クーの迷宮(地下 50階 ドラゴン戦)プラスプラス
遅れました。m(_ _)m
「ドラゴンだーッ」
「いよいよ、俺たちの時代が来たーッ」
「どの時代だよ」
子供たちは大はしゃぎ。
「王様にはビビるくせに、なんでドラゴンは平気なんだよ。頭おかしいんじゃないの?」
「そろそろドラゴン装備が小っちゃくなってきた気がする」
「気がするだけだから」
「僕もベルトの余裕がもう二穴しかないんだよね」と、ミケーレが腹を擦る。
「自虐ネタか……」
「ちがーう」
ドラゴンタイプが身近だったせいだろうが、子供たちにはくみし易い相手として認識されていた。解体は嫌というほどやらせたが、生きたドラゴンタイプとの戦闘は船とガーディアンを使ってのみだったような気がするが。
本物のドラゴンの、それも上位種はお前たちが思っているほど生易しい相手じゃないんだけどな。
ドラゴン種の下位に目されるドレイクのなかでは最上位にある『四枚羽根』のピクルスを横目で見る。
力的には雑魚ドラゴンよりは強いが、やはり上位と比べると捕食される側…… それを言っちゃ、トロールの坊ちゃんは塵芥の部類だが。こちらも余裕綽々だ。
こちらに関しては素がなんであれ、実績が山のようにあるので、仮に腹の中に収まったとしても心配するのは相手の腹具合の方である。
「ドラゴンステーキ食べたい」
「……」
ピクルスは枝豆の添え物にドラゴン肉のサイコロステーキを所望のようである。
考えてみればドラゴンモドキのピューイとキュルルも日々食べてる肉はドラゴンの肉だ。弱肉強食のこの世界において本来有り得ない逆転現象である。
「全員、気負いはないみたいだな」
できれば全員に銃を配給したいところ。
地を這う生き物がドラゴンに勝つことは難しい。それも上位種となるともはや神に祈るレベルだ。
「今はチマチマやるしかないか」
弱い亜種と早めに遭遇して『ドラゴンを殺せしもの』の称号を手に入れてしまいたい。あの障壁だけでも弱体化できれば、浮かぶ瀬はあるのだ。
敵の回復速度とのチキンレースはそれからだ。
「あの木に一家族いるの?」
マリーが聞いてきた。
「家族かどうかは知らないけど。四、五体固まってることもあるな」
「子供は?」
「見たことないな。群れの外側だから若いのしかいないのかもな」
「じゃあ単身狙いだね」
「…… そだな」
空き巣みたいなこと言わない。
「木の配置、絶妙じゃない?」
「あの辺り、全部リンクするよ」
「マジですか」
さすがに正面突破は無理がある。
「おびき寄せるといい」
「一体だけ来てくれればいいけど」
「駄目ならスルーすればいいよ。序盤だし」
そういうこと。安全地帯はすぐそこだ。
誘うのも魔力をちょっと垂れ流してやればいい。
「来たよ」
「やった。一体だけだ」
最寄りの一体がやって来た。
この辺りにいるのはスタンダードな個体だけなので称号会得の足しにはならない。
でもどうやって倒す気だ。迷宮の外で使えた手段が使えないという逆転現象。
「雷は落とすなよ。一気にばれるからな」
「もっとこっちに誘わないと。結界も絞って」
氷一択だろうな。
「ナナナ」
ピクルスが弓を構えた。
「ピクルス! その鏃!」
「大爆笑」
「いや、それは大爆発……」
止める間もなくピューンとそれは飛んでいった。
そしていつものように敵を感知した瞬間それは矢のように、矢なのだが、向きを変え一直線に飛んでいった。
轟音が空に響いた。
言葉を失う子供たち。
木々から騒がしく一斉に飛び立つドラゴンたち。
その数ざっと二十……
空が一気に暗くなった。
「一旦、撤収!」
あんな数、一度に相手にするなんて自分でも嫌だ。
子供たちはスタート地点の安全地帯まで戻ってくるとゲラゲラ笑っていた。
「し、死ぬかと思った」
距離は充分取っていたので、切迫したものではなかった、が。
「あーあ、みんな起こしちゃったよ」
餌の時間のワイバーンの巣のようだった。
「でも狩り易くなったかも」
それを言うには殲滅速度が要求される。
一体の始末に時間を掛けているとあっという間に囲まれるだろう。
やはり敵の結界を貫通させる武器か、称号が欲しいところである。
斥候のあの雑魚は結界も薄いからピクルスの爆発矢でも倒せたようだが。確認している間がなかった。威力貫通したのか、無効化して貫通したのか。
ピクルスの弓には『防御貫通』が付いていたはずだが、魔力減衰は感じなかった。
「さっきの攻撃、障壁を破壊したか?」
「ナナ?」
「さあ」
「?」
撃った本人が自覚なしってどういうことよ。て言うか、なんで爆発矢、使ってるの?
