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クーの迷宮(地下 50階 ドラゴン戦)接触前情報

 それは天井の上からだった。

 そう言えば、この上はどうなっているのだろう。断崖のようになっていたから登ることができなかったが。

 反応が大きい!

「ナーナ!」

「これは、これは」

「嘘でしょ」

「でっかいの来た」

 接近する気配は明らかに上位種だった。

「やばいね」

「いきなりボス来た」

「ナーナ」

「……」

 何もしないでいたら反応は遠ざかっていった。

「危なかった」

「ナナーナ」

「肉がぁ」

「おいしい?」

 いきなりの『ブルードラゴン』か?

「なるほど、この空洞から頭を出すとあいつが来るのか」

 行動範囲が広いにも程がある。

 本格的な積雪はまだこれからと思われるが、空いた穴から見える堆積層の断面は充分に分厚かった。

「あれ倒して帰る」

 オリエッタが決定した。

 最上級肉だからな。

「どうやって倒すかな」

 まさかこんなに早く接触するとは思わなかった。

 まあ、子供たちは『アイスドラゴン』だけやれればいいんだから、ここまででよしだ。

「このまま行くべきか、右回りに戻るべきか。聞いときゃよかったな」

「隠密行動」

「ナナーナ」

「むー」  

「午前中行けるだけ行くか。午後は右回りで行こう」

『ブルードラゴン』に接触する機会があれば戦ってもいいが、今回は無理に追い掛けるのはやめておこう。

 マップ攻略を優先することにした僕たちは戦果を無視して行くことにした。

 地図をしたためる間、回収はするけどね。

 爆発矢を封じられたピクルスは銃を再び携帯した。最大火力を封じられた以上、手数で行くしかない。連射が一発増えただけだが。

 取り敢えず現状を記録し、一番高い山頂を目指す。

 倒れた巨木や自然の凹凸が行き場を制限してくる。

 転移すれば多少の無茶は効くが、足場が悪い。今は無理せずのんびり進む。

 オリエッタが巨木の森のなかで宝箱を見付けた。

 大木のうろのなかだったり、無造作に沼のなかに転がっていたり。

 空箱がほとんどだったが、中身がある物は五つ。

 どれも罠はなく、開錠の難易度だけ高目だった。

 オリエッタの『看破』レベルも大分上がってきたようで『認識』の枠を越え、事前に罠を看破できるようになってきた。看破できなかったら要注意という逆説的な意味で。

『迷宮の鍵』で開けることに変わりはないんだが。ギルドに売り付ける情報としては付加価値が付く。

「盾が出た」

 これはまた……

 ドラゴンの鱗でできたナイトシールドだった。

「『障壁展開』が付いてる」

 魔法使いでなくても結界を一枚展開できる代物だ。もっとも魔法使いのそれではなく、構えた前方に壁が展開されるだけだが。

 それでも盾持ちなら誰もが欲しがる付与効果だ。

「キープだ、キープ」

 久しぶりの当たりだ。

 他にも装備品が少々と金銀硬貨がザックザク。総額は見た目ほどではないけれど。ここまで来たら宝石数個の方が価値がある。


「缶詰だ」

 二つ目は缶詰セット。中身はよくある大缶だった。新しい味はなかった。

 食い盛りのいる我が家には有り難い。


 三つ目は魔法関係のスクロール各種。魔法の矢が少々。

 それと稀覯本が……

「当たりか?」

「売ったら城が建つ」

「ナナーナ」

 読んだことがない題目だった。

 一見何でもない読み物が錬金術の指南書だったりするケースはよくあること。

 挿絵を見る限り、これは禁書に分類される物。

 意味なく地面に落ちている三つのポポラの実。登場人物が太陽を指差している。

 乾燥させろと言っているのか、火に掛けろと言っているのか。

 小屋の壁に鍋が吊されていた。

 木の幹には節が三つ描かれており、枝が二手に分かれているポイントもどこか意味深だ。枝先には花が一房咲いている。花には数枚の花びらとおしべが数本。遠近法からいって不自然な描き込みだ。

 これらは薪にして三本分の時間、火に掛けろということ。分かれているところが恐らく弱火にするポイント、あるいは別の仕込みがいるポイントだろう。枝の太さや枝の向きも意味があるはず。

 風になびく雲が二本。麦の束が四本……

 なんでもない牧歌的な挿絵だが、ぱっと見だけでも調合のヒントらしき記述がそこかしこに隠されている。

 我が家の『万能薬』製法の裏技のように秘匿されるべきものかもしれないし、検閲されては困るレシピ、例えば毒のようなものかもしれない。不老不死の妙薬だったり、惚れ薬だったり、黄金を生み出す製法だったり、思わせぶりな物は数知れず。

