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クーの迷宮(地下 50階 ドラゴン戦)思いがけない合流者

 大伯母が玄関先で子供たちに囲まれていた。

「何事?」

 オリエッタとピクルスが混ざりに行った。

 ヘモジは畑の見回りで、既にここにいない。

 僕は本日の成果をまとめるために、納戸から自室に向かった。

 机のロールトップを開けて『万能薬』の熟成具合を確認する。

「消費が増えてきてるな」

 子供たちだけでなく、ピクルスが増えた分、自分も増えている。

「市場の在庫は間に合っているのかな」

 ラーラに聞いてみよう。

 僕はチマチマ清書する。が、頭の半分は万能薬の製造準備をしていた。

 あれが足りない、あれはまだある。薬草の在庫に思いを馳せた。供給が滞れば、攻略も遅れる。常に先手を打たなければ。

 覚え書きが多過ぎて清書は時間を要した。


 まずはドラゴンとの遭遇ポイントとメモ書きの通し番号を合わせた。

「こいつは回収できなかったんだよな」

「こいつは魔石小さかったような」

「あれ? この魔石は誰が? ヘモジだったか?」

 書類に付箋を貼って『ヘモジに確認』と記す。

「この辺りから手練れになったんだよな。一、二、三……」

 山の中腹で戦った数を数え直す。

 思ったより戦っていた。

「師匠、ご飯だよー」

「わかった。今行くー」

 気付いたら、夕食の時間になっていた。書類の縁を机に叩き付けて、食堂に持っていく。


 子供たちはパラパラページをめくって、目を丸くするが、書類は一旦脇に置く。

 食べることに集中しないと夫人に怒られるからだ。

 治外法権の大伯母がそっと書類をかすめ取り、情報雑誌を眺める気安さでページをめくる。

 子供たちの視線が集まる。

 が、何も言わない。



 食後、居間に集まった子供たちは明日のためにギルド事務所に提出する書類から必要な情報を抜き出して、それを床にぶちまけ、地図に合わせて配置する。

 一対一で当たれるところは基本無視。勿論、明日も同じシチュエーションとは限らない。

 ピクルスも参戦するので、多少の劣勢は跳ね返せるだろうが、囲まれればこちらもブレス数発で退場だ。

 囲まれないこと。でも足場が悪いことを想定して作戦が練られた。

 基本は今日の僕と同じだ。動かずに、飛ばれる前に仕留める、だ。

 大伯母が珍しく、居間を訪れた。食後の一杯にはまだ手を付けていない。子供たちの広げた情報をじっと俯瞰した。

 一門に入門する者を問答無用でドラゴンの巣に放り込む大伯母にしては珍しく、難しい顔をしていた。さすがの大伯母も上位ドラゴンを複数相手にすることなど、滅多にないこと。エルーダなら精々いても二体ぐらいだ。

 僕が何事もなく帰ってきたことすら若干疑っていた。何せ、上位である。都市を一撃で粉砕する至高の存在の上位種、災害級である。

 そもそもレベル認定はドラゴンが基本になっている。レベル制度は、通常のドラゴンの強さをレベル百と設定して考えるわけだから、五十層のドラゴンは階層プラス二十であるからして、現実世界のそれより三割程弱いということになる。

 勿論、レベルがすべてでないことはこれまで散々指摘してきたことだが、災害級のレベル帯が十、二十変わったところで被害に差はないわけで。

 それに劣化版だから楽勝と考えるのは浅はかだ。迷宮においては国の存亡を賭けての軍団行動など有り得ないわけだし。演習が行なわれることはあっても、人数はレイド程度に抑えられるのが常である。実入りや訓練の成果等を考えると、大群で行って圧勝して、それでどうするという話になってくるわけで。

 要するにちょうどいいバランスに落ち着いていたのである。

 それを、迷宮側が数を補ってきた今回の状況は冒険者劣勢の構図を作り上げていた。しかも、軍団を投入する足場もないときた。

 まさに高難易度の迷宮と言えよう。

 昨今の冒険者はガーディアンや飛空艇が活躍する場において、無理な空中戦を仕掛けることなどしない。籠城戦においても特殊弾頭が配備され、追い返すのも楽な時代になりつつある。

 個の力が必要とされない時代ともいえるが、ここ『クーの迷宮』は例外と言えよう。

 個の力なくして前進なし。

 大伯母が難しい顔をするのも至極当然だ。

 僕は難しく考えずにピクルスに任せればいいのではないかと考えていた。要はバランスを超えている部分を是正すればこれまで通りということなのだから、多過ぎる敵は間引いて当たらせればよいのである。

 ピクルスならそれができると僕は判断した。

 守りに関しては僕とヘモジがいる。最悪、脱出する時間は作れるはずだ。

 大伯母は何を悩んでいるのか?

