リオネッロ、穴を掘る2
「こんなことなら『紋章図鑑』持ってくるんだったな」
天頂に太陽が輝いていた。
「アールヴヘイムまで戻るのは無理」
「もうすぐだから食ってろ」
「プリンじゃ、元気出ない」
「ナーナ」
「なんでそんなもんが入ってるんだよ」
「ラーラのせい。お昼には帰ると思ってたのかも」
「クッキー缶開けていいぞ」
「食べ飽きた」
「ナー」
「じゃあ、もう少し我慢だな」
「頑張れ」
「ナーナ」
手伝えることのないふたりは少し離れた場所で石蹴り遊びを始めた。
一から十までの番号を振った円のなかに片足で順番に蹴り込んでいって、外すまでの合計点を競う遊びだ。
オリエッタは律儀に二本足で立って、後ろ足で蹴ろうとして空振りするか、場外に蹴り飛ばしている。
ヘモジは何が気に入らないんだか、しょっちゅう首を捻っていた。
勝負になっていないようで今一、盛り上がりに欠けていた。
集中したい僕にとってはその方がいいのだが……
「オリエッタ。後ろ蹴りだ」
砂を掻くように後ろ向きに蹴ればいいのだ。
オリエッタは後ろ向きに立って、後方をチラチラ見ながら猫背の状態で小石を足蹴にした!
「やった!」
ようやく思うように蹴り出せたようだ。
「ナナナ!」
反則じゃないかって?
「じゃあ、ヘモジも後ろ向きで蹴ればいいだろ?」
「ナーッ!」
何が『がーん!』だよ。
元々あってないようなルールなんだから、楽しくやりなよ。こっちは忙しいんだから。
「連続三マス! 六ポイント! これは奇跡!」
オリエッタが己の偉業に感じ入っている。
「ナナナ」
ヘモジが僕に囁く。
はあ? 二十マスまでマス目を増やす?
「まず十マスまで進んでから言え」
「ナ……」
がっくり膝を落とした。
「駄目とは言ってないぞ」
「ナーッ!」
勝手にヘモジがマスを増やしている横で、四つ目のマス目に小石を蹴り込んで嬉しそうに瞳を輝かせている猫又がいた。
「奇跡の次は何?」
知らないよ。
「ナーナーナ!」
一から二十まで全部足したらいくつになるか?
「自分で計算しろ。こっちは今忙しいんだから」
ヘモジは考え込んだ末、増やしたマス目をすごすご消し始めた。
「計算表を事前に作っておけば、一々計算しないで済むんじゃないのか?」
「やった。新記録。六マス進んだ。合計いくつ?」
「ナ!」
ヘモジが固まった。
「いくつ?」
オリエッタは繰り返しヘモジに問うた。
まさか一から六までの合計がわからないのにこんな遊びをしていたのか?
ヘモジは空で足し算を始めた。
「ナナナ…… ナーナ。ナナ…… ナーナンナ。 ナナナ、ナーナ、ナーナンナ……」
一と二を足して三。三はもうあるから四を足して…… 七? 七に五を足して十二。十二に六足して十八……
三どこ行った、ヘモジ?
「ナーナ?」
首を傾げる。
本人も何かが違うことには気付いてるんだな。さっきから首を捻っていたのはそのせいか。
「ヘモジ、三足す三は?」
「ナーナ!」
そうだ。六だ。
地面を睨み付ける。
「ナッ!」
ヘモジは成績表を足で消した。
そうだ、今までの成績はノーカウントだ。
「ナーナンナ!」
仕切り直しだ。が、こっちの準備ももう終わりだ。勝負はお預けだな。
「線の上はセーフ?」
七マス目はオン・ザ・ラインか?
キラキラしてるところ悪いが……
「時間切れだ」
完成した魔方陣に微量な魔力を通してみて、断線がないか確認する。目的通り効果を発揮するか、指に火を灯してチェックする。
「よし!」
「ナーナ!」
二十一? ああ、そうだな。まだ計算してたのか。
ヘモジも納得したところで、僕たちは魔方陣の中央に立つ。
刻んだ陣は圧縮強化しているので踏んだぐらいではびくともしない。
「あれ、消える?」
オリエッタが離れた地面に書かれたマス目を名残惜しそうに見詰めた。
「帰ったら、またみんなでやるといい」
「砂、お持ち帰り!」
「そうだな」
無駄話をしながら杖に魔力を注いでいく。
『万能薬』も液体で、飲める量には限界があることに気付く。
取り敢えず小瓶で十本分。
「よし。まだチャージできるな」
お腹はたぷんたぷんになったが、無事、二十本分をチャージできた。
「なんとか、行けたな」
「行けた。行けた」
「ナーナ!」
足元の魔法陣にふたりが魔石(大)をセットする。
魔方陣が淡く輝き出す。
緊張の一瞬。
前代未聞の全力『衝撃波』ッ!
