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クーの迷宮(地下18階 鏃海老&隠れ岩蟹&ジャイアント・スクィッド戦)迷宮狂想曲3

 砂州を渡る。

 襲われないとわかっているけど『ジャイアント・スクィッド』がいる右側が気に掛かる。

「どのように狩る予定ですか?」

 ロッタ先生が僕に聞いてきた。

「さあ、聞いてませんが」

 そばにいたマリーとカテリーナに尋ねたら、不敵に笑われただけだった。

「昔のわたしたちじゃないのです」

 一年も経ってないと思うんだが。

「ドラゴン見ちゃうと、イカなんてね」

「急がないとお昼に間に合わないよ」

「いや、もう過ぎるの決定だし」

「あ、今見えたよ」

「またニコロかよ」

「糞ーッ、見えねー」

「あっちだよ、あっち」

 前列では誰が一番早く見付けられるか競争していた模様。

 優秀な子供たちのなかにも、それぞれ優劣は存在する。

「先生たちはどうするの?」

「すぐ始めていいわよ」

「はーい」

 波が押し寄せてくるかもしれないし、触腕が降ってくるかもしれないが、先生たちが高台に移動する時間はあるだろう。

 子供たちは拓けた岸辺に陣取った。

 普段よりばらけた配置であった。

 触腕対策か?

 以前、僕がやったように海中の魔力反応がある上空に子供たちは大岩を出現させると、それを落とした。

「動いた!」

「こいこーい」

「!」

 海面を滑るように迫り来る二本の触腕。蛇のように浅瀬を這いながら一点に向かってくる。

 高台からは接近してくる様子がはっきり見て取れるだろうが、岸辺に立っていると気付きにくい。

 先生たちが坂の途中で、こちらに注意を促している。

「わかってるってのに」

「心配性だな」

 子供たちの方が冷静だ。

 僕は万一に備えて陣中央にいる。

 ヘモジもピクルスも前列にいるが、基本動かない。

「来たッ!」

「『土槍(アースジャベリン)』ッ!」

「『氷結』ッ!」

 子供たちは触腕が襲ってくるのを待っていた。

「捕まえた!」

「もう逃げられないぞ!」

 触腕を岸辺に釘付けにした上で、凍らせ貼り付かせた。

 なんとまあ、追い掛けられていた側が、追い掛ける側に転身か。

 それにしても今、何をした?

 触腕はまったく何もない所を叩きに行ったぞ。

 浅瀬の先で水飛沫が。

「あっちも予想外だったみたいだな?」

 まさか、拘束されるとは思わなかったのだろう。

 でもトカゲの尻尾切りじゃないが、足を切り落とすかも知れないぞ。早めに動かないと。

 触腕に沿って海面に氷の道が作られる。

 イカはようやく重い身体を浅瀬に乗り上げた。うねる足の束。

 子供たちは果敢に距離を詰めていく。

 バリバリと氷が砕かれながらも、子供たちは負けずに突き進む。

 そして……

「単発『ゲイ・ボルグ』!」

 それもう『ゲイ・ボルグ』じゃないって。

「ただの『氷槍』だよ」

 オリエッタがツッコミを入れる。

 浅瀬から突き出した九本の氷の棘が『ジャイアント・スクィッド』の身体を貫いた。

 そしてそのすべてが急所を狙っていた。

 いくら『ジャイアント・スクィッド』でもすべてを防御することはできなかった。

 うねる脚を盾にしたが、背面から生えてきた一本に見事に貫かれていた。

 子供たちは全員膝を突いた。

「やった……」

 子供たちの笑顔が眩しい。

 過去の遺恨を精算できたな。

「まったく……」

「ししょー、流される前に回収ーッ」

「あー、はいはい!」

 僕は浅瀬に飛び出した。

 足が何本か引き千切られて、海面に浮いている。流される前に問答無用で倉庫送りに。大きな物は解体屋に回すことになるが、まず浮いているものから。

「!」

 それは突然、墨を吐き出した。

 子供たちは慌てて、氷の上を上滑りしながら駆け出した。

「死んでないよ!」

 いや、死んでいた。

 子供たちも僕も確認した。

「マリー!」

「カテリーナ!」

 逃げ遅れている。

 うねる足がふたりを狙っている。

 メキメキとめくれ上がる足元。

 ふたりは上からも下からも襲われて、逃げられないと諦めた。

 ふたりは結界を四重に重ね合わせた。

 可視化できるほど強力だ。

「やらせるかよッ!」

 ヴィートが『衝撃波』を本体に叩き込んだ。

 でかい本体が揺らいだ。

 ふたりの頭上に振り下ろされるはずだった脚は自身のバランスを維持するために大きくたわんだ。そしてすぐさま氷に張り付いた先端に引っ張られて伸び切った。

「『無刃剣』ッ!」

 伸びきった脚がニコレッタによって切断された。

「動ける?」

 マリーとカテリーナは立ち上がると手を引かれるまま駆け出した。

「万能薬飲んで!」

 陸に上がると急いで魔力を補充する。

 イカの周りはもう墨で真っ黒。

「『氷結』ッ!」

 トーニオたちが巨体を完全に凍らせる手に出た。

「よくもやってくれたわね」

 マリーとカテリーナが二本の巨大な槍を頭上に掲げた。

「ふたり『ゲイ・ボルグ』ッ!」

 だから違うって。

 凍り付いた巨大イカは動けなかった。急所を庇う腕ももはやない。

 今度こそ『ジャイアント・スクィッド』の息の根は止まった。

「ピクルス、許さない!」

 背後で巨大化する魔力反応!

