クーの迷宮(地下 50階 レッドドラゴン戦)ピクルスがんばる
「『肉は固めで、肉々しいので獣人に好まれる』」
「オリエッタさん、今、その蘊蓄いりますかね?」
「とても重要」
「あ、そ」
熱気だけで周囲の草木が燃え上がる。
金色の瞳が蜃気楼に揺れる。
「このフロアかなりヤバいかも」
オリエッタの言うとおり、こいつが当たり前に登場してくるフロアとなると……
いくら僕のためにゲートキーパーが用意した迷宮とはいえ……
フロアボス、この分じゃ、まさかのエンシェントだったりするかも。
伝説級の古代竜。爺ちゃん曰く、空間を自在に渡る化け物とか。迷宮に閉じ込めることができない唯一の魔物とも言われているが…… もしかしてヤマダ君、やらかしたんじゃないだろうな。
「一気に不人気迷宮になるかも」
迷宮は修行の場であって、死地ではない。一部のジャンキー以外にとっては。
「エンシェントだったら、どうなると思う?」
「予想できない。迷宮ごと壊れるかも。砦もなくなっちゃうかも」
「迷宮に閉じ込められている段階でエンシェントじゃないよな」
となると上位種の亜種か。環境的劣勢……
「ナナーナ!」
そんなことより今は目の前の怪物だ!
対峙するだけでジリジリと魔力がすり減っていく。
敵を見据えたまま僕は小瓶を舐める。
さすがの存在感。
ファイアドラゴンなど、これを見たらただの蜥蜴に思えてくる。
「ナーナ!」
ヘモジの目が爛々と輝く。
止めてもやるんだろう?
「好きにやってよし!」
「ナーナッ!」
いきなり金色に輝く!
ヘモジのスーパーモードに目を丸くするピクルス。
そのうち彼女も光り出すんじゃないかと、一抹の不安が脳裏をよぎる。
消えた!
ブレスを吐き出すより一拍速い。
次の瞬間、レッドドラゴンの顔の半分が吹き飛んでいた。
即死は回避したか。
さすが上位種。
すぐさま距離を取ろうと羽ばたくレッドドラゴン。
だが、コンボの二撃目がその左翼に叩き込まれた。
骨の砕ける音。
目をしかめるオリエッタ。
レッドドラゴンには想定外の出来事だったのだろう。普段なら多重結界が難なく捌いているところだ。
『ドラゴンを殺せしもの』の称号持ちはズルいよな。
生まれて初めてだろう? 激痛を経験するのは。
見るからにパニック状態。何が起ったのかわかっていない。
恐怖が勝って、元凶を潰しに来た。
「前に出ることを選択したか」
「意外に若い」
オリエッタがニヤリと笑う。
序盤に登場してきた点から鑑みても、僕たちの知る難敵とはまだ比べるべくもない存在のようであった。
種としての強さがすべてではない。ピクルスが学ぶには良い例となるだろう。名に恥じぬ古参と対峙したそのときにその違いを思い知ることになるだろう。
血走った目と視線が合った。
「!」
一拍遅れて頭が吹き飛んだ。
ヘモジの奴、最後の一手をわざと手控えて、ピクルスに譲ったな。
ドラゴンの潰れた頭の上にヘモジは着地した。
「むう……」
ピクルスは興奮で手が震えていた。弓を両手に抱えたまま、仁王立ちする兄者を見上げていた。
「スーパーモードのヘモジの動きに合わせたな」
「末恐ろしい。今日中に自力で『ドラゴンを殺せしもの』になっちゃうかも」
オリエッタは冗談交じりでそう洩らした。
さすがに今日中に五種とまみえることはないと僕も思う。あの火山帯のボスは恐らく古参のレッドドラゴンであろうし。
とは言え、地竜を含めて既に三種に勝利を収めたことになる。
「そうか、上位種だけとは限らないんだよな」
取り敢えず、肉の回収をしよう。
こいつは魔石にはしない。大急ぎで急所を切除し、解体屋に転送だ。
「肉祭りの日も近い」
オリエッタが尻尾を揺らしながら舌舐めずりをする。
近いも何も、リオナ婆ちゃんなら間髪入れず、今夜にも祭りを開催しただろう。婆ちゃんに飼い慣らされた元住人たちである。解体屋に獲物が届いた以上、自発的などんちゃん騒ぎはもはや決定事項である。
そういう意味もあって、我が家で消費する分以外の肉の所有権を放棄する旨を名札に一筆しておいた。五十層に到達した以上、ドラゴンの肉はいつでも手に入る。独り占めする意味などない。
「だぶつかないか、むしろそっちの方が心配」
魔石が手に入る分には願ったり叶ったりだろう。シップの燃料不足は恒常的だからな。
「肉にするのは上位種だけにしような」
前線からドラゴンタイプが入ってくるのに、前線のしのぎを奪うのは悪手だろう。
「そだね」
「なるほど回避ルートもあるのか」
僕たちは現在、たまたま途中で見付けた地下洞窟を進んでいる。
馬鹿正直にドラゴンの相手をしなくても済むということだな。どこに続いてるか知らないけど。
「サラマンダー。うざい」
「火山帯に近いからな。上に戻るか? ドラゴンいるけど」
「ナナーナ」
普通の冒険者はわざわざ上は通らない?
