クーの迷宮(地下 50階 ドラゴン戦)災い転じて福と成せるか
しばらく行くと敵の姿が目に入った。
山の麓、上り勾配の途中の丘の上にカラスのように周囲を警戒するドラゴンが一体。
「うわっ。初見殺しだ」
オリエッタが魔力探知ではなく認識スキルを使って、丘の上の一体の向こう側にいる集団を見付けた。
その数五体。丘の上の一体に手を出した瞬間、一斉に襲われるというわけだ。が、逃げ道も用意されていた。親切設計。大概、罠だ。
「洞窟」
ピクルスが指を差す。
あの中なら一斉に襲われることはないが、六連戦が待っている。
「焼かれそうだな」
脱出するまでの時間稼ぎには使えそうかな。
「出番」
「ナナーナ」
「よし」
ピクルスが腕をまくる。
見張りの一体が派手に吹き飛んだ。
丘の向こうに隠れていた一団が翼に風を孕んで一斉に姿を現わした。
「もう一体……」
敵はまだこちらを見付けられていない。
矢が放たれた。
と同時にヘモジが飛び出した。
敵の視線が一斉に集まる。
「怖ッ」
僕は転移する。
ヘモジを正面から迎え撃とうとしていたドラゴンたちは突然、背後に現われた魔力反応を感じて、たじろいだ。
今、現出しても攻撃を受けないと判断した僕は最寄りの一体を狙った。
すぐ側で二体目が爆発した。
ピクルスの二撃目が大きく弧を描いて命中したのだ。
残り四。
完全に意識外だった一撃に群れはパニックに陥った。
巨体が落下し坂を転がり落ちる。
新たな伏兵に動揺した巨体は周囲を窺うばかり。
ヘモジを囲い込むべきところを一体だけにそれを任せる結果となった。
僕の出現が予想外の一撃の出元だと錯覚した敵が、こちらに迫ってくる。
「やはり見付かるか」
見付かることを前提に動いてはいるけれど。
何かいい方法ないかな。
おかげでピクルスの存在は未だにばれていない。
僕を狙うのは三体。一対三。問題ない。もう一度転移して時間を稼ぐ。
ヘモジを待ち構える一体の真後ろにわざと出現してやった。
ヘモジの強烈な一撃が、一瞬、気が逸れたドラゴンの眉間に見舞われた。
我ながら見事な連携。
残るは三体。
完全に対峙した。一体が距離を取る。
明らかにブレス要員だ。
残る二体が仕掛けてくる。
大きな翼が互いの接近を認めない。突撃コースは当然、膨らんだものになる。
僕とヘモジは揃って左の一体に。
敵の進路が歪にねじれた。一体が接触を嫌がり後方に下がる。
距離が空いた方の後頭部にピクルスの三発目が命中した。
「凄いな。全弾命中だ」
だが、さすがに見付かったか。
三対二だ。
僕はヘモジの存在感に隠れるようにして再び転移した。
ブレス要員は矢が飛んできた方角にいたピクルスを捉えた。
煮えたぎる怒り。
そしてブレスの矛先をピクルスに向けた。
口角から漏れる灼熱の炎。
大口を開けてそれは放たれた。
自身の膨大な魔力放出のせいで、僕の出現を捉え切れなかったのは明らかなミスである。
ブレスを吐き出す瞬間であったため、いきなり首が曲がらなかったからかもしれないが。
出現と同時に僕は喉元を切り裂いた。
僕の結界によってブレスの矛先が歪められていく。
ピクルスに直撃させはしない。
噴出、誘爆する炎に自らの頭部が飲み込まれていく。
熱ッ。熱ッ。
「間一髪」
全然熱がっていないオリエッタが言った。
最後の一体もヘモジが確実に捉えて、敵は潰えた。
が、今回も撃破数はピクルスが持っていった。
空飛ぶ個体に近接攻撃はやはり分が悪いな。
「燃えてる」
イフリートフロア並みの景色が広がっていた。地面から立ち昇る溶岩。だが、どこまでもということはなかった。少し視界をずらすと青々と茂る大地が見て取れる。
なので、火口の風上にいる限り熱波に襲われることはなかった。むしろドラゴン自体が熱かった。骸となった今、炎を身に纏っているわけではないが、蓄積された熱が抜けきらない。日に焼ける金属のようだった。
上に向かうに従い、足場は悪くなるばかりだった。
敵の数は一気に激減したが、個体一つ一つの貫禄は増すばかりだった。
勾配はきつくなり、動ける場所もいよいよ狭まってきた。
「やり始めたら時間掛かりそう」
オリエッタはただただ面倒臭そうに遠くの影を見る。
「あ」
察知された。
僕たちは急いで後退して物陰に隠れた。
「むー」
ピクルスもこの距離からでは狙えない。
見付かること前提で行かないと駄目だな。作戦は同じ。ヘモジが正面から、僕は転移して不意打ち。ピクルスは隠れてこっそりだ。
「飛んだ!」
こちらを見付けた一体が空高く舞い上がった。
「まったく、上位種としての威厳はないのか? どっしり構えていればいいのに。小間使いかよ」
ヘモジがケタケタ笑った。
いくらヘモジでもあの高さには届かない。ミョルニルがどこまで延びるかわからないので、断定はできないが、過去あそこまで伸ばしたところは見たことがない。
僕が頭を抑えるしかないか。
ピクルスが察知されたのは不味かった。
矢を番えてもここまで距離があると防がれてしまうだろう。
ヘモジの足も止まった。敵がどう動くのかわからないからだ。自分に向かってくるのか、ピクルスに向かうのか。はたまた僕か。
僕は転移した。
「『魔弾』」
亜空のなかで銃を構える。飛び出した瞬間撃ち込んでやる。こちらの殺気は届いていないはず。
喉元が膨らんだ。遠距離戦を徹底する気だ。
狙いはピクルス。
ヘモジは落ちてくるのをまだ待っている。
僕が落とすと信じて。
銃口がゲートの壁を突破する。一瞬の転換。景色は断続して変わらず流れている。
最高の位置取り。
『魔弾』は敵の多重結界を越え、後頭部に命中した。
「避けられた!」
なんで!
