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クーの迷宮(地下 49階 精鋭ミノタウロス&四枚羽根ドレイク)ピクルスな日

 戦闘が終了すると子供たちが脱兎の如く勢いで集まってきた。

「かわいーッ」

「ピクルスったら女の子だったのね」

「見るからにヘモジ妹だな」

「髪の毛ふわふわ。羽毛なのかしら?」

「ふかふかしてる」

「誰もこれがドレイクだなんて思わないよ」

「街中ででっかくなっちゃ駄目だからね」

 もう攻略のことなど遠い彼方に蹴散らされてしまった。

「ちょっと早いけど……」

 僕は帰りのゲートを開いた。どう考えても、戦闘続行不可能であった。




 食堂の入口で立ち尽くす家人、何人目?

 見た目はヘモジでも、生まれたばかりのゼロ歳児。

 親代わりのヘモジにべったりかと思いきや、魔力供給源の僕の方にべったり。それを見て嫉妬するヘモジが負けずにべったり。

 ピクルスちゃんは兎も角、ヘモジはうっとうしい。

「お前はお兄ちゃんだろうに」

「ナーナ」

「あーあ」

「え?」

 ピクルスが「ピ」以外の言葉を発した。

「ナナーナ!」

 ヘモジが真剣な顔をしてピクルスに向かい合った。


「ナー」

「あー」

「ナー」

「いー」

「ナー」

「うー」

「ナー」

「えー」

「ナー」

「おー」

「ナナナナ」

「まいあひ」

「ヘモジより進化してる!」

「マジかよ」

「ナナーナ!」

「がーん!」

「それは真似しなくていいから」

「ヤバくね?」

「そのうちしゃべり出すね」

「念話で充分だからね」

 凹むヘモジを擁護する女子力。

「ヘモジの念話もマンツーマンから進化すればいいのにね」

「ヘモジ兄もマンツーマンだから、無理だろうな」

 ヘモジ兄弟の場合、多人数会話ができないわけではないことを一応断っておこう。ただ、不器用過ぎて、みんなに声を届けようとすると大音響になってしまうのである。脳内で叫ばれたら、脳内鼓膜が破れるほどだ。だが、それもこれもトロール故の特性が原因であって、個々人の努力の問題ではない。広大な農地を耕すこいつらは平気で山越えした先にいる仲間と会話するらしい。近場では音声で済ませることがもっぱらな彼らだが、それだと声帯の関係上、人語が話せない。

 要するに長距離射程の手段で近距離会話をしているのだ。

 農作業と戦闘以外、どこまでも不器用にできている。自然と向き合い黙々と努力する彼らの思念がそれだけ強烈だという証拠でもあるわけだが。

 威厳が早くも崩壊か。

 ピクルスちゃんに頭を撫でられる逆転現象発生。

 そこからはピクルスちゃんに言葉を教える大会になった。


「……」

 サラダボールいっぱいのまるっと野菜がふたりのちびっ子の前に置かれた。

 昼食はパスタである。大皿に山盛り、大きな缶詰ソースを一缶、贅沢に使った一品と、ハンバーグである。

 急遽設けられた『祝、ピクルスちゃん、擬人化記念パーティー』であった。

 ピクルスは目の前のサラダボールを余所に、ハンバーグから攻めていった。

 たどたどしくスプーンを手に取って、教えられるまま口に運ぶ。

 離乳食じゃなくて大丈夫か? ヘモジもオリエッタも問題ないと言うが。

 彼女は目を丸くした。

 出会ったばかりの頃のヘモジを思い出した。

「ナナナ」

 ヘモジは豪快にサラダを頬張る。

 見よう見まねでピクルスも口を目一杯開けて野菜を頬張った。

 こちらも余程おいしかったのか目を見張った。

 そして、これまた見よう見まねで口にしたウーヴァジュースのおいしさに遂に放心してしまうのだった。

 見ていて飽きないから家人の注目を一身に浴びる。

 かいがいしく世話を焼くヘモジ。

 天使がふたり、戯れる。

 それをさらに世話する子供たち。

 ピクルス最初の我が家の食事は大団円で幕を閉じた。

 お腹をパンパンにして幸せそうに転がるピクルス。

 食器を洗う音を子守歌にピューイとキュルルの寝床でお昼寝中。

 オリエッタも気にして梁の上から様子を窺っている。

 一日にして、藁のベッドはお払い箱。

 僕はヘモジと同じ寝床セットと寝間着を夫人に注文することにした。



 午後の予定はすべてキャンセルになった。

 子供たちはピクルスを町内散歩に連れ出し、僕は空いた時間を『万能薬』の生産に当てることにした。

 まさか、ここにきて魔力量の増加を要求されることになろうとは思いもしなかった。

『追憶』のなかに愛杖『ガンバンテイン』を常備しているので、多少の無茶振りは可能だが、爺ちゃんの杖のように消費魔力の後払いができないので緊急時の使い勝手はあまりよろしくない。僕の杖はまず預け入れが必要なので。

