クーの迷宮(地下 50階 ドラゴン戦)重力魔法実験
「もういいだろう」
僕たちは撤収した。
「ナナーナ」
戻ると同時に子供たちの攻撃が始まった。
ピクルスがスルーした敵は三体。ウォーミングアップにはちょうどよいだろう。と思ったのだが。
称号『ドラゴンを殺せしもの』の効果は絶大であった。
これまであんなに苦労していたのに。
ごり押しで倒してしまった。
これには大伯母たち三人も子供たち当人も絶句した。
「あの数を一瞬で?」
日々、タロスのドラゴンタイプ相手に苦戦を強いられてきたリーチャさんも、教壇に立つ傍ら、緊急依頼で何度も死地に赴いたミケーラも呆然としていた。
「楽勝、楽勝」
「結界のないドラゴンはただのでっかい蜥蜴です」
「もういないの?」
「この調子なら、普通に進んでも大丈夫そうだな……」
引き籠もらなくても、殲滅速度がこれだけあれば、結界防御だけでなんとかなりそうだ。
「おい、弟子、その一」
「誰が、その一だ」
「今のはなんだ?」
大伯母が僕を睨み付ける。
「何が?」
大伯母はピクルスを指差した。
そう言えば大伯母はピクルスの強さを知らなかった。
「いくら必中があってもおかしくないか?」
確かに相手は賢いドラゴンである。
結界を無視できたとしても、こうも容易く屠れる相手ではない。
「内緒」
『遠見』からの陽動は通じなかったが、転移した先で殺気を放つことは可能だ。いや、転移せずともゲートを出現させることは可能だ。おかげで何度か動揺を誘うことができた。
肉体を転送させなくてもゲートを繋ぐだけでなんとかなることにあれから気付いて、試そうとずっと思っていたのだ。よい結果になってよかった。これなら肉体を転送させる前なので魔力消費も若干軽減できる。
大伯母も次は真剣に見るだろうから、僕がしたことはすぐにばれるだろう。
子供たちのそばに何気なくいるヘモジも殺気を使って同様の誘いを行なっていたが、こちらの小細工にはいつ気付くだろうか。
見えないところで、こっそりポイントを稼ぐのも意外に楽しいとヘモジも気付き始めていた。
とは言え、ピクルスの命中精度が報告通り、通常の『必中』とは違うことに大伯母の興味は向いているのであった。
「師匠、いたよ」
「誰がやる?」
「ナナナ?」
余裕綽々である。
先日の及び腰はなんだったのか。
「来るよ」
トーニオ、ニコレッタ、ニコロが三方から同時に攻撃を試みた。
次々と躱されていった。
が、動揺は一切ない。
ドラゴンは余裕でこちらをやれる。大量のごちそうだとばかり大口を開けた。
「誘いに乗ってくれてありがとう」
フィオリーナがニコリと笑う。
「『氷結爆裂』!」
ドラゴンの口の中で、いがぐりの棘のように放射状に鋭い無数の氷の切っ先が爆ぜた。
「おー」
他の子供たちが感心する。と同時に大人たちも目を丸くする。
子供たちの機転の良さ。それは冒険者でも上位者のものだ。
「魔石回収ターイム」
肉はだぶついていても、値上がりしている部位素材があるらしく、子供たちはそれを回収するため、骸に群がった。
「今、値上がってるんだ」
「そうみたい」
軽くて丈夫、鱗は盾の素材として昔から人気だったが、現在またブームが来ているらしい。
僕もオリエッタも興味のないことにはとことん頓着がない。
子供たちは一番硬くて美しい一枚を探して、骸の表面を這いずり回った。
「これ、いいんじゃない?」
「ちょっと、オリエッタ。早く来て、見てよ」
渋々参加するオリエッタ。眼力を働かせて、高値が付くであろう上位三枚を指摘した。
ここでも人知れず大人ふたりが息を呑んでいた。
「なんであんなに簡単に剥がせるの?」
リーチャさんの呟きで、僕は気付かされた。
『無刃剣』を使っているからであることは今更言うまでもないが、確かに鱗の解体は解体屋でもベテランが専用の器具を用いてする仕事だ。
「師匠、転送して」
「のんびりやってると気付かれるぞ」
言ってるそばから、敵が近付いてきた。
「ピクルスがやっておく」
ピクルスとヘモジが連れ立って前に出た。
「二体、来る!」
改めてピクルスが教えてくれた。愛い奴じゃ。
二体はピクルスの放った矢を華麗にスルーした。が、追い掛けてくる矢に逃げ惑うことになった。
地面の大岩になすり付けるべく急降下する一体。
ヘモジが気配を消して既にそこにいた。
顔面、一発。撲殺完了。
慌てたもう一体もピクルスの追撃に包囲され、たまらず降下した。が、こちらもピクルスの放った影矢を食らって顔面消失。魔石は若干小さくなりそうだった。
大人たちの視線が子供たちの回収品を転送する僕に向いた。
何かな?
