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クーの迷宮(地下 49階 精鋭ミノタウロス&四枚羽根ドレイク)その名は『ピクルス』

 戻ってきたときにはもうヘモジは眠っていた。

「雛は?」

「……」

 ベットの下に無下に追いやられていた。

 寝返りを打ったら潰しちゃいそうなのはわかるが、せめて同じ目線に置いて上げればいいのに。

 僕はヘモジのベットと同じ高さの箱を用意した。落ちないように中央に窪みを付けて、寝床にしている藁束ごと移動させる。それをヘモジのベットの傍らに並べて置いた。

 その間、両者とも一切目覚めることはなかった。

「あの図体でヘモジに似られると困るぞ」


 一方、僕は制御が難しくなってしまった『ホルン』のことで頭がいっぱいで中々寝付けなかった。

 パーツごとの重量を深く考えずに変更したせいで挙動の度に大きくバランスが崩れて、もうひっちゃかになってしまったのだった。骨格部分の重量軽減を抑え気味にして多少ブレは収まったが。

「そうだよな。向こうの世界にも『飛行石』はあったんだよな」

 ロメオ爺ちゃんたちが試さなかったはずがないのだ。『飛行石』は現代の『飛空艇』や『飛行船』には必須の素材になっている。

 にもかかわらず組み込んでこなかったのは、やはり思うように制御できなかったからだろう。

 そもそもゴーレムはほぼほぼ単一素材で構成されている。軽いパーツと重いパーツがせめぎ合いながらポジション取りを頻繁に変えていくなかで、全体としての重心を維持しつつ、挙動を安定化させるというのは、もはや無茶振りと言っていいレベルなのかもしれない。

「素材のパラメーターをできるだけ平準化すれば、軽減できるんだろうけど……」

 そうなると、もう他の機体とパーツを流用し合うことはできなくなる。運用上の制限が出てくることは覚悟しないといけない。

「いっそのことオプションパーツ扱いにして、独立させた方が……」

 ヒタヒタと近付いてきた睡魔にようやく襲われ、僕の一日はそっと終った。



 翌朝、子供たちは〝停滞〟を選ぶことにしたと回答してきた。

 王様をどうするかについては手合わせしてから考えるとのこと。決定の要因となったのは言うまでもなく、雛である。

「命名! 『ピクルス』」

 雛は『ピクルス』と名付けられていた。

 四枚羽根を四枚の花弁と比喩した子供たちはすぐさまケイパーという砂漠の花と関連付けた。凜とした白い花だが、小さな胡瓜(チェトリオーロ)のような実を付けるらしい。食べたことはないけど、それがピクルスになるらしく、我が家らしい名前ということで、どの辺が我が家らしいのかわからないが、親代わりのヘモジが野菜繋がりならと了承したのだった。

「それを言うならケイパーじゃないのか? いいのか? ドレイクを〝酢漬け〟なんて呼んで」

「名前は響きも大事なんだから、いいの」

「ドレイクなんだから強面になるぞ?」

「女の子かもしれないでしょう」

「男の子だったらどうする?」

「だからどっちでもいいような名前にしたんじゃん」

「竜種の性別ってどうやって調べるの?」

「成体にならないとわからないんじゃないか?」

 意思疎通ができるだろうふたりに視線を向けるが、無視された。雛の方に自覚がなきゃ、始まらないということだろうか?

「擬人化とどっちが早いかな?」

「知らん」


 四十九層攻略は腰を据えてやると決めたせいか、子供たちに焦りはなくなっていた。

『王様を圧倒するには?』 フロア攻略が一応のところ済んだ今、子供たちの次なる目標は早くもジャンプアップしていた。

 将来『四枚羽根のドレイク』を手に入れることを想定して、条件になり得る親との敵対行動は取らないと決め、育てられる余裕ができるまでは卵にも手を出さないと決めているのであった。

