クーの迷宮(地下 49階 精鋭ミノタウロス&王様三世戦)ルート検索誤作動中
門を開けずに横の隙間を擦り抜ける。回廊を駆け上がるが踊り場に仕掛けはしない。もう戻ってくる門番はいないから。
花壇のある広い回廊に出る。
「ここは相変わらず暢気だ」
上の荷揚げ場まで敵という敵はいない。
「襲われた様子ないね」
このままでは王様とガチンコ勝負。足取りが重くなってくる子供たち。
緩やかな上りをひたすら行くと詰め所が見えた。
先日はドレイクに破壊され島ごと消えていたが、本日はしっかり存在していた。
「多いな……」
櫓の上もすべてに兵士が配置されている。士気はあまり上がっていないようではあるが、橋を渡らなければ辿り着けない難所である。
子供たちは額を合わせて作戦会議。
効率のいい手段を模索する。
「無理だよ」
「橋を渡る間に見付かるって」
「こんなに多いんじゃ、見張り倒しただけでも警戒されちゃうよ」
「何かいい方法ないかな」
「こんなにいっぱいいるなんて思ってなかったよ」
ちゃんと報告はしている。前回が楽勝モードだっただけだ。
「地味にやるしかないと思う」
「数じゃ勝てないしね」
方法は一つしかない。向こうからやって来た奴を地道に倒していくやり方だ。幸い目の前にあるのは狭く足場の悪い吊り橋である。落とされたら終わりだが、それは敵も同じ事。
「早々陸の孤島になる選択肢は選ばないでしょう」
劣勢になったら敵も橋を落とすことを選択肢に入れるかもしれないが、それまでは兵士を送るために利用するだろう。
「じゃあ……」
子供たちは一旦下がり、家屋に火を付け、あちこちで狼煙を上げた。
騒ぎのなか釣られて出てくる敵を子供たちは待ち構えた。
鎮圧できなかったと判断した詰め所の責任者は追加の人員をなんども解き放った。
逐次投入。結果的によろしくない戦術となる。
子供たちのゲリラ戦は見事に嵌まり詰め所の人員は減る一方。
解決を見ない現状に苛立つ責任者が、体が一回りでかく装備も見るからに異なるエース級を投入した。
子供たちは辛抱強く懐の内に飛び込んでくるのを待った。
ピクルスの一撃を二度ほど防いだが、折れた斧では三撃目は防げず、奈落に落ちた。
子供たちは橋を渡るときが来たと判断。橋を落とされる前に突っ込もうとした。
が、その矢先、敵陣はパニックに陥ったのか、怒りに火が付いたのか、とにかく残りの部隊を突入させるという愚策に出たのである。
思惑通り敵を減らすことに成功した子供たちだったが、いざ反撃となったとき、再び最初の課題を突き付けられた。
「よし、見張りを落とすぞ」
足止めと橋を渡る班とに分かれた。ここで橋を落とされたら元の木阿弥である。
が、ここでピクルスが奇策に出た。誰もいなくなった区画に矢を数発撃ち込んだのである。
敵に味方が押し返し、対岸でまだ戦いが続いていると誤認させたのだ。
誰の入れ知恵だ?
子供たちの顔を見てもわからない。
櫓を落とされ、戦況を知る手立てがなくなっていたせいもあってか、この陽動が効いたようだった。
味方はまだ戦っていて、その前線もまだ遠いと勘違いして、橋を渡ってくる一団を完全に見失ったのだ。
渡橋組はいつ橋を落とされるかと心臓をバクバクさせながら橋を渡り切ると、門扉のこちら側に壁を拵えた。
魔力反応に気付いて、あちらの都合で門が開けられたとしても、出てこられない状況を作り上げたのだ。
それが済むと足場を固め、砦の浸食を開始した。
周囲の壁が崩落していく。壁の根元の土砂をどんどん削っていったからである。
「信じらんない」
オリエッタもこの作戦には脱帽するしかない。
必要な壁だけを残して敵陣を丸ごと削り、対峙できるスペースを強引に造っていくのであった。
壁の外側で自陣を拡大。放物線上に陣を構え、その一方で敵陣の足元は奈落へと落としていく。
敵は門への足掛かりを失いこちらに攻める手立てを失う。
子供たちは壁に穴を開け、包囲陣地から集中攻撃。
敵はもはや、自分の立ち位置すら信用できない、まさに浮き足立った状態であった。
そこにピクルスが容赦なく強烈な一撃を放った。
指揮官クラスを失って、敵陣はさらに混乱に拍車が掛かる。
撤退、抵抗する者がいなくなったところで、落とした床を再構築していく。
円形の浮島が、食い終わったポポラの実のようにすっかり細っていた。櫓も詰め所も跡形もなく消えていた。
「作戦の勝利!」
「魔石もなんも残ってないよ」
「次からは落とし穴にしようぜ」
子供たちが足場を落としたとき、しばしば重力に逆らって浮き上がる『飛行石』を僕は回収していた。
