リオネッロ VS ヘモジ
「いやー、砂漠にスケルトン大量発生してて驚いたわ」
迷宮では昼と夜とで装いを変えることは多々あることだ。
「昼の探索に飽きたら、夜の探索も面白いかもね」
商会のトップが大伯母たちと宴会しながら僕の帰りを待っていた。
気を利かせてラーラが誘ったらしい。
僕は『鏡像物質』を『追憶』に放り込んだままオリヴィアと入り江に向かい、言われるまま加工を行い、最後のピースを嵌め込んだ。
「はい、終了。うまく作動するかは明日、チェックするから」
「ごめんね……」
「世界広しと言えど、わたしを平気で待たせるのはあなたぐらいなもんよ。しかもたったパネル一枚分で」
「だから、ごめんて」
「いいわよ。そのおかげでラーラと久しぶりに飲めたし」
「『飛行石』の方は……」
「とっくに終ってる。試運転も済ませてあるから、いつでも好きにしていいわよ」
「どれくらい効果があった?」
「五割減ってところかしら。ラーラにも言ったけど、体感はもう大型船じゃないわよ。大型船特有の引き摺る感覚はもうないからね。船団を組むとき気を付けないと、おかま掘るから」
「了解。トーニオにも言っておくよ」
「余裕ができた分、武装、追加できそうだけどどうする?」
「扱える人間がいないからね」
「これ以上増やしても意味ないか。魔力の方はどうするか決めた?」
「軽量化で速度も増すだろうし、魔法陣を強化する必要はないだろうな。結界もあれ以上は」
「じゃあ、燃費が向上したってことでいいかしらね」
「『光弾』の魔力充填加速は?」
「砲身溶けちゃうわよ。冷却との兼ね合いもあるんだから。あ」
「冷却効率アップで!」
意見が合ったところで、お開きとなった。
肌荒れのお詫びに『鏡像物質』の更なる提供を約束した。
そうしたら一度に量は回収できないのだからコンスタントに入荷してほしいと、釘を刺されてしまった。
『鏡像物質』なんてレア鉱石を使おうなんて船は『箱船』クラスしかないわけで、そうなると一度に使う量はそれなりになるから、補修材の分をも考えると大変なことになる。
『鏡像物質』を落とす『サンドゴーレム』が一日に一体しか湧かない上に、ほぼノーダメージで倒すことを要求されるので、他に狩り手もいない。
いくら儲かるとはいえ、オリヴィアも商人、信用第一。皮算用で綱渡りはできない。
「そうだ。子供たちが記念式典に出席する日までに『ホルン』を完成させよう。いいお披露目になるかも」
式典参加に利用される船は当然『ダイフク』である。
大伯母や臨時代表のラーラの見栄も関係してくるので、ここは最上級の船でということになる。その甲板に並べられるガーディアンが中古品だらけというのは見栄えがよろしくない。
明日の探索は早めに切り上げて、飾り付けに尽力しよう。
当日の生徒たちは格納庫にある当直室に放り込んでおけばいいだろう。宿泊するわけでは……
「そもそも日帰りだったか?」
急ぎラーラに確認したところ、早朝出立、午前中式典参加、午後から一泊の後、翌夕刻まで丸々探索、日暮れと共に帰還。一泊二日となることがわかった。
「食事は?」と尋ねたら、大伯母の元に駆けていった。
現場に冒険者用の食事処はあるだろうが、当日は式典参加者でいっぱいになるだろう。とても生徒たちの入る余地はない。
船で取ることになるだろう。人数分となると簡単ではない。船にはそこまで大きな調理場はない。事前に作り置きを用意する必要があるだろう。
ラーラが戻ってくると僕に言った。
二日分の食事を収めたコンテナを用意するから当日、積み込むようにと。
人数分の食事を温め直すだけでも一仕事になるが、幸い生徒たちの大半は魔法使いだ。セルフサービスで大丈夫だろう。
翌日、午前中を攻略に費やした僕は、午後からはヘモジをテストパイロットにして『ホルン』の最終調整を行なった。
「ナーナナー」
「飛んでる、飛んでる」
「飛んでるねー」
「…… 背中ムズムズする」
「ドレイクになったら駄目だからね。みんな驚いちゃうから」
「むー」
ピクルスがいつ素を晒すんじゃないかと怯えながら、ヘモジが戻ってくるのを待った。
コアユニットの演算パラメーターを大幅に改変し、スリム化に成功した機体のパワーはタイタンから取れたユニークコアのおかげもあって申し分ない。空中での飛行形態への移行、再変形も問題なし。
模擬戦でもやって成果を見たかったので『ワルキューレ』を持ち出したのだが、ヘモジがシートを譲らず、なぜか僕が『ワルキューレ』に乗って相手することになった。
