クーの迷宮(地下18階 鏃海老&隠れ岩蟹&ジャイアント・スクィッド戦)迷宮狂想曲2
「ちょっと参加してもよいかしら?」
「は?」
「ここの敵は弱過ぎやしないかしら? 上級迷宮だと聞かされていたのだけれど」
折角いい感じで狩りしていたのに。
「え、援護します」
教師ふたりが慌てて後に続いた。
査察担当は見た目からして軽装だった。まあ、充分な付与が施されてはいるのだろうが。
「ちょっとアンジェラさん」と、大伯母を一瞥する。
動揺する子供たちを掻き分けて、三人の大人が狩り場に踏み込んでいく。
「まあ、見ていようじゃないか」
大伯母はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「いるわね」
魔力反応で敵の位置を掌握してはいる模様。
「あ、まずいかも」
子供たちが呟いた。
が、小声だったので三人の耳には届かなかった。
「上級迷宮の看板は伊達ではないのだがな」と、偽者さん。
横で頷くジュディッタさん。
へー、ジュディッタさんにもあれが見えるのか。
お付きのふたりが隠密系だからだろうな。味方の動きを追い掛けるうちに自然と身に付いたに違いない。
自分が見付けた反応に向かって、自信満々、査察担当は盛大に炎系魔法を叩き込んだ。
驚いたのはこのフロアの経験者であるロッタ先生である。
「ち、違います!」
その通り、攻撃を仕掛ける相手を間違えていた。
攻撃すべきは最寄りの一体。一番深く潜っている奴である。
「魔法使いって咄嗟のとき、弱いよね」
オリエッタは目を細めた。
「反撃するにも詠唱を挟まないといけないからな」
結界を張るも、査察担当は吹き飛ばされてしまった。
先生ふたりの攻撃で、なんとか救い出す時間を稼いでいるが。
「あーあ」
「何やってんだろうね」
「ナナーナ」
「肉焼けちゃう」
周囲にいるすべての蟹を起こしてしまった。
「どうするの?」
「どうするかな」
「ナーナ」
「焼けたら食べる」
「……」
子供たちが退避してきた。
「ペットじゃないってところを見せつけてやればいいじゃない」
「そうだよ」
「やっちゃいなよ」
「でも過剰戦力じゃない?」
「ピクルスちゃんだって最高に強いもんねー」
「ナーナ!」
「名案! 恐怖におののかせる」
「なんとかなさい! なんでこんなことに……」
遠くで騒いでいる。
お前がしでかしたことだろうに。
「騒いだらもっと寄ってきちゃうのに」
「取り敢えず、下がって!」
ロッタ先生が結界を展開しながら、後退を促していたが、張本人の足は砂に取られていた。
このままだと囲まれるぞ。
「ヘモジとピクルスは手を出さないように」
「ナー」
「むー」
「トーニオ」
頷くトーニオ。
ヘモジたちが強いと証明できてもそれは自己満足に過ぎない。
こんなに強い駒がいるならさっさと手を貸しなさいよと、却って逆恨みされてしまいそうだし、反省を促すこともできそうにない。
査察担当をぎゃふんと言わせる一番いい方法は、他でもない、子供たちに解決させることである。
子供たちは三班に別れて、冷凍蟹を量産する体勢に移行するのであった。
「ナナ」
漁夫の利を狙って海沿いから接近する影。
「ナーナ」
「ズルは駄目」
小人の幼女が弓に矢を番えた。
「ん?」
何番えた?
「一網打尽! 今夜はシーフード」
海面目掛けて撃ち込まれた一本の矢は雷を帯びていた。
バチバチッ。煌めく閃光。
「雷撃の矢か」
流れのない湖畔だったりしたらよかったんだけどな。
「あー、全部流されていくー」
海老だけでなく気絶した小魚の類いまで、寄せては返す波にさらわれていった。
「しょうがないな。ジュディッタさん、ちょっとここ任せます」
僕は転移した。
そして海面を一瞬で凍らせ、その上に着地。ゆっくり獲物の選定を始めた。
その間も子供たちの快進撃は続く。
呆然と立ち尽くす教師たち。
付き添いの僕は海の上で別のことをしているし、子供たちを見守っているのはジュディッタさんと、ヘモジとピクルス、それと何を考えているのか……
その後、狩りは順調に進み、監察担当を黙らせることに成功したのであった。
が。
「もっと強いのに当てるべきだったな。敵が弱過ぎて退屈だ」
大伯母が真剣に曰った。
子供たちの成長が予想外だったということでしょうか?
あの監察担当をぎゃふんと言わせるより、大伯母の想定を裏切れたことの方が嬉しかった。
「終ったよ。師匠ー」
「早く転送しないと消えちゃうよー」
「そ、そうだった!」
僕は大急ぎで札が付いた物から順に解体屋送りにするのであった。
監査担当は子供たちの異常さに遅ればせながら気付き始めた。
子供たちは何気ない行動をしていたが、蟹までの距離が異常に近かったのだ。
敵がなんで気付かないのか、監査担当は背筋に冷たいものを感じていた。
自分が長年携わってきた知識や努力はなんだったのか?
