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クーの迷宮(地下 50階 ブルードラゴン戦)思えば遠くへ来たものだ

「あったよー。あれのこと?」

 マリーとカテリーナが指差した。

 奥のエリアを一掃した僕たちは手前のエリアに戻り、上に出るルートを探していた。

 そして先日同様の景色を見付けた僕たちは、ヘモジを先頭に登り始めた。

「ナナーナ」

「落石注意しろよ」

「結界張ってるから大丈夫」

「そこ滑るぞ」

「足場作ってー」

「自分でやんな」

「ケチ」

 登り切った先にはまっさらな雪景色。

「うえー」

「綺麗なところね」

「隠れる所ないじゃん!」

「完全にアウェーだ」

「もう降参決定かも」

「僕たちは見学だって。戦わないよ」

 雪を踏みしめながら、僕たちは進む。

 雪が深い所では油断するとすっぽり身体ごと埋まってしまうので、年長者が先を行き魔法で対処する。

「かんじき持ってくればよかった」

「あ、その手があったか」

 僕のミスだな。

 子供たちは絶賛火属性強化中。進む先に代わる代わる火の玉を放り込んでいく。

「暖かーい」

「足元ぐちゃぐちゃ」

「そこは加減なさいよ」

「むー」

「来た」

「お出ましだぞ」

「予定通りやるわよ」

「防壁展開!」

 子供たちは分厚い壁に囲まれた安全地帯を実に効率的に形成した。予行演習してたな。

「冷気には気を付けろよ」

「わかったー」

 ヘモジは前に出た。

 ピクルスも中間で矢を構えた。

 僕は子供たちのトーチカ前ですべてを囲い込む結界を展開。重力魔法を使う準備をする。


 咆哮と共に戦闘が開始された。

 早速、先頭にいたヘモジが狙われた。

 ブレス攻撃が必要な相手とは見なされなかったようで、いきなり足の裏を向けられた。

 ヘモジのミョルニルが無礼な行為を薙ぎ払った。

 雷を帯びた強烈な一撃が太股に入った。

 予想外の反撃に悶絶するドラゴン。羽をばたつかせて空に逃げ帰る。

 そこにピクルスの一撃、二撃、否、三撃が悉く命中した。

「いいとこ、なしかよ」

 羽が折れて地上に落下。雪埃を舞い上がった。

「出番なしか」

「ナナーナ……」

 ヘモジも呆れている。

「フロアボスが舐めくさって自滅するか」

 回復する前にヘモジが強力な一撃を振り下ろして戦闘は呆気なく終了した。

「最短記録かも」

 オリエッタが欠伸した。


「なんだったんだろうね」

「弱ッ!」

「弱過ぎだよ」

 振り向くと、重厚な壁の向こうで、憮然としている子供たちと目が合った。

「まいったね、こりゃ。全然強さが伝わらなかったぞ」

 決め手は最初のヘモジの一撃であることは疑いようもない。

 僕たちには見慣れた一撃であるが、あれで敵は麻痺したのだ。それでピクルスの全弾を浴びることになったのだ。羽が折れて地上に杭漬け、回復する間もなく……

 うまく作戦が嵌まったと言うべきだろうが、綺麗に嵌り過ぎて見応えのないものになってしまった。

 本来、理想とするものだが……

 ヘモジの見た目と中身に、それだけの反則的なギャップがあるということだ。

「何の参考にもならなかったな」

 と、思ったら、子供たちは骸を前に結構、感動していた。

「皮膚かてー。こんなの無理じゃね」

「でも麻痺ることはわかった」

「確率低いんだから期待しない。今回はたまたまだから」

 わかってらっしゃる。

「でも全然効かないってわけじゃないことはわかったよね。希望見えたね」

「小っちゃい希望ね」

「いや、それでも無理だって、この分厚い装甲」

「試しにやってみりゃいいじゃん」

 子供たちは骸に向かって、思い思いの魔法を繰り出すのであった。

 そして淡くも希望が見えた瞬間、絶望の淵に落とされるのであった。

「回復されなきゃ、やれるかもだけど……」

 現状、回復力以上のダメージは与えられないと、子供たちは傷痕から判断した。要するに魔力切れを待つしか手がないと判断したわけだ。

「先は長いね……」

「接近戦ができたらなぁ」

 装甲無視の『衝撃波』を体内に撃ち込めれば、そりゃ可能だろうが。接近するための身体と技能は一朝一夕には身に付かない。まして飛び回る相手になど。

 ゴールを目の前にして、子供たちはその道のりの遠さを実感するのであった。


「さあ、念願の出口に向かおうか!」

 僕は景気付けに声を上げた。が、そのとき、予想だにしない事態が起きた。

「ち、ちょっと」

「し、師匠!」

「う、うそでしょ?」

「あの魔力反応…… そ、そうだよね?」

「尻尾、つった」

「ナナーナ!」

 何やってくれてんだよ、ヤマダ・ダロウ!

