ガンバンテイン
退屈そうで結構忙しい日々が続いた。
空を飛び交うガーディアンの数も日に日に増え、対岸が見える頃には必要な情報はほぼ出揃っていた。
僕が狙っていた地形も調査して適所だと確認した。
ただ、内陸過ぎて姉さんが難色を示した。
過ぎると言っても調査した限り、半日も掛からない距離なのだが。
おまけにこっそりのんびりやろうとしていた村の建設も、土地の造成だけでも一気にやってしまおうという話になった。
姉さん曰く、中央対岸の敵の数が例年に比べて、目に見えて少ないからだそうだ。つまりその分が南北の前線に流れている可能性があるのだ。
例年であれば中央を守っているギルドが加勢することで対処していたのだが、今回、姉さんたちは中州に駐屯している連中も含めて、中央に切り込む予定になっている。当然姉さんたちが戻っている時間はない。最悪、撤退戦を仕掛けながらの時間稼ぎ、南北を切り詰めることになるが、その間中央は何をしていた、となれば相応の成果が求められることになる。
一言で言うなら政治のためのデモンストレーション。上層部の読みが外れた尻ぬぐいを姉さんがすることになるという話だ。姉さんもその一員なのだから仕方ないが。
せめて増援分だけでも追撃、おびき寄せて、帳尻を合わせなければならない。
本日の議題は『別行動することになったから、勝手なことはするなよ』である。
「これより、ミーティングを行なう!」
僕ひとりぐらい例外を認めても問題ないと思うのだが、男が乗船できない『箱船』の会議室では会議が行えないと、展望ラウンジに『箱船』の代表者が終結していた。子供たちはその間窮屈を強いられることになる。
まずは建設予定地を内地に設定した釈明からである。
ここで姉さんを説得できなければ、別の候補地を選ぶことになるが、そうなれば当然、僕のテンションはだだ下がりである。
ただ、迷宮建設の主導権がこちらにある以上、ある程度の我がままは許容して貰えると踏んでいる。
命懸けはお互い様なので、納得して貰えるよう善処したいところである。
「海岸線から目的地まで水路を通します!」
タロスが水を苦手にしていることは周知の事実。ならば水で囲んでしまえばいい。
「できるわけがないだろ!」
「そんなことをしている時間はない!」
いきなり副団長とガーディアン部隊の指揮官サリーニさんが否定した。
当然、タロスが渡河できずに溺れる程の大きさとなると時間と労力が必要となる。
「それをやります! 従来通りでは、また敵の数に押し込まれて潰されるのが落ちですから。それにすべての距離を護岸工事するわけではありません!」
取り巻きは話だけは聞いてやると、ソファーに身を投げた。既に時間の無駄扱いだ。が、姉さんだけは姿勢を崩さなかった。
姉さんもヴィオネッティーだ。だから知っている。ヴィオネッティーが可能だと言えば、可能なのだと。
「えー、ここに複雑な入り江があります」
僕は気にせず、情報が詰まった地図を叩く。
「岸壁は高く、壁面は海側からはよく見えますが、陸側からはよく見えません。この位置から目的地の手前まで掘り進めます」
「無理だ! アンドレア様がいれば、可能かも知れないが。あそこは岩礁地帯だ。崖は岩盤その物だぞ。短時間で掘り進むなど」
五十年前の大戦で活躍したアンドレア様の武勇伝を誰かに聞いたのか。ヴィオネッティーの当主を評価してくれるのは大変有り難いことだが、唯一無二だと決め付けるのはいかがなものか? 要はやり方だ。こちらにはなんでも切裂く『無双』が二本ある。一本は非公認であるが。
「僕とラーラがやります。目的地までくり抜くためにこちらでストックしている『万能薬』のほとんどを消費することになりますが」
実際は大瓶で二、三本あれば充分だが、もっともらしいことを言っておかないと説得力も有り難みもなくなる。
