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その名はエレイン。式典を傍観する

 架け橋の中央がこれ見よがしに空いている。

 あれほど喧噪に満ちていたのに、今では静まり返って、ポチャポチャと打ち寄せる波音がここまで届いてくる程だった。

 そこに颯爽と現われたるは『銀団』代表代理にして王国第四王女ラーラ・カヴァリーニと、お付きのイザベル・ドゥーニ。そして『ビアンコ商会』の現当主オリヴィア・ビアンコ。そして大伯母率いる引率の学院教師たちと、一旦戻ってきていた生徒たちだ。

 僕の転移魔法が陰ながら活躍したことは言うまでもない。

 めくれ上がるように作業に当たっていた子供たちの列が仲間の列と合流していく。

 一糸乱れぬ行進であった。

 先生たちも心なしか鼻が高そうであった。

「普段やんちゃなくせに……」

「いいお披露目」

「ナナーナ」

「よく見えない」

 ピクルスが僕の肩によじ登ってきた。

 結果『ダイフク』は橋の先端、一番目立つ位置に係留された格好となり、無数の枝にはギルド船を初め、あぶれていた船が次々係留し始めたのだった。

 あぶれたなかに『ダイフク』ほどの大型船は他にいなかったし、仮にいたとしてもすべての船はホバーシップである。水深を気にする必要はなかった。

「リオネッロも混ざりたい?」

「目立つのは嫌いだ」

 取り敢えず、式典の開会予定時刻は守られた。

「それにしたってどこから来たんだ?」

 内海を越えるには小さ過ぎる船ばかりであった。

 遠路遙々、大枚叩いて北と南から回り込んできたのだろうが。見るからに迷宮目当ての地元民が大半であった。

 うちの迷宮も一般公開したら、ああなるのかとしみじみ……

 兎に角、イベントを担当した連中の予測が甘かったということだ。

 祈りを捧げる場もないのに、信仰とは関係ない物欲だけで集まる連中がこれほどいるとは思いもしなかったのだろう。純粋なる信者諸君にはいい経験になったのではないだろうか?

「人、いっぱい集まって来た」

 混沌すらもピクルスには楽しいイベントのようであった。

「来たねー」

 帆のない船が珍しいのはわかるけど。野次馬たちがこの船の周りに集まりだした。

「あの紋章、リリアーナ様のところの紋章か?」

「『銀団』の新しい母艦か?」

「にしちゃ、小せえな」

『箱船』と一緒にしないで頂きたい。

「ナナーナ」

 確かに、船だけで戦ったら五分の戦いができるだろうけど。

 そろそろ時間だ。


 式典開始予告の鐘が鳴り、一斉に魔法によるエフェクトが空を染め上げた。

 無数の花火。閃光が空を舞い、ピクルスも楽しそうに飛び跳ねた。

 人の群れが式典会場に飲み込まれていく。

 それぞれの船には留守番役がいて、どいつもこいつも食い物と酒を片手に手摺りに身を任せ、高みの見物を決め込んでいた。

 妙な連帯感。

 僕たちもおやつ片手に周りより一段高い甲板の上から、それらを見下ろした。



 島の名前はエレイン。

 アールヴヘイムにおける聖都になり得る島だと開会の挨拶にて宣言された。

 美しい女性という意味のよくある名前だが、同時に次期聖女の名前でもあった。

 恐らくこれから建てる大聖堂は聖女様のように美しい建造物として世に論評されることになるだろう。聖堂の名前は『聖エレイン大聖堂』と呼ばれることになるわけだ。

「甘過ぎる」

 おやつのシュークリームを一噛みしたら甘過ぎた。

「ちょうどいい」

 ピクルスが僕の食い掛けに噛み付いた。自分の分は無傷なままに。

「…… ナーナ」

 ヘモジも一瞬止まった。

 どうやら僕の舌が正解らしい。

 迷宮探索の合間に食べることを想定して甘めに調整した物かもしれない。


 華やかで荘厳な式典の裏では関係各位による土下座行脚が行なわれていた。

 後で聞いた話なので、どこまで真実なのか知らないが、メインガーデンの一番偉い人から詫び状を携えた召喚獣が送られて来たとか。

「…… 召喚獣って伝書鳩みたいな使い方もできるんだな」

 普段、情報伝達で使っている『双子石』は、そもそもが冒険者ギルドの専売技術である。

 僕たちはそれをお目こぼしという形でよろしく使わせて貰っているわけだが、教会には教会の独自に進化した伝達手段があるわけで、それが垣間見れてラーラがほくそ笑んでいたという話である。