「『追憶』に入れておけば、蓄積が維持されたりしないだろうか?」

『追憶』は僕の魔力溜まりのようなものだ。充填は無理でも減衰は阻めるのではないだろうかと都合のいいことを考えた。

『万能薬』を作る傍ら、杖に魔力を補充して、試しに放り込んでみた。


「おお?」

 維持できてるーッ。

 なんたるご都合主義。充填していつでも使えるようにしておくことにした。

 が、翌朝には二倍の容量を充填しておいたにもかかわらず、等倍にまで減衰していることを確認。糠喜びだったことがわかり、朝からテンションを下げる要因となった。

「劣化が遅くなるだけだったか」

 いや、これは『トレントの杖』だ。持ち手の要望を叶える特性があるならば、使い続けることに意味がある。しばらく現状で使い続ければ環境に慣れてくるだろうと予想した。

 ピクルスがヘモジと同じく近接職なら、バランス的にこっちが杖を常備してもいいのだけれど、まさかの弓使いだからな。チームバランスとしてはどう考えても前衛が足りない。

 家の外から聞き慣れないバンバンという音が聞こえてきた。

 玄関前のローターリーの一角で子供たちが射的を行なっていた。

「帰ったのか?」

 窓から覗き込む。

「また当たった!」

「あう」

 小さなエンジェルがおもちゃの弓に矢をつがえた。

「んー、にゃ!」

 バン。

 バン。

 バン……

 百発百中だった。

「練習…… いらないみたいだね」

 子供たちの嘆息に僕も同意した。

 あのおもちゃのような弓はミョルニルと同質のまさしく神器だった。しかも大体思った所に当たればよいという旧来の『必中』とは異なり、どれも的のど真ん中を綺麗に射貫いていた。

 子供たちが弓を借りても同じ効果が得られないところをみると、ヘモジとミョルニル同様、ピクルスとセットで無類の強さを発揮するものと考えられる。

 的は早々に土に戻され、子供たちはおやつを食べに玄関を目指した。


 ピクルスはヘモジよりも闊達だった。

 目を離すとすぐ脱線してしまうので、一緒に動いてる子供たちは玄関を潜っても大変そうであった。

「ピクルスちゃん! 神樹を舐めちゃ駄目だよ」

「らめ?」

「駄目」

「んー。持ってく」

「もっと駄目ーッ」

 神樹の表皮を剥がそうとするから、こっちもびっくりした。

 雑食といっても、ドレイクだと意味合いが大分違うようだ。ドレイクの図体だと、大木もカリフラワー扱いのようであった。

 神樹が食べられないように躾が行き届くまで警戒しないといけないかもしれない。家人に警告しておこう。



「この歳になってもまだ驚くことがあるとはな」

 日中戻って来なかった大師匠も呆れている。

 ピクルスの召喚カードのレベルは半日にして既にピューイとキュルルを抜いていた。

「まさか弓使いとはね」

「『衝撃波』を結界のように使ってもいたから、魔法もいけると思うな。神器の『必中』も優秀だし。防御貫通に関しては爆発矢を使ってたから、まだわからないけど」

「でも擬人化できてよかったわね。食費的に」

「場所的にもね」

「ヘモジ化だったけどな」

「予想の斜め上を行ったわね」

「良かったのか、悪かったのか」

「妹ちゃんはしゃべれるようだけど、ヘモジの奴、すねてない?」

「ピクルスちゃん、念話、使ってこないのよね。もしかすると苦手なのかも」

「そう言えばそうね」

「一長一短か」

 最初こそ落ち込んでいたヘモジだったが、如何ともし難いことだと今ではケロッとしている。

 ヘモジの念話はどんなに遠くにいても届くのだし、それはそれで長所と言っていいだろう。

 そういう意味ではどちらも程々に使えるオリエッタが最強か?

 夜の飲み会はピクルスの話題で持ち切りになった。

 日中帰れなかった大伯母もそうだが、ソルダーノさんも店で初顔合わせしたときはびっくりしたという。

 今は同じ寝間着を着て、ヘモジと子供たちと一緒に居間で双六を楽しんでいる。



「増殖した!」

 翌朝、朝帰りしたバンドゥーニさんと、たまたま農作業に向かうヘモジとピクルスが玄関先で遭遇して騒ぎになった。

 そして気付いたときには町中にヘモジが増殖したという噂が広がっていて、一目見たさに朝の白亜のゲート前広場に人垣ができ上がっていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 「ナー」 「あー」 「ナー」 「いー」 「ナー」 「うー」 「ナー」 「えー」 「ナー」 「おー」 「ナナナナ」 「まいあひ」 で吹いた。
[一言] いつか、ヘモジ(兄)も揃うかな
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