クーの迷宮(地下 50階 ドラゴン戦)重力魔法実験5
「重力魔法、使い勝手悪いな」
食後、早速使ってみた。
場所は二十八層、ワイバーンフロア。
「落とすことはできる」
ワイバーンは滑空しかできないので、次の飛翔のためには高台まで戻ってこなければいけない。その点では有効と言えなくはなかったが…… 来る場所、間違ったか。
「無駄な行程だな」
今はヘモジたちを連れていないからそう思うのだろうか。普段なら足止めしている間に……
そうだ、味方にも影響が出るんだった。
大規模範囲魔法は大概そうだが、効果が持続している間は近寄れない。
「却って邪魔になるな」
溜め息。
やはりドラゴン相手ぐらいにしか有効ではない。しかも味方の、範囲外からの攻撃手段あってのこと。
術式をいじってみる。
味方を巻き込む以上、僕的には使えない。主力が近接特化のヘモジだから。ピクルスだけなら面白い手になっただろうが、それでも矢の軌道には影響が出たことだろう。
まず使うとしても魔法の効果時間を設定しなければならない。
ソロ活動では手が空かないと次の一手が打てないから、一つの術にばかりかかずらってはいられない。
課題は適性が何秒か。そのときの消費魔力は?
まず術式に変数を導入する。五秒、十秒と効果時間を延ばしていこう。
崖に至る坂道をノソノソと上がってくるワイバーンを捉えて試してみる。
「押さえ込んで……」
「その間に……」
「『雷撃』!」
ドーン。
一丁上がり。
「次は」
二体連なって上がってくる。
まずは拘束。余裕を持って。
「『雷撃』!」
二股に分かれた稲光が、それぞれの頭部を貫いた。
ワンステップ余計だなと思いながらも、相手が強力なドラゴンだと仮定してみる。
「こんな感じでよさそうだけど…… 相手の抵抗を考えるとどうなんだろうな?」
ドラゴンの方が身体能力は上であるから、消費魔力も増えるかも。
「出力調整も柔軟にする必要があるな」
手放しで扱うには命令を事前に出しておかなければならない。今日の三人のように状況に合わせたさじ加減なんてできないのである。
どうしても安全率を考慮して、過剰になることは仕方のないこと。
「明日だな」
セキュリティーも加味しないといけないので、具体的な絵面はまた考えよう。
魔石を回収する。
ドラゴンの石と比べたら小さいこと。
ついでに巣にある宝箱を開けて……
「あ。鍵忘れた」
ヘモジに預けたままだった。
諦めて帰宅する。
帰宅して『ダイフク』に向かう。
ここには『闇の魔石』の専用保管棚がある。子供たちが勝手に作ったスペースだが、船の動力源を安定確保する一助となっている。
「ちょこちょこ増えてるな」
売値が高いので小さな物は売り払っているのだが、子供たちは形のいい物に限って残しているようだ。成形なんていつでもできるだろうに。矛盾である。
注意書きがあって『空の状態で置かないように』と、あった。
『カースドラゴン』から取れた魔石は特大ではなかったが、それなりに大きかった。
「入らん」
棚の高さを変える。
元々残量があったので、戦闘後の出涸らし状態でもなんとか補充できた。
「ここにある魔石だけで運用、間に合ってしまいそうだな」
子供たちがいればローテーションで一日二回転ぐらいしそうだ。これだけあれば他の魔石を使い果たしたとしてもなんとかなりそうだ。
ガーディアンも、となるともう少しあってもいいかな。
大伯母、飯食ったのか?
大伯母の部屋の扉の前で立ち止まる。
寝ていたら悪いので、素通りした。
珍しく、寝るのが最後になった。
賑やかな一日の終わり。
ちびっ子ふたりが僕のベッドを占領していた。
翌日。本日は雪山方面を攻略する。最後まで行く予定である。
息が白い。
なんとなく先日より寒い気がした。
断層の断面にようやく辿り着いた。
天井の下に入っていく。
「ナナナ」
『アイスドラゴン』がいた。
「試すぞ」
「ナナナ」
「いいよ」
制限付き重力魔法を放つ。
『アイスドラゴン』の足元、狙った場所に発動すると、飛んでいたドラゴンは吸い込まれるように地面に落ちた。
「おー」
オリエッタが小声で驚く。
時間にしてわずか数秒。
効果が切れたところで突撃。簡単にとどめを刺した。
魔力消費量は無駄にでかかった。
「あと何発か撃って、試したら普通にやるか」
「ナーナ?」
「ピクルスの出番」
「わかった」
効果範囲をまず狭めないとな。範囲指定じゃなくて、個別指定でできないものか。
結論から言えば、できなかった。大伯母はその辺抜かりがないわけで、すべて試した結果がこれなのだ。
ターゲットを非対象化することでしか、影響効果を及ぼせないのだろう。ストーム系と同じだな。
天井高くを二対のドラゴンが飛んでいる。
敵対しなければ、見逃してやるんだが。
「その旺盛な敵愾心は病気だな」
一体をピクルスが先制した。
残る一体を先ほどより狭い範囲で拘束した。
「あ!」
打ちっぱなしにするつもりが、手動にしてしまった。
ヘモジが突っ込んでしまう!
