クーの迷宮(地下 49階 精鋭ミノタウロス&炎竜戦)浸透
「おやつ食べ過ぎた」
「少しでいいかな」
「じゃあ、俺貰いー」
「あんなに『万能薬』がぶ飲みしたのに、どこに入るんだよ」
「ナナナ」
「『万能薬』を胃腸薬代わりに! その手があった!」
お前、変なこと教えるなよ。
「ナナナーナ」
ヘモジはくいっと小瓶を引っ掛けた。
食堂の窓の向こうでは風が吹き荒れている。
本日快晴、ピューイとキュルルのプールが砂に埋まりそう。
ピクルスとヘモジの目の前にサラダボールがでんと置かれた。
「枝豆」
「……」
「あげる」
ピクルスは自分のボールから枝豆だけ抜き取ると残りを全部ヘモジに渡した。
そしてヘモジをじっと見詰める。
目が「枝豆、頂戴」と言っている。
さすがにこれには皆、物申す。
「バランスよく食べないと駄目なんだからね!」
サラダボールの中身は皆、野菜であるからバランスもへったくれもない。
あげたサラダを戻されて、ピクルスは口を尖らせた。
ヘモジがピクルスのボールの葉物をフォークで突き刺し、わざとらしく口に運ぶ。そしてお返しとばかりに枝豆を分けて上げた。
それを見て、ピクルスの顔は満面の笑みを湛えた。
「シェアが好きな子っているわよね」
イザベルが着席した。
「アレはただのブラコンよ」
ラーラはその向かい側に座った。強風のせいか、ふたり揃ってどこか乾燥していた。
ピューイとキュルルにもサイコロステーキを持っていこうとしたところを子供たちに全力で止められた。
「ちゃんとみんなの分あるから!」
「大丈夫だから!」
「自分の分は自分で食べようよ」
あれもブラザーなのか?
「世話焼きになりそうな予感」
オリエッタが目を細める横で、こっちには来ないのかなと思ったりして。
サイコロステーキを大皿に盛ったのはいいアイデアだった。夫人的には余った肉の部位を使い切りたかっただけなのだろうが、腹具合の異なる連中にはいいあんばいになった。
食べたら寝る。
わずかばかりのお昼寝タイム。このわずかな時間で子供たちは一気に回復する。
ピクルスもマリーとカテリーナに挟まれ、川の字になっていた。
ヘモジは薬草畑の様子を窺いに階下に向かった。
『万能薬』を予定外に増産したせいで若干、素材を取り過ぎた経緯があった。
「ナナナ」
「わかってますって」
交換条件にミスリル製の剪定鋏を要求されていた。それはどこにも売っていない僕の力作である。ヘモジ兄の技術指導を受け誕生した当家自慢のオリジナルに、ヘモジロウの癖を加味した専用鋏である。
ヘモジの小さな手のサイズに合わせた物なので、どうしても切断力が足りなくなってしまうところを、切れ味と付与魔法でしっかり補完したものである。
今回少し刃渡りが長い物が欲しいとのことなので造ってやることにしたのだった。
装備をガチャガチャと着込んで、子供たちが玄関に集合した。
「全員水筒持った?」
「持ったー」
「おやつは誰が持つの?」
「ケーキだから師匠にお願いする」
『追憶』に荷崩れなし。
では午後の部、突入である。
本丸攻略、そして初めての王様三世とのガチバトル。
ピクルスの加入で勝ち目が若干見えてきたが……
「問題は王様が万全かだよな」
『四枚羽根のドレイク』の襲撃を受けてボロボロになっていたなら、勝てるかもしれない。
いつもより緊張が見て取れた。
「空気、薄っ!」
「そう? あんまり感じないけど」
「鈍感かよ」
「それより寒いよ」
「結界、張りなさいよ」
「いや、この肌寒さが心地いいんだよ」
「どっちなのよ!」
山の尾根をひたすら歩く。
大きな石が転がっていて大の大人も疲弊するような悪路だったが、身体強化を極めた子供たちの足取りはいつも通り軽かった。
雲海は既に足元を漂っていた。幻想的な景色。
オリエッタは相変わらずリュックの上だが、ピクルスは自分の足で歩いていた。
先頭のヘモジにちょっかい出しては、最後尾の僕の所まで戻ってくる。
キラキラしててなんとも愛らしい。
ヘモジの時もこんな感じだったかな? あの頃は一緒に子供だったから、それどころではなかったか。
ピクルスが先頭に向かって何度目かのアプローチを開始しようとしたときだった。ピクルスはピタリとその足を止めた。
巨大な魔力が近付いてくるのを感じた。
「ドレイク?」
ドレイクとは不可侵で行く予定なので、緊急脱出の準備を。皆、胸元に収めた転移結晶の在処を探った。
「違う! 炎竜だ」
ドレイクではなかった。
「ファイアドラゴン、燃えてる」
ピクルスが敵を心配する。
「アレはアレよ」
「似たようなもんだけどね」
こちらに仕掛けてくる気、満々のようである。
「来なくたっていいのに」
「僕たち食べるところないよ」
「こっちが食べる」
ピクルスが爆発矢を番えた。
そして引き絞る。
ビュン!
