クーの迷宮(地下 50階 ドラゴン戦)ブラッシュアップ
厄介な話は置いておいて午後である。
子供たちが重い腰を上げる。
「装備確認」
「ふぁーい」
歩きながら作戦会議。
隠遁して隠れていられる距離と自分たちの魔法の射程の再確認。そこから始まる適材適所。ピースを無駄なく配置することが、総合力を最大限に生かす肝となる。
「一歩一歩……」
オリエッタが嬉しそうに尻尾を揺らす。
得体がまだ知れないピクルスが参加していることもあって、調整も難航している。
子供たちの基本はエテルノ式。射程は視界と魔力の及ぶ限り。だが、威力は距離に比例して減衰していくものなので、本来保有する魔力量が異なる者同士、着地点が異なっていて当然なのである。
子供たちは有効打となり得る距離を改めて共有し直し、調整している。出力限界は今更足掻いても急に増えるものではない。楽観的な夢や希望は繰り返される日常の失敗の中で削り落とされ、冷酷なまでのリアリストが眉間に皺を寄せる。
『滓が残らないほど、とことん足掻け。それができたら―― それはもう勝ちじゃろ?』
ハイエルフのチビ長老が脳裏を通り過ぎた。
やれることは無駄なく効率的に回すこと。
一見、射程や現象が同じに見えて、その威力に至る道は実はバラバラである。
ある者は全力で、ある者は手を抜いて、それで何気にバランスが取れている。集団戦において一発の重さを均一化させることは、統計学的にとても重要なことだから。
威力の大小を許容する気があるにもかかわらず、人は集団戦になると混乱を避けるため、無意識に均一化に向かってしまうのだ。
仲がよければ尚のこと。力が余っている者は突出しないように手控えるし、足りない者は迷惑を掛けまいと無理をする。
いつの間にかでき上がった均一化したイメージに合わせて消費がなされ、決済が行なわれるために、術者たちはそのことに存外思いが至らない。
個別に思い思いの魔法を繰り出している時はそうではないが、総合力を駆使してとなると……
イメージ発動型の術者が陥り易い罠である。
そんなことをしたいのであるなら、そもそもイメージ発動型を採用する必要はない。定型呪文で安定した威力が保証された術式を使った方がお互いのためである。
「基本は大事」
均一化したイメージのままでは太刀打ちできないことを子供たちは理解している。
足りない何かに本能的に気付いている。
子供たちの問題は明確だ。総合力が足りていない。一対一なら問題ないレベルだが、複数になった途端、力関係が逆転する。
赤裸々に実力を開示しつつ、最適解を求め合う。
得意不得意は人それぞれ。誰がどの魔法を使うのが最適なのか。これまでなんとなくしてきたことをより詳細にさらけ出す。そこには年齢も性別もない。
持ち回りでできることの限界はもう見えた。邪魔してくるプライドももはやない。あるのは勝利への渇望のみ。
どこまでやっていいのか、やるべきなのか、手数を重視するのか、しないのか? 威力を重視するのか? 少し手控えれば、もう一発撃てるとしたら、その少しを許容するのか、しないのか?
距離を詰めることで減衰を抑えることは決定事項だ。
引き付けるには危険な相手だが、手数を増やし、威力を増すためには、怖くてもやらねばならぬ。そのためには防御を……
相反する事象のループ。でも、それはまだ上昇の余地のある螺旋であった。
そこにピクルス追加である。
彼女がいるおかげで、阻止限界までのリミットをわずかばかり先延ばしにできるのだ。
解決の糸口はそこにあると子供たちは考えた。
まだまだ改善できるはずだと。
トーニオがつまずいて転びそうになる。
「大丈夫?」
「いてて」
助言すべきか。
イメージ発動型にはまだ奥の手があるのだが。
オリエッタの目は口を出すなと言っている。
ヘモジも何も言わない。
ピクルスは肩の上で足をプラプラさせながら鼻歌を歌っている。
「デカ頭ぶっとばす」
拳をにぱにぱしながら弓を引く動作をシャドウで何度も繰り返していた。
「ナナ」
ヘモジに何か言われてピクルスは飛び降りた。
そして子供たちのなかに飛び込んでいった。
「ひとりで完結しない」
オリエッタがヘモジに肉球を掲げた。
「さすが、ヘモジ」
子供たちの輪に交ざってこいと尻を叩いたようだ。
ピクルスを交えて子供たちは戦略をさらにしつこく練り上げる。
それは現場に辿り着いてもしばらく続くのであった。
ようやく動き出した。
休憩用の椅子とテーブルを出そうかと思ったぞ。
最寄りの大木まで来ると次に見える大木を目指した。僕の予習にならい右回りである。
一体が地上に降りてきていた。目下、お食事中の模様。
餌はなんだ?
