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クーの迷宮(地下 49階 精鋭ミノタウロス)好敵手と消化不良

 王は素手に魔力を込めてヘモジの初撃を押さえ込んだ。

 が、ヘモジの本気は片手では押さえ切れなかった。

 雷に焼かれ、一瞬麻痺して硬直したところを強引に打ち砕かれた。

 それでも王は痛みをこらえてもう片手でヘモジを殴りにいった。

 近距離で何倍も強力な『魔弾』を食らうようなものだ。

 掻い潜って、距離を空けるヘモジ。

 いつにない真剣な眼差し。

「互角?」

「片腕をもぎ取っても、ワンパン食らったら終わりそうだな」

 今の空振りも普通の相手ならそれだけで昇天しているレベルだ。僕の減衰した魔力がそれを証明している。

「ありゃ、ドラゴンでも打ち抜けるな」

 お互い動かなくなった。完全な膠着状態。

「こっちが先に参っちゃいそう」

 オリエッタが尻尾を丸める。

 それでもヘモジは楽しそうにしていた。

「アレ邪魔だな」

 城のなかには側近がまだ残っていた。

 相応に強い相手だが…… 邪魔をされては困る。

 排除しようかとも思ったが、どうやらあちらも「手を出すな」と言われているのか、戦いに介入する様子はなかった。

 援護のおかげで勝利できたとしても、力がすべてのミノタウロスの世界において、結局そこであの王は見下されて終わってしまうからだろう。

 強さとは個としてのものだけではないのだが。牛頭の世界では人柄や戦術に特化していてもあまり評価されないのだろう。城壁の容赦ない破壊っぷりから見てそう感じた。とても人望が集まる風ではなかったからな。

 王の片手が緩やかに回復していく。

「魔石の回収は諦めた方がよさそうだ」

「回復能力があるなんて異常体質」

 ミノタウロスのなかでも稀有な存在であることは見ればわかるが。ドラゴンかよと言いたくなる。

「ほんとに動かなくなったな」

 お互い一撃の重さを理解したからだろう。体格は雲泥の差だが。

 先にじれたのは側近の一体だった。見るからに魔法使いタイプ。こっそり気付かれないように何かやりそうな雰囲気だった。当然、僕が事前に対応するが。

 それに動揺したのはヘモジではなく、王の方だった。

 邪魔はさせんとばかりに、焦って状況を動かしたのだ。

「部下の無言の煽りが王を焦らせたか」

「人望、大事」

 電光石火の一撃が、文字通り稲妻を身に纏って王の頭部を直撃した。

 強烈な一撃。

 骨の砕ける音が耳にこびりつく。

 静寂のなかで巨体が床に沈んだ。

「勝った」

 オリエッタが唾を飲み込んだ。

「あんな物理移動、有り得ないだろ。銃弾かよ」

 肩の力が一気に抜けた。

 が、ヘモジの怒りはむしろ頂点に達していた。

 勝負に泥を塗った側近を睨み付け、姿を消した。そして次の瞬間、側近は上半身を丸ごと吹き飛ばされていた。

 もう一体の側近は血飛沫を浴びたまま恐怖で棒立ち。

「ナーナ……」

 ヘモジが「消えろ」と言うと、意味がわかったのか、一目散に逃げ出した。

 思わず僕も舌打ちした。

 不完全燃焼だ。

 それが信頼なき力による支配のジレンマだとわかっていても。

 ほんの少しの停滞さえ許容できなかった信頼関係というものに僕たちは唾を吐いた。

「魔力の無駄遣いだったな……」

「ナーナ……」


 大量の骸が魔石になるのを待って、僕たちは本日の探索を終えた。

 マップも記さなかった。やる気が失せたので。

「後日、改めて」

 子供たちが一日でここまで来ることはないし、ガーディアンを使うのもよした方がいいだろうという結論に達した。

『光弾』の砲台の位置と、敵ボスの力が垣間見られただけでよしとすべきだろう。

「ナナーナ」

「そうだな」

 次からは側近から潰していくことにしよう。

 ヘモジが何もしなくなって、リュックに座って脚をプラプラさせるだけになった。

 落とし所のなくなった闘志を静めるのに苦慮しているようだ。

 漫然と見開いた瞳の奥にゆっくりと興奮を収めていく。

 オリエッタと目が合い、苦笑いする。

 まあ、可愛いからよしってことで。

 魔力の収束弾をあれだけ撃ちまくって、片腕もほぼ回復させたにもかかわらず、王の成れの果てが魔石(特大)だったことは記憶にとどめておこう。

「そう言えばあの王様の正しい呼称は?」

「『キング・ミノタウロス三世』……」

「マジ?」

「恥ずかしくない? 世襲にする名前だと思えないんだけど」

 ヘモジが目を丸くした。

「プッ」

 ゲラゲラ笑い出した。

「ナナーナ」

「三世だって、ダサ過ぎる」と腹を抱えた。

 生死を賭けて戦った強敵があまりに世俗的だったものだから、我が相棒はあきれ返って我に返ったのだった。


「結局、今日も稼げてしまったな」

「出口どこ?」

 壊れていないどこかだな。

 周囲はほぼほぼ壊滅している。残っているのは僕たちの立っている足場と居城だけだ。

 僕たちの足場は僕が強化していたせいもあるので、恐らく出口はあの中だ。

「橋はすべて落としたはずなのに、敗残兵たちはどこに行った?」

 城が載っかっている浮島には僕たちの反応しか残っていない。

 何もかもがミノタウロスサイズだと探索の楽しみもあまりない。

 王の間ではないことはすでに確認済み。

 そう言えば、あの側近、あっちに行ったよな。

 僕たちは王の間の裏手に回った。舞台袖は大概、地味なものだが、然もありなん。そもそも飾りっ気のないミノタウロスのこと、実用一辺倒。巨大な武具が壁に掛かっているだけだった。が、一角だけ、不自然に何も架かっていない壁があった。

