クーの迷宮(地下 50階 ドラゴン戦)悪戦楽勝
「狙いを定めて」
「どーん」
ピクルスが楽しそうに発砲する。
「ナナナー」
「おお」
射速がだんちなので目で追えない。なので結果だけが飛び込んでくる。
結界貫通、しっかり効いてるな。
子供たちにも持たせたいと一瞬思ったが、それを管理者側がやっちゃおしまいよと、自省した。あくまで免許制であり、銃にはナンバリングが入っている。その意味は軽くない。
「違法小銃とも言えなくもないが……」
召喚獣のスキルで変異されたものであるし、当の召喚獣が持つ分には違法とは言えないだろう。
「ふんふんふん」
楽しそうにお尻フリフリ。
そのダンスは召喚獣共通か?
ヘモジも借りて試し打ちしてみる。が、やはり『必中』が旧来通りで急所には中々命中しなかった。
ピクルスが遠距離武器の名手であるが故ということだろうな、やっぱり。
早々にヘモジは『ちっちゃライフル』を手放した。
「いやー、なんだろうね」
「暇」
「ナーナ」
こっちが何かやる前にピクルスがみんな落としてしまう。
「通常弾なのになんであの威力?」
そうなんだよな。急所に当てているといっても、ドラゴンの鱗が表皮を覆っているんだぞ。一撃はないだろう。
「師匠、何かしたでしょ」
「ナーナ」
「レジーナならやってる」
断定かよ。
中々どうして使い勝手がよいようで、敵はブレスを放つ手前でバタバタ落ちていった。
時を同じくしてピクルスの隠遁スキルも相手が相手なだけに爆上がりしている模様。
森を抜け、いよいよ寒々とした景色に突入する。
丘を一つ越えると景色は一変、一面雪に覆われた緩やかな勾配が目に飛び込んできた。
靴底が若干滑る。
アイゼンを付けるほどではないのでそのまま進むが、先が思いやられた。
「どこが道だかわからないな」
勾配がまだ緩い坂を一歩一歩踏みしめる。
が、突然、丘の向こうに巨大な断層が現われた。
「……」
「ナー」
「これは竜の巣?」
丘の上から見遣る景色はスリットの空いた巨大な断層。大地がずれて地下空洞の断面が露わになった物だった。それが果てしなく行く手を塞いでいた。
それは大樹の枝葉に土砂が堆積して地層を形成した物だった。降り積もる雪に覆われた天井を巨大な幹が支えている。
ドラゴンが当たり前のように止まり木にしている大木なれば然もありなん。あの幹を倒すのに一体何人の木こりが必要となることか。
屋根に覆われた根元の土は露出していた。綺麗な雪溶け水が流れていた。
「足場悪いな……」
天井が低くなるのは助かるが、地上に降りた『アイスドラゴン』が湿地を歩くと、周囲があっという間に凍り付く。
「あいつら結界は弱いけど、その分、表皮に貼り付いた氷が邪魔してくるからな」
称号持ちには物理的な壁の方が厄介だ。
「溶かしてしまえればいいんだけど」
巨木は岩のように固い。これに火が付くのだろうか。
乱立する柱の奥に一体見付けた。
目や関節部など凍りづらい箇所を狙うのがセオリーだが、動く相手のそれも特定部位に命中させるのは難しい。
だから動く前に仕留める。
「ナーナ」
「慎重且つ、大胆に」
「撃っていい?」
はい、頑張って。
目が合ってしまった。
たまたま天井から落ちてきた落下物の先に互いがいた。
放たれた銃弾は結界を突破し、敵の表層に至った。が、表層の氷にクラックを発生させたところで止まってしまった。
ピクルスは矢継早に放つ。
今度は血飛沫が舞った。が、急所を外れた模様。
「むー。あれ嫌い!」
次弾を装填している間に、傷がどんどん塞がっていく。そして膨らむ喉袋。
装填完了。
結界でブレスを薙ぎ払い、息切れしたところを追加で二発ぶち込んで今度こそ倒すことに成功した。
「特殊弾頭四発か……」
意外に厳しい。
名手のピクルスでも表層の氷を突破した弾頭がどう進むかは予測できない。
爆発矢を使った方が容易く倒せるのはわかっているが。上を見上げると…… 天井に穴が空いていた。
ちょっと暴れたドラゴンの尻尾が木の幹を叩いただけなのに。
叩かれて折れない幹には感心するが、天井の方はとても脆い……
「潰されそう」
「ナーナ」
「ほふー」
ピクルスは弾の種類を変更する。
『爆発』付きの弾頭だ。
天井の穴を見てもそれを選ぶか?
