クーの迷宮(地下48階 ソウル戦)思い思われ
「もはや恐るるに足らず」
「持ってたのただの短剣だったよ」
「付与付いてなーい」
「無駄な努力だったな」
「なんでだー」
「近付かれる前にスキルで判別しないと」
「オリエッタちゃん様々だね」
「俺もう『解析』魔法の鬼になる」
「情報読み取ってる間に――」
「結界張ること忘れて――」
「殴られる」
「やなこと言うなよ」
「まず結界優先でよろしく」
「でも同時には難しいよね」
『解析』魔法は情報を読み取る行為それ自体、集中力を要するものなので、どうしてもそれ以外のことはおざなりになりがちだ。
結界は特にその持続が重要になるので、同時使用は相性があまりよろしくないのであった。
「敵、来たよ」
「!」
飛んできた!
投げ槍が結界に弾かれ、宙に舞った。
「武器を複数持つのが普通になってきたな」
余所見した一瞬の隙に近付かれた。
結界が二本目の槍を正面から受け止め、砕け散った。
そして蹴りも入って、更に一枚が。
でも、そこまでだった。
強烈な突風を浴びたかと思うと、敵は糸が切れた人形のように崩れ去ったのである。
「二枚持ってかれたー」
「まあ、こんなもんでしょう」
「ナナーナ」
「順調、順調」
休憩はまた空き部屋を一室確保した。出入口を塞ぎ完全防御。
そして菓子を貪る。
名前はわからないが、砂糖をまぶしたパイ生地サクサクの一品だった。
「裏通りにできたんだよ。新しいお菓子屋さんが」
「へー」
「いろんなの置いてあるんだよ」
「全部制覇する予定なの」
サクサク、ボリボリ。
「おいしい」
モシャモシャ。口の中が乾燥して食べにくそうにしているオリエッタだったが、やめられない止まらない。
ヘモジも食べ切り、渇いた口の中にジュースを流し込んで満足する。
子供たちは各々張り詰めた緊張を解きほぐして、前半残りを消化する備えを始める。
「次どっち?」
「えーと、ここを左に曲がって」
「また暗黒地帯?」
「これ隠し通路じゃない?」
僕が情報を追加した地図を使っているんだから、隠し通路も隠し通路とはもはや呼べない。
「この辺、密集しててヤバくない?」
「師匠、これ、どうすんの?」
「ああ、そこか。扉に印してあるだろう。一方通行が多いから、心配しなくて大丈夫だ。左端の部屋から隠し通路に入って突き当たりまで一直線だ。今日も同じとは限らないけどな」
「他の部屋と繋がってないんだ」
「ふーん」
「面倒臭いのここだけだね」
「最悪を想定して行きましょう」
「じゃあ、手前の部屋から釣る感じで」
「狭いから、焦らず行こう」
子供たちは頷き合った。
正午まで淡々と狩りが続いた。
懸念していたポイントも前日と同じ仕組みのままで、案じたほどではなかった。
回収品のドロップアイテムも連日通り。いつも通りのカオスが予想される。
意気揚々と帰還する子供たち。報告云々はもう忘れている。
帰宅したら、ワタツミ様が大伯母と酒盛りしていた。
手土産もあって、お昼は豪華海鮮祭りになった。
子供たちの集中力は限りなくゼロに。
「探索中止しようか?」
「行く!」
決意は揺るがなかった。
が、出発は遅れた。
全員でワタツミ様を見送ったのだ。
くれぐれも言っておくが、飲んだら泳ぐな。泳ぐなら飲むな。
「巻き返すぞー」
巻き返す必要はなかった。昨日の自分と違って、敵の個としての力が増しても、子供たちの結界を突破できない限り、数の暴力はいつも通り圧倒したのであった。
しかもワタツミ様効果で子供たちはやる気満々。会えたことが却っていい気分転換になったようだった。
まあ『闇の信徒』が出てくるわけでなし。
「やば、見付かった! 撤収ーッ」
釣りに行ったニコロが手を振りながら戻ってくる。
「いっぱい来たー」
ソウルの団体が追い掛けてきた。
「あんなにいたか?」
「ナナーナ!」
どうやらいたらしい。
この辺りはヘモジに任せていたから、自分も結果しか見ていなかった。
子供たちは土の壁で侵攻を遅らせつつ、結界を展開して準備を整えた。
「順番にやるぞ」
土壁を一体通れる分だけ崩し始めた。
が、敵は子供たちの計略に乗ることなく、土壁を互いの肩を足場にして乗り越えてきた。
「!」
「ヤバいよ!」
やばいね。
「確かにヤバい」
オリエッタも頷く。
「ナナーナ」
子供たちは壁をより高くした。
さすがに越えてきた者はしょうがない。とは言え『衝撃波』を広角モードにして放てば問題解決。二連射を以て、黙らせることに成功した。
以降、順番に入ってくる敵をコンスタントに、安全に処理したのであった。
「あれだな。さすが土職人と言ったところだな」
普通の魔法使いだとこうはいかない。四十八層の手練れ相手にただの土の壁では数発で破壊されてしまうだろう。
もはやその当たり前の動き一つ一つがもう名人級なのであった。
「…… 終った?」
突破してくる敵がいなくなった。
「ナナーナ」
瓦礫の上を越えていくヘモジ。
「回収だ」
『解析』魔法が飛び交った。場が乱れるからと言ってるのに全員でスキル上げである。
こうなると僕もやりたくなってしまうのだが、鑑定はオリエッタに任せて周囲を警戒する。
「レア装備、出なかったね」
「ミスリル装備ってだけで充分レアなんですけど」
「マリーの常識が……」
