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クーの迷宮(地下 49階 精鋭ミノタウロス&四枚羽根ドレイク)四十九層は本日休日

 時間が経過すれば、敵に異常を察知される。今日の攻略は本丸の正門までとなっているので、あとは第三砦を抜くのみであるが、騒動がばれれば、増援もあり得るわけで。

 その辺が一定の縄張りを頑なに守護するタイプの他のフロアと様相が大きく異なる点であり、四十九層たる所以でもあるのだが。子供たちに言わせると「総数が決まってるんだから、全部倒せばいいじゃん」ということらしいが、問題は一斉に来られたら困るという点に他ならない。帰宅も遅れるしな。

 ただ第三砦には炎竜が出ることを考えると、今度こそは漁夫の利を狙えるのではないかと。

 そう言えば、第二砦はなんで崩壊していたんだろうか?

 炎竜が間違って第二砦を襲ったのか? それともドレイクの癪に障ることでもしたのか?

「師匠、お家寄ってくるね」

 カテリーナが恐らく風邪をこじらせているであろう姉たちの元に向かった。押しの弱いカテリーナでは『万能薬』の使用を断ってくるかもしれないので、フィオリーナとニコレッタを同行させた。当然のようにマリーも付いていった。


 そんなわけでお昼の準備の手伝いを男子だけですることになった。

「これはこれで新鮮だな」

「パン、足んないよ」

「保管庫から持ってきて。賞味期限気にしてね。一番手前から持ってくるのよ」

「わかってるって」

「そう言いながら自分の食べたいパンをこっそり選んでくるヴィートであった」

「そんなことしないって!」

「ほら、しゃべってないで手を動かす! 午後も行くんでしょう」

 エントランスでも神樹の周りで昼食が取られていた。飲食や酒盛りは禁止していたはずだが。

「今日は特別です」

 好奇心旺盛な妖精族の子供たちが二階の窓からこちらを覗いていた。

「妖精族だ」

「何か用?」

 逃げていってしまった。

 玄関が開く音がして、カテリーナたちも帰ってきた。

 心なしかカテリーナの顔が明るくなっていた。

「どうやら飲んでくれたみたいだな」


「ギリギリまで希釈しちゃうんだもの、あれじゃ味も何もあったもんじゃないわ」と、ニコレッタ。

「まあ。そもそも薬だからね」と、フィオリーナが擁護する。

「それにしても今日は賑やかね」

「子供たちの遠足だそうよ。ラーラさんが特別に飲食する許可を出したんですよ」

「だからあんなにブンブン飛んでたのか」

「道理で客層が違うと思った」

「飛び方のキレが違うよな」

「蜂の巣ができたのかと思った」

「さあ、こっちも食事にしましょう。みんな席について」

「はーい」

 ラーラたちもちょうど裏口から戻ってきた。

「遠足かぁ……」

 ヴィートが窓の向こうを見遣る。

「いい思い出になるといいなぁ」

 ぼそっと呟いた。

 らしくない少年に生暖かい視線が集中した。

「な、なんだよ!」

「手元のジャムをスプーン一杯分」

「好きでしょう、あの子たち。甘い物」

 ニコレッタとフィオリーナがにやり。

「差し入れを許可する」

 ラーラがヴィートの頭をくしゃくしゃに撫でながら通り過ぎた。

「ハムも一枚、持っていってあげようよ」

「一枚じゃ、足んないよ」

 ニコロとミケーレも立ち上がった。

 そしてたったスプーン一杯分のフラーゴラのジャムと二切れのハムを小皿に載せ、神樹の根元に届けに走るのだった。



 さて、攻略再開である。

「増援、いる?」

「現在、確認中……」

 僕たちは退場したポイントに戻ってきた。

 子供たちは山の稜線から後方を振り返り、第二砦に増援が来ているか確認していた。

「増えた形跡ないよ。どうなってんの?」

 送った伝令が戻らなければ、訝しがって次を送ってくると思うのだが。

「見捨てられたのかな?」

 僕たちは首を傾げながら本命の第三砦へと向かった。

「何かいる!」

 岩陰に身を寄せ、警戒をする。

 だが、そこにあったのはオブジェクトと化した炎竜の骸だった。

「予定通り、この先で戦闘が起きたみたいだな」

 羽をダラリと斜面に投じた大きな骸が山道を塞いでしまっていた。

「炎竜の方が負けるとは思ってなかったな」

 骸を乗り越えた先に第三砦が見えた。

「どうだ? ちゃんと崩壊してるか?」

 それは期待通り、壮絶極まりない様相だった。

 隣接する浮島がバラバラに砕け、浮力のある塊は風船のように浮き上がり、重くなったものは振り子のように垂れ下がっていた。それらを太い鎖が絡み合いながら必死で引き止めているのだった。