手答えあった!
どんぴしゃだ。巨大な風の波紋が空を切裂いた。
杖が加減してくれたのがわかった!
二割程残っていると感じた。
巨大な砂の壁が地面から湧き上がりながら、放射状にものすごい勢いで遠ざかっていく。そして抉った大地ごと何もかも遙か彼方に持ち去った。
抜けるような青空だった。
杖に残っている魔力が僕たちの命を繋いでいる間に『万能薬』を口に放り込んでおく。今、結界の外側の気圧はほとんどゼロ状態のはずだ。
怖いくらいの静寂……
やがて風切り音を伴った強風が戻ってきた!
中心の気圧が下がったせいで、今度は一気に風が流れ込んできたのだ!
「あわわわわっ……」
もの凄い風圧が僕たちを結界ごと吹き飛ばそうとする!
急いでガーディアンも一緒に土壁で覆った。足元も崩されないように全力を傾けた。
すぐに静かになった。
「終わった?」
ドーム型に覆った天井をヘモジのハンマーで崩して周囲を見渡す。
「ナーナ……」
「凄かったな」
「死ぬかと思った」
「ナーッ!」
「うわーっ!」
「これは……」
息を飲んだ。
見渡す限り見事な窪地ができ上がっていた。唯一中心ポイントのここだけが、食べ終わったリンゴの芯のように切り立った崖の上にあった。
遙か地平の先に押し出された残土がぐるりと大きな丘陵を形成していた。
「絶景だな……」
ヘモジとオリエッタがガーディアンを起動させた。
「異常なーし」
「こら! 勝手に動かすな」
操縦席に跨がると僕たちは空に舞い上がった。
「ナーナナ、ナナナナ、ナーナンナー」
「すごい、すごい、すごい。でっかい丸。でっかい丸。でっかい丸!」
足元に広がる大穴を一望する。
「うわ、危なッ」
大穴の外周が禿げ山の麓ギリギリまで到達していた。
「少し抉れてないか?」
「見えない」
「ナー?」
ヘモジも望遠鏡を覗くが、はっきりしないようだ。
振り返って、入り江の状況も確かめた。計画では入り江から穴の外周まで五百メルテ以上間隔を開けるつもりだったが……
固い地層が功を奏したか。
「みんな、大丈夫かな?」
「!」
「何か来るッ!」
オリエッタが叫んだ。
大きな魔力反応!
「あれ!」
「ナナーナッ!」
「ああッ!」
転移ゲート?
絶景を堪能する間もなく、問題が発生した。
宙に浮かんだ巨大なゲートから巨大な脚が一本、出てきた。それはどこかで一度見た脚だった。
「第二形態ッ!」
膨大な魔力に釣られて来たか!
「まずい! 魔方陣を作動させたままだった!」
敵の魔力を増強させるなんて洒落にならない!
急降下して、僕たちは塔のように切り立った崖の頂上に滑り込んだ。
ヘモジが魔石を外しに飛び降りる。
僕は銃口を転移ゲートに向けた。
特徴的な長くおどろおどろしい腕が現われた。
そして頭が出るか出ないかというところで。
「戻って、滅びろッ!」
土壁や足元の強化などで魔力を半分以上消費していることを思い出した。が、後の祭りだった。
大丈夫、必要充分だ!
残りの魔力をすべて注ぎ込んだ。
「『プライマー』ッ! ああっ、やばい!」
僕はヘモジと目を合わせた。
ヘモジの手はまだ魔石に届いていなかった。いや、僕が魔法を使うまで待ってくれていたのかも。
「やり過ぎた……」
タロスの第二形態が『魔弾』の直撃を受けて吹き飛んだ。
と同時にゲートに飲み込まれたのか『魔弾』は空間諸共消えてなくなった。
遙か東の彼方で大爆発が起きた。
「なんだ!」
「うにゃ?」
ヘモジを掬い上げると、高度を上げた。
東の彼方、地平線の先にきのこ雲が舞い上がった。
「誘爆した?」
「ナーナ!」
ヘモジが望遠鏡を覗き込む。
「不可抗力だよな?」
「見なかったことにする」
まさかこんな近くに第二形態がいるとは思わないもんな。
「場所ばれた?」
「追撃がないところを見ると多分、大丈夫だろう」
第二形態が他にもいて、別々の場所でこちらを察知したというなら、とっくにここで鉢合わせしているはずだし、同じ場所でゲートの順番待ちをしていたとしたら。
地平線の向こうに目をやった。
「あの爆発の規模を見る限り……」
「取り敢えずあれを破壊して、戻るとするか」
僕たちは足元の魔方陣を破壊して帰路に就いた。
石蹴り遊びのルールは異世界仕様なっています(笑