子供たちは先を行く。
魔石を回収しながらの前進であったが、その足取りは先日の比ではなかった。
「やっぱり数は暴力だねー」
「自分で言うな」
優位性がある間は子供たちに負けはなさそうである。多少の劣勢ならピクルスが調整可能であるし。
一言あってもよさそうだが、大伯母はただ見ていた。
すぐ動くだろうと思っていたのに、僕たちの戦いのなかにある腑に落ちないものをまだ探していた。
ジョバンニが放ったストレートな一撃がクリティカルヒットになった。
「どんなもんだい!」
今までで最も速い一撃だった。エテルノ式ではあるが、発現と反応までの間が最短だった。気付いた時には既に発動していた。
裏の裏は表。裏を読むのに一生懸命になっていたドラゴンは素直な一撃を避けられなかったわけだ。
年少組がジョバンニを取り囲んだ。
「どうやったの?」
「今の早かったよね?」
「バンだった、バン!」
「あんた、言葉しゃべりなさいよ」
日進月歩。一人の成長が常に九人に伝播する。その相乗効果たるや。あやかりたいものである。
「『レッドドラゴン』!」
渓谷の手前にまだ若い斥候を見付けた。
リーチャさんもミケーラも一瞬、言葉を失う。
ドラゴンのなかでも上位種である。現実世界においては一生に一度遭遇できるかどうかのレア種である。が、ここには反応がわんさかある。
その最初の一体が周囲を見渡していた。そしてその視線は既にこちらを捉えている。なのに気付かない振りをしている。
相手にするべきか否か、見定めているのであろう。
「来ないね」
「舐めてんのよ」
「じゃあ、このまま近付きましょう」
先日の効率のよい魔力運用は称号を手に入れても生きている。
リーチャさんもミケーラも子供たちの大胆過ぎる行動に驚いていた。
離れたところからチマチマやるものだと思っていたのだろう。
だが、現実はブレス圏内での力の応酬であった。
自分たちの結界に自信がなければできない行為だ。しかもひとりで多重展開しているわけではない。二重はしてるけど。そこにあるものは互いへの絶対的な信頼だ。
不遇な時を共に支え合ったという強烈な信頼があってのことだった。
「魔法使いだけのパーティーでこんなことができるなんて……」
ミケーラは感動のあまり目に涙を浮かべていた。
魔法使いは後衛職。防御は薄っぺらで、前衛職の陰に隠れていなければあっという間に無用な存在と化す。
それが今、臆することなく『レッドドラゴン』と真っ向から対峙している。
教師として思うところがあったのだろう。杖を握る手に力が入る。
リーチャさんも呆れていた。
レジーナの弟子がまともでないことは、自分自身がそうであったように、理解しているつもりであった。
が、今、目にしている孫弟子たちの乱暴狼藉は……
「『ガーディアン』より強力なんじゃないかしら?」と、賛辞を送った。
渓谷に点在する巣が目視できる距離に迫ってくると、さすがに子供たちの快進撃にも衰えが見え始める。
数の優勢が、個の優劣に乱され始めたのだ。
こちらの攻撃が躱されることが多くなり、反対に攻撃を受けるケースが増えてきた。
さすがにブレス一発で障壁をまとめて剥がされるとビビるよな。
殲滅が遅れるほど、こちらの不利は嵩んでいく。
これで僕のフェイントが利き出せば、また優位性が復活するのだが。目下、ゲートをチラ見させる程度では相手にされない状況が続いていた。
たまに本気の一撃を加えられればいいのだが、本日は子供たちが主人公。僕の殺気が届くまでここはぐっと我慢する。
「そろそろ出番かな」
大伯母と連れだった二人がようやく動き出した。
まずは大伯母が見本を見せるらしい。
僕を追い越し、子供たちのフォーメーションの中央に立つ。
術式パクらせて貰います。
渓谷の手前に敵の第二陣が待ち構えている。
先日までの子供たちなら引き返すところであるが、本日は前進する気満々である。
子供たちは急いで万能薬を舐めて、次の展開に備えた。
敵の群れの頭上に突如現われる魔法陣。
振り返る子供たち。何が起きたのか理解する。
増大する魔力量。
「あ、こりゃ駄目だ」
僕は直感した。
広域展開したその魔法の魔力消費量は予想通り、転移魔法を凌駕する勢いだった。
威風堂々としていたドラゴンが、突然、羽虫の如く翼をはためかせ始めた。空中姿勢を維持できず、上下左右に蛇行し始めるドラゴンたち。
彼らの翼に仕掛けられている天然の『浮遊魔法陣』が効力を失っていく様を目の当たりにする。
頭を押さえつけられ、高度を落としていくドラゴンたち。ついには飛んでいられなくなり皆、地上に降り立った。
子供たちの射程内に収まった標的群。
ピクルスの矢が、動きの鈍い敵を容赦なく排除していった。
回避行動も取れないのか?
面白いように命中するが、子供たちの分を残しておかないと駄目だぞ。
『レッドドラゴン』が、序盤の未成熟な『ファイアドラゴン』の様であった。
が、効果は突然、消失した。
大伯母の魔力が底を突いたのだ。
僕は生まれてこの方、大伯母が魔力を失うところを見たことがない。
箍を外されたドラゴンたちが一斉に羽ばたいた。怒り心頭、敵意剥き出し。
大伯母が万能薬を手にした。
現段階で完璧な魔法陣でないことはわかっている。無駄も多かろう。
息を吹き返した『レッドドラゴン』たちがこちらに迫ってくる。
子供たちは後退を余儀なくされた。
そこにミケーラお婆ちゃんが登場。大伯母に代わって杖を掲げた。