『魔力探知』を使うとばれてしまうので、ここは望遠鏡で周囲を確認する。
「よし、行こう」
一発目はピクルスではなかった。
この距離ならピクルスの出番だと思ったのだが。
子供たちは隠密行動を駆使して距離を詰めることを選んだ。
「見付かった時が攻撃の仕掛け時か?」と、思ったら止まった。
察知される距離を掴んだというより、こちらに優位な間合いに陣取った感じだ。
複数の魔法が飛んだ後、トーニオの一撃があっさりとどめを刺した。
全員がガッツポーズ。いつも以上に感動していた。
「今のいい感じだった!」
「なんかしっくり嵌まったよね。ね?」
「俺は何もしてねーけどな」
「スパーンってなった」
『万能薬』を補給するのはトーニオだけ。
結界を破壊するのに全力はいらぬ。一枚ずつ剥がすなら適度な刺激があればいい。
重要なのは再生させる間を与えないこと。
ピクルスの出番はなかったが、一緒に飛び跳ねて喜んだ。
どうやら子供たちは結界を破る担当と、とどめを刺す担当を明確に分けて攻撃班を組んだようだ。
問題は複数相手にも機能するかということだが。
その機会は早々に訪れた。
大木の上で首をもたげて警戒しているのが二体。
ブレスに晒された時どうなるか。
先の戦いと同じように距離をギリギリまで近付ける。味方の結界も気付かれないように最小限にとどめていた。
僕が殿を張っているのでそれでも問題はない。
そして間合いに入って深呼吸。
結界を一気に強化し、それに合わせて攻撃魔法も展開した。ピクルスは弓を構えたまま、今回も動かない。
一体目が先ほどと同じ行程で簡単に沈んだ。
トーニオ役がジョバンニだっただけである。
そして飛び立った二体目に対してはピクルスが無理なく翼を射貫いた。氷属性のそれは片翼を機能不全に陥らせた。
落下したところを今度はニコレッタがとどめを刺した。
今までの戦いとさして変わらぬように見えて、中身には雲泥の差があった。
とどめを担当する年長組はほぼ一撃必殺の全力攻撃である。外した場合に備えてフィオリーナが控えていた。
結界組は一人二重で六重結界を構成している。失敗した時に備えて、結界を破る担当は手に投擲鏃を握り締めていた。
「あー、ちょっと多いかも」
今までなら安全地帯まで戻っておびき寄せるしかないところだが、さすがにこの距離ではスタート地点までおびき寄せることはできない。この場でやらねばならぬ。
念のため、ヘモジも僕も攻撃態勢を取りながら控えた。
さすがに先制攻撃はピクルスの模様。でも、接近は今まで同様ギリギリまで行なう。
心臓バクバクだろうな。
ドラゴンが巣から一斉に飛び立った。その数四体……
「ぶっとばーす」
ピクルスが矢に番えたのは二本の氷属性の矢。
元々必中効果のある矢だ。射た瞬間、狙いさえ定められていればロックオン可能な代物だ。
飛び立ったばかりで密集していたのが不味かった。
氷属性の矢が二体の頭部を見事に貫いたのだ。わずかな躊躇が死を招いたわけだ。
矢に付与された『必中』効果では普通はこうはいかない。結界貫通も含めて明らかに弓の方の付与が影響していた。
「上位互換ということか……」
形勢はあっという間に先の戦いと同様になった。飛翔する二体を相手にする戦いだ。
子供たちもピクルスの攻撃に合わせて、一体目を屠っていた。残るは一体。
ブレスが来る!
が、一撃だけなら問題ない。
多重結界を三枚ほど破壊された。
「尻尾来るよ!」
特攻からの急速反転、回転横殴り攻撃。
再生した結界で弾き反した。
そして結界剥がしからのとどめの一撃。トーニオがまた決めた。
見事に嵌まったが、思いの外敵の結界が薄く、剥がすのに使った投擲鏃が若干無駄になった。
「オーッ」
大きな奇声を上げた。
「ドラゴンが弱い生き物だと思われちゃうね」
「そうだな」
第三者に見られたら、誤解の元かもな。
ローテは繋がっていった。
数が増えても今のところ堪えられていた。接近されても逃げ出さず、子供たちは粘り強い抵抗を見せた。
特にピクルスの躍進。
同時に複数を攻撃する芸当が見事にはまり、敵の攻め時をずらすことで子供たちの処理時間を稼ぐことに大いに貢献した。
「また四体同時に処理できたね」
「はー。疲れた」
「緊張する」
体力より精神力の方がきつそうだ。
「師匠。このフロアって中断できるポイントとかないの?」
「今のところないな」
「じゃあ、次もまた同じことしないと駄目なの?」
「そうなるな」
「えー、面倒臭いよ」
「続きからやるのは駄目?」
「ドラゴンの索敵範囲、広いからな。転移したら一発でばれちゃうよ」
「即バレだよね」
「じゃあ、もうちょっと遠くまで行ったら、ショートカットして平気?」
「殲滅した後ならな」
はっきり言って、この先しばらく腰を落ち着けられる場所はない。安全な場所は敵がいなくなった場所、それも次のターゲットの索敵範囲外だけである。