「逃げ足、早っ!」
「上、上」
オリエッタはこちらに、ピクルスはあちらに同行している。
同じ武装なのに、こちらは一向に敵影を捉えきれない。一方的に撃ち込まれるばかりだ。
「こっちに盾よこせ」と、言いたいぐらいである。
結界がなければ、数秒でけりが付いていた。
なるほどヘモジがこちらに僕を乗せたのは、わがまま以外の理由もあったようだ。
ヘモジだったら、結界用の魔石切れが終了の合図になっていた。テストになっていなかっただろう。
「せめて一撃!」
偏差撃ちをオリエッタにも協力願って、繰り返し繰り返し行なった。
「動きが違う!」
オリエッタも悪態を吐く。
見慣れたヘモジの動きではなかった。ヘモジならここは急降下からの急接近、ロールを決めながら乱射してくるはず。なのに急降下しながら撃ってきた。
「腹に当たった!」
ヘモジの動きに慣れているこちらは、上昇をかまして上から押さえ込んでやろうと思っていた。なのに逆に、上下動の一瞬の挾間を狙われた。
「ピクルスか!」
ドレイクの本能か。獲物の足が止まる瞬間を見逃さない。
いつの間にか本気の空中戦になっていた。
まさか、最新鋭機の『ワルキューレ』がここまで手玉に取られようとは。
気付いたときには城壁の上に人だかりができていた。
端から見るとこちらの『ワルキューレ』は防御特化した機体のように見えているらしかった。
「個人スキルだっての」
魔石なんて使ってたら、あっという間に空っ穴だ。
「惜しい!」
翻弄されながらも、徐々にあちらの機体の欠点も見えてくる。
やはり急制動に難があるのか。加速の良さが短距離移動のネックになってるのか。
「ヘモジじゃなきゃ酔ってるな」
接近戦を仕掛けてこないのには理由があったようだ。
ライフルの弾薬を撃ち尽くしたヘモジがライフルを捨てた。
「収納しろよ。そのための盾だろうに!」
「戦闘中だから無理」
「そりゃそうか」
盾の後ろに収納スペースが設けられているんだが。挙動、外から見たかった。
こちらもライフルを捨てた。
『ホルン』は腰の細身の刀剣を引き抜いた。
「やべー、超かっけー」
「こっちも早く抜く!」
尻尾ぺちを顔面に食らった。
「お前最近、尻尾伸びてない?」
「腰をくいっと」
「来た!」
嬉々としている顔が目に浮かぶ。
「うわっ」
ちょっと、ヘモジさん!
「テストだって忘れてない?」
盾を前面に構えて全速力で突っ込んでくる。
『ワルキューレ』が壊れるって。
全力後退!
結界に猛烈な衝撃。
「落ちるよ!」
「駄目だ。出力負けてる」
左右に流すことも躱すこともできない。
「なんだ?」
さらに出力がガクンと減った。スラスターいかれた?
「魔力吸われてる!」
「ああ?」
『光弾』と重力魔法に対抗するため、盾に埋め込んだ闇の魔石を使ったシステム。
魔力ならなんでも吸収するのか!
僕が流し込んでいた結界用の魔力も減衰した。
くそ、ヘモジのにやけた顔が目の前に。
突破された!
「ナナーナ!」
「負けたよ」
パイロット席に突き付けられた超高級品の切っ先。
喜び飛び跳ねるピクルスを見るとちょっと寂しい。
ピクルスを『ワルキューレ』に、僕は『ホルン』に乗り移って操縦席に腰掛けた。
『ワルキューレ』は城壁で待機しているモナさんを拾って、格納庫に戻り、損傷のチェックを受ける。
僕とヘモジはもう少し機体とお付き合いだ。
ヘモジのアドバイスを聞きつつ、操作性の確認を行なう。
取り敢えず落としたライフルの回収に向かった。
「今までと全然違うな……」
涙が出た。
さっきまで『ワルキューレ』の操縦席で悪戦苦闘していた身としては、感慨一入であった。
『ワルキューレ』がロートル機に思えた。
確かに急制動が甘い。が、これは加速の良さの裏返しだ。それにこれ以上慣性に逆らっては操縦士の身が持たない。
学習機能も機能しているから、ヘモジが繰り返し操作してくれた分だけ丸くなっているはずだが、それでもまだまだ尖っている。
スラスターが姿勢を崩さない程度にカウンターを当てているのがわかる。
機体を飛行形態に変形させて加速する。
「ナナナナ」
「魔力消費、思ったより高くないな」
慣性飛行に入ったら魔力消費が大きく下がった。
「あ」
初級迷宮のある島が見えてきた。
「うへー。あっという間だな」
「ナナーナ」
「帰ろう」
上昇下降、蛇行を繰り返しながら帰路に就いた。