「水路の工事が終わる頃には新しい『万能薬』が補充されるのでご安心を。そしてこの山。岩盤地層が迫り上がって地表に現われてきた物だと考えられます。要塞化するにはまさに打って付けです。それに背後にわずかながらも緑地帯が点在しています。比較的浅い場所に水脈がある証拠です。この地なら井戸を掘っても標高がありますから恐らく塩害の影響は出ないでしょう」
「待て、入り江をくり抜いたとてまだ距離がある。それはどうする気だ?」
「特殊大型弾頭を何発か落とそうかと」
「あれは使用許可がいる。ここからでは申請できないぞ」
「じゃあ、魔法で」
今回は巻き込める敵もいないので『プライマー』はお預けだが、通常魔法でも何とかなるはずだ。そもそも特殊弾頭に刻む魔方陣は我が家の謹製であるし、弾頭にせずに地表に展開させても効果は変わらない。問題は注ぎ込む魔力をどう調達するかだが、今回はトレントの杖で行こうかと思う。
トレントの杖とは所有者の癖にあわせて進化、成長する杖で、レジーナ大伯母様が僕が生まれたときにプレゼントしてくれた物である。
一度に複数の魔法を展開できる爺ちゃんの杖も大概だが、僕の杖も負けてはいない! 長く付き合う程に成長し『プライマー』の代替ぐらいはできるようになっている。
世界四大合成魔法の一つ、雷と風、土属性を加えた『テンペスト』を一人で発動できる爺ちゃんの魔力吸収遅延型の杖は有名だが、むしろ膨大な魔力を無理やりひねり出す必要がない点では僕の杖の方が勝っている。これもまた僕が『プライマー』と呼ばれる所以の一つと言っても過言ではないだろう。
生まれつき魔素の誘爆などという物騒なスキルを持って生まれた僕は、当然ながらそれを押さえる教育を受けた。
かまって貰いたくて日々、悪さを重ねたものだが、今思えば相手が母だからよかったのだ。僕の異常性に誰よりも早く気付いて、残酷な結末を常に回避してくれていたのだから。母が魔法使いでなかったら、僕は無邪気な頃を卒業する前に、きっと親しい誰かを傷付けていたに違いない。
将来を憂えた母が恐らくレジーナ大伯母様に相談したのだろう。ある日、僕の元におもちゃのトレントの杖が届いた。
『杖に嫌われるような人にならないように』と。
僕の精神構造は至ってシンプルだったので、必死に気に入られようと努力した。そしてより物騒な力を手にするのである。今ではおもちゃの杖も立派に成長して僕の身の丈程に成長している。
大きくなり過ぎたので、実家に保管しておいたのだが、前回の補給の折、エテルノ様が迷宮探索に必要になるだろうからと気を利かせてくれたのだ。
杖の名は『ガンバンテイン』
魔力を完全無効化する杖である。いくら誘爆を防ぐために進化したとは言え、我ながら呆れた代物である。
物理攻撃だけ心配していればいいから楽ちんだ、とリオナ婆ちゃんは言うが、杖とは本来魔法使いが使う武器だ。魔法使いが魔法を使えないでどうする?
とは言ってもそこはトレントの杖である。所有者の望みを叶えるべく進化した杖だ。敵味方構わず、装備付与の類いまで無効化するようなことはしない。できなくもないが、加減が利く優れ物だと言っておこう。
では、この杖を僕はどう利用していたのか?
爺ちゃんの杖が魔力吸収遅延型なら、僕の杖は言うなれば魔力放出遅延型である。
膨大な魔力を得るために借金をして魔力を放出する爺ちゃんの杖は取り立てが後に来る。
一方、僕の杖はまず貯蓄する。ひたすら魔力を貯蓄する。そして使うときはど派手にぶちまけるのである。ただ、魔力を蓄えている間は制御し続けなければならないので、充填式の魔石のように普段から蓄えておくことはできない。
要するに、今回穴を穿つためにこの杖に魔力を溜め込んで、一気に解放させてやろうかと考えているのである。
『万能薬』で再生した魔力を一体どれ程溜め込むことができるのか?
