第何回? 飛び込み肉祭り
肩口から上が完全に消滅している。一言言いたかったが、言わなくても自覚しているようなので、何も言うまい。誰にでも失敗はある。何より初めての相手だし。
「今夜はごちそうだ!」
「ごちそう!」
「ナナーナ」
「肉祭りだ!」
しょげているピクルスの頭を掻き回す。
「『ブルードラゴン』の肉はおいしいぞ」
ピクルスの一撃は僕の『魔弾』に匹敵する破壊力だった。それも全力の。
魔力効率がよくなったら主戦力にしてもいいが、まだ自分でやった方がよさそうだ。今後の成長に期待したい。
「成長……」
言ってるそばから勝手に再召喚。レベルが上がったようだ。
ヘモジは上がんなかったのか。
戻ってきたピクルスには『ドラゴンを殺せしもの』の称号が付いていた。
「これでみんなと一緒になった」
ピクルスは嬉しそうに笑った。
本日の狩りはこれにて。
「出口、見付けないと」
そうだった。
すぐ見付かるだろうと考えていた僕たちは甘かった。
ボスを倒したというのに、出口がわからず『アイスドラゴン』との戦闘をしばらく強いられたのだった。
僕たちは大事なことを失念していた。
五十層の出口で待ち受けるものを。本来の目的がそこにあるということを。それは別の迷宮へと繋がる転移門の存在である。
「すっかり忘れてたよ」
目の前に捉えてようやく僕たちは迷宮を攻略したことを実感した。
他の迷宮を攻略した時はもっと感慨一入だったのだが。
「……」
本当のゴールがその先にあることを思い出したくなかったからだろう。
「休暇が終っちまうな」
ヘモジの腹の虫が鳴った。
「戻るか」
この先に進むのは後にしよう。
解体屋に駆け足。
ヘモジとピクルスを追い掛ける。
肉の一番いいところを回収するために。
「解体屋は逃げないって」
到着すると既に我が家の分のブロックの切り分けが済んでいた。
読まれてるなぁ。
多めにカットして貰ったので、持てない分はさっさと『追憶』に放り込む。
「今夜は大騒ぎになりそうだな」
『ブルードラゴン』の肉が入荷したことは案の定、既に獣人ネットワークで拡散し始めていた。
が、解体屋の作業が込み入っていて、人手が割けず、解体は祭りの直前まで掛かるらしい。
誰が始めるわけでもなく、展望台の方が既に騒がしい。
食堂ではまだ情報を知らない夫人が、料理を作っていた。
ラーラたちも続々と戻ってきた。
「皆さん、今日はお早いんですね」と、夫人。
僕はブロック肉を厨房のテーブルにドンと下ろす。その数、四ブロック。分厚いステーキにして提供しても、一人当たり五食分ぐらいにはなる量だ。ピューイとキュルルに出しちゃうとすぐなくなってしまうが。
「『ブルードラゴン』の肉だ」
見た目、いつも通りの霜降りのいい肉だ。
イザベルとモナさんが食い入るように覗き込む。
あちらの世界から持ち込んだ物があったから、初見ではないはずだが。
下処理をして保管箱に収めていく。
全員厨房にいて、食堂に誰もいないという珍しい状況を作り出していた。
「師匠、起きてきた?」
「ええ、朝食を済ませたら、また自室に籠られましたけど」
端から見たら大変そうに見えるが、当人は至って平常である。むしろテーマがはっきりしている分やりがいを感じていることだろう。
余計な作業が入ったせいで食事の時間が遅れたが、予定が定かでない僕はのんびりしたものだった。
「いよいよかぁ」
ラーラが感慨深く言った。
「エルーダと繋がるのね」
あちらの最下層を既に攻略している僕たちは、迷宮最深部を経由してあちらとの行き来が可能になる。
世界を跨ぐことは本来ならできないが、特権よろしく、ゲートキーパーの裁量でここの迷宮だけは例外指定されている。こちらの世界の他の迷宮の最深部に到達した者なら、そちらともリンクするようなので、イザベルに至っては故郷に帰る最短ルートとなるだろう。が、残念ながら僕は未攻略であるので、そちらのガイド役にはなれない。自力攻略が待たれるが…… 難易度むちゃくちゃ高いぞー
ラーラは午後からのどんちゃん騒ぎの準備で忙しくなると既に警戒。申請書類の処理が大量に舞い込んでくることに既に溜め息していた。
「我が家は出し物しないんですか?」と、夫人。
「公式じゃないから、別にいいんだけど」
「ピザだけならやれるんじゃない?」
「材料はあるから」
「じゃあ、場所の申請、いつもの場所にしときましょうか」
口を挟む前に参加が決定してしまった。
『銀団』事務所で場所取りの申請書類をこれから捌くので、ついでだとラーラは曰った。
