クーの迷宮(地下 50階 ドラゴン戦)災い転じて福となそう
ヘモジとピクルスに頑張って貰って、僕は敵の攪乱に徹することにした。
『遠見』の応用は果たして効果的に使えるものなのか?
ヘモジが跳んだ。
ミョルニルを地面に突き立て、柄を延ばす反動で跳び上がった。
そして思いっきり敵の咆哮のど正面。直撃コースに入った。
己が身を晒して僕を挑発するか、ヘモジ。
ドラゴンのでかい顔と比較しても小さい。小さ過ぎて見た目だけなら相手にされない、路傍の小人だ。でもドラゴンには見えている。だから手を抜かない。小石を全力でかみつぶしに来る。
ヘモジに挑発され続けて幾星霜、僕は『遠見』を発動して背後を取る。
そして猛烈に殺気を放つ!
ドラゴンがあと一歩でヘモジを飲み込めるというところで、突然、身を翻し、驚く早さで回避行動を取った。
「!」
反応した!
が、当然、そこには何もない。
僕は『転移』を中断して元の場所に立っている。
担がれたと知ったドラゴンの目に怯えとも取れるなんとも言えない不安な色が見えた。
「?」
なんだ? 異常とも思える反応。異様な警戒心……
過剰ともいえる反応に僕は違和感を持った。
僕は変わらず見晴らしのいい場所にいた。
そこに向かって巨体が落ちてくる。
「ちょっと!」
一瞬の隙を見逃さないヘモジ。視線が自分から逸れた瞬間、撲殺していた。
見上げると、槌から金色に輝く稲光がほとばしっていた。
「放電してる……」
久々の感覚だ。ギアが一つ入った感じ。
こういう時はヘモジが調子いい時だ。
結界が降り注ぐ土砂から僕とオリエッタを守る。
「出番なかった」
ピクルスが慌てて結界の中に飛び込んでくる。
ヘモジも落ちてくる。
ミョルニルを地面に突き立て、軌道を変え、スルスルと落下の勢いを殺しながら僕の懐に。
「ナーナーナー」
「お帰り」
「ナナーナ」
「『最高到達点』だって」
「確かに最高だったな」
「ナナナナ」
「うまくいった」
思い付きで始めたことだが、成功してしまった。
他の魔物にも応用できればいいのだが、今は感度のいいドラゴン限定だ。
亜空にある殺気をも探知できる強者限定……
師匠、何か知ってるかな。
「…… 胸騒ぎがする」
あのドラゴンが一瞬見せた怯えは……
標高が上がるにつれ、敵との遭遇回数はさらに減っていった。
が、一戦一戦は反比例するかのように高レベルの緊張を要する手応えのあるものに変わっていった。
「さすがエンドコンテンツ」
中々ゴールを見せてくれない。
『万能薬』飲み過ぎてるな。自分の腹をさする。
ヘモジがフル稼働。ピクルスの一撃も重い。そこに空間操作系の魔法を連発すれば、潤沢だと思っていた僕の魔力量にも陰りが見える。
「嬉しいねぇ。まだ世界の果てが見えないなんて」
皮肉である。
迷宮最下層は五十階。それは便宜上そうなっているだけのこと。普通の人間にはそこから先は関係ないでしょうと、教会の手が入っていないだけ。迷宮はさらに先まで延びている。
爺ちゃんたちの探索では、エルーダ攻略はもうすぐ百層に到達するとかなんとか。
わずか数年で五十層に到達した爺ちゃんたちでも、その後の五十年を掛けてようやく百層……
一年で一層攻略している計算になる。
爺ちゃんたちの実力をもってしても……
一年のほとんどを道楽に費やしてるせいもあるのだけれど。
このフロアにはこの先に待ち受ける苦難が微かに見え隠れする。
あの頂きの先に……
その一方で気になることが、どんどん膨らんでいった。
ドラゴン種は強者である。普段ならもっと横柄なものだ。
なのに標高が上がるに従いここのドラゴンたちは萎縮していっている…… 気がする。
「それにしたって、歩きづらい」
とげとげしい角のある大きな石がゴロゴロ転がっている。
「そろそろお昼」
「ナナーナ」
この間隔だと山頂までに遭遇する数は片手で足りそうだが。
無理は禁物だ。
ここまで来ると転移できるスポットはいくらでもある。取り敢えず目の前の景色を記憶に刻んで、退出する。
「カレーライス。超大盛り」
ピクルスがでかい大皿に盛り付けたそれを持ってきた。
「う」
持ち上げるもテーブルに届かない…… 足りない身長。
「重ッ」
僕が受け取りテーブルに置いた。
そこにグリンピースをバラバラ盛って、うれしそうにスプーンで掻き込んだ。
ヘモジは相変わらず野菜スティックとサラダボール。カレー皿の大きさは他の家人と変わらない。
大食漢ではないピクルスが珍しい、何かあったのかなと、思わず目がいってしまう。
「レベルが一気に上がった」
オリエッタがピクルスが大食らいなわけを教えてくれた。
なるほど急成長したせいで身体が栄養を求めているのか。
「寝れば飢餓状態も解消する…… はず」
午後はより強力な相手と戦うことになる。またレベルが上がるんじゃないか。
「それより…… 肉でかくないか?」
もっとトロトロに煮込むなら兎も角。この固さでこの大きさは顎が外れるレベルだ。
