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ヘモジの災厄

 後日、地元では結構有名な魚で『網破り』と呼ばれている魚だとわかった。魔物のケートスでも新種でもないらしい。

 肉食ではあるが、餌は主に小魚だそうだ。人を丸呑みにできる大口は持っているが、食べられたという話は聞かないらしい。顎の力が弱く、丸呑みされても人の力なら出てこれてしまうらしい。タロスのように魔力を養分にしている様子もないし、この世界の生物となんらかの融合を果たしたものと考えられる。元となる生物が現存するかは不明。

 味は淡泊。日を置くとアンモニア臭がきつくなるので保管には向かないそうだ。なんらかの加工が必要とのこと。フライにでもするのがいいらしい。が、如何せん小舟程の大きさがある。

 僕たちはいらないので、というか保管場所がもうないので、姉さんにくれてやった。

 ただ、ヘモジと子供たちが味見したいと言い張るので、できあがりの一品を一皿貰った。

 総論。

「フライだ……」

 想像した通りの淡泊な味だった。それ以上でもそれ以下でもない。衣に付けたスパイスで何とかなっている感じだが、決してまずくはない。

 鍋の具にいいかもしれない。

 今日の今でなければ敬遠されることはなかっただろう。だが、今食卓には高級魚の『樽』の刺身が並んでいた。

 貴重な自家製の醤油を持ち出して。ということは料理はラーラが提案したのか?

「おいしい!」

「変な味。でもおいしい!」

「生で食べても大丈夫なの?」

「『浄化』の魔法を使ったから大丈夫よ」

「そんな魔法あんの?」

「身体洗わないときはいつもして貰ってるじゃないの」

「ええ?、あれなの?」

「あの魔法、料理に使ってもいいんだ?」

「ナーナ」

「補給物資にわさびがなかったのよね」

 やっぱりラーラだったか。

(あら)のスープです」

 グロテスクなスープが出てきた。

 僕とラーラがうまそうに身をしゃぶるのを見て、皆、恐る恐る口を付けた。

「食べられる?」

「よくわかんない」

「食べなきゃ駄目?」

 子供は魚の骨が苦手なものだ。頭蓋やらエラやらが入っているのだからなおさらだ。

 それでも子供たちは完食した。

「子供たちにはまだ早過ぎましたかね。この味は」

 ソルダーノさんは大いに気に入ってくれたようだ。鍋底をきれいに浚ってくれた。

「『樽』なんて滅多に食べられませんからね」

「粗スープ、最高!」

 オリエッタがげっぷした。


 食後、子供たちは突然プールに水を張りだした。

 そして氷の魔法が使えるマリーが氷を浮かべ始めた。

「心臓が止まったらどうするの!」とたまたま現われたラーラに止められた。

 何をしているのかと思えば、水の上を歩く練習を始めようとしていたらしい。

「だって」と言って向けられた指の先には……

「なんで?」

 僕は何も指示してないぞ!