「ミスリルでいい付与が付いてたのは二、三点だけね」
「それをまた一緒くたに転送するのであった」
「倉庫に送ったら、それでもう安心して、後はどうでもよくなる気分」
「わかるー」
「宝箱あった?」
「ナナーナ」
「罠、見付けたって」
固定罠だな。記録する。
「敵、発見したよ。みんな静かに」
「数は一」
「みんな、魔力チェック」
「大丈夫」
「大丈夫」
「ちょっと舐める」
「僕も」
「いつでもオッケー」
「どんとこーい」
「小声でって言ってるだろう!」
「トーニオの声が一番大きい」
「ほら、気付かれた」
ミケーレの言葉に、トーニオが苦い顔を向ける。
みんな、敵が来るので、笑いたいのを我慢した。
「重戦士タイプ!」
「泥沼に落ち…… 」
沼を回避して突っ込んできた。
「でもそこ罠あるから」
横から突き出してきた槍に大盾が持っていかれた。掴んでいたガントレットと一緒に。体勢を崩す巨体。
「今だ!」
兜が吹き飛び、肩装備が跳ね上がり、もう片腕も飛んでいった。
「しぶとい!」
「本体、どこ!」
「大盾を掴んでるガントレット!」
オリエッタが指摘する。
盾が邪魔してガントレットを視認できない。
首なし腕なし状態の胴体が、突っ込んでくる。
「破壊優先だ!」
本体の破壊は諦め、総合ダメージで黙らせることにするとトーニオが宣言した。
そして言葉通りになった。
「師匠、この本体凄いよ」
回収してきたガントレットは『腕力強化』が半端なかった。
「これで殴られてたら結界三枚は逝ったね」
大袈裟な。でもいい品だ。このままでも喜ぶ客はいるだろう。が、例の金床に放り込むか。
「リュックに入れるから貰えるか」
「……」
「帰りに例の金床に入れてくる」
「もっと凄くなる?」
「それはまだ」
「ふーん……」
帰りに一緒に寄りたい気分になってるのかもしれない。
「見てきたきゃ見てきてもいいんだぞ」
トーニオが気を利かせて年少組に言った。
子供たちは腕組みして眉間に皺を寄せた。
「が、我慢する」
決心は瓦解しなかった。
フィオリーナやニコレッタはあまりの真剣さにクスクス笑った。
「あと二日の辛抱よ」
通学を含め後二日だ。それまでには仕組みも判明していることだろう。
気分を新たに次に進む。
「二体だ」
しかも長い通路に弓兵が。
一方的に結界が減らされていく。
子供たちは補充を繰り返しながら、こちらの攻撃が届く位置まで前進、土壁を造った。
「やりづらいな」
「右手からいくぞ」
トーニオの号令に子供たちは頷いた。
そして右の一体を仕留め、左の一体も。
破壊された結界は十枚を超えたが、平均すれば一人一枚程度の損失なので誰も気に留めなかった。
トーニオの判断も早かったし、対応も早かった。感心感心。
特筆すべき事態はもはや起こることはなかった。子供たちはソウル戦を理解し、できうる限りの対応を持って対処した。
イレギュラーにはまだ脆い面もあるが、自分たちの弱点は理解しているようだし。付き添いとしてはどっしり構えるだけである。
その慢心がよくなかった。
「宝箱あったよ」
「罠ある!」
「ナナーナ!」
気を抜いた瞬間、罠が発動した。通路を紫色の雲が覆い隠した。
「毒!」
宝箱を漁りに行った子供たちが駆け足で戻ってくる。
が、ヘモジが倒れた。
ニコロを庇って毒液の直撃を浴びたのだ。
ここは介入するしかない。
僕は『聖なる光』の最大強化版に毒霧消滅の願いを込めて、辺り一帯を一瞬で浄化した。
子供たちは涙を浮かべながらヘモジに駆け寄り、浄化魔法を繰り返し連呼した。
「ナナーナ」
もうとっくに回復している。
抱き付く子供たちの背中を安心させるように撫でるヘモジ。
ニコロは「ごめんね」を連発した。
そのためのヘモジなんだが…… ここまで思われているとわかれば、かばい甲斐もあったというものだ。
「ナナーナ、ナーナ」
ヘモジは回復薬を飲んで元気をアピールした。
大丈夫と小さい身体で子供たちを抱きしめる。
もうしばらくやさしい光景を眺めていてもよかったのだが、僕とオリエッタは歩を進めた。
「ミミックだ……」
「死んでる」
「猛毒だったみたい……」
「体力馬鹿じゃなかったら危なかったな」
勿論、全員の装備に耐性はマストであったから、影響はなかっただろう。万が一があっても『身代わり人形』が代わってくれただろうし。
でも『ウツボカズラン』の毒のように弱毒ではないので、装備品などに染みこんだものが二次被害を起こすことも想定しなければならない。
何はなくとも迷宮から帰ったら、浄化を施すのはそういうことなのだ。
「嫌味かよ」
中の箱から出てきたのは金子と毒耐性の指輪と解毒ポーションだった。
「このポーションじゃ、さっきのは治せなかったよね?」
溜め息しか出ない。
子供たちは気を引き締めた。
そして「もう絶対ヘモジちゃんを傷付けさせない!」と心のなかで固く誓うのだった。
「心の声が漏れてるわよ、マリー」
「……」
後半、最後の最後に子供たちに火が付いた。
猛烈な勢いで前進する。
軍隊じゃないんだから、もっと気を抜いてもいいんだぞ。と思いつつも、汗に混じったキラキラの笑顔を見るに付け、これもありなのかなと納得させられる。
「愛されてるねぇ」
先頭を行くヘモジもいつにも増して楽しそうであった。




