クーの迷宮(地下 50階 ドラゴン戦)壁
ピクルスも静かに行く方が結果的に効率的だということを理解し、鏃を素直に入れ替えた。
結界と防御双方を貫通できる効果があるとはいえ、ただの物理効果でどこまで通用するのか。
ピクルス用に調整された物ではないけれど魔石を鏃に仕込んだ各種魔法の矢も『追憶』に放り込んである。必要なら取り出す用意はある。
「『防御貫通』かいきん」
舌足らずな声で己を諭す。
魔力消費が大きくなるから禁止していたが、今の状況だとヘモジが本気モードになることはない。『万能薬』も多めに持ち込んでいるし、子供たちもいる。
念のため、魔力に因らない特殊弾頭を銃に装填しておく。
「練習」
そう言って、群れが待ち構える中、何気ない一歩を踏み出した。
ビュンと風鳴り。
敵はこの時を待っていた。が、敵にもタイミングはある。羽ばたき一回分、反動に耐えるため羽ばたきを控える一回分、重力に身を任せる一瞬。
ピクルスは見事にそのタイミングをずらした。敵が羽ばたいて身体を浮かせた瞬間、さりげなく踏み出した一歩。
気付いたのはヘモジだけ。ミョルニルを握り締める拳がきゅっとなった。
わずかな遅れがピクルスの逃げ時を作り出す。
思わず身を震わす。
遅れて襲い掛かる複数のブレスが目の前の洞穴の入口を真っ赤に染め上げ、熱波が顔をかすめた。
天賦の才だ。
安全地帯に戻ってくれば、射手にブレスは届かない。が、放たれた矢は普通ならブレスで燃え尽きる。
しかし矢は複数のブレスの放射範囲を避け、目標を捉えていた。
そして、その一撃は結界も防御も貫通して敵を捕らえていた。
「アーッ」
「惜しい!」
威力が足りなかった。見事に突き刺さったが、命を狩り取るところまでは行かなかった。
子供たちが我がことのように悔しがった。
やはりこのレベル帯では…… ヘモジのような度を越した何かを期待したのは楽観的過ぎたか。
ブレスの余波が消えたところでピクルスは間髪入れず二射目を放った。
ドラゴンは舐めていた。
当たったところで致命傷にはならないと仲間を見て判断したのだろう。
避けるより攻撃だ。そう判断した時、そのドラゴンの頭は吹き飛んだ。
飛び跳ねて喜ぶピクルス。
今度の矢は爆発矢だった。
敵は動揺した。
そこに子供たちが追い打ちを掛けた。ブレスの集中砲火がないと判断した子供たちは果敢にテリトリーから出て、今がその時とばかりに攻撃を集中させた。
「どうせまた囲まれたら休憩することになるんだし」
「出し切ってやる!」
機を見るに敏。これもまた才能だ。
動揺していた敵は子供たちの存在を一瞬、忘れてしまっていたようだ。
結界が何枚あろうともそれを上回れば、いつかは当たる。
子供たちは投擲鏃をも投じてチャンスを生かした。
子供たちは次々と敵を撃破していった。
ピクルスも負けてはいられないとばかりに追撃を放つ。
そしてすべてを出し切ったところで、敵を敗走させることに成功するのであった。
『万能薬』を飲み干す子供たち。僕も一本、空にした。
子供たちが歓喜するなかで、ピクルスのドラゴンの上を行く狡猾さを見てしまった僕とヘモジは疲労を隠せなかった。
「末恐ろしい」
擬人化した方が怖いってどういうことよ。これもヘモジの影響か?
「魔石回収だ」
「オーッ」
僕はその間に急いで各属性付きの魔法の矢を用意するのであった。
その後も子供たちは強かった。
とりわけ箍を外したピクルスは無敵砲台と化した。
それでも子供たちが前進できたのは最寄りの木立まで。
一対一なら快勝できても、複数のブレスに晒されるとたちまち防御がおぼつかなくなって後退を余儀なくされたのだった。
午前の攻略は一進一退、結局ほとんど進展なし、苦虫を噛みしめる結果となった。
「さすがエンドコンテンツ。どう打開したものか」
防御に全力を回していては攻撃はおぼつかない。
僕もラーラも通った道だが、僕たちには起死回生の一撃があった。
ピクルスが代わりになれればいいと思ったのだが、でかいドラゴンでは爆発矢の影響範囲に複数飛び込んできたところで、巻き込めるのは二、三体が精一杯。おまけに二次的影響は貫通効果が反映されず、二体目以降の損害は軽微だった。それでも地面に落とせるだけマシなのだが。
一方、ピクルスの弓に消費される魔力に関しての懸念は自然回復分で間に合うことが判明し、払拭された。なのでヘモジのスーパーモードも制限解除することにした。
解体屋には綺麗に狩れた一体を転送し、残りは市場のだぶつきを押さえるため魔石に変えた。狭いコロニーのなかだけで消費するのは中々に難しい。幸か不幸か前線でのドラゴンタイプの襲撃は減っているとの噂。兵站的には助かる話だろうが……
「今夜も肉祭りだな」
冒険者は僕たちだけではない。ドラゴンが回収できるフロアも五十層だけではない。深層に近くなるほど品質が上がる保証もない。
子供たちは見るからにボロボロ。
「やっぱ、一筋縄ではいかないな」
「だね」
「一筋縄って?」
「普段通りにはいかないってこと」
「うーん。そだね」
「もうちょっとやれると思ったんだけどな」
世の大人たちが聞いていたらなんと言うだろう。普通ドラゴン狩りは軍団規模の兵士を派遣して、ようやく釣り合うものだ。それも魔法師団、バリスタ等、対竜兵器を駆使してだ。
それをたった九人の子供とプラスアルファだけで、半日で何体倒した?
