クーの迷宮(地下 50階 ドラゴン戦)リオネッロ疲れる
「じゃあ、五十層行きまーす」
「ナーナ」
「?」
ピクルスがポータルの手前できょとんとしている。
「使い方覚えて貰わないとな」
ヘモジが念話でピクルスにすべきことを見せるとピクルスは教えられたとおりの行動を取った。
こういう時、念話は最高だ。難しい言葉はいらない。
昨日の帰宅時は僕が直接外にゲートを繋いだから潜るだけでよかったが、ポータルだと一手間掛かる。誰かが行き先を選択したら、それに同意するだけだけれど。
そのうち文字も覚えて貰わないとな。
駄目なら一旦召喚を解除して出直して貰えばいいだけであるが、擬人化できる段階で見た目に準じた知能は持ち合わせている、はず。
幸い何事もなくピクルスは付いてきた。
潜った先に既に大物がいることを察知したのか、すぐさま口をつぐんで身をすくめた。
「ナナナーナ」
僕の頭越しにふたり、直接対話を行なっている。
何を言っているのかわからない。
オリエッタが通訳してくれないのは先にいる敵を索敵しているから。
「ただのファイアドラゴン」
「じゃあ、予定通り行きますか」
「ナーナ」
「あい」
「『がんばる』ってさ」
あっそ。
改めて言っておこう。ドラゴンは魔力探知に病的なほど敏感な生き物である。
そこにとんでもクラスの召喚獣が二体現われたらどうなるか。
ヘモジは魔力を抑えることにそれなりに慣れているが、ピクルスはまだ生まれたばかりだ。制御以前に勝手がわからないだろう。
僕が魔素を散らしているから、遠くから発見されることはないだろうが、近付けば一番の的になる。
いざとなったら素に戻ってもいいとは言っておいたけど…… 幼いドレイクではやはり的になるばかりだろう。
状況はエルーダの五十階層とは大分違う物になっていた。
見たこともない巨大な大木が青空の広がる大地に点在し、その木の上にドラゴンの巨大な巣が築かれていた。
「大木一本一本に家主がいるみたいだな」
「テリトリーどうなってるのかな?」
「一気に襲われたらやばいね」
時代はシームレスか。
「そのときは有無を言わさず撤収ってことで」
「ふー」
「ん?」
「ナーナ!」
ヘモジが空高くにミョルニルを掲げた。
ビュン。と弓鳴り。
おもちゃの弓から矢が飛んでいった。
「この距離から――」
「まさか」
「届くの?」
「か?」
本当に見た目おもちゃな弓から放たれた矢は弧を描いて空の彼方に消えていった。
「……」
「……」
「外れた?」
「さあ?」
ヘモジだけ訳知り顔で大きく頷く。
突然、ミョルニルに雷光が。
同時に遙か先の大木で爆発が起きた。
ドーン。空気が震えた。
一斉に周囲の魔力反応が増大する。
「気付かれた!」
ドラゴンの反応が十体以上、同時に増大した。
「ナナ」
「当たった」
じっとしていると反応は何事もなかったかのように収まっていく。
が、巣の住人であろう一体が戻ってくる。
「ナーナ」
「あい」
二射目を構えた。
そしてまた弓鳴りが。
長い滞空時間……
今度は見える。
弧を描いて飛んでいった矢は標的を捉えると向きと速度を変えて一気に襲い掛かった。
ドラゴンが結界を張って防戦した。
が、結界を貫通。内側で爆発した。
「あの爆発矢、効き過ぎじゃないか?」
ピクルスとその弓のスキルのせいもあるんだろうが、一撃である。
それに時より光る雷光。ヘモジの『ドラゴンスレイヤー』の称号も影響している?
