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遠足のついでに

 野次馬が待ち構える中、僕たちは工房のデッキに降り立った。

 ハッチが閉じられ『ホルン』の姿が消えるまで、野次馬たちは粘っていた。

 今日使った機体は最終調整を終えたら『ダイフク』に移さなければならないので、地下には下ろさず、工房の固定台に収めることに。

 先に戻った『ワルキューレ』も目の前に鎮座し、表面塗装のハゲを塗り直されて送風機を当てられていた。

 普段なら無視できるレベルだったが、傷付いた機体を式典会場に並べるわけにはいかない。

 すべては加減を忘れて接近戦を挑んできたお馬鹿のせいだが。

 そのヘモジはモナさんに質問攻めにされて、ぐったり。ちょうどいい罰ゲームになったと思いもしたが、データの引き出し作業が終っても続いていたので、さすがに気の毒になって、屋上に連れ出した。

「涼しい」

「ナーナ」

 ビーチチェアに寝転がり、湖から吹いてくる風に身を任せ、マンダリノジュースをストローで啜る。

 観光用の遊覧船の白波が湖面に筋を描いていく。

「前線の橋頭堡に観光に来る変わり者もいるんだな」

『世界の果て巡りツアー』だっけ? 暢気なもんだ。

 この後、抽出した膨大なデータを処理しなければならない。ヘモジのよれた姿が数時間後の自分の姿だと思うとやりきれない。

 ストローが気泡を吸い上げ音を立てる。

 パーツが壊れなかっただけでもよかったと言うべきか。

 何せ、式典までもう日がない。見掛け重視とはいえ、不完全な品をショウケースに並べるのはマイスターとして許容できない。

 とは言え、あまり目立つわけにもいかない。『ワルキューレ』の販売促進のためにも。コンセプトモデルの一つ程度に見ておいて貰わないと。あるいはプロトタイプの位置付けに。『零式』がそうであったように。


 この日の後「『ワルキューレ』用のオプションパーツが発売される」という噂がまことしやかに囁かれたが、すぐ誤報であると修正された。

 あの模擬戦を見ていた連中には『ホルン』の性能より『ワルキューレ』の固さの方が印象に残ったらしい。

 僕個人のスキルなわけだが……

 もしかして需要あったりして?



 式典が終るまで子供たちの迷宮探索は中止すると、夕食の席でラーラが言った。

 準備も色々あるらしく、その準備で忙しくなるかららしい。散髪とか、式典用の衣装の採寸とか。

 僕自身も『ダイフク』に石材やら何やらを積み込まなければならない。

 石材以外はオリヴィアがやってくれるが、ラーラの信仰心に関しては安上がりを旨とすべく、僕がこっそり行なわなければならない。

 砂漠に転がっているなんちゃって石材を回収して、定型に揃えつつ、格納庫に搬入していくだけであるが。

「面倒臭いから『追憶』に全部放り込むか」

 船を持っていって回収するより、単身で出向いた方が早く解決するだろう。


 翌朝、ラーラからさらなる付加価値を付ける案が提供された。

「こ、これは……」

 運び込んだ段階ですぐ組み上げられるように加工を済ませておこうという…… 入れ知恵したのはあんたか!

 大伯母が、肩が凝ったと腕を回しながら食堂を出ていった。昨夜、酒の席で思い付いたような顔をしているが。

「地下のどこかに大聖堂のレプリカあるだろう? 絶対」

 公式の設計図面に赤字で『強度不足』とか駄目出ししてあるし……

「さすがレジーナ様よね」

 忘れていた…… 『穴熊』だということを。

 最近、夜な夜な姿を消すと思ったら、このせいかよ。



 その後、僕たちは個人個人、それぞれの忙しさを満喫しながら数日を過ごした、はずだった。

 計画的に行くはずだった予定が、大伯母の更なる無茶振りで、余裕がなくなってしまったのである。

 それは式典のわずか二日前のこと。

 突然「大聖堂には一枚岩を使う」と言い出したのである。

 皆、知っての通り、大理石は美しい断面模様が特徴的な石灰岩である。

 それをよりにもよって世界最大級の教会大聖堂の内壁、柱の一本一本に至るまで模様を切れ目なく揃えたいだなんて。

 巨大な物件である。石の切り出しや運搬を考えれば、無茶振りもいいところだ。

「どうせ化粧するんだよね?」

「壁画とかも描くんじゃないの?」

「天井の模様のズレなんて余程目がよくなきゃ、わかんないよ」

 急遽、手伝いに参加した子供たちも不満タラタラである。

「聖女様の名を冠する教会なんだから、手を抜くなよ。お前は特に身内みたいなもんなんだからな」

 友達の友達がみんな友達じゃないんだよ。

 確かに親同士の付き合いがあることは否定しないが。

「もうお前の造ったレプリカよこせやーッ! て言うか、自分でやれやーッ」

 さすがに声には出せなかったが、憤懣やるかたない。

 怒りにまかせて超圧縮した巨大な一枚岩を造ると、大伯母はチーズに穴を開ける鼠のように岩の内側を削り出して、あっという間に聖堂内部を造形してしまったのである。

『穴熊』が進化してる…… もはや『穴熊の神』

 その情熱はどこから来るんだ?

