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クーの迷宮(地下 50階 ドラゴン戦)ギブアップもサイコー

 息が荒い。

 散発的に繰り返される戦闘。ジワジワと削られていく集中力。

 年少組も年長組ももう限界だった。

「今日はここまでにしよう」

 返事は深い溜め息で返ってきた。

「レッドドラゴンまで行きたかったな」

 そこには大量の前座が控えている。

「はあ、はあ」

 リュックが重そうだ。

「助かったぁ」

 トーニオがわざとらしく腰を落とした。

「はー。終ったぁ」

 年少組が釣られるように弱音を吐いた。

「もう限界だよ」

「こんな物騒なところからは、さっさとおさらばだ」

「よし。移動して、そこでクールダウンだ」

「牧場で」

 オリエッタがいいところを持っていった。

「やった!」

 全員のリュックを『追憶』に放り込んで、階層の移動を試みた。



 山肌にピンク色の影。若草の香りを帯びた冷えた微風が、高揚した子供たちの頬を撫でる。

「同じ迷宮の中だと思えないよね」

「天国だぁ」

 いつもの座席を確保。

 ゾロゾロと店の前でアイスクリームの種類とトッピングに悩んでいた。

 そして両手に二段重ねのアイスを携えてソロソロと慎重に凱旋してくる。

「にひひっ。大盤振る舞い」

 ドラゴンを狩りまくった冒険者にしては、ささやかな贅沢である。

「パフェの方がよかったんじゃないか?」

「あ、そっちもあったんだ」

「お代わりできるかな」

「しなくてよろしい」

「お腹壊す」

 まともな保護者なら注意するところだろうが、今日のところは努力に報いてやりましょう。

 ピクルスとヘモジがパフェの大盛りを抱えて戻ってきた。

 オリエッタの視線が……

 その目は自分もあれで、と訴えかけていた。

「そんなに睨まなくても……」

 食べ残したおやつもテーブルに並べて、しばし夕涼みを満喫する。

「そのパフェどこに入るの?」

 器の三倍ほどしか体積のないヘモジたちのどこに中身が消えるのか。

「はー。平和ってサイコー」

 探知スキルの感度をずっと注視していたから気が気じゃなかっただろう。

「帰ったら倉庫整理な」

「そのための早仕舞いかよ!」

「きょうは宝箱、少なかったからすぐ終るよ」

「楽勝だね」

「解体屋は泣いてるだろうけどな」

「一体余分だったかな?」

 綺麗に狩れた一体を誰かに自慢したくて、子供たちは最後の一体の転送を願ったのであった。

「それよかさ。最近、僕たち限界感じてばっかだよね」

「シミュレーションが甘いんだよ」

「しょうがないだろう。ドラゴンの団体なんて相手したことないんだから」

「あの強さ。子供割りとか、おまけして欲しいよね」

「今日のドラゴンはまだ若くて弱い方だぞ。大人のドラゴンの結界はもっと固いんだからな」

「結界剥がすだけならもうちょっと力出せるよ。鏃もまだいっぱい残ってるし」

 全部を一度にと考えると尻込みもしようものだが、一人一枚、剥がせばいいと考えるならそこまで緊張を強いられることはない。

「多重結界…… 五枚は厄介だよねぇ」

 単体相手では何度も破ってきた経験はあるんだけどな。

「がんばれー」

「朗報だ。強くなるほど縄張りも広がるから一度に相手する数は減る」

「絶対じゃないよね」

「そりゃ…… 強くなると言っても、基本雑魚扱いだからな。それなりの数はいるだろうさ」

「ボス戦の前の露払いが一番大変かも」

「称号早く欲しい」

「あと一種類?」

「『コモド』と『ギーヴル』と普通の奴。後ドラゴンタイプとはやったよね」

「他にも知らないうちに倒してそうな気もするんだけど」

「普通の定義が広過ぎなんだよ。そりゃ『ファイアドラゴン』は『ファイアドラゴン』だけどさ。今日のなんて『新人ドラゴン』とかにしてくれれば、もういけてたのに」

 ごもっともで。

「次の強敵は『レッドドラゴン』だよね」

「反対側から行った方がよくない?」

「あっち方面なら『ブルードラゴン』の前に確実に『アイスドラゴン』がいるはずだよね」

「『ギーヴル』のお城のランダムポップは? あれを利用した方が早くない?」

「『ギーヴル』じゃなくてミノタウロスのな」

「駄目だよ。あそこ今、満員だもん」

 一日一回限定、うまくいけば一攫千金を狙えるとあって、現在は名のあるパーティが列を作っているらしい。待合に使う場所は例のグロい厨房側の転移ポイントのある部屋。正直、長くいたい場所じゃない。