「出番ないね」
弓を使っているせいで魔力消費はほぼほ皆無。なんたるコストパフォーマンス。
だが、さすがに二体潰せば周囲も事故や偶然ではないと感づく。
近所の大木から数体が飛び立った。
「ナナナ」
「あい」
なんか、ほんとの兄妹みたいだな。
的がドラゴンじゃなきゃ、弓の練習をかいがいしくしているように見えるのだが。
一旦、殺気を消して斥候をやり過ごす気らしい。
小動物並に無害アピールするふたり。
「しー」
ピクルスも見よう見まねで魔力制御を試みる。が、ダダ漏れである。
僕は必死に魔素を散らして周囲と同化させようと試みるが、さすがに上空を飛ばれると。
「見付かったね」
「やっぱ、駄目か」
一体が降下してくる。
やり過ごせないかと期待したが、あの目は駄目だね。
「こっちのどこを見れば脅威に思えるんだか」
だが、目の前のドラゴンの喉袋は容赦なく膨らみ続けた。
群れの隅っこに住んでるってことは、力関係で言えば雑兵である。見ればまだまだ若く小さな体つき。
レベルは等しくとも戦闘経験や狡猾さは数字には現われない要素である。
口角に炎がこぼれる。
「相手の力量もわからず、ただ闇雲にぶっ放すようじゃ」
「めッ!」
あっさり三発目の矢がドラゴンの頭を吹き飛ばした。撒き散らされる炎。
地鳴りと共に落ちる巨体。
「……」
「ドラゴンってあんなに弱かったかな?」
「こりゃもうやるしかないな」
やり過ごすことに失敗した僕たちは上空で様子を伺っていた残り三体のドラゴンの相手をしなければならなくなった。
「ブレス来るよ!」
僕は結界でそれを防いだ。が、炎で何も見えなくなった。
「突っ込んでくる!」
目では追えなくても魔力探知でしっかり見えている。
直撃コースだ。
足の爪を広げて、こちらにダイブしてくる!
ブレスが切れたタイミングで押し潰そうというのか。
ピクルスが目の前の炎の壁に目を丸くしている。
棒立ちしてるとやられるぞ。
突然、目の前が晴れたかと思うと、ドラゴンがくねりながら落ちてきた。
衝撃と共に土砂が舞い上がる。
ミョルニルの強烈な一撃をもろに頭に受けたようだ。
僕も魔法で吹き飛ばしてやろうかと手ぐすね引いていたのだが。
やはり兄は強かった。
それにしても妹ちゃん……
「むー」
怯えるどころか、飛んでいる一体にもう狙いを定めている。
「嫌な予感」
デジャビュ。
突っ込んでくる一体に向かって爆発矢を放った。
僕は結界を強めた!
爆風が味方を襲う。消し飛ぶ肉片。ゴロゴロと落ちてくる肉の塊。
「ナナナーナ!」
止められる位置にいなかったヘモジが合流、遅ればせながら教育的指導。
昨日も突っ込んできた相手に矢を射て尻餅付いていたから、今回で二度目である。
ただの矢を射てドラゴンを押し返せるかというと、疑問符が付くところだが、魔法で捌けなかったのか?