ラーラと迷宮遊びをしていたとき、持ち合わせの中瓶一本を丸々使って試したことがあるが、あのときは『闇の信徒』を起こしてしまって爺ちゃんに助けて貰った記憶がある。
因みに姉さんはそのときの騒ぎを知らない。僕の杖を単なる魔法防御の便利な小道具ぐらいにしか思っていないはずだ。
「運河の建設が可能だったとしても、ここでの防衛は難しいのではないですか? 全方位に壁を造るというのは、全方位から襲撃を受けるということですよ」
「ですから麓を崩して濠を造ります」
過去に同じような作戦が何度も企てられた。魔法使いの大量投入。人海戦術による濠建設。陣地を壁と濠で囲い込むだけのことなのだが、どれもこれもタロスの大きさに比べて、規模が足りなかった。規模に合せると今度は工期が。大概、建設途中で襲撃を受ける羽目になる。
場所は砂漠。行程も卓上のように順風満帆とはいかない。工期は想像以上に長めに取る必要がある。その間の防衛線と補給線の維持を考えると「不可能だ」と叫びたい気持ちはよくわかる。
でも問題はできる、できないではないのだ。襲撃さえなければ、いつかは立派な物ができるのだ。技術的にはなんの問題もないのである。
問題は時間がないという一点のみなのだ。
「そんな! いくらヴィオネッティーでも!」
爺ちゃんたちは平気でやってのけた。大戦時、タロスの襲撃に耐えうる要塞をいくつも造っている。あちらの世界での話だが。
「水路さえ通せれば可能です」
僕は山をすべて覆うように丸を書き、先程水脈と称して付けた筋に繋げた。
「そうか! 上流の水を使うのだな!」
「上流から水を引き込んで土砂を海側に押し出す算段か!」
正確には入り江との間にできる予定のでかい穴にだが。
そうすれば淡水湖ができ上がる。そうなれば周囲一帯で農業も可能になるはずだ。
「折角、造った運河が埋まったら話にならんぞ」
姉さんが軽口を叩く。
「それにしても大規模過ぎる案だ。敵はそうそう待ってはくれんぞ!」
「今言った通り『万能薬』の製造が一巡するまでに水路は完成させます」
「一巡するのにどれくらい掛かるんです?」
「できる限り短くする予定ですが。一月程貰えれば」
「無理だ!」
「敵兵力は南北に分散しています。集結には時間が掛かるでしょう。当面はドラゴンだけを警戒すればいいのでは?」
「濠を造った後はどうする? さすがに敵勢力も集まって来よう」
「来るんですか?」
逆に僕は姉さんに尋ねた。
電光石火の領土拡張をやる気でいるなら、食い止めてくれるものと思っているのだが。
「まあ、集まってくれた方が個人的にはやり易いんですけどね」
味方が側にいる方が却って邪魔だ。
問題は防衛ラインを平気で突破してくる敵がいることだが、それももはや手の内が知れている。『太陽石』は見付け次第、迷宮に放り込んでくれる。
「何を隠している?」
「え?」
「お前の悪い癖は人を出し抜きたがるところだ。お前、できる限り短くすると言ったが、正味何日掛ける気だ?」
姉さんが怖い目で見た。
「ええと…… すべて込みで一月……」
「そんなこと!」
姉さんが手を上げ、発言を遮った。
「こやつがロメオ工房の人間だということを皆、忘れているぞ。幾つ持ってきた?」
「はぁー。姉さんは騙せないか……」
溜め息が出る。
「何度煮え湯を飲まされたと思っている?」
「ゴーレム・コアを十個」
「ゴーレムッ!」
取り巻きは腰を抜かした。ガーディアンの登場以来、忘れ去られがちな骨董品だ。