 振り返れば、巨大なひよこが高台を見上げていた。

「ナナーナ!」

 ヘモジが急いで引き止めに動いた。

 が、既にブレス反応。

 狙いは教師陣が陣取る高台。

 ドレイクのブレスが放たれた。

『四枚羽根ドレイク』のブレスは衝撃波。

 だがブレスは結界によって阻まれた。

 大伯母が杖を掲げ、長い髪をなびかせて正体を晒していた。

「ナナーナ」

 ピクルスが地団駄を踏んだ。

「こら、ピクルス。ご飯抜くぞ!」


 ヘモジ化しても「むー」と怒っていた。

 あの監査担当が何かしたようだ。

 監査担当は震え上がっていた。

 が、教師ふたりはちゃっかり大伯母の後ろに隠れて慌てた様子はなかった。

「ししょーっ! かいしゅー、早くーッ」

「流されちゃうよーッ」

 ああ、そうだった。


 本体に付けたタグには顎板の半分を冒険者ギルドに無償で流す旨を記載しておいた。

 子供たちはエチケットとして墨で汚れた商品の表面を波にさらして洗い落としている。

「落ちないよ」

「それぐらいで大丈夫だ。心配ならタグに書いておけば、向こうでちゃんとやってくれるから」

「はーい」

「それよりさっきは何をしたんだ?」

 僕はニコレッタに触腕誘導の件を尋ねた。

「ああ、あれ。あれはヘモジにちょっと殺気を放って貰ったのよ」

 は?

「驚いた?」

 頭が固くなっていた。

「もっと手の込んだことをしたのかと思った」

「ナナーナ」

 お前は子供たちと一枚噛んでいたわけね。

 高台から大伯母と監査担当の姿が消えていた。

「まさか子供たちだけで、やり遂げるとはな」

 先生たちが代わりに迎えに降りてきた。

「また上がらなきゃいけないんだから、上にいればいいのに」

 砂遊びをしていただけのような子供たちの暢気な態度。今は恐怖もおびえもない。

 ピクルスがなんであんなことをしたのか興味はあるが、先生たちがそうであるように、僕もその件で反応はしなかった。

「わたしは精々、お師匠さんのサポートをしてるだけなんだと思ってましたよ」

「危なかったわね。大丈夫だったの?」と、カテリーナとマリーの頭を撫でるジュディッタさん。

 僕たちは一緒に高台にある出口に向かった。



 監査担当と大伯母はあれから姿を現わさなかった。

 消化不良のまま子供たちは僕を置いて帰路に就いた。

 僕は倉庫の方に流した物資を仕分けてから帰ることに。

 昼食には遅れないと夫人と約束した手前、くれぐれも夫人には謝っておいてくれるようにと、フィオリーナにお願いしておいた。

「ギルドにも依頼完了の報告をしてくるか。となると……」

 その前に解体屋だな。討伐証明書など、いろいろ書類を貰わないといけない。



 僕は半分になった顎板と、蟹と海老の肉のブロックをリュックに収めて帰宅した。既に子供たちが持ち帰った物が台所に積み上がっていた。

 お昼ご飯はパスタとピザだった。ピザは先日、非公式の肉祭りが行なわれた際の余り物で、店の在庫処分を兼ねていた。故に子供たちは未だに食べ放題を満喫しているのであった。

 それと先日回収してきたスープ缶。コンソメに野菜の具をアレンジしたものだがおいしかった。

「師匠聞いた?」

「ん?」

「あれ、芝居だったんだって」

 なんのことだ?

「ピクルスちゃんたら、大師匠と計画してたんだよ」

「『あの監督官、絶対何かしでかすから、そのときは合図を待って、変身して怒った振りをしろ』ですって」

「そうなのか?」

 ピクルスはピザを一枚、外周から攻めながら頷いた。

「枝豆、一籠くれた」

「一籠?」

 安い報酬だな。

「背中に担ぐ運搬用のでかい奴。もう地下の野菜倉庫に放り込んであるみたい」

「ナナーナ」

 管理責任者が同意した。

「師匠がなんで? 理由言ったか?」

「兎に角、そのときが来たら驚かせ。だって」

「じゃあ、あのブレスは加減したのか?」

「本気だしたら、お山なくなってる」

「それもそっか」

「先生たちは知ってたわけだな?」

「知ってたって言うか、気付かれてたって言うか」

「その先生たちは帰ったのか?」

「大師匠と合流するって」

「一緒に食べていけばいいのに」

「わたしだけ申し訳ないわね」と、ジュディッタさん。

「お姉ちゃんはいいんだよ」

「そうだよ。お姉ちゃんは親戚みたいなもんじゃん」

 本来なら恐れ多い台詞であるが。

「いつもカテリーナと一緒にいてくれて助かるわ」

 子供たちに気を使う優しいお姉さんであった。


 さて、詳しい内容を大伯母に問い詰めたいところであるが、その前に。

「で、あの人は一体何したんだ?」

 子供たちは何も答えられなかった。怒って見せたピクルスも、合図があったからとしか。

「やっぱ、死に際に何かしたんだよね」

「恐らくな」

「とどめの一撃…… あれ、ちゃんと入ってなかったかも」

 致命傷になったと思われた背中への一撃はミケーレが当てたものだった。

「なんか途中で押し返された気がしたんだよね」

「でも貫通してたじゃん」

 本人は懐疑的になっていた。

「反応も消えてたよな」

 今思えば早合点だったかもしれない……

「ああ、僕も確認した。お前たちに落ち度はないよ」

 まさか蘇生魔法などじゃないだろう。

「大師匠が後で教えてくれるでしょ」

「本当に物騒な人だったわね」

「何しに来たんだか」



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