「立ち回りもこれから勉強するようだな」
残り一体はかなわないとみるや、撤退していった。
「増援呼ばれるかな?」
「呼ばれても魔石を回収するまでは逃げられないからな」
このフロア、何が大変って、魔石の回収が大変なのだ。
空を飛ぶ魔物の場合、いつものことだが。飛行速度の速いドラゴンは尚更、落下地点が遠くに散らばる傾向がある。
チョロチョロするのが危険とわかっていても、魔石のサイズが大きいので取り逃したくないと思ってしまう。
消える前に回収するとなると、まずは最初の大木に向かい、木に登り再びこの場所に戻ってこなければならない。
ドラゴンに対抗できる結界を張れるのは僕だけだ。面倒だが集団で行動しなければならない。
ゲートの出口を大木の上に設ければ、当然、魔力反応に他のドラゴンが反応する。が、それでも行く。
ヘモジが急いで回収しに飛び出していった。
「ナナーナ」
「宝箱だって」
すぐ撤収できるようにゲートを開いたまま待っていたが、宝箱の中身を回収するのにヘモジひとりでは無理と判断。僕もピクルスを抱えてゲートから飛び出した。
既にヘモジが鍵を開けている。
僕は宝箱に駆け寄り、中身を見ずに丸ごと転送。
接近してくる隣人を横目に急ぎ転移した。
オリエッタの指示の下、次に魔石が転がっている場所に転移すると、後方で大木が焼き払われていた。
「間一髪」
オリエッタの案内で次の魔石を容易に発見できた。
ヘモジが回収して戻ってくる。
ゲートを閉じて、僕たちは次の出口へ。
そして、一周して元いた場所に戻ってきた。
ちょうど最後の骸が霧散して消えるところだった。
敵はこちらに気付いていない。
「我ながら成長したな」
恐らく敵は魔力が消失したことで、こちらが死んだと錯覚したのだろう。
「あれもやる?」
「ナーナ」
ヘモジのゴーサインを以て、次弾が放たれた。
「またあそこに取りに戻るのか」
炭化した木の上に転移するわけにはいかない。煤けたくないし、足場も滑るだろうから少し離れた場所に転移することに。
ピクルスの矢は見事命中した。
「こんなに簡単でいいんだろうか」
「いいんじゃない」
オリエッタの笑いが鼻面並に乾いていた。
一進一退を繰り返しながら、僕たちは行動範囲を広げていく。
メモするところは大木の位置と生息するドラゴンの種類と数だけ。
「地獄だ……」
僕だけ罰ゲームを食らっているような展開になってきた。
魔力が……
転移をひたすら繰り返すことで、ただでさえ頼りない魔力量が……
まずいな。回復が追い付かなくなってきた。
ドラゴン相手に結界をケチるわけにはいかないし、いつでもヘモジやピクルスが全力を出せるぐらいには魔力をキープしておきたい。
その残りで転移を繰り返す。
もはや人外、ハイエルフも真っ青だ。
『万能薬』の小瓶を早くも一本飲み干してしまった。
一本丸ごと消費したのはいつ以来だろう。
この調子だと子供たちを笑えなくなる。
回復量を上回るケースがこうも増えてくると、侵攻速度にも影響が出てくる。
「引きつけて討てば、回収も楽になる」と言うのは容易いこと。それをやれないからドラゴンなのだ。処理が滞れば、あっという間に囲まれる。
基本中の基本。退屈であっても遠距離からの不意打ち、単体狙いをベースに安全に行かなければ。新人を抱えた現状で曲芸に手を出している場合ではないのである。
「魔力回復付与のアイテム、あったかな」
帰ったら探してみよう。
「思いっきり疲れてるわね。ピクルスちゃんの面倒、大変だったの?」
「いいや、別件。ピクルスはよくやってくれたよ」
眠くなってきた。
「ほんとに大丈夫?」
瞼が重い。
「ドラゴンがフラットな世界に充満してるんだぞ。前進するだけで一杯一杯だよ」
エルーダでは個々のテリトリーは、それぞれ大扉によって区切られていた。
それは各種ドラゴンの生息環境に合わせるためのものでもあり、寒暖が目まぐるしく変化する便利な世界だった。
何より冒険者は扉の手前で安全にキャンプを張ることも可能な設計になっていた。
それが『クーの迷宮』ではすべて一緒くたである。
遠くに火山帯や雪山が臨めるところからも、こちらから会いに行かなければいけない要素が多分にあることがわかる。ドラゴンからすれば、どこにいても一っ飛びだろうが。
おいしい肉を取りに行くとなると…… 選んで扉を開けるようにはいかない。
果てしない闘争が待っている。
「エンドコンテンツとしては楽しめそうね」
「いやー、楽しめないって。ハードル高過ぎだよ」
「一々魔石を回収しようとするから」
オリエッタは曰う。
「大きいから、適当に回収してても元取れる」
そうは言うが、人は欲深い生き物なんだよ。
「大きいから全部回収したくなるんだよ」
今は食べて、回復に専念しよう。




