ヘモジ・オリエッタ偵察する
「故意ね」
イザベルが断定する。
「わざと座礁した?」
「偶然にしてはでき過ぎてる!」
「よくあることなのか?」
「まさか。罰金は免れないし、冒険者資格も停止。わざとなら犯罪者の仲間入りよ。あれだけ大きな船の所有者がそんなリスクを負うとは思えないわ」
「所有者が死んだと考えればありえる話ですね。同乗していた連中が乗っ取ったか、給金代わりに売り払ったか。結果的に悪事を企んでいる連中の手に渡ったと考えれば」
ソルダーノさんが心配そうに言った。
「それだと相当の金銭が動いたはずだけど…… 割に合うのかな?」
「元手なしで奪い取った可能性も否定できません」
「あれだけ大きな船だもの。見張りぐらい立てていたでしょうに」
「外装の損傷はなさそうだし…… 襲撃があったとするなら手際がよ過ぎるかな」
計画的犯行、プロの仕事かな。
「ランキング絡みでしょうか? これから帰ってくる船が入れないとなれば、既に入港している冒険者が有利になるわけですから、主犯はやはり既に入港している連中のなかにいると考えるのが妥当でしょうか?」
「それに賭けている連中という線もあるわよ。むしろそちらの線が濃厚じゃないかしら?」
「大番狂わせに賭けてる連中か」
となるとターゲットは姉さんか? 倍率は鉄板の一.一倍だからな。反動はでかそうだけど。姉さんはまだ到着していないということか?
「情報が欲しいところですね。偶発的な事故という線も捨てきれませんし」
「入港すればわかるわ。きっと盛り上がってるでしょうから」
「人の不幸は蜜の味」
「ナーナ」
「そういうこと」
オリエッタがくしゃみをして、鼻水をヘモジの服の裾で拭こうとしたら逃げられた。
僕は自分のズボンの裾を狙われる前にハンカチを渡した。
「でもあまり影響が大きくなるようなら、さすがにギルドが動くかも知れません」
ソルダーノさんが言った。
「動く?」
「船が撤去されるまでインターバルを取るかも知れないってことよ」
「そうなの?」
「競技というものは公正で然るべきものですからね。今から遡って撤収までの時間を猶予するかも知れません」
「なるほど。だとすれば遅れて帰ってくる船にも利があるわけだ」
首謀者がなかにいるとは限らないか……
姉さんと次点との差は何ポイントだったかな。六千ポイントだったか…… ということはタロスの雑兵なら一体百ポイントで六十体、精鋭なら五百ポイントで十二体、ドラゴンタイプなら最低で千ポイントだから六体未満必要になる。
大規模戦闘にでも巻き込まれなければ、短期間にあがなえる数字ではない。むしろ返り討ちにされるレベルだ。
姉さんが安全圏に既にいるという理由でもあるが。たとえ何位であろうと上げた順位分の報酬アップ分だけでは、あの船をお釈迦にするだけのメリットは感じられない。
やはり賭け金狙いか……
「取り敢えず、我々も急ぎましょう。町の門を閉ざされると今夜も野宿になりますからね」
僕は砂漠での野宿が結構気に入ってるんだが、さすがに寒いか。
姉さんが壁の向こうにいるかも気になるしな。
「情報取ってくる?」
オリエッタが僕に聞いてくる。
「そうだな…… 船のなかのクルーが敵か味方かぐらいは知っておきたいかな」
「わかった」
「見つからないように。交戦はくれぐれも避けるように」
「ナーナ!」
「アサシンモードで行ってくる!」
「僕たちは北門に向かうから、周りに気付かれないうちに戻って来いよ」
「ナーナ!」
「了解!」
ふたりは僕の『ワルキューレ』を起動して、空に舞い上がった。
そして空の途中で忽然と姿を消した。
「!」
手を振って見送っていたマリーが固まった。
「消えた!」
「凄いでしょ」
僕は敢て説明をしなかった。代わりにいつ襲撃を受けてもいいように装備のチェックを始めた。
「ああ、そうだ。忘れてた。イザベル!」
僕はガラクタの剣を寄越すように言った。
「どんなに腕がよくても、ガラクタの剣じゃ命が幾つあっても足りないからな」
付与してやっても構わなかったが、そこまでする代物ではなかったので切れ味を増す加工を施すだけにとどめた。
「タロス兵の足の腱ぐらいは一太刀でいけるはずだ。それと回収品の素材も『精錬』しておいた。高く売れるはずだ。それでもっと増しな剣を買うんだな」
「リオ兄ちゃん、凄いね。魔法使いなの? それともマイスター?」
「ただの家のお使い」
「ふーん。村で魔法の先生すればいいのに」
「今日はたまたまうまくいっただけだよ。マリーとお母さんが凄かったんだ」
僕の魔法の先生たちに比べたら僕なんてまだまだひよっこだよ。
オリエッタたちが帰ってきた。
移動中の船の荷台に降りると操縦席から飛び降りた。
「熱い、熱い」
「ナーナー」
ふたりは日陰に飛び込んだ。
「お帰り」
『ワルキューレ』に異常がないことを確認すると砂を払って収納タイプに変形させた。
「ナーナーナ」
「結界が張られてた?」
「ナナ」
「お水、欲しい」
リュックからふたりのコップを取りだして水を満たしてやった。ふたりは奪うようにコップを取るとグビグビと一気に飲み干した。
「それで」
お代わりを注ぐ。
「ナーナ」
「そうか、船員に慌てた様子はなかったか……」
「推進装置、全部止まってた。外から攻撃受けた跡、なかった」
「潜り込めたか?」
「猫のフリしてきた」
「で」
「逃げた」
「見つかったのか?」
「違う! 向こうが逃げた。今、船のなか、誰もいない。町の守備隊来たから、オリエッタも逃げた」
「ナナーナ」
「脱出用のホバーシップに乗って砂漠に消えただ?」
「ナナナ!」
三杯目を頭からかぶった。
「ほとぼりが冷めた頃合いを見計らって戻ってくる気か? それとも他の町にとんずらか?」
オリエッタは手が届かないのでヘモジに掛けて貰っている。
「オリエッタたちは馬鹿じゃない。ちゃんと跡付けた」
「それで?」
「魔石が空っぽになった」
「ナーナーナーナー」
ヘモジが運命が尽きたような仕草をした。
「それで、撒かれたのか?」
早めに出力調整しないとな。
「おっきな船と合流した」
「どんな船だ?」
「茶色い船」
「錆びた船はみんな茶色だ」
イザベルが横槍を入れる。
「ナーナ」
「見ればわかる?」
ヘモジが大きく頷いた。
「ヘモジがちょっと叩いてきたから。今頃、砂漠の真ん中で座礁してる」
「交戦は避けろと言ったろ!」
「ナナーナ!」
「魔力が切れたときに尾行がばれた? それで一撃入れて逃げてきたのか? まさか見られてないだろうな?」
ふたりは頷いた。
「砂丘の影にいたから目視されてないはず。探知スキルで付けてたのばれただけ」
「ナナーナ」
フライトシステムを破壊してきた?
魔力を回復させ、再度アサシンモードを展開した後、魔力探知による追尾を撒くためヘモジが単身降下、対象を破壊した。兄ヘモジ譲りの『勝手に再召喚』スキルを発動させて合流して戻ってきたそうだ。
「それで姿を見られなかったろうな?」
ヘモジはチッチッチッと人差し指を振った。
「ナ、ナーナ」
そんなへましない? あ、そ。それならいいけど。来て早々、厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだからな。