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遠足復路

 結局、子供たちが探索から帰ってきて特設大浴場でほっこりした後も、眼下の格納庫では汗臭い作業が続いていた。先の理由で作業が遅れているとは言え、さすがに就寝時間までドカドカやられてはたまらない。予定通り定刻で切り上げて貰えるようにオリヴィアに催促した。

 最悪、時間切れになったとしても、置き場さえあれば、僕の無償の信仰心を以て転移させてやるから、と。

 とは言え、現場との摩擦は少ないにこしたことはない。

 子供たちが使った残り湯でよかったらどうぞ、ということで作業員たちにも特設大浴場を開放したところ、大いに喜ばれ、感謝された。主にオリヴィアが……

 提案したのも、お湯を供給し続けたのも、これ見よがしに浄化魔法を掛け直して「お湯、綺麗ですよ」アピールしたのも僕なんですけど!

 モヤモヤした気持ちも子供たちの寝顔を見れば救われる。

 男子の大部屋を覗くと、見事な雑魚寝であった。

 うちの子たちも今日はこの中にいる。

「寝たふりは駄目ですよ~」

 元々、この部屋は物資搬送時の作業員たちの休憩場所として用意した物だった。それが『ビアンコ商会』の運行クルーの宿直室となり、今では学院の全生徒を収容できる程の大部屋に進化していた。

 元々、船倉の大半は格納庫が占めていた。なので、その天井部分が一フロア分下がったところでなんの影響もない。洗面トイレ完備。この先クルーズ事業に乗り出してもいいぐらいだ。

 兎に角、男女分かれてはいるが、部屋割りはそれだけであった。教師たちには『ビアンコ商会』の操船クルーが使っていた個室と、うちの子たちが普段使っている個室の隣にある空き部屋を宛がわせて貰った。



 翌朝、晴天、空が高い。

 子供たちがチラホラ甲板に上がってきている。

 ガーディアン用のエレベーターが動いた。

「なんだ?」

 僕とヘモジたち、早朝警邏組はドームフロアのテーブルで遅めの朝食を食べていた。

 ガーディアンが上ってきた。

 ラインのある機体、子供たちの機体だ。

「操縦士希望の生徒たちに試乗させるらしいわよ」

 イザベルが欠伸しながら現われた。

 タンデムシートでないとできないので、自分たちは手伝えないのだとか。

「発進シークエンスできんのか?」

「ナナーナ」

「おっきい」

「そうだねー」

「うるさいわよ、あんたたち」

 ラーラたちの管制の下、子供たちの機体が次々舞い上がった。

 希望者が何人もいたので、一回の飛行は短めのものになったが、大いに喜ばれる結果となった。

「観光…… いけるね」

「いけるわね」

 オリヴィアとハモった。



 子供たちが予定通り、迷宮に出発した。

 周囲の冒険者たちはまだ大半が眠っている。

 遅くまでどんちゃん騒ぎをしていたから、午前中の探索は穴場になるだろうか。

 聞いたところによると、前日の探索だけでなんと十二階層まで行ってしまったらしい。

 人の流れに乗って進んでいっただけでそうなったのだそうだ。

 深夜のリセットタイム後も狩りは続けられていたので、既に低層は狩り尽くされていると思われるが、これが当たり前だと思われると事故に繋がるだろう。どこかで正しく洗礼を受けなければ探索を終えられないという思いが引率者の顔に如実に表れていた。

「十二階層か……」

 あれ?