 一番多いケースは、なんといっても偽書の類いである。高額商品であるが故に、詐欺に利用されることがよくあるものだ。

 次に多いのは薬の製法であるが、今となっては民間療法の価値のないものだったり、時代遅れのものが大半である。

 狂人の単なる思い込みや、挿絵作家が下手なケースはむしろ稀であった。

 真偽の定かでない物でも手を出さなければ始まらないのが専門家だが、当たれば確かに城が建つ。

「師匠、買い取ってくれるかな?」

「読んだことあるんじゃない?」

 この手の物は表紙を開くことなく交渉するものだが、身内には優しくするつもりだ。

 五十層から出たという事実だけで、それなりの物である可能性は高いと思われるが。

「いらない」

 魔法の矢をいじくっていたピクルスが、僕の手の上にそれをポイした。

 鏃に使われている魔石の大きさはなかなかの物だったが、意に沿わなかったようだ。

 子供たちが用意した鏃の方が精巧且つ均一だった。

「あとは未加工の魔石が少々」

 本日の使用分は補填できそうだな。


 四つ目は文字通りのお宝。売ればそれなりになる金銀財宝の数々。食器類が目に付く。パーティーの頭数で割ると物足りないが、ひとりでがめる分には充分だ。

 ばらけると面倒なので袋にまとめて転送した。


 五つ目も同じく金銀財宝。但し、こちらは先の物よりワンランク上等である。宝石類が若干多めで、小振りな物ばかりだが、金額にすると十倍は差があるだろうか?

 こちらも一括りにして転送した。


 その後の探索もこれまでの焼き直しのようであった。

 繰り返される戦闘。陥没する天井。暑苦しいブレスに、暢気な召喚獣がふたり。

「そろそろ」

 猫又が言った。昼食時である。

 天井の上の御仁はあれから反応はなかった。

 と言うわけで、左回りは取り敢えずここまでである。

「雪が降っても楽に狩りができることはわかった」

「ナナーナ」

「今回は縁がなかったということで」

「お土産が……」

『ブルードラゴン』のことである。

 後ろ髪引かれて何度も振り返るオリエッタとヘモジだった。お互い目的は違ったが。



 我が家の食堂は閑散としていた。

「誰もいないね」

「珍しいな」

 ピューイとキュルルだけが戻ってきた。

「僕たちだけで済ませるか」

 夫人に、先に料理を出してくれるように頼んだ。

 このとき砦では水面下で騒動が起きていた。例の介入者が必要もない情報を掻き集めていたからである。

 世間話程度に収めていればいいものを、貴族風を吹かせて、偉そうに店先で喧嘩の種を売り始めていたのだった。

 耳のいい獣人たちは敵味方の判別が付かず、大いに混乱していた。

 大伯母やラーラの名前を出せば、立ち去る小者だが、接触した者たちは口を揃えてこう言った。

「あのお嬢ちゃんはここがどこだかわかってるのか?」と。

 聞く相手を間違っているということだろう。



「査察担当って女だったんだ」

「見るからに世間知らずって感じよ。わざとじゃないかって思うぐらいズレてるわ」

「よくいるだろう。学校から一度も卒業せずに大人になった類いの……」

 大伯母が語尾を濁した。

 民間人なら世間知らずで済むことだが、これが貴族という人種になると…… 決まって厄介の類いになる。

 修道院に放り込む代わりに学問の府に閉じ込められた気の毒な令嬢ということになるのだ。

 その場合、卒業後教員資格を得て、そのまま学院に居着くことになるのだが、教員になれた段階で自分は優秀だという錯覚に陥る。そして家柄や献金の賜だというのに、残りの人生をそこに集約させてしまうのだ。

 そうして世間知らずのエリート風を吹かせた勘違い野郎が誕生するわけだが、それでも大概、年期を詰めば研磨されていくものなのだが……

 今回はしつこくこびりついているようだ。

 そんな人物なので、当学院の教員採用条件には言いたいことがあるようだった。

 ここの教師陣はほぼほぼ現役からのスライド組で、論文など読んだことも書いたこともない。

 そんな教師に教えられている子供たちの実体を当人は真顔で心配しているわけで……

「ふっ……」

 そんな人材が世界の果てに飛ばされてくるとなると…… いよいよ厄介払いか…… 

「ここが『銀団』所有の砦だと言っても、わかってくれないのよ」

「猫を被ってるのでは?」

「それは否めないけど…… たぶん地だと思うわよ」

「閉じ込められて悪くなったか……」

「何? 知り合い?」

「昔な」

 大伯母は言った。

 明日、会うっていうのに、気が重い。



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― 新着の感想 ―
[一言] >どれも罠はなく難易度は高目だった。 罠が無いのに難易度高めとは?
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