が、子供たちは大はしゃぎ。フォークに肉を突き刺して獣のように食い千切る。
「うまい。うまい」
「毎日カレーでいいよ」
「缶詰もうないから当分無理ね」
「えー」
この味を再現するにはいろいろな香辛料が必要になってくる。が、ここでは手に入らない物が大半だ。夫人の言葉からして倉庫の在庫にもうそれはないということだろう。
次回の補充は何ヶ月後か。
故にこれからは缶詰がある時だけの限定メニューとなる。
迷宮から回収される缶詰の量は探索が進むにつれて増え続けていると言うが、まだまだ需要に追い付かない。
「『牧場』に缶詰の行商人がいればいいのにね」
盲点だった。
なぜ今まで考えが及ばなかったのか。
「牧場でも希少品らしいわよ。あそこの食堂で使う分が優先だって言ってたし」
「僕が見た時は高かったよ。こっちの三倍ぐらいの値段してたから、手が出なかったけどさ」
ミケーレが言った。
なるほど。あるにはあるのか。
「それであんたたちの仕事は終ったの?」
「うんにゃ。それがさ」
「追加注文受けちゃって。二本目が欲しいんだって」
「だから午後からもう一本造るの」
「獣人ってああいうの好きだよね」
「ホテルのマネージャーが獣人なんだよ」
「普通のお客さんは怖くて使わないんじゃないかな」
「あの放り出されそうで、されない絶妙な浮遊感は怖いよな」
「じゃあ、午後もしばらく掛かるのね?」
「おやつの時間までは余裕で掛かるね」
「おやつにフルーツパフェ、出してくれるんだって。宿泊客限定の大皿の凄い奴」
「楽しみだよねー」
楽しくやれているなら、それでいい。折角の休日なんだから。
「げぷっ」
自分で擬音を挟んで食事を終えるピクルス。椅子からズルズルと落ちて居間のお昼寝スペースに直行……
到達前に倒れた。
「思いっきり疲れてんじゃん」
「フラフラじゃん」
「それにしちゃ、幸せそうな顔してるけど」
「こーら、ピクルス。こんな所で寝るな」
「…… ひんやりして気持ちいい」
「しょうがない奴だな」
子供たちに抱えられて運ばれていった。
僕たちは昼休みを少し長く取ることにした。
「大丈夫か?」
「完璧になった」
「ナナーナ」
「あ、そ」
満腹感が収まったところで、勝手に再召喚してすっきりしたらしい。
一日中、緊張を強いるのもあれなので、本日は山頂のボスの相手はせずにその手前で切り上げ、残り時間をピクルス用の矢の回収も兼ねて四十九層で過ごすことにした。
「ついでに『飛行石』を……」
重し代わりの金塊の返却がまだされてないんだった。
雲行きが怪しくなってきた。
見上げる空に灰色の雲が、流れも速くなってきた。
火属性が有利な地に雨が降るのは、こちらとしては願ってもないことだが、足元が緩むのはちょっと。
「いた」
オリエッタが次の対戦相手をようやく見付けた。
山の裏手の凹地に間欠泉によって生み出された湿地があって、そこに複数のドラゴンが……
「あー…… 困ったね、こりゃ」
いきなりの予想オーバー。
急襲して排除できる数は二体。ヘモジが間に合えば三体いけるかも、だけど。
正確な数を確認する。
「六体…… でもみんな負傷してる」
オリエッタが言うにはここに集まっているドラゴンは皆、身体に異常を来たしている者ばかりだそうだ。
「なるほど。ここの温泉は彼らの保養所か」
「ナナーナ」
「それっておかしい」
ヘモジとピクルスが言いたいことはわかる。
ドラゴンの回復力を以てすれば、その身に傷を残すということは余程の事がない限り有り得ないことなのだ。
痕跡が残るなんてこと…… 回復効果を阻害する猛毒か呪いの類いか。
「猛毒なら耐え切れた段階でいつかは回復するけど」
「呪いとなると……」
嫌ーな想像が脳裏を横切った。
ドラゴンはドラゴンでもドラゴンゾンビ系の…… 上位種が依り代になったのなら『レッドドラゴン』を傷付けることも可能だろう……
「『カースドラゴン』…… どこかにいるかも」
オリエッタも同じ結論に達していた。
目の前の光景が存在すること自体、彼の存在を証明している。
装備の『呪い』耐性は完璧なはずだが…… 再確認することにした。
今日は火耐性さえあれば大丈夫だと思ってたんだけど。ピクルスの装備が若干心許なかったので、アクセサリーでさらに補完することで調整した。
「相変わらずオリエッタの状態異常耐性は要塞並だな」
「ないと死ぬから」
まあそうなんだけどね。精神支配系の猫又の攻撃は、耐性があるドラゴン種には通用しないからな。
でも今の口ぶりからは逃げ切るぐらいならできるという余裕が感じられた。
もっとも猫又はドラゴンの捕食ターゲットに含まれないから、そもそも相手にされないのだが。
「これってサービスタイムかな?」
「手負いの方が厄介かも」
「ナナーナ」
「やっていい? もうやっていい?」
僕は戦闘開始の合図を出した。さあ、もう一度検証だ。