「ナナナナ」
「ヘモジ、うるさい」
普通じゃないヘモジに普通じゃないと言われて怒るオリエッタを見て、ピクルスがケラケラ笑う。
「きたる!」
へ?
「『来たから、やる』だって」
ピクルスは普通の矢を使って、敵の射程外から適確に処理していく。
見た目おもちゃの弓矢を持って飛び跳ねているだけの幼女なのに、すべての敵を一撃で仕留めていく姿はもはや歴戦の猛者のようだった。
「!」
横合いから別の個体に粘液を吐かれて慌てるピクルス。
当然、結界を張っているので被害はない。
「いい経験になってる?」
「的を絞るときが一番無防備になるからな」
どうせ今日中に火山帯には着かないと僕たちは判断。だったらここで経験を積むのがいいだろうということになった。
数で来られたとき、どうするか。本来、低層で学んでおかなければいけない基本事項だ。
レベルだけポンポン上げたって、先のレッドドラゴンのように中身スカスカでは同じ末路が待っているだけだ。
サラマンダーは間接攻撃を持っているし、巣窟には数がいるからちょうどいい。強さも強からず弱からず程がよい。
「ほら、また前に出過ぎ!」
「ナナーナ!」
ふたりが口うるさく指導する。
少々かわいそうな気もするが、当人は至って楽しそうだ。
「?」
こっちに駆けてきて僕の足に貼り付いた。
「どうした?」
魔力不足か?
『万能薬』を舐めさせてやろうとしたら、水筒を要求された。
「なんだ、喉が渇いてたのか」
そう言えば休憩を挟んでいなかったな。
ここは熱過ぎるから、地上に出てから休憩するか。時間によっては早仕舞いでも。
「体力馬鹿だ……」
「さすがヘモジ二号……」
初めての冒険にして、大き過ぎる戦果と成長を遂げた。
今は疲れ果てて肩の上で居眠り中。
僕たちは洞窟を抜けた先で、次回入場時に都合のよい場所を探る。
「ここでいいだろう」
狭い渓谷の底に出た。
ここならドラゴンは入ってこられまい。が、見付かったら逃げ場はない。ブレスで丸焼けだ。
火照った身体を吹き抜ける風に晒す。
「涼しい」
渓谷の先に火山地帯が見えた。
「いつの間にか標高を稼いでたみたいだな」
「ナナーナ」
既に反応がそこかしこに。
有毒な煙で遠くの空が煙っている。
「歩けるルートあるんだろうな」
次回はしっかりマッピングする必要がありそうだった。
帰宅すると真面目に復習に取り掛かるピクルス。
囲まれたら一時後退。数で劣勢にあるときは常に逃げ場を確保しながら辛抱強く対処する。ただ、罠が控えていることもあるので、安易には動かず、敵の動きをしっかり見据えること。誘導している気配が見えたら、別ルートを模索する。それでも囲まれるようなら、そのときは『しょうげひゃ』で敵の陣形に穴を開けて脱出する。
足の速い相手はヘッドショットを狙わず、外れてもいいので足元を狙って動きを止める。遠距離同士の戦いでは敵より早く標的を捉えるべし。先手を取られたときは焦って撃ち返さず、敵に撃たせてから反撃すべし。同じ場所にいない。同じ場所から頭を出さない。常に周囲の動きに目を配り、敵の動きを予測せよ。ヘモジぐらい強くなれば、戦況を自ら有利に動かせるようになるので、それまでは無茶は控える。
強い相手と対面したら、まずは観察。手を出さないのも勇気。やるとなったら全力をもって当たるべし。
「ヘモジ軍曹はスパルタか」
たどたどしくも列挙するピクルスも異常だが。ろれつが回るようになってきたのはよい傾向だ。
「因みにヘモジの戦闘ルールは、見えたら殴る。強敵は譲らない」
オリエッタが梁の上から口を挟んだ。
「かっくいー」
「いや、真似しちゃ駄目だから」
「せんめつこそ、正義!」
賢くなったせいで馬鹿に染まったか?
「明日はみんなとも一緒だから、集団戦も勉強してね」
「楽しみだね」
ピクルスは女子たちに誘われるまま、脱衣所に消えた。
「初めての入浴体験は如何に」
当のヘモジは畑に寄ったきり、まだ帰らない。
レッドドラゴンの串焼きを露店で買ってから帰ろうと思ったが、帰宅時はまだ準備中であった。
展望台広場から賑やかな声が聞こえてくる。
獣人たちは相変わらず耳聡いな。
でもこれで周知されるだろう。五十層に到達した冒険者が出たことを。ドラゴンの関連商品、特に魔石の供給が加速するということを。
ヘモジが枝豆の房を抱えて戻ってきた。
どうやら肉のお礼として持たされたようだ。
「ナナーナ」
夕飯に出して欲しいと、夫人に早速、直談判。快諾を得た。
どうやらピクルスに食べさせたいらしい。
しばらくするとそのピクルスが髪をモコモコにして脱衣所から出てきた。
乾燥の仕方を間違ったらしい。女子が髪の手入れ方法について議論を戦わせていた。
マリーと一緒にケラケラ笑っているところをみると、初めての入浴は楽しかったみたいだな。
その日の夕飯、ピクルスは塩茹でされた枝豆と出会った。
それは生涯を通しての大好物との出会いであった。
「三食、枝豆。サイコー。塩ゆで、おいしー」
それを見ていたラーラが一言。
「随分安上がりになっちゃったわね」