使いっ走りの一翼が寄ってきた。
しばらくじっとしていたら、数体が地上に降り立った。
「ピクルスは一回休み」
「なーんで」
「なんでも」
子供たちに止められた。
「わたしたちにも戦わせてね」
ニッコリ笑うフィオリーナにほだされ、頷く幼女。ヘモジの背に隠れて、なんだか嬉しそう。
地面から突然、巨大な茨の棘が生えた。
あれはイフリート戦で子供たちが見せたやつだ。
ドラゴンは不意を突かれて茨の冠に覆われた。
逃げ惑うが羽根をボロボロにされて動けなくなった。
「何発目で貫通した?」
「三発目かな」
「ナナ」
結界により初撃二本は弾かれたが、三発目が貫通すると痛みに我を失ったようで、立て直しがきかず、追撃を受けて地面に串刺しにされた。
首元に刺さった一撃が致命傷だろう。
「さすがに固いな」
ほとんどの棘は表皮に食い込んだところで止まっていた。
さすが竜の鱗だ。
ピクルスははしゃいでいなかった。ブツブツ呟きながらドラゴンの骸を見詰めていた。
「お肉…… あんなにいっぱい食べられない」
……
「他のが来るよ!」
「次はピクルスの番!」
どうせもう見付かっちゃってる。好きにしてよし。
ドカーン。
当初描いていた戦闘シーンはどこにもなかった。
「さすがに安全地帯から出られなくなったな」
さすがに押し込まれてしまっていた。
ドラゴンの賢さを侮ってはいけない。一度使った戦法は学習され通用しないだろう。その証拠に皆、警戒して高度を茨の冠より上に保っていた。
が、相手は変わってピクルスであった。
わかっていても避けられない誘導性能がある一撃。
だが、追い掛けられた一体は命中しながらも耐え切った。
「貫通使ってない」
「そのようだな」
「まだまだーッ」
耐え忍んだ一体に子供たちが追い打ちを掛けた。
大きく抉られた傷口に『氷槍』が食い込んだ。
耐え切れず落下する個体。待ち受けるのは地獄の顎門。
なんだかんだ言って、既に三体目を撃破。一般の常識でいったら上々の成果だろう。今日の探索は切り上げて酒場に直行していい出来だ。
「一旦、下がれ」
安全地帯が機能しているからと言って、さすがにもう限界だ。
攻撃するには一瞬でもエリアを出なければならない。が、もうそこはブレスの範囲内だ。狙っているのは数十個の大口。喉袋はどれもパンパン。
僕の分を含めてもこちらの結界は足りていない。
ほとぼりを冷ます必要がある。が、ドラゴンは天然のハンターだ。忍耐強さは一流だ。飽きっぽい子供たちとは雲泥の差である。
「陽動する。ここで待ってろ」
「はーい」
僕とピクルスは転移した。
ヘモジも行きたがったが、万一の時のために残って貰った。
転移先は遙か後方の、彼らのねぐら。
留守宅を襲うのだ。
ピクルスに盛大に花火を打ち上げて貰った。
若者に面倒ごとを押し付けて安眠を貪っていた中堅所が飛び起きた。
「やはりとどめは刺せなかったか」
ピクルスの爆発矢は中堅には通用しなかった。それでも二発目が通るんだから大したものなのだが。
今大切なのは倒すことではなく、子供たちのところに貼り付いている連中を剥がすことにある。
僕も普段なら『氷結』魔法で一網打尽にするところだが。ド派手に爆裂魔法を多用した。
回収する魔石は小さくなるが仕方ない。
結果を見ずに僕たちは退散した。
「消えた、消えた」
スタート地点から敵の姿が消えた。
自陣を脅かされ、さすがに慌てたようだ。
が、そうそうこちらの思い通りにもいかない。敵は狡猾なドラゴンである。
撤収したと見せかけて……
「高いお空から見下ろしてる」
ピクルスの視線を子供たちは追い掛けた。
雲の上に一回り大きな個体の影が浮いていた。
若いのに任せていられないとばかりに――
「管理職が出てきたな」
ピクルスがもう狙いを定めていた。
急降下してくるドラゴンの狙いはその反抗的なピクルスだった。
「盲目的過ぎやしないかな」
「接近戦は悪手」
ピクルスが放った一撃をものともせず、迫るドラゴン。
「勝利を確信している目だが」
ドラゴンの多重結界が輝いた。
ピクルスの一撃を無効化したことで勝利を確信するドラゴン。
悦に入る間もなく横殴りの一撃を受けた。
「ようやく欠損の少ない獲物がゲットできたな」
「ナナーナ」
ミョルニルの射程内は勝利確定エリアである。
敵が戻ってくる前に、魔石の回収を急いだ。先刻の石は今回収できなければ消えてしまう。
僕が大袈裟にやった方はほとんど死んでないので再生してくるだろうが。
そしてまた、僕たちは囲まれた。
コロニーを潰すまで、今日はしばらくこの一進一退が続くだろう。
「ほんと羽の生えてる奴は面倒だよね」
安全地帯から離れられない状態が続いて、さすがに焦る子供たち。ストレスが溜まる展開だが、それはわかっていたことだ。
「でもなんで爆発矢なんだ? 何か考えてのことなのか?」と、計画的にそうしているのだろうと子供たちに尋ねた。
が、子供たちはきょとんとしている。
戦術の一環じゃないのか?
ヘモジも首を振った。
オリエッタの知るところでもない。
「他の矢、忘れた」
悪びれることなく答えるピクルス。
「え? それが理由?」
全員、呆れるやら何やら。
そうだった。ピクルスはまだ生まれたばかりだったのだ。すべての事象は論理ではなく、感覚で処理している段階なのだ。
「忘れたなら忘れたと言ってくれないと」
この子は僕の召喚獣だ。強いからヘモジと同等に考えてしまったが、新人も新人、ど新人なのだ。僕が管理を怠ったということになるのであろう。
僕は通常の矢を『追憶』から取りだし、代わりに余分になった矢筒を回収した。
「弓の貫通効果も遠慮なく使っていいぞ」
ピクルスの顔が明るく輝いた。
「あ、なんか嫌な予感」
オリエッタが僕の直感を代弁した。