弾頭ならあの爆発矢より影響範囲は狭いけど。
「頭を狙えば一発でいける」と、オリエッタが太鼓判を押す。
それはつまり、それ以外だとそうはいかないということを意味する。
表層を破壊するのに一発、分厚い肉を抉るのに一発だ。
おまけに音で周囲にいる敵を呼び込むことにもなる。
「ナナーナ」
そうなったら、そうなったで上等か。
出番のないヘモジがミョルニルをクルクル回した。
次の目標まで接近する。
首をもたげ警戒する一体。周囲には三体が眠っている。
「ばしゅ」
スパーンと頭が吹き飛んだ。
ドラゴンじゃないみたいだな。
コスト的には最高の結果だが。
周囲のドラゴンが一斉に羽ばたいた。
突風が吹き荒れ、視界を塞ぐ。
なるほど矢より銃弾でよかったと思った。この乱流のなかで矢を当てるのは大変だ。いくら『必中』があっても抵抗が大きければ逸れることもある。
こうなったら遠慮は無用。
暴風を防ぐために結界の効果範囲を一気に広げた。
視界は広がった。が、その先は粉塵が吹き荒れ、真っ白。目視できない。
銃弾が炸裂する。
巨大な物体が僕たちの横を滑るように通り過ぎた。水溜まりが氷結するのが見えた。
「どこから来る?」
索敵を強化する。
ヘモジの目の前に一体、落ちてきた。
こちらは頭蓋陥没。
「ナナーナ!」
さらに上空から一体。降下してくる!
ピクルスは次弾装填中。
ヘモジからは角度が悪い。当然、僕からも急所を狙えない。
巨大な爪が襲い掛かる。
反応が早い。
結界に弾かれた敵は、すぐさま距離を取った。
お互い仕切り直しだ。
が、それはピクルスの間合いであった。
バーンとこれまた見事に頭部が吹き飛んだ。
究極の成果とはならなかったが、今はいいだろう。今は金より経験を磨く時だ。
「追加が来るぞ」
幾本もの柱の陰を利用して遠くから接近してくる影が数体。高度はバラバラ。
意図してのことか?
「少し動くか」
遭遇するタイミングをずらさなければ同時にアタックを受けることになる。子供たちじゃないが、同時にブレスを食らってはたまらない。
僕たちは駆け出した。
入り組んだ柱が都合よく敵の軌道修正を邪魔した。
そして最初に接触したのは中層を飛んできた奴だった。
ピクルスが堅実に翼を射貫いた。
落下してくるドラゴンをヘモジが狙う。
が、低空から来る次の一体がヘモジを掬い上げて食らってやろうと、牙を剥き出しにした。
「大丈夫だ」
僕が結界で押しとどめてやった。
ヘモジは突っ込んでくる一体を無視して、落ちてくる一体に視線を戻した。
低空から接近してきた一体の首は銃声と共にねじれた。
「ナーナ!」
振り下ろされるミョルニル。
二体の巨体が土砂を抉りながら僕たちの横を擦り抜けた。
「おー、怖ッ」
「残り一体!」
上空で既にブレスを放つ体勢に入っていた。
「こりゃ駄目だ」
素直に結界を強化した。
一枚、二枚と障壁が剥がれていく。
「息が長い……」
三枚目が逝き掛けたところで、敵は落ちた。
横でピクルスが息を吐く。
ブレスは天に向かって反り返り、天井を木っ端微塵に粉砕した。
瓦礫が骸の上に降り注ぎ、不細工な墓標を拵えた。
「魔石大量ゲット」
子供たちには参考にならない戦闘シーンの数々。
ハチャメチャだったな。
こういう戦闘はラーラが言っていたように、ルーティンでこなせるぐらいにならないといけない。できないのは力不足、あるいは行動が最適化できていないせいだ。
こんなことを続けていたら、いつか痛い目を見る。
「ナナーナ」
「楽しい」
「今度はこれ」
ピクルスは弓を取り出した。
取り敢えず、敵が弱いうちに最適解を導き出さねば。
今日のところはかまわないが、子供たちと一緒のときに爆発系を使うのは控えたいところである。
「右回りより敵の数が少ないな」
「環境がその分悪い」
「餌が取れない分、テリトリーが広めなのかもな」
「ナーナーナ」
ヘモジが襟を立てる。
今は上に一枚羽織るだけで調整可能な寒さだが、今後はわからない。結界内を温めて、温度調節する必要が出てくるかもしれない。
が、ドラゴンがいる側でそれはできない。先が思いやられる。
魔力の垂れ流しは鈴を鳴らしながら歩くようなもの。
「召喚獣を出しっぱなしにしている自分が言うことじゃないんだけど」
最近は余程の相手でなければ欺く自信はある。が、余程の相手が相手なので。
ヘモジもピクルスも隠遁スキルを上げる努力をしてくれているわけで。
「いた」
ピクルスが弓を構えた。
なんだ? 弓を引いたまま動かない。
「本気出す」
バーンと轟音が鳴り響いた。
ドラゴンの上半身は跡形もなく四散し、天井を支える柱が数本も倒れた。
天井には穴が空き、光が差し込んでくるが、光は粉塵に遮られて靄のように景色を覆い隠した。
「快感……」
連鎖崩壊がしばらく続いたが、天井部分以外は思いの外頑丈だった。
追加の魔力反応だ。




