クーの迷宮(地下18階 鏃海老&隠れ岩蟹&ジャイアント・スクィッド戦)迷宮狂想曲
翌朝、子供たちの装備はいつもよりピカピカに磨かれていた。朝食もしっかり食べて気合い充分、いつもより騒がしい。
「ドラゴンとやるより緊張する」
我が家では登校は一日置きだが、学院は通常週休二日で動いている。
本日は学院の休日と重なっている日で、子供たちには気の毒に思える日である。学校の休みと探索明けが重なった時だけ、子供たちにとっての本当の休みの日になるため、子供たちの休日は明日ということになる。それは置いておいて……
査察担当は教師の仕事ぶりの結果を見に来るのであって、我が家の子供たちの素行を評価しに来るわけではない。
学院から同行するのは年長組と年少組から一人ずつの計二人の教師で、子供たちにとって重要なのは、むしろこちらである。
そして家庭訪問という形を無理矢理通すためにこちらからも親を参加させる必要があるのだが、さすがに僕では不味いので夫人をと思ったのだが、世間話で済む環境ではないので今回はもう一人の大人を用意した。
学院の理事長もこなす魔女である。
この段階でもう権力構造はぐちゃぐちゃである。
子供たちは普段通りにというお達しなので、変に違うことをしない方がいいと考えているが、どうなることやら。
家庭訪問で先生が居座るのは大抵、小一時間程度。菓子食って、茶を啜って帰るまでだが、家庭環境など考慮し、教育の足しにするのが主目的となる。
我が家の一番の問題は迷宮探索という、普通有り得ない要素が加味されている点にあるわけで、重大な関心事になるわけだ。他の生徒の今後にも関わってくる可能性があるわけだし。
ただでさえ休日出勤を余儀なくされているのに、余計な監視が付いてしまった気の毒な先生は、年長組からは『銀団』の箱船に勤務していた元冒険者、ブルネッタ・ロッタ先生。年少組からは同じく『銀団』出身の冒険者で寿引退したフルビア・バーニ先生である。
子供たち曰く、黒髪の真面目先生と金髪のおっとり先生であるらしい。実際、テストの採点が厳しいのはおっとり先生の方なのだとか。
締めるところは締めるタイプなのであろう。
さらに、カテリーナの保護者であるジュディッタさんも本日、参加するとのこと。
元王女様も加えてのごった煮状態。
僕は早々に傍観者に徹することに決めた。
「なんか、やりづらい」
「ナナーナ」
「カニ、うまい」
小っちゃいのもうろうろしますけど、ご勘弁を。
違法小銃を突っ込まれると困るので、ピクルスには弓だけ持たせることにした。レベル四十弱の相手には通常の矢で充分であるし。
「本日のテーマ。分身速攻」
「索敵強化にしてください」
「むーッ」
「索敵を鍛えるにはちょうどいいフロアだぞ」
「隠れるまでもない」
小っちゃい拳をきゅっと握り締める。
「…… 大丈夫かな」
ピクルスも今日は子供たちの警護だと言い含めてはいるが。
「誰?」
「お客さん?」
玄関先に見慣れぬ夫人が待っていた。
「大師匠」
「何してんの?」
「面が割れているからな」
やはり査察担当と顔見知りのようで、赤毛の中年女性に変身していた。それでも実年齢からすると、とんでもなく若く見えるわけだが。
改めて妖怪婆だったことを痛感する。
「理事長と同一人物だとは思うまい」
「どういう設定なわけ?」
「普通にこの家の居候設定だ。言っておくが先生たちには秘密だぞ」
子供たちは面白がった。
「名前は?」
「おばさんでいいんじゃない?」
「何おばさん?」
「そうだな。アンジェラでいいだろう」
アンジェラ・ワトキンス…… 爺ちゃんの家の家政婦にして、大伯母の親友である。
現役を引退した今も爺ちゃんの家のあの一室で存命である。彼女の名言『身体が軋む度に万能薬を飲んでいたら、そりゃ死ねないよ』は、当時の僕とラーラにとってインパクトのある言葉だった。
僕の幼少期を支えてくれたひとりである。
が、そこまで変装に凝る必要はないんじゃないだろうか?
「今日はこれで行くからね」
はい、決定。
「話ややこしくしないでよね」
今から正体をばらす時を心待ちにしている様だが。関知しないから、勝手にやって。
本日も晴天なり。
全員、ピカピカの装備で颯爽と広場に集合する。
カテリーナとお姉さんとは家の玄関で合流済みである。
先生たちの到着を待つ間、僕は本日の依頼を代表して受けに冒険者ギルド事務所に赴いた。
『鏃海老』『隠れ岩蟹』『ジャイアント・スクィッド』の依頼が出ていたので、すべて受けてきた。
景色のいいフロアなので人気がある狩り場なのだが、事前に根回しが済んでいるようで、本日は「貸し切りにしてますので思いっきりやっちゃってください」とのことだった。
ゲート前広場に戻ると、ふたりの女性が合流していた。
夫人より若干若いといったところか。
冒険者時代の着慣れた装備を引っ張り出してきたのは明らかで、よくフィットしていた。杖を持っているところを見ると間違いなく魔法職のようだった。
子供たちのちょっかいの掛け方を見る限り、いい関係を築けているようで何よりである。
「師匠です」
「先生です」
適当な紹介をされたので、結局自分でやり直すことになった。
「ロッタ先生、十九階層入ったことあるの?」
「おかげさまで順調に攻略中よ」
「バーニ先生は?」
「わたしは全然……」
「今度一緒に潜って上げるよ」
なんだ、年少組男子、やけに協力的ではないか?