「!」
一瞬光った!
的より高い角度に向かってリズミカルに放たれた。
が、上空を飛ぶ奴の手前で失速しそうな勢い。
ミスったか?
炎竜の大分手前で放物線が天頂に差し掛かり、失速間近に思われたとき、矢の勢いが突如変わった。
矢は軌道を修正し、狙いを定めた。
油断した炎竜の喉袋に!
「!」
轟音が空を震撼させた。
「なっ!」
「爆発した……」
オリエッタも口をあんぐり。
可燃物に火種が引火したかのようなもの凄い爆発が目の前で起きていた。
「……」
「みんなの近くで撃つなよ」
「あれはピクルスのせいじゃない」
そりゃ膨らんだ喉袋の中身のせいだと思うけど。
今日ほど味方のなかに馬鹿がいなくてよかったと実感したことはなかった。戦闘馬鹿は若干名いるが、同士討ちしたことは未だかつてない。
「ピクルスちゃん、光ってたね」
「あれ、スーパーモード?」
「ただ光っただけ。ヘモにーの真似した」
ヘモにー? ああ、ヘモ兄か。
そうなのか?
僕はヘモジの方を窺う。
「顔引きつってるね」
オリエッタとふたり、苦笑いする。
光りたいから光れるというものではない。光魔法の使い手でもなければ、何かしらの要因あってのこと。
「成長、早過ぎないか?」
「四十九層だから、こんなもんでしょう」
敵の数も尋常ではないから、頭割りしたら、それなりか。
「お兄さん、教育しっかりよろしく」
ヘモジが肩を落とした。
炎竜の魔石を回収する。肉を回収してもよかったのだが、だぶついてもしょうがないので今回は見送った。
「特大っぽくない?」
「魔力量が足りてないよ」
「中身スカスカかよ」
質が悪いと世間では言う。
「肉の方がよかったかも」
「もう手遅れ」
「見えてきたよ」
「ミノタウロス三体。オルトロス四体」
「オルトロス増えた」
ピクルスが前進するのをヘモジが止めた。
「ナナナ」
これ以上進むとオルトロスに見付かる。
「ここから狙う?」
子供たちは頷く。
一度始めたら合計七体との連戦になる。増援が来れば……
その自信はどこから来るんだろうな。
ミノタウロス兵一体を倒すにも全力だろうに。
子供たちの杖も成長と共に急激に姿を変えている。大師匠もここまで変化の激しいトレントの杖は見たこともあるまい。
ピクルスが初撃を当てた。
オルトロスを二体巻き込んだところで、通常矢に持ち替える。
残った二体がこちらを目指して駆けてくる。
子供たちは結界を幾重にも掛けて迎え撃つ。
オルトロスの足が凍った。勢いで砕けて一体が地面にのめり込んだ。
とどめはピクルス。
残る一体は結界で押さえつけられ、ちょうど今『無刃剣』で首を刎ねられた。
四十九層のオルトロスの首を容易くセパレートさせるとは。下手な剣では刃も通らない剛毛を易々と。
「今更だな」
ニコレッタが後方に下がって小瓶を舐める。
「次来るぞ。同時に相手するな」
「妨害する!」
一班が障害を拵えて行く手を遮る。もう一班は落とし穴だ。
結果、敵兵は縦に並んだ。進路も制限されている。
ピクルスが矢を番えた。
先頭の眉間を射貫いた。
二体目が吠える。のけ反る骸を押しのけ前に出る。
一瞬の間。息を整え魔法を発動するその一瞬の間を先越された。
斧がピクルスを狙って飛んできた。
子供たちが数人掛かりで進路を塞いだ。結界が三枚破壊されたところで斧は地に落ちた。が、そこには巨人が拳を振り上げていた。
結界で押し返すジョバンニ。攻撃担当が守りに。
ピクルスが矢を番えた。
が、ねらうは目の前の二体目ではなく、その後ろから今まさに斧を振り下ろさんとする三体目だった。
マリーが『衝撃波』を放った。
二体目が体勢を崩して三体目までの視線が通った。偶然?
矢が三体目を貫いた。
その横で体勢を崩した二体目が半身凍り付いて、残りの半身が燃え上がった。
「ちょっと! 属性揃えてよ」
「こっちの台詞だ」
取り敢えず、危うい場面を孕みつつ、目標の殲滅を完了した。
目の前には無人となった本丸砦の正門がそびえていた。
「横から進入できるんだけど」
「笊だよね」
「なんのためにあるのこの門?」
「僕たちサイズじゃない何かの進入を防ぐためでしょう。僕たちの家の玄関だって蟻の侵入まで気にはしないでしょう」
「俺たちは蟻かよ」
「鼠ぐらい?」
「あいつら鍋で何か作ってたみたいだけど」
「腹壊しても知らないぞ」
「食わないって!」
「それより魔力の補充。忘れないでする!」
「回収したら行くぞ」
「はーい」