「? ピクルス?」

「なに?」

「今日は行かないのか?」

「はっ!」

「は」じゃないよ。

 急いで弓士の格好に着替えると手を広げた。

「はい。お弁当」

「忘れ物ないわね」

 急いで全身チェック。おもちゃの弓にお似合いのかわいらしいリュックを背負わされた。

 小さ過ぎて弁当入れたら他に何も入らない。

 足りなきゃ、勝手に帰還してくりゃいいんだし。

 矢筒を腰回りにぶら下げて完成。

「ちょっと行ってくる」

 僕はみんなの元までピクルスを送っていった。


 幸い子供たちは入場のチェックを受けていて正面ゲートにまだいた。

 我が家の子供たちが慌てて迎え入れる。

 どうやらピクルスの立ち位置は引率者の補助要員となっている模様。

「頼むな」

「大丈夫。ちゃんと見張ってるから」

 マリーに言われた。

 どっちが監視者なのか。

「気を付けてなー」

 順番にゲートを潜っていく子供たちに手を振るだけでも手が疲れた。

「戻って二度寝しよ」



 僕が仮眠している間も世界は動いていた。

 格納庫の物資はほぼほぼ搬出が終わり、外では基礎工事が進んでいた。

 ドーム内では女たちがくつろいでいる。

「ヘモジとオリエッタは……」

 展望室で寝ている模様。

「なんだ? 騒がしいな」

 窓の外を見ると、迷宮の方で何やら騒いでいるようだった。

「何かあったのかしら?」

「事故じゃなきゃいいけど」

「見てこよう」

 大伯母が消えた。


 そしてすぐ戻ってきた。

「『闇の信徒』が出たそうだ。加減のできない馬鹿共が」

 脳裏にピクルスの姿が浮かんで消えた。

 じわーっと背筋に冷や汗が。

「まさかいつもの爆発矢、使ったりしてないよな……」

 ヘモジが消えるのを感じた。



「すっげー、楽しかった!」

「俺、生まれて初めて『闇の信徒』見た!」

「おっきかったねー」

「あんな大きなスケルトン見たことないよ」

「ピンク色だった」

「ピクルスちゃん、かっこよかったね」

「犯人わかったのかな?」

「うちらじゃないよ」

「下から来たって言ってたもん」

 僕は胸を撫で下ろした。

『闇の信徒』が発生するほど大きな損傷を迷宮に与えたのがピクルスでなかったことに。

「ねーねー。ピクルスちゃんが倒して回収したお宝はどうなるの?」

「ミスリル出たって、ほんと?」

「剣を十本は打てる量だってさ」

「なんだ、それっぽっちか」

「初級迷宮では破格だよ」

「クーの迷宮じゃないんだぜ」

 手にした臨時収入は学校行事中の案件ということで、取り分半分のところをすべて学校側に寄贈することにした。

 僕はピクルスがしっかり仕事をこなしてくれたことに安堵した。

「ご褒美何がいいかな」

 が、ピクルスは子供たちに揉みくちゃにされたせいでへたって戻ってきた。

 目の前のソファーに身を投げ顎を出した。

「疲れた……」

 取り敢えず一杯。

『万能薬』入りジュースを提供したら、飲みながら船を漕ぎ出してしまった。

「夕飯もう少しだからな」

「お待たせ。搬出、最終チェック終ったわよ」

 一時間遅れの出港となった。



 夕食は甲板の上でバーベキュー大会である。

 移動する船の上、満天の星空を眺めながらの大宴会である。

「これだよ、これ」

 子供たちは大いに騒いだ。

 中央に用意された井型に組まれた大きな焚き火は周囲を赤く、煌々と染め上げている。

 ドーム内の明かりは鏡面ガラスのオプションの一つ、干渉フィルターによって透過が抑制され、照明を落とすことなく雰囲気を維持することに貢献することができた。

 一部教師陣は興味津々であった。

 夜間戦闘で力を発揮しそうであった。ただでさえでかい窓なので。

 遠くに島の明かりが見えた。

 今度来るときにはあそこに荘厳な聖堂が建っていることだろう。


 遅れを取り戻す意味も込めて、船は加速する。

 当初の予想通り、軽くなった船体の滑らかなこと。

「バーベキュー終る前に着いちゃうな」

 そうならないように逆に減速して調整する。

 子供たちの合唱が始まった。

 学院の校歌であった。

「普段、嫌々歌っている癖に」

 何もない砂漠の真ん中で、誰憚ることなく高らかに声を張り上げた。

 因みに校歌はアールヴヘイムの魔法学院の歌そのままである。学院の姉妹校になったのだから当然だが、出てくる花の名前でこちらの子供たちが知るものはほとんどない。

「こういうときに酒が飲めないのは気の毒だな」

 大伯母が母校の校歌を聴きながら、酒を喉に流し込む。

「引率者が飲んでちゃ、駄目だろ」

「ここに持ち出したるは」

『万能薬』……

「ヘモジかよ」

 大伯母がこんなに楽しそうにしているのを見るのはいつ以来か。ふとした静寂の中、この美しい人の隣りにいられる奇跡を少しだけ神に感謝した。

「ナナーナ」

 お飾りで操縦席に座らせていたヘモジが、雰囲気に負けて「解放しろ」と言い出した。

「自分が操縦したいって言ったんじゃないか」

「ナナナナ、ナーナ」

 気持ちはわかるので、代わってやることにした。

 ヘモジは即行でガラスの向こう側に飛んでいった。

 一瞬のどよめき。

 そして歓声。

「いつだって人気者だな」

 僕は退屈しのぎにソナーのピンを打つ。

「あ」

 盤面の隅に砦の影が見えた。



 楽しい時は過ぎ、皆、上陸の準備を始める。

 船底が緊張しながら着水する。

 軽くなった船体の喫水は浅く、暗闇のなか、桟橋の位置すらよくわからない。

 ピンを打って地形確認。

 ラーラたちのガーディアンが先行してくれる。

 誘導に従いゆっくりと舵を切る。

「見えた」

 保護者たちの明かりが桟橋を照らした。

「機関停止」

 船首は桟橋の手前、若干食い込み気味に停止した。

 ラーラたちによって波止場のビットに係留ロープが掛けられた。


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