子供たちは普段通り、意識することなく認識阻害をしていた。
隠遁スキルは『隠密』を初め『消音』『消臭』『魔力探知』など、様々な要素が絡み合って構成されるスキルの総称だが、それらが人数分の相乗効果となって過剰に発揮されているのであった。
『隠密』一つとっても、ひとりで魔素をならすより、みんなで平らにした方が、省力でむらっ気のないものになる。
普通のパーティーのアサシン枠は大概一人だけ。装備付与なども加味してようやく一人分である。当然パーティー全体を隠蔽するようなものではないし、魔法使いがサポートするにしろ、長続きするものではない。
それを子供たちは魔法使いの身で、しかも全員同時に行なっていた。
僕という見本がいたとはいえ、弱い自分をいかに守るか、突き詰めた結果であった。
「あそこまで近付かなくてもいいんだけど」
先日のドラゴン戦がまだ尾を引いているようで、最大最高率の成果を自分たちに課しているようだった。ドラゴン戦で度胸が付いた感じもするが。
それを故意か、否か、何気にやってのけるのだから、いやらしい。
「魚、焼けたよー」
「はらわた取れてるの頂戴」
「全部取れてるわよ」
「あー、ミケーレ。でかいの取った!」
「まだあるだろ、自分で選べよ」
「マリーは小っちゃいのでいいよ」
「蟹ステーキ、焼けたわよ」
蟹の足の輪切りを石焼きにした物を皿に盛って貰って、嬉しそうに笑うピクルス。
「水筒空になっちゃった」
「自分で水汲んどけ」
「氷作ってやるよ」
ヴィートが砂で拵えた簡易まな板の上に氷の塊を作った。
「ナナーナ」
ミョルニルで叩いたら、まな板ごと割れた。
「あー、氷も割れてるからいいけど」
ヘモジはまな板の強度不足を指摘した。
マリーとカテリーナは砕けた氷片を拾って、水筒に放り込み、魔法で水を溜めた。と、その前に自分のコップに注ぐことも忘れない。
「いつもこんな感じで?」
「ええ、まあ」
思いの外、攻略が早く進んだので最後の島に上陸する手前で休憩することにしたのだが…… 子供たちはいつもよりはしゃいでいた。
子供たちは自作した竈で、これ見よがしに魚を焼き始めた。
暇に飽かせて床を平らに固め、テーブルや椅子を置いて、くつろぎだした。
「食べ過ぎたら、お昼食べられなくなちゃうわよ」
ジュディッタさんが、警告する。
「最後の敵が強いんだよ」
「気合い入れなきゃ」
言葉とは裏腹に思いっきり脱力中。
「『ジャイアント・スクィッド』にはわたしも手子摺った経験があります」
「中々上陸してきてくれないんですよね。そのくせ、相手の触手は余裕で届くんですから」
「そうなんですか?」
先生たちとジュディッタさんが歓談を始めた。
「うちはアサシンが優秀なので、毒を使って安全にやらせて貰いました」
「わたしの時はその場にいたパーティーとレイドを組んで力押しで倒しましたよ。近接の方々がやる気満々で、倒した時には足は数本も残っておりませんでした」
「そんなに強い相手に、あの子たちで大丈夫なんですか?」
「今日で二度目じゃなかったかしら」
そう言えば、一度敬遠して以来、どうでもよくなっていたんだったか。折角、用意した『ゲイ・ボルグ』もクラーケンに使ったきりだったか?
「海で戦う厄介さがなければ、レベル相応の魔物ですから、ね」
「今日ずっと見てきましたけど、子供たち、距離減衰を大分気にしていたみたいですけど、魔力の威力に不安でも? 普段のあの子たちの力なら何も問題ないように思うのですが」
へー、バーニ先生、気付いてたのか。
おっとりしてるようで、なるほど抜け目がない。
理由を知っているジュディッタさんはクスクスと笑った。
「先日、非力さを痛感することがありまして」
その相手がドラゴンだと言わないあたり、ジュディッタさんも中々どうして意地が悪い。
「遠浅…… 大型の魔物がわざわざ上陸してくれるのかしら。一流の門下はどう戦うのかしらね?」
査察担当はひとり拵えて貰ったテーブルの上でお茶を啜っている。
「生魚の匂いで高級茶葉が台なしよ」
「結界でもなんでも張ればいいのに」
皆、思うことは一緒であった。
一方、大伯母は子供たちといっしょに魚の焼き加減を見ていた。
「塩吹いてきた」
魚の香ばしく焼けた皮の表面に塩が沸々と湧き始めていた。
辺り一面においしそうな匂いが充満し、胃袋を刺激する。
「もう食べていい?」
ピクルスの食欲が爆発寸前だった。
「もう少し待て、骨まで食えるようになるから」
アンジェラさん、口調戻ってるから。