 まずは自力であの王様をなんとかすることからだが。最初にして最大の難関である。

「五十層の出口を目指した方が結果的に早く達成できるんじゃないの?」

 ラーラが新調した外套に身をくるみながら言った。

「五十層に到達したら『エルーダ』と繋がるゲートを開通して貰える確約を取ってるんでしょう?」

 言わんとしていることはわかる。ハイエルフの秘術並の急成長が見込めない以上、装備の拡充を図るべきということは。とりわけ魔力に依存しない銃の存在がまだ選択肢として残っているということを。

 防御面では一応の完成を見ている子供たちであるが、攻撃面となると『トレントの杖』頼りが現状である。

 残念ながら王様相手にはまだまだ成長が未達であるし、そもそも『トレントの杖』が最強というわけではない。

 本来ならここは強力な第二第三の杖を入手するところだが、生憎、この地であれに対抗するだけの掘り出し物を見付けるというのは……

 となれば尚のこと、あちらの世界で銃を手に入れておきたい。一人に一丁増えるだけで、大きく戦略の幅が広がる。極論、結界に全魔力を投入しつつ、攻撃は銃に依存するという戦法もやろうと思えばできなくはないのだ。

「急がば回れって言うでしょう?」

 決めたばかりの決意が、玄関先で脆くも崩れ始めた。

「無理に執着しても時間の無駄だろう。そろそろ肉祭り用のサプライズも欲しいところだしな」

 上級ドラゴンの肉をどうこうというレベルの話ではないと思うのだが。

「一度は手合わせしないと……」

 子供たちは相手との力の差を推し量ることすら、まだできていない。心の隅に希望的観測が見え隠れするのも事実。

 それもこれも目撃した対戦がよくなかった。王様が『四枚羽根のドレイク』と既にやり合った後で、手負いの状態であったから、正確な力の差というものを推し量れなかったのだ。ヘモジが苦戦したという言葉だけが、補正要素になっていたが、目の当たりにしたわけではない。そもそもヘモジが子供たちの前で本気の全力で戦ったことなどあったか、どうか。

 迷いは死を招く。鼻をへし折られてから、結論を変えるのなら変えればいいのだ。諦めさえしなければ道はあるのだ。なんで家を出る直前になって余計なことを言うのかと、僕はラーラと大伯母を睨んだ。

「ピ、ピ」

 雛の一声で僕は我に返った。

 異なるベクトルに進むふたりの口角がそっと上がった。

 わざとか。わざと動揺させているのか!

