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クーの迷宮(地下 49階 精鋭ミノタウロス)登城、こっそりやりたい放題

 まずは目の前のミノタウロスサイズのでかい門を突破する。

 扉を開けずとも両サイドの壁は断崖絶壁の所で切れているので、横手から回り込めれば楽勝だ。人間サイズの隙間なんて彼らにとってはないも同じ。壁の根元にできたわずかな段差だけでも、鼠の通り道には充分であった。

「駄犬だ」

 オリエッタが目を見張った。

 ミノタウロスのペットと化している双頭のわんこ。オルトロス。

「ここのわんこは元気そうだな」

 どれも毛並みがいい。

「いきなり騒がれたくないな」

 戻らなかったら主人が早々に訝しがるだろう。

「どうするか」

「ナーナ」

「いい手がある?」


 僕たちはこっそり近付く。

 二体のオルトロスは違和感を感じとり、飼い主の傍らより離れた。

 そしてこちらに近付いてくる。

「優秀、優秀」

「はーい、もう少しこっちに来て頂戴」

 僕たちは、飼い主たちが降りてはいけないような斜面を背にした。

「いらっしゃい」

 飼い犬の目から魔物の目に変わった瞬間、僕たちは後ろに跳んで転移した。

 わんこたちは物の見事に崖下に落ちていった。

「登っては来られまい」

 普段なら斜面の足掛かりを利用すれば戻ってこられるだろうが、残念、足掛かりになりそうな物は綺麗に撤去しておいた。

 僕たちはダイブした場所に戻ってきて、崖下を見下ろした。

 オルトロスはグルグル同じ場所を回りながら狂ったように吠えている。

 飼い主たちが異常に気付いて重い腰を上げた。

 これでしばらく時間が稼げる。

 わんこの言葉はミノタウロスには通じない。「ここから助けて」と「敵がいる」は同じく「わん」でしかない。

 オリエッタがリュックから垂らした尻尾をわざとらしく振って挑発する。

 涎をまき散らしながら叫ぶオルトロス。

「ナーナ」

 確かに悪趣味だ。

 僕たちは先を行く、駆けてくる門番たちを横目に見ながら。


 ミノタウロスサイズのでかい回廊を上ると最初の浮島が見えてきた。

 それはちょっとした踊り場に過ぎなかった。回廊が一服するためだけの小さな欠片である。

 その先にもまだまだ屋根の掛かった回廊が伸びている。

「おっと」

 上から二体、降りてくる。

 交代要員か? 巡回か? オルトロスの声が届いたか?