 現場が狭いこともあり、予約制を採用。その日のうちに狩れればいいことになっているが、今からだと一ヶ月待ちだとか。

 狩り場を独占させないために攻略回数の少ないパーティーを優先するようギルドが調整しているとか。

「知らない相手が出てきたらヤバいと思うんだけどな」

「誰も倒せなくてレイド組まれたって話し、よく聞くよねぇ」

 順番待ちの列は一気に短くなるが、分け前は頭割りだから、得なのか、損なのか。

 ポータルの使い方を知らない、あるいは割り符をまだ手に入れていない新参パーティーは、レイドを組んだ方が城の正門からアタックできるので攻略は早いかもしれない。

 因みに予約したら最後、レイドを断ると最後尾に回されるのは他の人気エリアと同様である。

 そして、当日予約のパーティーが攻略失敗した日に限り、飛び入り、早い者勝ちが可能なため、それ狙いで待合場に詰めている猛者もいるとか、いないとか。

「そのうち『エンシェントドラゴン』とか出てくるかもね。見たことないけど」

「まさか。転移妨害とかされたら、全滅じゃん」

「その辺はテコ入れしてくれるでしょ。じゃなきゃ、そもそも迷宮に閉じ込めておけないし」

 それはそうなのだが。

 このときの僕たちはこの冗談が現実になることをまだ知らない。

「三連戦でようやく倒したって話、聞いたよ」

「先週だっけ?」

「どんなドラゴンが出たの?」

「ただの『アースドラゴン』だよ」

「でも三体とか出たんだよ。確か」

「レイドが三組投入されてやっとだったってさ」

「分け前でもめたんだっけ?」

「先の二つのレイドが数を減らしたから攻略できたんだろうって」

「でも先に倒した分の回収ができてなかったから、話がこんがらがっちゃって」

「あー、やだやだ」

 ほんと、その手の話は聞きたくないねぇ。

「師匠。称号獲得のため、次は反対回りでお願いしまーす」

 全員に頷かれてしまった。

「わかった。雪山を目指すことにしよう」

『アイスドラゴン』の若造一体倒せば、いよいよ称号持ちか。

「世界が変わるな」

「あ」

 でも次回は家庭訪問だった。訪問先はなぜか家じゃなくて迷宮だけどな。


 頑張った分、のんびりだらーり、夕暮れ時を涼んで過ごす。

「行け行けーッ」

「そこだ、まくれーッ」

「根性見せてみろー」

「あー、余所見すんなよ、チェロキー」

「なんであいつは雌の方によってっちゃうんだよ!」

「そっちじゃないって」

「あー、全敗だぁああ」

「いいぞ、ポポリッチ号。そのまままくれー」

 いつもの羊レースで盛り上がっていた。

「お前ら、元気じゃん」

「ナナーナ」

 ヘモジはどこからか勝手に抜いてきた人参を頬張っていた。

「ヘモニー、ピクルス勝った」

「……」

 ピクルスが、阿鼻叫喚の中、本日、二連勝を決めた。

 ビギナーズラックも大概にしろよ。

「なんでわかったの?」

「おいしそうなの選んだ」

「あ。今、羊たちがビクンとなった」

「……」



 倉庫に寄って、転送品の整理整頓。やることも少なかったので、僕は魔石の精錬を行ない、子供たちは大量に手に入れた小粒な魔石を使って鏃作りを始めた。

「そうか。これからはピクルス用に矢を調達しないといけないんだな」

 宝箱を開ければそれなりに溜まっていくものだが、貴重な物以外は売り払ってきた。

 雪山ルートを行くとなると、当面は火属性か。爆発矢なんて使ったら雪崩起こしそうだもんな。

 子供たちは教本を覗き込みながら術式を刻む作業に没頭していた。

「ミケーレ君」

 モナさんがミケーレを呼んだ。

「三号機の定期メンテが近いから工房に戻しておいてくれる?」

「いつですか?」

「今週中。暇な時にやるから」

「今から行って来ようかな」

「送ってやるよ」

 僕はゲートを開いてやった。出口は入り江に設置してある商会兼用の転移ゲートだ。


 しばらくするとエレベーターが動き出して見慣れた三号機が降りてきた。

「上に置いておけばいいのに」

「明日、予約のお客さんでいっぱいなんだって」

「盛況だな」

 三号機をロックして作業終了。みんなで帰路に就いた。



 さて招かれざる要人をお招きするフロアが決定した。

 攻略に関する秘匿事項や、こちらの隠しておきたい手の内などを考慮した結果、母親参観日で利用した十八階層を利用することに決まった。

「なんだ、嫌がらせしないんだ」

「あんたたちの攻略方法が常識を外れてるからよ」

「他人に見せられないものばかりだからな。お前の転移一つとってもな」

「普通のパーティーは使えないもんね」

「そもそも子供たちだけで攻略、無理でしょう」

「まあ、楽できるのはいいけど」

「あ、イカのくちばし、頼んだぞ」

 また酒の肴かよ。

 じゃあ、改めてルート設定する必要もないな。いるのは海老と蟹だし、難しいコースじゃない。ボスがちょっと厄介なだけだ。

「あ。『なんちゃってゲイ・ボルグ』はどうしよう」

「禁止に決まってる。学院の授業で集団魔法は高等科のカリキュラムだ」

「じゃあ、どうやって倒せと?」

「今の僕たちなら大丈夫だと思うよ」

 ニコロが食器を並べながら言った。

「なんだかすがすがしいほど自信に満ちてるわね」

「ドラゴンをあれだけ乱獲したらな」

「何体ぐらい倒したのよ?」

「二十体弱かな」

「はぁ? ピッチ早過ぎない?」

「早いも何も団体で襲ってくるんだからしょうがないだろう」

「嘘でしょう?」

 報告はしていますが、何か?

「エルーダの五十層がどれだけ冒険者に過保護なフロアだったか、経験すればわかるよ」

「わたし五十層、苦手なのよね」

「泊まり込み必須だったから嫌なだけだろう」

「わたしの場合、飛ぶ相手だとルーティーンになっちゃうのよね」

 ドラゴンを一撃で倒そうと思ったら、ラーラの場合『無双』を使うのが手っ取り早い。

 僕が『魔弾』使うより手が早いしな。


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― 新着の感想 ―
[一言] >「ファイアドラゴンまで行きたかったな」 ~中略~ >「普通の定義が広過ぎなんだよ。そりゃ『ファイアドラゴン』は『ファイアドラゴン』だけどさ。今日のなんて~ 前者ではファイアドラゴンに到達し…
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