「――すべての者に祝福を。この地の益々の発展を願って神に祈りを」

 祝福の鐘が神の御許に届くまで、鐘は延々と鳴らされた。

「ただの初級迷宮の開放式典だよな」

 あまりの歓喜、歓声に聖堂開闢の折はどうなるんだろうかと、他人事ながら心配してしまった。

「獲物は期待できないね」

 迷宮入口で、既に手ぐすね引いて待ちわびている冒険者の方が、どう見ても獲物より多そうであった。

「今日中に最下層まで行けちゃいそう」

「子供たち大丈夫かな」

「お昼、食べてから行くって言ってたから」

「ピクルスも行くのか?」

 ピクルスは大きく頷いた。

 迷宮の序盤はノンアクティブな魔物しか出てこない初心者のためのチュートリアルコース。うちの子供たちは一層の攻略をしたことがあるので、どういうところかは薄々感づいている。

 一言で言うなら「儲からない場所」である。

 と言うわけで、狩りは周りに任せて、自分たちはサポート役に徹する気のようだが、先刻の生徒たちの動きを見た限り、それもあまり必要ないように思える。

 肉弾戦重視の獣人族が最下層のゴーレムで躓くぐらいだろうが、バランスを考えてパーティーを組んでいるだろうから大丈夫だ。うちの教師陣のことだ、魔法装備ぐらい準備させているかもしれないし。



 式典が終了すると、教師と子供たちが一斉に戻ってきて控え室に閉じこもった。

 コンテナから運び込まれたお弁当が、それぞれのテーブルに既に並べられている。

 本日の昼食はドラゴン肉のステーキと大きな蟹コロッケ。それにパンとサラダとスープである。

 配膳には僕も参加した。

 因みに火は入れていない。前言通り、セルフサービスだ。

 魔法が使える子供たちが周りにいる友達のお弁当を温めていく。

 これもイベントであり、大事な修行である。

 魔力制御の訓練はとても地味なものであるから、こうして日々の暮らしに絡めて和気藹々とこなすのが一番楽なのだ。

「食べ終ったらデザート取りに来いよ。冷やしてあるからな」

 先程食べた甘過ぎるシュークリームである。

「探索の休憩時に食べる間食も配るが、今食べるんじゃないぞ。荷崩れしないようにリュックにしまっておきなさい」

 先生たちが手づから渡していく。

 間食の方は補助栄養食としても機能する各種クッキーである。それが綺麗な包装に包まれていた。

「今、食べたい」

「おやつの時間に何もなくていいならな」

「あー、食い足りないよー」

「迷宮で兎でも狩れば」

「その手があった!」

「ちょっと、わたし嫌だからね」

「替わってやるよ」

「チームバランスが崩れるから、駄目よ」

 女の子の方が大人だな。

 まあ、僕が面倒見るところではないし。

 気を付けて行ってらっしゃい。



 子供たちを送り出すと、僕たちは船の移動に取り掛かった。

 小船は多いが、お手製の桟橋の先っちょにいたので、操舵は楽だった。

 むしろ資材搬入用の桟橋に格納庫のハッチの位置を合わせるのに苦労した。

「機関停止」

「ご苦労様」

 窓越しに先の中型船が停まっていた。

「じゃあ、申請してくるから」

 書類を抱えてオリヴィアが出ていった。

 僕はその間に割れ物注意の物資をさも今運んで来たとばかりに、格納庫に戻しに向かった。


 手続きがすんなり終ったようで、ハッチの扉が早々に開いた。

 暗がりに強烈な日差しが差し込んでくる。

「大きな物から運び出せ」

 たくさんの作業用ガーディアンが次々入ってきた。

 そして絶句する。

「こ、これを…… ガーディアンで運ぶんですかい?」

 例の聖堂の天井ドームである。

「台座ごと運んでください。魔法陣が組んであるので簡単に移動できます」

 ここはもうオリヴィアの戦場だ。

「台座は後で『ビアンコ商会』の方で回収しますので。移動の際は魔力残量に注意を払ってください」

 四機のガーディアンが手綱を引いて、コロ付き台座ごと天井ドームの内壁を運んでいった。

「ちょっとリオ」

「なんだ?」

「置き場がないの。ちょっと手伝って」

 大伯母が事前に用意した物件であるからして、抜かりはないはずだが……

「風呂敷を無尽蔵に広げ過ぎたみたいだな」

 場所があると思って好き放題物を置いていったせいで、本命の物資がどこにも置けなくなっていた。

 この短期間で、これだけの物資を一気に運んできたこちらも悪いのかもしれないけど。

 大急ぎで場所を空けているが『ダイフク』の格納庫の広さは伊達ではない。

 やっと空けた場所も天井ドームであっという間に塞がってしまったのであった。

「大丈夫かな」

「駄目だから言ってるの。あの辺りの砂浜を少し平らにしてくれる?」

「許可は?」

「貰った」

「子供たちの滞在に影響が出ないなら別にかまわないけど」



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