「わかり易ッ」

 オリエッタが思わず吐き捨てる。

「ナナナ」

 押せと言うので押してみた。

「!」

 すると壁は半回転して隙間ができた。

「……」

 見慣れた階段ではなかった。

「なんだろうね」

 誘われるように降りていくと、そこにあったものは。

「日の当たる場所に作れよ」と思わず言いたくなるような咲き乱れた庭園だった。

 寒いこんな山の上では育ちそうにない植物たちが、風の通らない縦穴に咲き誇っていた。

 ミノタウロスが育てたにしては……

 ヘモジが地面に飛び降りて、物色し始めた。

「あの王様の趣味とか言わないよな」

 場所が場所だけに意味もなくある物とも思えないが。

「ナーナ」

 ヘモジが何か見付けたようだ。

「あ、この感じ」

 オリエッタが一瞬口籠もった。

「何?」

「クエストの予感」

 まさか。

 予兆はドラゴンの卵の形をして現われた。

「今日はもう時間なんだけどな」

「持ち帰る?」

「……」

 悩む。

 明日は子供たちの引率があるので、かかずらっていられない。

「あ」

『追憶』に放り込んでおけば、もしかして。

「…… 大丈夫かな?」

「駄目でもクエスト失敗するだけ」

 ギミックの類いならそもそも持ち出した時点で消失する。『追憶』がどう判定されるかはやってみなければわからないが。

「持って動けないもんな」

 リュックよりでかい卵なんて持ち運んでいられない。

 まだ出口を探さなければならないので、ひとまず回収。

「! できない」

「あらま」

「ナナ」

 もう置いていくしかあるまい。

 でも僕たちの足は動かなかった。

「育てるミノタウロスはもういないんだよね」

 そりゃ、そうなんだけど。

「夜になればリセットされるものだから……」

 同情する必要などないのだが。合理的な判断をしたいところなのだが…… 僕たちはこの手のことには基本甘々だ。

「やれるだけのことはしてやろう」

 その言葉が合図になったのかはわからない。が、ピキッと卵にヒビが入った。

「あ」

「ナ」

 内側から叩く音がする。

「ええーっ。今、孵るの! 孵っちゃうの?」

「どうする? どうする?」

「ナナナナナ!」

「手伝っちゃ駄目なんだよね。こういう時は手伝っちゃ駄目なんだよね」

「自分の力で殻を破らないといけないってよく言うけど、卵から生まれた人なんていないよな?」

「ナナナナ?」

「手伝う?」

 うーん。なんでこんなことで悩まなければならないんだ。と、悩む。

 ポリポリ。穴が徐々に広がっていく。

 ピー、ピーと鳴きながら、まるでひよこのようだ。


 無理やり狭い穴から抜け出そうともがいていた。

 馬鹿みたいと言うのは容易いが、生まれて最初の障害だ。

「ナーナ」

 ヘモジがミョルニルの柄頭で殻にひびを入れ始めた。

「ナナーナ」

「これくらいの手伝いは反則にならない?」 まあ、判断しようがないんだけどな。

 ヘモジのおかげもあって、強引に抜け出そうとする雛の行動が殻を引き裂いた。

「ピヨピヨピヨ」

「あ。ドラゴンにも刷り込みってあるんじゃなかったか? 最初に見た者を親だと思い込む」

 ヘモジもオリエッタも一斉に身を雛の死角に隠した。

「ちょっと」

 あ。目が合っちゃった……


 その瞬間、目の前の雛が光って消えた。

「こ、これは!」

「召喚カードだッ!」

 ヘモジもオリエッタも目を丸くした。

「も、もしかしてドラゴン、召喚獣にできちゃったりして?」

「ナナナ」

 ヘモジが僕の手のひらからカードを奪った。

「あ、ズルい!」

 オリエッタがカードを奪い返そうとする。

「ふたりともドラゴンに魔力供給できるのか?」

 ヘモジがむくれながら、カードを渋々僕の手に返してきた。

 オリエッタも早々に断念して、傍観者に。

「…… これ、何か違わないか?」

 カードにはレベル表記も何もなかったのだった。個体名も付けられない。

「……」

「ナナ?」

「召喚できないんですけど」

「は?」

「ナナ?」

 今は考えても埒が明かない。それより出口だ。予定を明らかにオーバーしていた。

 先日、夫人に門限破りを謝罪したばかりである。急いで撤収しなければ。

 僕はカードをイベントアイテムと割り切って胸ポケットに収めた。

 リュックに収めるのはなんだか気が引けて、身に付けておいた方がよいと感じたのだ。こういう時の感覚は無視してはいけない。もしこれが召喚カードだったとしたらだが。

 かといってヘモジのカードと一緒にするには得体が知れなかったので、同じ場所には収めなかった。


「出口、あった」

 すぐそばに見慣れた階段があった。

「次回、逆走して卵を回収できたかも知れないな」

「次回まであればね」

「そうか、消えてしまうこともあり得るのか」

「ナナーナ」

 確かに、復活した三世にも気付かれるか。

「ようし、撤収だ」

「なんか何もかも中途半端だったな」

「ナナーナ!」

 ほんと、モヤモヤが残る結末となった。



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