「よし」

 大伯母は一人納得した。そして一言。

「明日、助っ人を投入するから、そのつもりで」

 そう言ってラウンジに消えようとした。

「それでは作戦の立てようがない!」

 僕の顔を見ると面倒臭そうに言った。

「重力魔法を使う」

「解析できたのか!」

 新種のタロスが使った重力魔法の術式は長らく大伯母に預けられていた。

「実戦投入できるかテストする。無理だったら、チマチマ進むしかないな」

 転移魔法と同等の魔力消費が予想される魔法だが。誰を助っ人に呼ぶ気だ? 自分でやるんじゃないのか?

 その夜は重力魔法がない設定での戦い方のシミュレーションをとことん行なった。『カース』まで行けるかは正直わからない。山登りだけでも子供たちには過酷なはずだから。

 幸い今回攻略する範囲には転移できるポイントがいくらでもある。

 限界が来たらいつでもお開きにできるということだ。



 翌朝、唖然とする事態が待ち受けていた。

 白亜のゲート前にいたのは先日問題を起こしたミケーラ・エーデルシュタインと『楽園の天使』のブリッドマンの奥さん、リーチャさんであった。

 リーチャさんは兎も角、ミケーラさんは……

「ミケーラは来年度からお前たちの学院の講師になるからよろしくな」

 何考えていやがる、糞ババァ。

 大伯母まで同伴することになっていた。

 大体、なんでこの組み合わせ?

 リーチャさんは言うなれば、大伯母の子飼いの中でも成功した部類の人だ。その分、こき使われた気の毒な人ではあるが。まだまだ若く、これからの人である。

 一方、ミケーラさんは大伯母に師事できぬまま、この歳になるまで意に沿わない生き方をしてきた人だ。

「胃が痛い……」

 この取り合わせは残酷ではないか? 大体なんで連れて行く? ただでさえ、面倒なフロアなのに。最下層は秘匿情報の山でもあるんだぞ。

「今日は重力魔法の実験も平行して行なうのでそのつもりで」

 何がそのつもりだよ。

 子供たちも動揺を隠せない。子供たちにとってはどちらも面識の薄い相手なのだ。ミケーラに至っては親しい先生たちを監視しにきた悪い人のイメージが定着しているし。



「重力魔法って何? 初耳なんだけど」と、僕に耳打ちするのはリーチャさんである。

 なんで呼ばれたのか聞いてないのか? 相変わらずぞんざいに扱われてるな。

 僕は、新種のタロスから得た情報から構築された魔法陣の発動実験だろうと説明した。僕自身、聞かされていなかったのだから答えようがない。

 一方、ミケーラの手には既に魔法陣が呈上されていた。大伯母との会話は既に吟味されたことを証明していた。

 この差は何?

「師匠、大丈夫なの?」

「いざとなったらお前らだけ逃げていいぞ」

「もう、計画が台なしだよ」

「ほんとやめて欲しいわ」

「秘密主義も大概にして欲しいよね」

「あっちのおばちゃん、もう疲れてる?」

「おばちゃん、言うな。まだ若いんだから。彼女をおばちゃんと呼んだら大師匠はどうなる? 年齢、倍だぞ」

 殺気が飛んできた。

 奇襲を受けたオリエッタが慌てて身構えた。

「……」

「リーチャさん?」

「…… 覚えた」

「き、綺麗な人よね」

「ブリッドマンの奥さんだからな。『愉快な仲間たち』の副団長さんだぞ」

「『楽園の天使』」

「そう、そっち」

 オリエッタに修正された。

 そして僕たちはスタートポイントに到着した。

「ナナナ」

「またここからかぁ」

「でも、今の僕たちには新たなスキルがある!」

「称号でしょ」

「そうとも言う」

「別物よ」

「まあ、いいじゃん」

「俺たちの進化の証を見るがいい!」

「……」

「誰か釣ってこいよ」

「じゃあ、僕が行こう」

 僕は先日の『遠見』からの脅しを試みることにした。

 誰も僕が何をしたか気付かないだろう。

 大伯母に勝手をされて、憤りを感じていた僕は意趣返しをしたくなったのだった。

 解けない謎をプレゼントしてやるよ。

 僕は『遠見』で先の大木でくつろいでいる『ファイアドラゴン』を一瞥した。

「あ……」

 こいつら鈍感だった。

 にぶちんには僕の殺気は届かないのであった。

「ごめん、ピクルス頼むわ」

「わかった。倒す」

 いや、倒しちゃ駄目なんですけど。

 ピクルスを連れて中間距離まで跳んだ。

 出現すると間髪入れずにピクルスが二射を斉射した。

「いーち、にーい、さーん」

 数を数えていたら、先方で爆発が起こった。

 一斉に飛び立つドラゴンの群れ。内二体の反応は消失した。

「絶好調」

「その調子で数減らしてね」

「わかった」

 敵がわんさかやって来た。

 先日の安全地帯での引き籠もり作戦を子供たちは継承しているので、数を減らして提供することに。



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