「俺たちも水の上を歩きたい!」

 氷の上だろ? 水の上は僕だって無理だ。

「浮かんで見える氷の何倍もの体積が水面下に必要なんだから、マリーだけじゃ無理だよ」

「やって上げなさいよ」

 止めに来たはずのラーラがやれという。

 しょうがないのでプールの上半分を凍らせた。

「師匠、凄い!」

「冷気で(もや)ってる!」

「凍った! 表面すべすべだ」

 子供たちは折角凍らせた氷を砕きに掛かる。

 無駄な魔力を使ってしまった。

 縁も壁スレスレまで凍らせた。

「これなら水に落ちる心配もないだろう。溶ければ別だけどな」

 空を見上げると強い日差しが降り注いでいる。そう長くは保たないだろう。

 子供たちはワラワラと素足で氷の上に乗り始めた。フラフラした足元が面白いらしい。揺れる度に縁の隙間から水が上がってきて表面に薄い膜を作る。これがよく滑るのだ。

「うわっ。滑る。滑る!」

「ちょっと早く」

「押すな、馬鹿!」

 トーニオがすてーんと転んだ。

「滑るぞ。気を付けろよ」と、押した当人のジョヴァンニが宣う。

 トーニオが痛そうにしているので治してやろうかと仕草をしたら、首を振られた。

 皆、四つん這いになって氷の上に上がると二本足で立とうと試みる。 

 でも重心が傾けば、重い方に沈むのは道理である。隙間から水が迫り上がってくると同時に傾いてなおさら立ちにくくなる。

「ちょっと!」

「みんな同じところから上がらないで、分散しなさいよ」

 ニコレッタが的確な指示を出す。

「沈むーっ」

「冷たい!」

「足が凍るよ!」

 すっかりはしゃいでいる。炎天下のなかでは心地がいいようだ。

 でも「やっぱり冷たい」と、たまに氷から降りてくる。そして足を乾かすと再度、突撃していく。

 端から端に渡り切ったら勝ちというどうでもいいゲームを始めた。

「うわっ!」

 今度はジョバンニが豪快にすっ転んだ。

「イタタタタ……」

「慌てるなよ」

 少し筋を伸ばしたようだ。患部に回復魔法を施した。

 僕の回復魔法をフィオリーナが注視する。

「興味あるのか?」

 すると大きく頷いた。とことん献身的な子だな。

「うりゃあああ」

 馬鹿な男連中が歩くより滑った方が速いと気付いて、端から端まで一気に滑る遊びを始めた。

 そして当然の如く、止まれず場外に飛び出していく。

「いたーっ!」

「尻、打った!」

「頭、打った! ゴンていった。ゴンて」

 ニコレッタが呆れて笑っている。

 女子は賢明だ。お馬鹿な遊びを傍観するに留めている。

「ナーナナーッ!」

 ヘモジが釣りをやめて乱入してきた。そして案の定……

「飛んだ!」

 枠を飛び出したヘモジは空高く、空中三回転を決め……

「ああああーッ!」

「ヘモジちゃん、また落ちた!」

 欄干を飛び越え、見えなくなった。ドボンと鈍い音がした。

「危ないね」

「こっち向きに滑るの、やめようぜ」

『人の振り見て我が振り直せ』とはよく言ったものだ。みんなヘモジより重いので欄干を越えることはないが、賢明な判断である。

「大丈夫?」

 子供たちが覗き込む。

 ヘモジの超人ぶりに慣れて来ているので、子供たちはさしたる心配はしていない様子だった。

「ナーナ」

 ヘモジは勝手に戻って来て甲板に寝転んだ。再召喚したんだから身体はもう濡れていないだろうに。


 興味が満たされたところで子供たちの氷遊びは終了した。

 ヘモジに倣って、子供たちも一旦甲板に身を投げ、身体を温め、そして自然と氷が溶けた頃合いを見計らってプールで遊び始めた。

「トルネード・アターック!」

 ゴン!

 トーニオが水流をバネにして突進。壁に頭から激突した。

「イダダダ……」

 子供たちは水のなかで自然と魔法を駆使しながら遊んでいた。泡で顔を覆って潜水している子もいる。

「これって、うまくいってると言っていいのかしら?」

 ラーラも首を捻る。

「自由な発想はいつまでも失って欲しくないもんだね」

「見て見て」

 マリーが水の玉を頭上に持ち上げた。そして魔法を解除。頭の上から水をかぶった。

 それが凄いということになって、みんな同じことを始めた。

「俺の方がでかい」

「負けないぞ」

 ニコレッタがこっそりプールに流れを作り始めた。

「何々?」

「掻き回してやろうと思って」

「面白そう」

 フィオリーナも一緒になって外周に流れを作り出した。

「うわぁああ!」

「やめろ!」

 男たちはみんな足を取られて、あたふたし始めた。

 婦人が呟いた。

「洗濯に応用できるかしら」

 なんともハードな水遊びになった。

 トーニオは別の流れを作って抗った。ジョヴァンニは流れに乗って流されることを選んだ。ヴィートは流れのない中央に寄って、この事態をどう乗り切るか一考している。

 ニコレッタとフィオリーナは当人たちでも気付かぬうちに水流を巧みにコントロールし始めていた。息もぴったりだ。

 流れに巻き込まれたマリーがふたりの背後に迫る。

 そしてふたりをプールに突き落とした。

「きゃぁあ!」

「うわぁ!」

 すましていたふたりも服諸共ずぶ濡れになった。

「マリー! やったわね!」

「お返しだから!」

「なんだか、みんな急激に進歩してるわね」

 ラーラが言った。

「水に関してはもう卒業でしょう」

「これからは魔力の使い過ぎに注意してあげないといけないわね」


 散々遊び倒した子供たちは日陰で気持ちよさそうに昼寝を始めた。

 ヘモジは再び釣り糸を垂れ、オリエッタはマストの先から遠くを眺めていた。

 ミントは子供たちが遊び終わったプールに深皿を浮かべて、ジュース片手にくつろいでいる。

「このままでは退屈で死んでしまう」

 僕はフィオリーナのために回復魔法の魔法陣を紙に起こすと、昼寝から起きたら渡そうと側の本の間に挟んだ。教会が使っている物と若干異なるが、それでも光の魔法は教会の専売だ。迂闊に使うことは差し控えさせなければならない。薬でまずどうにかして貰うに限るが、だからといって向上心を無駄にさせる気はない。

 午後の偵察に姉さんの所のガーディアンが三機東の空に飛び立った。

 ドボン!

 ヘモジがまた落ちた。

 釣った魚も竿も失って戻ってきた。

「ナーナーナ」

 流木の竿は兎も角、ワイヤーをなくすのは勿体ない。

 落とした竿をボードで探しに向かった。


 船の航跡を逆に辿って、当たりを付ける。

 広い海でワイヤーを垂らした木片を探すのは一苦労だ。魔力を宿していればわかり易いのだが。

 静かな海とは言ってももう流されてしまったか……

「あれは?」

 小山が浮いていた。

 そんな馬鹿な……

「『網破り』……」

 二匹目だ。ワイヤーが絡まって浮かんでいた。

 持って帰るの面倒臭いな。

 釣り針はそのままに、絡まったワイヤーだけをほどいて、死体は水の抵抗少なくピンと伸ばして舟形に凍らせて水面を滑らせた。

「追いつけるかな」

 船足に追いつけるか微妙だった。

 フライングボードで巨大な魚を曳航するには無理があったか。

 しばらくすると戻って来ない僕を心配して、ヘモジとオリエッタがガーディアンを持ってきた。

「助かった」

『綱破り』を肩に担ぐと、僕たちは姉さんの船の物資搬入口に近いデッキにそれを降ろした。

 また下魚を持ってきてと、眉を潜められるのではないかと心配していたが、食費が浮くのは何よりだと快く受け取って貰えた。


 後日、その口のなかから丸呑みされた『樽』が出てきたと聞いてヘモジは暴れた。それからムキになって散々ワイヤーを垂らすが、うまい話がそうそう泳いでいるわけはなかった。



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[気になる点] 「『樽』なんて滅多に食べられませんからね」樽って何?食べ物に樽何て有るんですか?
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