 擦れ違おうにも道幅がない。間口を敢えて狭めているのは防衛のためだろうが。

 僕たちは一旦引き下がり、踊り場にて回廊の手摺りを乗り越え、身を隠した。


「よし行こう」

 僕たちは足元の浮島の鎖に切れ目を入れておいた。僕たちの体重なら持ち堪えるだろうが、ミノタウロスはどうかな。

「しばらく下にいたまえ」

 擦れ違う巨人たちの背にささやき掛けた。

「ナーナ」

「挟撃されたら嫌だろう?」

 僕たちは先を行く。


 回廊の先にあったのは、バンガロー風の兵士詰め所だった。ただここには詰め所だけでなく、煮炊きする場所や明後日を見張る見張り台など、駐屯に足る施設があった。

「空飛ぶ蜥蜴対策だな」

『光弾』の砲台は見当たらなかったが、代わりにすっかり見慣れたバリスタが数基並んでいた。

 あんな物をこちらに撃ち込まれてはたまらないので、弦の縄に切れ目を入れておいた。


「およそ十体が駐屯。バリスタは三基。回廊方向を向いている物はなしと……」

 物陰に隠れて、お手製のメモに記録する。

「そう言えば、ここの地図はドロップするのかね」

「エルーダは出なかった」

「お帰り」

「中は寝床だけ」

「ナナーナ」

 詰め所の中では夜勤組が寝ていたらしいが、見逃してきたらしい。

「了解」

 かと言って、用心を怠るわけにはいかない。

 次の島へと続く回廊の床を薄くしておいた。

 頃合いが来たら島同士の歪みで壊れるか、誰かが落ちて騒ぎになるだろう。

「いい陽動になる」

 また擦れ違うことになると面倒なので一気に駆け上がった。

 そして次の場所に至るが、さらに立派な第二の門が待ち構えていた。


 門番はいるが、やはりここの門番も退屈していた。

「オルトロスは?」

「いない」

「ナーナ」

 ここは門と門番だけか。

「ん?」

 何か見られている予感。

 さらに先を見通すとその先の階段を上った先にある櫓から別の見張りが覗き込んでいた。

「二段構えか」

 となると奥の大きな建物が詰め所その二だな。

 厄介だな。

 見張りはアレでも門扉は鉄壁だった。転移障害はないようなので転移してしまえばそれまでだが、明日、攻略するのは子供たちだ。

 中に入るとなると若干の破壊行為が必要になる。やはり門番をやり過ごさなければ。

 ちょうどそのとき騒ぎが起きた。

 上にいた見張りが騒ぎ始めた。

「ああ」

 さっき仕掛けた罠に誰かが引っ掛かって落ちたようだ。

 目の前の門が乱暴に開いた。

 欠伸していた門番がギクリと驚くのを見る。

 上から来た兵士たちがゾロゾロと回廊を下っていった。

「いいタイミングだったな」

 下に向かった兵士の数は六体ほど。上にもまだ同数程度が残っていた。

 僕たちは隙間を抜ける。

 騒ぎのおかげで誰もこちらを警戒しない。

 先に述べた櫓以外に目に付く物は何もなかった。あくまで手前の門を守るのが仕事のようだ。

 僕は間取りを記入する。が、さらに騒ぎが大きくなった。

 なんと、最初に仕掛けた罠も発動したのだ。

 騒ぎが気になって上がってきた兵士が鎖の切れた踊り場から転落したようだ。

「派手になってきたな」

 と言いつつ、同じ仕掛けを次の回廊にも仕掛ける気満々であった。

 第二詰め所の規模も間取りも変わらなかったので記入は楽だった。

 櫓の存在が厄介に思えたが、前しか見ていないので潜入してしまうとそうでもなかった。

 僕たちは着々と上層を目指すも、次に向かう先の通路が見当たらない。

「あった」

 島の端から下を望むと、それは足元から通じていた。

 島の中腹から若干長めの橋が次の島の中腹まで架かっていた。

「こりゃ見付かるな」

 吊り橋を渡れば、橋ごと揺れる。暢気な見張りでも見逃すことはあるまい。

 ここで選択。櫓を落としておきますか?

 倒してしまうと、骸を見付けられたとき潜入が決定的になるので、そのままにしておくことにする。


「下に降りるルートを探そう」

 丹念に地面を探ると足跡が木立の中に消えていくのが見て取れた。

 足跡を追跡するとそこに金属の扉を発見した。

 扉は半開き。施錠を怠り開け放たれていた。

「楽しちゃ、駄目」

「ナーナ」

 ふたりは説教を垂れながら中に飛び込んでいった。

 反応はなし。

「あ」

 対岸に見張りがいた。

 この状況はよろしくない。

「真っ正面から見られてるし」

 何か陽動するか、それとも排除するか。他の反応を念入りに探る。

 対岸にのそりのそりと移動する影あり。

「はぁー」

 わんこ、発見。

「駄目だ、こりゃ」

 どう繕っても騒ぎになりそうだった。即行で口を封じていくしかあるまい。

 後ろもこの際…… いや、吊り橋はいつでも落とせる。

 意を決して橋を渡る。と言うより転移して対岸の櫓の上に。

 ヘモジを残して、僕は隣りの櫓へ。

 目の前にいる見張りの首を刎ねると同時にヘモジの前にもう一個の別の櫓へと続くゲートを開く。

 同時に展開できないか試したことがなかったので、ここは無理せずヘモジが飛んでから僕も。

 四隅の見張り台を黙らせると、吠え始めた駄犬を黙らせなければ。と思ったが、吠える様子がない。

 オリエッタだ。

 口を一文字にしているところを見ると、強引に割り込んでいるようだ。

「もう駄目」

 音を上げたちょうどそのとき、先に用事を終えたヘモジがダイブしてほぼ二体を瞬殺した。さらに一体がヘモジを見付けて突進。

 が、そいつは吠えるより先に頭を氷塊に包んだまま奈落に転がり落ちた。

 異常を察した兵士が詰め所から出て来ようとしていた。

「やばい」

 死んでいる駄犬は隠しようがない。

 島を傾けるには大き過ぎるし。それをやったら侵入者がここにいると他の島々に喧伝するようなものだ。

 ここは地道に殲滅するしかない。

 中央突破はヘモジに任せて、他の島へ知らせが行かないように集団を離れる者を、僕は優先して排除する。

「数が多い」

 が、ほぼほぼ詰め所の中にいたので、対応は楽だった。

 みな夜勤でもしていたのだろうか?

 そのとき火の手が上がった。

 敵のなかにも知恵が回る奴はいるようで。

 もはや後がないと悟った敵兵は煮炊きしていた竈の火で詰め所に火を放ったのだった。

「あーあ」

 オリエッタが溜め息をつく。

 急いで消火したが間に合ったか?

「ナナーナ」

 ヘモジが遠くを望む。

 黒い煙がわずかに立ち昇ったが、山岳特有の強い風に希釈され、遠くからでは見分けは付かないと思いたい。

「ナナナ」

 幸い、こちらを凝視している者はいなかったようで、動きはなさそうであった。

「危ない、危ない」

 せっかくなので魔石を回収していくことに。

 居城を浮かべる巨大な浮島の陰に隠れていたせいもあってか、助かった。日陰は寒いけどな。

「こっちまでお腹減ってきた」

「あれを見て食欲が湧くのか?」

 ミノタウロスの煮込み料理はとてもおいしそうには見えなかったが。

「うんにゃ、夢に見そう」

 鹿の頭丸ごと放り込んであった。

「鹿の角って出汁、出るのか?」

 吊り橋の手前の島に出払っていた一団がのっそのっそと戻ってきた。

「警戒している様子はないな」

 どうやら案件は事故として処理されたようだ。

 が、報告のためか、一体がそのまま吊り橋を渡ってくる。

「まずいな」

 櫓の見張りは絶命して今はもう魔石と化している。声を掛けても返答はない。

 ミノタウロスの言葉は話せないし。

「門を開けておいて、入ってきたところを仕留めるか」

「ナーナ」

 僕は大急ぎで手前の門に掛かっている閂を切り落とした。その瓦礫をヘモジとふたりで急いで片付け、物陰に隠れた。

 押せば開くので、返事がなくても入って来てくれれば……

 ミシミシと悲鳴を上げる吊り橋。ウゴウゴと野太い声で番兵に話し掛ける声。

 しばしの沈黙……

 扉の向こう側で独り言が聞こえる。

 どうやら「ここの見張りはたるんでる」とかなんとか、不平を述べている模様。

 ギィ……

 扉がゆっくり開いていく。

「ナーナー……」

 背後にこっそり忍び寄る小さな影。

 踏み込んだら最後、生きては帰れません……

 門は音もなく静かに閉じられた。



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