すんでの所で躱された。
僕は疑問を抱きながら、剣を振り上げ、巨体に覆い被さるように飛び込んだ。
敵は身体を大きく捻り、横に擦り抜けた。
ほんとに小憎らしい。若いドラゴンなら後方に、つまり下に退いたはず。地上に近付いたところでヘモジにとどめを刺させようと思ったのに。
読んでいやがる。
ドラゴンは突然、身体をもう一度捻った。
ピクルスの牽制が入ったのだ。
体勢が整う前に撃ち込んだので、さすがのドラゴンも無理をした。
僕はここぞと氷の雨を降らせた。
ドラゴンはブレスをここで噴射した。
氷のつぶては一掃される。
ダメ押しだ!
飛び込む僕に身体をさらに捻って、尻尾を当てに来る!
「蛇かよ!」
でも、役目は果たした。
尻尾攻撃は結界で跳ね返してやった。
ドラゴンはさらに姿勢を崩した。地面に激突だ。
ヘモジが動いた。
同時にドラゴンは回避に移った。が、翼には大穴が開いていた。
僕が雨を降らせた時、ピクルスも撃ち込んでいたのだ。
ピクルスはとどめを刺したつもりだったのだろうが。
だが、もうチェックメイトだ。
ヘモジの射程である。
巨体が下から突き上げられ、浮き上がった感じがした。
ドラゴンの動きは止まった。落ちて地面を転がっていく。
「いきなり難易度跳ね上がり過ぎだろう」
ヘモジとピクルスを連れて骸の元に転移する。
これ、子供たち倒せるかな。
「面倒臭い」
とどめを刺せなかったことにご不満のピクルス。
魔石になるのをじっと待つ。
また『魔弾』が避けられた。ピクルスの一撃は避けられてもかするのに、何が原因だ? いままでこんなことなかったのに。
特殊弾頭使って、検証してみるか。
『魔弾』が問題なのか、挙動が問題なのか。再確認しないと。
当人が気付かない癖みたいなものが出ているのかもしれない。この間までは普通に当たってたのに。ドラゴン相手だからか? エルーダのドラゴンとも違うっていうのか。
「『魔弾』何かおかしいかな?」
オリエッタに聞いてみた。
「『魔弾』は『魔弾』」
「ナナーナ」
「?」
傍目には異常ないらしい。
ヘモジとピクルスに断って、次の獲物を譲って貰うことにした。
オリエッタにもしっかり僕を観察して貰う。
実験体になるドラゴンはなんだかわからない餌を食っていた。
どこからか引っ掛けてきたようだ。
「じゃあ、頼むな」
「ナーナ」
「任せて」
まずは不意打ち。
隠遁からの定番攻撃。
僕の攻撃プロセスをオリエッタがじっと見詰める。め、目がでかい。
『魔弾』を放った。絶好のタイミング!
これで外したら。
「!」
避けられた……
次弾装填。急いで特殊弾頭を装填する。
転移して一旦距離を取って、状況をリセットする。
敵が目標を失っても警戒を解かない間はじっと待つ。
そして諦めたところで。
撃ち込んだ。
「へ?」
頭が吹き飛んだ。一撃では沈められなかったが、当たった。
「……」
傷が回復されていく。
「『魔弾』装填……」
何が原因だ。
「『一撃必殺』……」
噛みしめるようにして『魔弾』を放つ。
さすがにスキルは生きていた。『魔弾』の魔力も充分だ。
「……」
「ナー」
「むー」
オリエッタが尻尾で何度も僕の背中を叩いた。
何か集中して考えている。何か気付いたか?
「『遠見』使ってるせい?」
「え?」
『遠見』使ってる?
まさか。
「ナーナ!」
ヘモジが手を叩いた。
「使ってた、か?」
「使ってた」
「ナナーナ」
ヘモジもうんうんと頷く。
ピクルスはなんのことか理解できないので、じっと探るように僕を見ている。
「もう一回戦わせてくれるか?」
反対する者はいなかった。
次に見付けたドラゴン相手に、注意して同じことを繰り返したら、今度は命中した。
「……」
ドラゴンは撃つ前に警告を受けていたようなものだな。
でも…… 『遠見』も感知される可能性があるということか。安全だと思い込んでいたのに、ドラゴンの底力を垣間見た気がした。
空間の揺らぎに気付いたのか、はたまた……
「これは使える」
オリエッタがすっごい悪い顔をする。
これを使ってフェイントを仕掛けられるとのこと。
「なるほど、いちいち転移を繰り返さなくても陽動できるかも?」
「お昼までちょっとあるな。ちょっと付き合って貰おうかな」
「ナナーナ!」
「楽しいこと好き!」
災い転じて福となるか。
こちらとしても無駄な動きをしなくて済むなら有り難いが。