「ほい、本日の依頼書だ」
僕は依頼書をトーニオに手渡した。
「五体でワンセットですね」
「蟹と海老は解体屋に流すから、できるだけ綺麗にな」
「りょうかーい」
「巨大イカは?」
「討伐証明部位がくちばしになってるんだけど……」
大伯母の方を見た。
「証明さえできれば、別に買い取って貰わなくてもかまわないはずですが」
ジュディッタさんが言った。
「ギルドに会場を押さえて貰った手前、礼はした方がいいと思うけど」
「じゃあ半分だけ買い取って貰いましょう。ジュディッタさんにもお裾分けしないと」
アンジェラさん、目力が半端ないんですけど。
「そ、そうですね」
正体を知ってるジュディッタさんはタジタジ。
なんかすいません。
「遅い!」
「もう時間、過ぎてない?」
「冒険者は時間厳守なのに」
子供たちは自分たちより後にやって来た冒険者たちの列が目の前を次々通り過ぎるのを苦々しく見守った。
「まだ行っちゃ駄目なの?」
「先にやってていいわ、ですよ」
アンジェラさんにそう言われたので、海岸で適当にやりながら待ってることにした。
そして、子供たちは直立する海老と、土の下に隠れている蟹を適当に狩りながら時間を潰した。
が、一つ目の島をクリアーし、二つ目も半分終ろうとしているにもかかわらず、待ち人は来なかった。
結局、人影が見えたのは島の魔物を全滅させて、新たな進行ルートが浮かび上がってきたときだった。
「子供たちだけで狩るんじゃなかったのかしら? 付き添いは手を出さないはずでは?」
「出してませんよ」
確かに初めて潜った時に比べれば、殲滅速度は雲泥の差だが。
「ナナ?」
「誰、このおばッ」
オリエッタがピクルスの口を慌てて塞いだ。
「なんなんです? この小さいのは。ペットの同伴なんて聞いてませんでしたけど。真剣な狩り場で感心しませんね」
いきなりかー。
いきなりの先制パンチをこちらではなく、同伴する教師二名に嫌みったらしく曰う糞女郎だった。
あーあ、ヘモジとピクルスが完全に拗ねた。
僕のことは知っているようで、一瞥しただけで矛先を逸らした。
「後は任せて」
子供たちの方が大人だった。
ニコロとミケーレがふたりの肩をポンと叩いて、隊列を組み直すのだった。
「あれはペットではなく僕の召喚獣です。ああ見えてドラゴンより強いので、万が一に備えさせているのです」
「そんな馬鹿なことあるわけございませんでしょう」
一蹴かよ。
二人の教師が慌てて間に入った。
もしかして僕より身分が高いのか?
大伯母の方を見ると、完全に無表情になっていた。
やばい。あの顔はやばい。いきなり冷凍されるぞ。
本筋に話を戻さないと。
「じゃあ、次のエリアに入ります」
トーニオの号令で子供たちが前進し始めた。
僕とオリエッタは少し進んだところで待機。
ヘモジとピクルスは全員をカバーできるポイントまで進んだ。
「殺す」
「ナナーナ」
殺意が向いてる方向が違うぞ。
それにそんなに殺意を発してたら……
地中からいきなり先制攻撃を受けることになった。
が、子供たちはしっかり敵の動きを捉えていた。
あっという間に氷像ができ上がった。
「死んだことちゃんと確認しろよ」
「わかってるー」
教師二人が子供たちの異常さに気が付いた。
「あ、あの……」
誰に解説を願うべきか迷っていた。
子供たちは何食わぬ顔で地中に隠れている『隠れ岩蟹』のすぐそばまで接近していた。
そして常に先手を打っていたのである。
地面を一叩きして、慌てて姿を現わした蟹をタイミングよく凍らせていくのである。
「隠遁スキル、上がってる」とオリエッタが言った。
ドラゴン相手にはまだまだ未熟だが、五十層到達者である子供たちの隠遁スキルはもはや十九階層の魔物程度に看破できるものではなくなってきていたのである。
であるからして、子供たちは魔力反応のある場所までいって、敵を起こして、慌てて飛び出してきたところを能動的に仕留めていたのである。
襲ってきた相手と対峙しているわけではなく、驚いて逃げていく相手を一網打尽にしているだけだから、楽ちんである。当然、見えない結界で万が一に備えてはいたが。
さすがに視線が通る海老相手にはそうもいかなかったが。
「あー、逃げるよ」
「まかせなさーい」
飛び込んだ波間諸共、子供たちはあっという間に凍らせた。
クラーケン討伐の際、散々遊び倒したからな。
「……」
なんなのよ、という顔をする教師の顔を見て、こっそり僕は悦に入る。
「自慢の弟子です」と心の内で返答しておいた。