「前時代なら王様と謁見して褒美をたらふく貰えるレベルだ」
飛空艇やガーディアンの登場で敷居は大分高くなってしまったが、今日狩った数の襲撃をこれだけの人員で防げたなら、やはりご褒美満載だっただろう。
「一度に攻略するものでもないからな。気長に行かないと」
「でも師匠は出口、目指すんでしょう?」
「出口の先にある物に用があるからな」
迷宮同士を繋ぐ転移ゲート。その先の迷宮も攻略していることが条件になるが。
タロス壊滅の最後のピース。来た道を帰れば、同じことだが、また戻って来なきゃならないことを考えると気が失せる。それに今後の利便性を考えると、やっておいて損はない。
子供たちの足取りは重い。
いつもと変わらぬ帰り道なのに、上り坂がえらく急に思われた。
「なんだかんだ言って、最下層までよく辿り着いたもんよね」
「さすがにつまずいてるけどな」
「すんなり攻略されて堪るもんですか。世の冒険者が全員泣くわ」
多くの冒険者は最下層を知らずに人生を終える。到達できるのは一部の冒険者のみ。
「それで、どうすんの?」
「手段はどうであれ、出口に辿り着かせてやりたいんだけどな」
「わたしもそろそろ足並み揃えたいわね」
「最近、潜れてないだろう?」
「そのときはお願い」
転移祭りか。大伯母も一緒だろうな。
「兎にも角にも、あんたがゴールしてくれないと始まらないわ」
「予定より早かった気もしないでもないからな」
「あの子たちに尻を叩かれてた感じよね」
「姉さんも帰ってきてくれると面倒が省けるんだけど」
子供たちは実力不足をどう考えているのか?
ピクルスも居間で大の字になって眠っている。
「あの歳で上級迷宮攻略しちゃったら、人生やることなくなっちゃわないかしらね」
「ラーラは何かなくなったのか?」
「わたしの目標は迷宮最下層じゃないから」
「あ。そ」
「あの子たち。見付けられるかしらね」
「そのためにも先を見せておいてやりたいんだ。彼らにとっての異世界をね。問題は、自力攻略にこだわるか、他力を頼ることを是とするかだな」
「これまでも自力だけとは言えない局面はあったものね」
「僕たちだって、そうだった。でも気付いた時には自力で五十層を闊歩できるようになってた。それでいいと思うけど」
「多分前回で懲りてるから、こだわらないと思うけど」
王様の時も思いっきり悩んでたけど、今はなんとも思ってないみたいだしな。
「上手に甘えてくれるといいわね」
「そうだな……」
「師匠はその点落第生だもんね」
「悪かったな」
そっと紙を置かれた。
「何?」
「嘆願書」
「なんの?」
「家庭訪問」
「へ?」
昨日遠足終ったばかりじゃないか。
「なんかね。先の初級迷宮探索で子供たち、頑張っちゃったみたいで…… いろいろ気になるんですって」
「…… 理事長が選んだ教師陣だろう? 理屈はわかってるんじゃないのか?」
「それがさ。本家学院から来てたんですって。査察担当が」
「はあ? 話、通してあるはずだろう?」
「休暇がてら、冒険者に紛れて様子見に来たみたいなのよ」
「こんな所まで遠路遙々と?」
「大家の出らしくて。断れそうにないって」
「大家って言われても…… いろいろあんだろう。発酵食品で有名とか、駆けっこ速いとか」
「何気に本家、ディスってるわね」
「咄嗟に浮かばなかっただけだ」
「移動に教会が便宜図ってるのよね…… 王宮も絡んでるっぽいし」
「実家か? それとも……」
「それがわからないから。実家の使いなら、諸手を挙げて歓迎して上げてもかまわないんだけど」
「正体を明かさないってことは、そういうことなんだろう?」
「そうよね……」
「学校行事にからめてきたんなら、元学院長に投げちゃえばいいんじゃないか?」
「その元学院長がね。『迷宮に置いてこい』って」
「確定かよ」
本日はもう遅いので、明後日の攻略に付き合って貰うことにした。
問題は何階層が適当かということだ。
五十層は冒険者の憧れ。そこへの到達は冒険者全員の夢であり、人生を賭けての希望と野心の到達点である。そんな場所にどこから来たかわからない奴を招待するわけにはいかない。陛下の味方なら兎も角、政敵の類いであるなら尚更お断りである。
「イフリートのフロアにするか。結界は自分で張って頂いて……」
黙って見ていられるのも癪だしな。