僕は無意識に範囲指定をミョルニルが届く径にまで絞った。するとヘモジに都合がよくなっただけでなく、ピンポイントでの力の集約がかなったのであった。
「やってみるもんだな」
唖然呆然、瓢箪から駒である。
より小さな力で縛り付けることに成功したのだ。
「これは案外使えるかも……」
捕縛網みたいな使い方ができそうだ。
ヘモジも安心して殴れる。
が、当人はつまらなそうだった。
「よし、もういいか」
うわ、嬉しそう。
ヘモジの顔にやる気が戻った。
でも届かないものは届かない。
その分、ピクルスが頑張った。
ピクルスは次々敵を落とした。ヘモジは回復される前に殴りに行く。
こうなったら僕の出番はない。
「……」
ペンを仕舞い周囲を見遣る。
ヘモジとピクルスが額に汗して、魔石を回収して戻ってきた。腰袋は一杯だ。
それを僕に手渡すと、岩に腰を下ろして水筒を取る。
「のどかだなぁ」
「さっきまでドラゴンがうじゃうじゃいたけどね」
「ナナーナ」
「氷邪魔」
「結界より氷で身を守るから、貫通が効かないんだ」
レベル七十台ということは野性のドラゴンの七割の強さ。この三割の弱体化は大きいが、それ以上に弱く感じるのは成長した証だ。ヘモジに至っては既に外の世界でドラゴンを単身討伐できるレベル。迷宮内では敵なしだ。『結界貫通』を持つピクルスもすぐだろう。
「五十層突破……」
いよいよエルーダと繋がる。
「姉さんと足並みを揃えないといけないな……」
視界に広がる大樹の柱が土砂で埋まるようになり、やがて壁となる。行き先が制限されなくなっていく。
出口は一箇所のみ。
「あの先にいる」
群れが待ち構えている。
「冒険者にどうしろと」
ヒドラに匹敵する難関になりそうだな。
入口が狭いのは各個撃破を想定してのことだろう。
僕は『遠見』で中を覗く。
「気付かれた……」
明らかにワンランク上の相手が待ち構えている。
『カース』ほどやりにくい相手ではないだろうが。
天井が抜けてるな……
あの先にいるのか? 『ブルードラゴン』……
「ピクルス、釣ってくれるか」
「任せて」
「ナナ」
まあ、倒しちゃってもいいけどね。
放たれた矢が命中目前で氷壁に阻まれた。
恐ろしく早い魔法展開。
ドラゴンは本能で魔法を行使する。術式を捏ねなければならない人種との決定的な差だ。
あの早さを凌がなければならないのは相当に厄介である。早さで凌駕することはほぼ不可能。となれば力で打ち破るしかない。
爆発矢が機能して氷片を打ち砕く。
わずかに空いた隙間に二発目を、と放った矢は身をよじられ、別の氷片に阻まれた。
ピクルスの顔が歪む。ここまで余裕で拒否られたことはなかった。
敵の力量が跳ね上がったことは一目瞭然だった。
「!」
氷の無数の氷片が至近距離から飛んできた。どれもナイフの如く鋭く尖っていた。
まるでエテルノ式!
発現が遅いとよけるのが難しくなる。
あっという間に結界が全損した。
僕は自作した土壁に身を隠して再起する。
「本物だ」
待ち構えていたらやられる…… でも近付けばもう一体が出てくる。
今は前に出るべきではない。
「見極めるぞ」
既に厄介さが露呈してきているが。
僕たちは後退する。
「来ない」
釣られて来ないか……
ピクルスの一撃では挑発に値しないと。
「舐められてるぞ」
「むー」
ドラゴンが喧嘩っ早いことは知っている。
怒らせ方も心得ている。ちょっかいを掛け続けるのが、最も安上がりな手だが…… ピクルスにやられるのとどっちが早い?
矢の射速が上がった。
まだ輝いたりしないが、ピクルスにもスーパーモードらしき気配が隠れている。
「!」
敵の反応が遅れた!
氷壁が形成されるのが遅れた分、被害が広がった。アイスドラゴンの表皮が広範囲に露呈した。
やっと動いた。
が、頭が吹き飛んだ。