 空の彼方にもう一体、より強力な反応が現われた。

「戻れ!」

 子供たちにトーチカに戻るよう声を掛ける。

 僕は変わったばかりの魔石を『追憶』に急いで回収した。

 ヘモジとピクルスは二度目の戦闘に備えて配置に就いた。

「『ブルードラゴン』二体って…… ないでしょう!」

 咆哮と共に強烈なブレス攻撃。

 先ほどの一体より明らかに一回り大きく、ブレスも強力だった。

「ナナーナ」

 確かにさっきのは前座だったらしい。

 ヘモジは全力で逃げ回った。

 が、身を隠す場所がない状況では、さすがにすべてを躱すことはできなかった。

 僕の結界がヘモジとピクルスをその都度守った。

 出番があってよかった。

「重力魔法ッ!」

 側にいるヘモジに注視しつつ、巻き込まないように偏差撃ち。

 こちらの攻撃でブレスが途切れた。

 捕まえたと思ったのに。

 敵は咄嗟に影響範囲から逃れていた。

「手強い……」

 僕の心情を、オリエッタが呟く。

 普段なら自然回復に任せて、この程度で薬は飲まないのだけれど。この先の魔力のやり繰りを考えると、常に満タン状態にしておきたい。

 ブレス攻撃!

 ヘモジが逃げ回るから周囲がどんどん凍っていく。

 僕の魔法は既に警戒されている。重力魔法を撃ち込む隙がない。

 ピクルスが矢で牽制するが、距離を取られてあっさり『必中』から逃げられた。

 距離的には仕切り直しとなったが。

「やばい。打つ手がない」

 いや、あるにはあるのだが、子供たちの参考になるような手が思い浮かばなかった。

『遠見』からの――

 身体をローリングしながら一気に下方に回避する。

 これも駄目か。

 飛行能力だけを取っても、見たことがないほど巧みだった。

 子供たちもこれには唸った。

 スーパーモードになったヘモジでも間合いに入れることはできなかった。

 完全に魔力の無駄撃ち状態。

 僕じゃなきゃ、とっくに干上がってた。

 互いに打つ手なく小康状態に入った。

 それもわずか数秒だったが、敵は大きく羽ばたき、空高く舞い上がり、僕たちのやる気をあっさり置いていった。

「思い出した。こういう引き際の良さが…… ドラゴン本来の怖さなんだよな」

 野性なら今日のところはもう襲って来ないだろうが、迷宮産は果たして。

「他の餌を狙った方が建設的なことは確かだけど」

 僕たちは出口に急ぐことにした。



 雪原に岩がポツポツと見え始めると大地が歪み始めて行くべき先を誘導してくる。

 谷間にはせせらぎが流れ、僕たちはその脇の平らな地形を進んだ。

「あれじゃない?」

 ドラゴンは探知範囲をたまに横切るだけで寄っては来なかった。

 昨日は出口を探すために彷徨ったからボス戦後にも雑魚敵との戦闘があったが、今日は最短コースを行っているせいか、今のところ余分な戦闘に巻き込まれてはいなかった。

 穴蔵の先に見慣れた階段。

 ほっと胸を撫で下ろす子供たち。

 時間的にはギリギリだな。

 長い階段を降りる。


 いつもより広い踊り場。ここが特別な場所だと示していた。舗装されていない穴が先まで続いているが、今はいい。

 用があるのは脱出ゲートの先にある戸口だ。

「いよいよだな」

 どれ程この日を待ち望んだことか。

 昨日もここまでは来てるんだけど。

 ゾロゾロと入室する。

「何、ここ?」

 子供たちが好奇心の赴くままクルクル回り始める。

「壁ツルツルだ」

「金属?」

「冷たくないね」

「石みたい」

 切れ目のない壁。ガラス張りの透明な床と天井、その先に広がるひたすらの闇。星空が瞬くよう。

 僕やヘモジ、オリエッタには見慣れたものだが、初めて見る者にはここはもう別世界だ。

 まるで星空のなかにいるような錯覚を覚える。

 子供たちの楽しげな反応を見て、苦労が報われた気がした。

「これから魔法陣を起動するけど、勝手に動くんじゃないぞ」

「はーい」

 景色を眺めるだけで手一杯のようだ。

 他にクリアした迷宮もないのだから、転移のしようがないのだが。念のためオリエッタとヘモジが見張っている。

 僕は透き通った螺旋階段を上がり、システムを起動する。装置に触れるだけだが。

 触れた瞬間、階下の魔法陣が光り出す。そして星空の景色がゆっくりと回り始める。

 慣れないと水平感覚を失い、酔ったような感じになる。

 そうならないためにさっさと移動してしまおうと思ったのだが、子供たちは究極の非日常を満喫して酔うどころか目を輝かせていた。

「止まった」

 景色が止まった。

「早く乗れってことだよ」

 普段使いの魔法陣より大きな物なので全員一度に乗ることができた。

「全員、乗ったか?」

 ゲートが開いている間に順番に飛び込むタイプではないから、乗り損なうと置いて行かれることになる。

「行くぞ」

 行き先のタグは僕と、オリエッタとヘモジにも見えているのか?

「ナナーナ」

 目の焦点が合っているところを見ると、見えているらしい。

 普通に転移するのも世界線を跨ぐのも変わらないようだ。

 さすがにエルーダを知らないピクルスには見えてはいないようだったが。

「感動の瞬間だ」

 通常ゲートキーパーを使っての世界線跳躍には施設利用料として大金が伴う。

 今の子供たちにとって、その点はまったく問題ないわけだが、如何せんゲートがある場所がメインガーデンのさらに先のビフレストである。とてもじゃないが、気軽に往復できる距離じゃない。

「思えば遠くへ来たものだ」

 裏口万歳。



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― 新着の感想 ―
[一言] 実家に帰省出来るか、それともとりあえずとんぼ返り?
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