 そして、その横には体当たりでも食らったのか、壁一面が完全崩落した砦があった。

「全滅してる……」

 オリエッタが言った。

「てことは――」

「放棄した」

「今日、僕たち、何もしてないよ」

「どうなってんの」

「四十九層じゃないみたい」

「一階より簡単だよね」

 それは気のせい。

「宝箱探して、移動するよ」

「はーい」

「こら、ちびっ子! 結界緩めるんじゃない! 罠があったらどうするの」

「ふぁーい」


 宝箱が二個発見された。

 中身は前回同様であった。

「またなの?」

「なんか今日はハズレの日みたい」

「いや、むしろ当たりじゃね?」

 確かに攻略目的ならほぼ無傷でここまで来られていることは僥倖と言えよう。

「こっちまで遠足気分になっちゃうよね」

「これで寒くなきゃな」

「ナナーナ」

「昨日、雪降ったの?」

「ナーナ」

「降った」

「うへー」



 ただ口をぽかーんと開けて、空を見上げる。

 雲海に浮かぶ巨大な浮島とそれを取り巻く小群島。

 圧倒的なスペクタクル。それに引き換え、あまりにも適当過ぎる正面ゲート。

「ハリボテみたい」

「押せば倒れるんじゃないの?」

「オルトロス一体、来るよ」

 先日の作戦を踏襲することなく殲滅する。

 数は力だな。

 それにしたって今日のわんこは一体か? 子供たちが言うようにサービスデーか?

「焦げ臭い?」

 オリエッタが濡れた鼻をヒクつかせる。

 言われて見れば……

 食事の用意じゃないな。木材の焼ける匂いだ。

「ここも襲われたのかな?」


 先日と同様のルートから潜入する。

 そして気付かれぬまま回廊を駆け上がった。

 先日、罠を仕掛けた踊り場に到着。子供たちを先に行かせて、本日も罠を仕掛けていく。

「なるほど」

 感心してないで、先に行け。


「あ」

 次の門が…… ない。

 浮島ごと完全消滅していた。回廊もぶつ切りに。

「詰め所、なくなってる?」

 子供たちが地図を確認する。

 攻略不可能か!

 調子よく進み過ぎてはいたが…… こんな所に落とし穴が。

 転移できないことはないが…… 記憶しているポイントはかなり先の本丸手前である。

「ちょっと待ってろ」

 跳んで、移動できる場所を探す。

 なんでこんなにボロボロなんだ?

 炎竜が先の砦で果てていたことを考えると、やはりドレイクが犯人か? 子供をさらわれて怒ったとか?

 僕は壊れた回廊に一番近く、上層まで繋がっていると思われる浮島を見付けて着地した。

 こちらも見張り台は倒壊、死体がゴロゴロ転がっていた。オブジェと化してるところを見ると、他の冒険者の仕業ではないことは自明であった。

 取り敢えず、安全は確保した。

 ゲートを開いて、みんなを招く。

 ヘモジを先頭に、ブツブツ言いながら子供たちがワラワラと現われた。

 そして周りをキョロキョロ。

「みんな死んでる?」

「師匠がやっちゃったの?」

「いいや、死んでた」

 子供たちももう呆れて何も言わない。

 地図を広げて現在位置を確認する。

「吊り橋だ」

「またなの?」

「今日のノルマは達成してるから、帰っても構わないぞ」

 ほっぺたを膨らませて抗議されるマリー。

「今日はまだ何もしてないもん」

 巨人を何体も倒してるだろうに。一般庶民が聞いたら泣くぞ。

 対岸に反応が若干残っているが、先日の比ではない。

 が、しかし一度に相手するには多過ぎた。

 特に橋の上で戦闘になることは避けなければならない。橋を揺らされたら、戦闘どころではなくなってしまうから。


 こちらも櫓の類いは破壊されていて警戒が薄くなっていた。

 門扉が破壊されているせいで、却って見晴らしがよくなっていたので、接近には注意を要した。

「右の二体からやるぞ」

 子供たちが一斉に右に展開する。

 僕は左に位置して万が一に備えた。

 先制攻撃で一体を倒すと、二体目も難なく排除することに成功した。

「弱っちくなってる」

 見るからに疲弊していた。

 左から反応。四体やってくるぞ。

「左から来るよ! 急いで」

 子供たちは物陰に隠れた。

 そして攻撃の機会を窺う。

 作戦ではまず落とし穴を設定することになっていた。

 が、ミノタウロスは巨体である。人を落とすほど容易いことではない。

 問題は規模ではなくタイミングであった。その規模故に展開したときには相手は何処、という事態になる可能性が多分にあるからである。穴掘り名人の子供たちでさえ、タイミングは慎重に選ばなければならない。

 数歩先、数十歩先…… 全員を落とすのか、数人でよしとするのか。腰程度まで落とせばいいのか、全身、頭の先まで埋めるのか。

 埋めたのは首までだった。

 無警戒だった敵は狭い穴の中で武器を振り上げることもできなくなった。

 子供たちは悪魔的な笑みを浮かべて、穴から出ている頭を狙うのだった。


 魔石を回収する前に子供たちは『万能薬』を舐めて、ほっと一息。悪魔から一転、天使の微笑を浮かべた。

 この浮島にもう敵はいない。

「いろんな意味で不安になるな」



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