き受けることになるので、あっちは退屈してはいなさそうではあるが、僕は転移用に魔力をプールしておかなければならないので何もさせて貰えずに、オリエッタと欠伸する。
小人二人分の魔力消費はいいのかと言いたいところではあるが…… 言い負かされるのがオチであるから無口でいる。
「まだ『無双』を使わずに済んでるな」
ラーラの成長ぶりに感心する大伯母。
師匠ももっと効率的にやって欲しいんですけどね。相手の力を一通り見てから消去するものだから無駄に時間ばかり掛かって。おまけに何も残さないし。
「ナナーナ」
「まったくだ」
ガルーダ相手にやって欲しくないよな。
「あれ、初めて」
ピクルスが自分もやりたいって顔をした。初対面だもんな。
「あれは数いないから、今度な」
大体。出口を目指すだけのはずだったのに、なんでこいつらの巣に寄らないといけないんだ。
完全に回り道なんですけど!
「人をいいように使ってくれるよ」
「ナナナーナ!」
ラーラに向かって「損傷を最小限にしろ」と、言いやるヘモジ。お姫様に無礼この上ない態度だが、これも幼い頃からの当たり前の風景。
「好きに戦わせなさいよ。馬鹿ヘモジ」
指摘するならまず大伯母だろうに。大伯母に至っては骸が残らないのだから。
言えないヘモジが情けない。
その大伯母もガルーダの瞬間移動には苦労しているのだが。
はーい、次行きますよー。
他人の戦闘は見ていて面白い。
やはりこの迷宮の仕掛けは一癖あり過ぎて、単身特化したふたりには不利に働くようであった。
特にボスが二体とか立て続けに出てきたときなどは。
ちゃんと報告してますよねと、内心、ニンマリ。
ヘモジも僕の意を汲んでか、知らぬ存ぜぬを通している。ピクルスは手を貸したそうにオロオロする場面もしばしばあったが、正直ふたりとの相性は余りよろしくない。
どちらもピクルス以上の飛び道具を持っていたからだ。
「なんだかなぁ……」
「タイタン真っ二つ」
子供たちでさえ、精霊石を確保した相手に…… 戦いが雑過ぎるだろ。
「大体、わかりきった相手と今更やらなくたって」
「ここまで来たら、一応、見ておきたいでしょ」
ただぶった切ってるだけじゃ、見る意味ないだろうに。大伯母はネチネチやるし。
「もう次行くよ、次」
四十八層、本格的な迷路にソウルがうじゃうじゃい過ぎて、さすがに相手にしてはいられない。
『ソウルの置き土産』の回収もしている暇ないし。素直に転移を繰り返した。
最初からこうあってほしいものだよ。
四十九層は浮島フロア。こちらは記憶が鮮明だ。何せ、ピクルスの生まれ故郷なのだから。
ただ、ルート上、最終ボスの『三世』は素通りできないわけだが。
僕の情報だけでは足りなかったようだな。
ラーラが完全に詰め寄られていた。
それもそのはず、側近たちの相手もしていたからだ。
「舐め過ぎだ。任せればいいものを」
「アレは強いな」
大伯母は冷静だ。
ヘモジのスーパーモードと互角の相手に、余裕こいてると結界破られるぞ。
だが、射程無視、なんでもぶった切れるチートスキルを前に敵はあえなく沈んだ。
「最後薙ぎ払いって、反則だろ」
「足の早い相手の頭なんて一々叩いてらんないでしょ」
「ナ、ナーナ」
ヘモジが下から見下した。
「だーれが『まだまだ』よ!」
「でも大分、鈍ってるよな」
全盛期なら汗など掻いてなかった。
「事務仕事が長過ぎたな」
そう思うなら代わってやればいいのに。
「リリアーナ様が帰ってきたら考えるわよ」
大伯母もやりたそうにしていたが、結局何も言わなかった。
一体しかいないのだからしょうがない。
でも、順番で行くと五十階層のボスの相手は大伯母がすることになるわけだから。
「一々戦わなくてもいいんですけどね」
「折角来たんだ、楽しんでも罰は当たるまい」
「暇な時にやってください」
「大丈夫だ。夕飯まではまだ時間はある」
丸一日、掛ける予定じゃなかったろう?
「ドラゴンの群れを相手にできるなんて、現実ではほぼ無理よね」
都市が二三個沈むわ。
「あんたはヘモジと一緒で一騎打ちが所望なのよね」
ヘモジが僕に似たんだ。
「いいから、やるならさっさとやってくれ」
どうせ薙ぎ払ったら終わりだろうに。
躊躇なく前進。
ブレスを撃たれる前に斬る。
ブレスを撃たれる前に斬る。
撃たれたら逃げる。
「格好悪ッ」
「うるさい、馬鹿ッ」
「ナナーナ」
「チビもうるさい!」
「さっさとやらんか、囲まれとるぞ」
「あーん、もううざったいわねッ」
後ろの大樹ごと切り裂いた。
「王家サイコー」
「ナナーナ」
乾いた拍手を捧げましょう。
「魔石の回収して頂戴」
「だったら真っ二つにするなよ」