ここまで手際がいいのはすべて婆ちゃんが気まぐれだったおかげである。この五十年間の無茶ぶりのせいで、皆、ノウハウが染みこんでいる。半日あれば、立派な建て付けが整ってしまうのだ。
とは言え、何もしなければ始まらないわけで、夫人と一緒に下ごしらえに勤しむことになった。
最下層のゲートを潜るのはお預けである。
どうせなら子供たちと行きたかったし、まあ、楽しみは取っておくさ。
子供たちにも情報が届いたようで、学校から帰ってくると挙って厨房に飛び込んできた。
「見せて、見せて」
見た目はただのブロック肉だって。
『ブルードラゴン』の肉が初見でないことは既に述べたが、子供たちはそれでも興味津々であった。
「ビザ焼くの?」
下ごしらえの食材が入った保管箱が置かれているのを見て言った。
今夜、祭りに参加することを知らせると、子供たちは喜んだ。
「どれ運ぶの?」
「今回は大丈夫だ」
前回のときと違って、今回は『追憶』がある。食器も何もかも僕が持っていくと言ったら「それだとつまらない」と、返された。
参加している実感が欲しいのだと理解した。
「軽い物は台車で運ぶか」
テントや重い調理器具は僕が運ぶとして、食材の入った保管箱は子供たちに任せることにした。
「まだまだ余裕で積めるよー」
「それ引っ張るのお前たちだぞ」
「そ、そうだった」
「こんくらいでいっかな……」
「現金な奴」
ケラケラ笑った。
そんなわけで準備は着々と進んだ。
むしろ搬送の不便がなくなったことで、設営は早く済んでしまった。
展望台は既に人で溢れ返っていた。
「まったく、公式も非公式も関係ないな」
屋台の準備をしていると、ひっきりなしに冒険者たちと出くわすことになる。皆『ブルードラゴン』の話を聞きたくてやってくる。
僕やヘモジはその都度、自慢げに話して聞かせた。
繰り返すごとに誇張はなくなり、事務的になっていく。
皆、五十層の仕組みを聞いて最初青ざめるが、ジャンキーよろしく、その顔は次第に輝いていく。
髭面たちがいたずらっ子のように見えた。
「ドラゴンが一斉に襲ってくるのかよ」
「腕が鳴るぜ」
「その前に四十層突破しないとな」
「前線との二足の草鞋じゃなきゃ、とっくに行ってら!」
気を吐くのはどいつもこいつもスプレコーン出身者だった。婆ちゃんが強さの基準になっているようで、まるで動じていなかった。
却って、こちらが心配になってしまう。が、皆、エルーダを越えてきた猛者たちだ。
外部からの参加者や地元出身者はさすがに青ざめていたが。
「これだからスプレコーン出身者はネジが飛んでるって言われるんだよな」
日も暮れ出すと酒も供給され始め、盛り上がりに拍車が掛かる。
「家族連れが多いわね」
この砦も前線でなくなりつつある今、人員の構成も変わりつつあった。
子供たちはさっさと自分たちの食事を周りの出店から調達すると腹に掻き込んだ。
僕はその間も窯の前で汗を掻いていた。
急なことだったのでバリエーションはないが、数は用意できた。品切れなど起こさない決意で下準備したのだ。ブルードラゴンの肉をトッピングした物もしっかり用意してある。
食べ終わった子供たちが、窯やカウンターに戻ってくる。
代わりに大人たちが食事する。
「えー、マジかよ」
「お前らもう五十層に着いたのかよ」
カウンターで接客する子供たちの声は自慢げだった。
でもミケーラ先生と担任教師たちがやってくると、実態がばらされ、たどたどしくなっていった。
それ以外は軒並み順調に推移した。
そして必死に用意した在庫もちょうどいい具合に捌けて、店仕舞いを始める。
祭りの後の静けさは、いつもどこかもの悲しい。
清掃用に置かれた巨大な水瓶に水を満たしては悦に入る子供たち。
「どうせなら魔法でこの辺洗っちゃってくれねーかな」
「いいよ」
「乾燥もして上げる」
撤収作業も遊びの内だ。
駄賃に売れ残りを大量に貰ってくる子供たち。
食材は使い切ったので子供たちが運ぶものは空の保管箱と荷車だけだったが、貰い物でちょうど保管箱が塞がった。
「当分、おやつには困らないな」
ソルダーノさんの店の裏手の普段とは違う傾斜の緩い坂を選んで帰る。遠回りも特別なイベントだ。
「楽しかったね」
前回より仕事の量も少なかったし、楽しむ余裕があったのだろう。
大伯母は最後まで姿を現わさなかった。
僕の内心より切羽詰まっていたのだと知るのは、もう少し時間が経ってからのことであった。