『大いに悩むことだ』

 昔、散々やられてきたことだった。一緒に巻き込まれるリオナ婆ちゃんはいつも怒っていたが。

 もう一段高い高みにさっさと登れと言っている。不安も迷いも丸ごと飲み込んで前に進めと。

 うちの女共は…… 厳しいな。

「よーし。手加減なしの第二ラウンド、行くぞー」

 子供たちは気の迷いを一蹴する。扉を開けて気勢を上げた。

 こっちも負けず劣らず……

「常識人は僕だけか……」

「なんか言った?」

「何も」

 オリエッタが僕のうなじにふっと息を吹きかける。



「突撃ーッ」

「はあああぁ?」

 子供たちは普段の慎重な行動を直前になってかなぐり捨てた。

 真っ正面からのガチバトルである。

 第一砦に対して正面突破を敢行したのであった。

 巨大な衝撃波が砦の城壁を揺らした。

 三度目の三つ巴である。

「ピー、ピー」

『四枚羽根のドレイク』に対して召喚獣になった雛がなんらかの効力を持つのか、検証を兼ねて今、オリエッタに抱かれながらリュックから顔を出していた。

 一分ほど待ったが、先日のような効力はなさそうであった。

 もはや親でも子でもないといった感じである。

 そして『四枚羽根のドレイク』は本日も絶好調であった。

 子供たちが戦闘に参加したことで、砦は大混乱。しかも遠慮のない魔法が飛び交う、見ている分には最高に面白い展開になっていた。

 子供たちは敵が耐性を持っている『衝撃波』をも容赦なく叩き込んでいった。

「ヘモジが働いてる」

 オリエッタが笑う。

 子供たちを守るために、これでもかと活躍していた。

「いつの間に結託したんだ?」

「リオネッロが工房に行ってる間」

「まさか共闘するとはな」

「負けを素直に認め、助力を求める…… 中々できないことだよね」

「まだ戦っていないだろうに」

「リオネッロより合理的なのかも」

「まさか、あの歳で自分から殻を壊すとはな。誰か入れ知恵したのか?」

「さあ」

「ピ、ピ」

 雛はオリエッタの腕の中から抜け出すと、僕の肩の上で、翼を全開に広げて大空を舞うドレイクの姿をじーっと見上げた。

 お前もいつかああなるんだぞ。

 その愛らしいつぶらな瞳が輝いて見えた。


「たまにはがむしゃらもいいよね」

 全力をぶち込んで退避してくる子供たち。

「よし、半分ぶっ潰したぞ」

「すげー、順調じゃん」

「ナナナナナ!」

「『自分のおかげだ』と言ってる」

「わかってるって」

『万能薬』を舐めて、魔力の回復を図る。その間の防御は……

「師匠、お願い」

「ごめんね」

 子供たちはいつになく輝いている。

 師匠を手玉に取ったことがそんなに嬉しいのか?

「みんな一緒って楽しいね」

「第二ラウンド行くぞー」

「さっきも第二ラウンドって言った」

「意味が違うだろう!」

「いいから突撃ーッ」

 持てる力を全力で。

「これだからうちの門下は――」

「最強?」

「ネジが飛んでるって言われるんだよ!」

 僕は結界を大きく広げた。

「まったく。防御を丸投げしての総力戦とはね。騙された」

「騙してやった」

 オリエッタが囁いた。

「お前もぐる?」

「作戦立案者とも言う」

 目に映る戦場は阿鼻叫喚。

 廃墟で踊る子供たち。

「撤収ーッ」

 トーニオの合図と共に戻ってくる子供たち。

「一旦、ドレイクをやり過ごすぞ」

 ここで隠遁。回復を図りながら戦況を見守る。

 あのまま砦にいたらドレイクとやり合うことになるかもしれないと判断。戦況を見て戻ってきたのであった。

 殿のヘモジも追ってくる敵を排除しながら戻ってきた。

「楽しそうだな」

「ナナーナ」

 そうだよな。冒険ってのは仲間同士、全力を尽くして楽しくやるもんだもんな。教える立場と教わる立場、そこに垣根を設ける必要なんて無粋だよな。

 婆ちゃんが我先に獲物を狩る姿が目に浮かぶ。

「そういや、獲物を捕られまいと我先に特攻しては痛い目見たよな」

 楽しかったなぁ。

「よし、僕も攻撃に参加しよう!」

「それは駄目!」

「獲物いなくなっちゃうもん」

「絶対駄目だから!」

「いや、手加減するし」

「聞いたよ。砦、一撃で沈めたって」

「誰だ? そんな嘘ついたの!」

「砦を丸ごと崖下に落っことしたのは事実」

「ナナーナ!」

「一撃じゃないだろう!」

「あ、飛んでくよ」

 気の済んだ『四枚羽根のドレイク』が遠くの空に帰っていく。

「師匠は結界、よろしく」

「だけ、よろしく」

「行ってくるねー」

「ヘモジがよくてなんで僕は駄目なんだ?」

 オリエッタが笑う。

「師匠だからじゃない?」

「ピー、ピーヒョー」

 雛が空に向かって叫んだ。

 すると空の彼方からピーヒョーと声が帰ってきた。

 召喚獣になった今もどこかで繋がっている?

 雛はとぼけた顔で周りをキョロキョロ。

 ヘモジの里のように、この場所もこれからなんども訪れる場所になるのだろうか。去っていくドレイクを目で追い掛けながらしみじみ思う。

「参加しちゃ、駄目?」

「絶対駄目!」


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