「取り敢えずは黒字にしておかないとな」
ヘモジも同じことを考えていたようで、プカプカしながら戻ってきた。
「それだ!」
子供たちはヘモジを指差し叫んだ。
次の作戦を思い付いたようであった。
「まさかこんな手に出るとはね」
「面白い」
「ナーナ」
『飛行石』を使ってのショートカットである。
「ボードじゃ、駄目なの?」
「ボードじゃ、この高さは飛べないだろう。大体、出力上げたら魔力探知されちゃうよ」
「大丈夫だって」
「まず底に向かって進んでいって、そこから上ってく感じで」
「攻撃受けないしね」
「でも怖いよ」
「『飛行石』があれば落っこちないから大丈夫だって」
まず子供たちは周囲の土砂を袋に詰めてバラストを作り、自分たちの体重を嵩増しさせた。その上で『飛行石』で造った靴の中敷きやら腰巻きを装備して、飛び跳ねながらちょうどいい重心を探しだす。
屋根のある小屋を利用して、一人ずつ浮かんでは最終調整。
「いいか。浮かびたくなったら砂を捨てる。下に降りたくなったら水でも土でもいいから魔法で嵩増しだ」
「結構楽しいかも」
「馬鹿は高いところが好きだって言うものね」
「誰が馬鹿だよ!」
「筆記で赤点取ったでしょ。知ってるわよ」
「うぐっ」
「嵩増しはゆっくりよ。魔力は小出しにして、ばれないようにね」
「念のため、みんな繋がっていくからね。怖くないからね」
「姉ちゃんが一番怖がってるじゃん」
「そ、そんなことないわよ」
「危なくなったら師匠が転移してくれるから大丈夫だって」
しばらく浮かんでいれば、それは成功体験として記憶に刻まれる。自分で浮き沈みがコントロールできることを知れば、浮き輪が柔でないとわかれば、無闇に恐れることはなくなる。恐怖に慣れるまでの辛抱だ。
「転移魔法覚えたい」
「覚えても使えないでしょ。魔力足んないんだから」
「大師匠も言ってたじゃん。もう少し大人になってからじゃなきゃ危ないって」
「しょっちゅう小瓶舐めてる間は駄目よ」
「師匠なんとかなんないの?」
「リオネッロがちゃんと使えるようになったの、こっち来てからだから」
「ナーナ」
「こればかりはね」
すべてはハイエルフの秘術を受けて、魔力の大幅な嵩増しが叶ってからだ。それにはまずしっかりした器を作るところから始めないと。
「『エルフも赤子から』って言うだろう?」
「『ドラゴンは生まれたときからドラゴン』とも言うよね」
オリエッタ、知識自慢してるんじゃないんだよ。
幸いオリエッタの囁きは子供たちに届いていなかった。
ヘモジは魔法が使えないので船頭役を降ろされ、代わりにトーニオが先導する。
バラストの砂をわずかずつ捨てて、ゆっくりと上昇、加速していく。
「あわわわッ」
ロープに繋がったヴィートの身体が、何もしていない段階で浮き上がる。
「自分で浮けよ。万が一ロープが切れたとき、後続全員、落っこちたら困るからな」
「怖いこと言わないでよ」
「仲間が大事なら、すべきことを怠るなってことだよ。ほら次がつかえてるぞ」
ヴィートの次はニコレッタだ。一応、万が一に備えて、年長組と年少組を組ませている。
ニコレッタはカテリーナと手を繋いで上っていく。その次はフィオリーナとマリーであるが、こちらの船頭役はむしろマリーのようであった。
ジョバンニとニコロが続く。ジョバンニはフィオリーナのサポートも兼ねているようで、早々にフィオリーナの横に並んだ。
残るはミケーレだが僕とセットだ。
ヘモジとピクルスとオリエッタも一緒だが、リュックの中で窮屈そうに団子になっていた。
リュックには三人分の『飛行石』も仕込んであるから重さは感じないが、バランスが少し取りづらいな。
ミケーレが僕の手を引いてくれたおかげで姿勢を崩さずに済んでいた。
先頭のトーニオが浮島の底に接触した。
到着すると早速、壁を上り始める。
「真下に来るなよ。土砂が落ちるからな」
全員がバラストの調整を行ない身体が浮き過ぎないように調整した。
壁を登るのも『飛行石』があるからスイスイ跳ねるようである。腕の力はいらない。
敵の存在を早速、確認。
向こうからはまだ発見されていない。
そこは本丸外壁の麓。内側に入ればそこはもう王様のテリトリである。
全員から『飛行石』を回収すると『追憶』に放り込んだ。
ヘモジもピクルスもリュックから抜け出し、臨戦態勢。
一服したいところであるが、敵に囲まれた現状では自殺行為だ。
留まっていてもしょうがないので一気に行動を起こすことにした。