「フッ。この程度、造作もない」

 組成が変化しないギリギリを狙って、最高強度を施したというのに…… 『穴熊』の爪はどうなってるんだ?

 オリエッタたちがケタケタ笑う。

「あいつらァ…… 他人事だと思って」

「猫の手、貸す?」

 肉球をキュパキュパして見せた。

 お前、猫又だろうに。

 ピクルスは子供たちと一緒に手伝いたそうにしていたが、土魔法が使えないので見学だ。



 外側の余分を削り、巨大な岩の塊を運び易いように切り分けていく。

 天井ドームはそのまま最も大きなパーツとして『追憶』に保管された。

「胃がもたれそう……」

 大伯母も似たような空間を持っているんだから、自分で保管すればいいのに。

 組み上げながら魔法で修正を施していく旧来のやり方の方が建設楽だと思うのだが。

 何故、大伯母はこのような暴挙に出たのか? 理由なく動くような人ではないことは百も承知である、が。

 次期聖女は、先代の聖女にして爺ちゃんたちの同胞ロザリア・ビアンケッティの孫娘。片親の身分が低いとかで、後ろ盾が薄いとも聞く……

 王家とヴィオネッティー家が裏で支えているぞという意思表示のためなのか?

 ロザリア様には僕も随分お世話になったから、次期聖女のためとあらばやぶさかではないが……

 王様を殴って以来、素行が悪い人物として警戒されちゃって、最近、会わせて貰えないんだけどね。


 兎に角、巨大な石を取り回すことの難しさを知った数日間であった。

 作業用に使ったレンタルガーディアンはすっかりボロボロ。胴回りは擦れまくり、肘関節、ありゃもう死ぬ寸前である。

 持ち主のモナさんが気にしていないところを見ると、裏取引が成立している模様。

 モナさんがガーディアン以外のカタログを見始めたら、大きな収入が控えている証である。

 一つ一つの石材には通し番号が振られ、尚且つ、移動中に破損しないように梱包が成された。

 作業は夜通し続けられた。

『追憶』にすべて放り込んでしまえば、移動も設置も楽なのだが、それでは工賃が発生しないのでオリヴィアが儲からない。

 本当に欠けては困る物だけ『追憶』に放り込んで、到着の後、こっそり格納庫に出す予定である。

 今回石材運びに投入される船は『ダイフク』以外に中型船が一隻。そちらは今後も継続的に細々した物を運び込むことになるらしいが、大物は今回限りだ。

 これでどれだけ付加価値が付くのか見物である。



 そして式典の当日、早朝。

 保護者たちに連れられ、揃いのローブを纏った学生たちが工房前の桟橋に集合していた。

 そのなかには当家の子供たちもいた。

 せっかくの遠足であるからして、船での仕事など気にせず、友達と楽しい時間を過ごして貰いたいという思いからである。

 式典の来賓としてラーラや大伯母、オリヴィアも同乗している。補佐役のイザベルも。ヘモジもオリエッタもピクルスもいるから人員は回るはずである。短時間の移動であるし。


 軽くなったはずの船だったが、積載してる物が物なので、動きが緩慢だった。

「重い……」

 操舵しててもわかる鈍重さ。

「ナーナ」

 桟橋に横付けするのも苦労する。船は急には止まれないのだ。

 ラーラとイザベルがガーディアンでとも綱を引いてくれたので、恥を掻かずに済んだが。トーニオに笑われそうだ。


 生徒全員の搭乗が完了すると、うちの子たちの案内で、全員、甲板に上がってきた。

 出発のセレモニーである。

 地上にいる保護者に向かって手を一生懸命振る姿が可愛らしいかった。が、我が家の子供たちと親が前線に出向いている子供たちが手持ち無沙汰で、かわいそうな気がした。

 察した大伯母が理事長として甲板に出て行った。

 通りすがりに子供たちの頭をそっと撫でていく。

 ああいうところは教育者なんだよな。


 警笛を鳴らせという合図が来たので、言われるまま警笛を鳴らした。

 子供たちはそのまま自由時間に入ったが、甲板から離れる者はいなかった。

 とも綱を回収する真っ赤な最新鋭機、二機に目を奪われたのである。

 我が家の子供たちが窓越しに手を振ってくる。

 僕は手を振り反して、その手を操縦桿に。

「微速前進。おーもかーじ」



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― 新着の感想 ―
[一言] ロザリアに孫がいるとは思わなかったなぁ。 彼女、独身のままかなと、思ってた
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