クーの迷宮(地下48階 ソウル戦)『禁断の金床』
昼だし、僕たちは作業をやめて外に出た。
そして広場にて、すぐに状況を理解したのだった。
広場の一角で三名の被害者の周りに人垣ができていた。
被害者は先の討伐にも参加していたメンバーで四十七階層にて接敵したらしい。
やられたのは後衛ばかりのようだった。
機転の利く奴だったからな。
奴の怖いところはステータスより、洞察力の鋭さにある。対峙した一瞬で、敵の弱点を捉える認識力。
いかなるパーティーも個々の集まりである以上、自ずと強い部分と弱い部分ができてしまう。それを含めての戦略なのだが、奴は編成の歪みを見て、それを一瞬にして理解する。もしかすると『認識』スキル持ちなのではないかと疑いたくなるレベルだった。
自分にとって最も邪魔になる結界を張る後衛職を軒並み葬ったらしい。が、快進撃はそこまで。
周りにいた他のチームが救援に駆け付けたことで形勢逆転。
それで分が悪いと判断した奴は上の階に逃走して、僕たちと遭遇したというわけだ。
「奴相手に即死を免れたのはさすがだけど……」
僕たちは黙って横を擦り抜け、事務所に向かった。
まだ状況を掴み切れていないスタッフに討伐した旨を伝えると、過剰に感謝されてしまった。
さすがに三度目ともなると管理責任を問われかねない。職員もどうしていいのか、困っていたらしい。
迷宮の真の所有者である自分としても、他人事ではないのだが……
取り敢えず、子供たちがいない日でよかったとつくづく……
被害に遭ったチームのお早い復帰を期待するところである。
それにしても、なぜこうも立て続けにやり過ぎ判定を食らうのか。
前回、二度の失態を犯したチームは既に処分が下されていて、今回は関係ない。別のチームがやらかしたということだが。
ギルドとしても頭を抱える問題に発展しそうだった。そもそもこの辺境では討伐隊を組むだけでも一苦労なのだ。
一応、関係者とも言えなくもない僕たちが、二件の討伐を偶然処理したからいいようなものの。今後も頻繁するとなると警戒が必要だ。
ということで、僕たちの討伐がどうだったかについて、改めて根掘り葉掘り追求されることになった。
僕たちと違反したチームの違いは何か。
ヘモジもオリエッタもお腹が空き過ぎて、早々に席を立った。
僕が解放されたときにはもう午後の攻略のために大勢冒険者が広場に列を作っていた。
掲示板には四十六層から四十八層までのエリアを閉鎖した旨の告知が取り下げられ、開放されたという新たな張り紙が張られていた。
ほとんどの冒険者には無関係なエリアだったので、気に止められることはなかった。
「腹減ったぁ」
ヘモジとオリエッタがかいがいしくおさんどんしてくれた。
「早く、早く」
「ナナーナ」
ステーキ肉をどう掻き込めと言うんだ。
早く探索に戻りたがっているだけだった。
「少し休ませてよ」
「ナナーナ」
迷宮の中で休めばいいって、お前ねぇ……
今回の件、ラーラや大伯母の耳にも入れたかったのだが…… 姿は既にない。
「ラーラたちに話したか?」
「リオネッロが捕まった話はした」
「『闇の信徒』の話だぞ」
「…… 多分、した」
「その間はなんだよ」
「忘れた」
お前、天下の猫又だろうに。ハイエルフの記憶媒体が何言ってやがる。
「ハー、食べ終わった」
「じゃあ、行く」
「ちょっと!」
「ナナーナ」
「今日中に神殿見たい」
「ナナーナ」
「人使い荒いんだから」
「じゃあ、休憩してるから。よろしく」
「任せて」
「ナナーナ」
結局、結界は僕が担当し、オリエッタは見晴らしのいい肩の上。
ヘモジは前衛でひたすらトラップを発動させる。
記録もしないといけないし、結局休めない。
「ソウル、来た」
結界の中で戦いなさいよ。と言ってるそばから飛び出していく。
バシン!
敵とヘモジの真ん中で罠が発動して、ふたりともびっくり。
先に我に返ったヘモジが咄嗟に距離を取った。
敵は反射的にヘモジを追い掛け、罠に突っ込んで自爆。傷を負った所で長く伸ばしたミョルニルにとどめを刺された。
「自爆やめてくんないかな」
穴が開いたら商品価値がなくなるんだから。
ヘモジが先を行く。
僕は回収と情報の記載を行なう。
やたらと喉が渇くな。
僕は『万能薬』を飲んで体調を整える。
「温度、上がってきてないか?」
「んー、確かに」
「ナナーナ」
進むほどに気温が上がって行く。
汗を拭うほどではないが、意識して体調を整えないと。
通路が段々広がっていく。
「ミノタウロスが出てきそう」
オリエッタにそう言わしめるほど通路は広くなっていった。
その分、敵に包囲されることが増えて来るが、ヘモジは元気だ。
そして何事もなく、休憩タイム。
ゴクゴクゴクとアイランを流し込むヘモジ。
「満喫してるな」
「ナナーナ」
僕のリュックから野菜スティックを取り出すとかじりだした。
「妙に元気だな」
「『闇の信徒』とやれたからじゃない?」
「それだけか?」
「みんなに褒められた」
「つまり?」
「お調子者」
納得した。でもそろそろ効力が切れる頃だろうな。
目的地に到着したのは本日の切り上げ時、間近であった。
ヘモジはもうただ歩いてるだけの小人だった。
ギルドでの尋問がなかったらもう少し早く到着できたはずだったのに。
「熱いな」
まるでタタラ場だ。
巨大な炎を崇拝するかのように円柱が二列ずつ壁沿いに畏まって並んでいる。イフリートのフロアの地下神殿をコンパクトにしたような感じだったが、美しさでは雲泥の差があった。
「炎の祭壇だな」
中央に上り階段。その先に目的の物らしき影が揺らめいていた。
「なんとかの金床だ」
「『残魂を以て変異せしむ『禁断の金床』が迷宮の奥に眠る。探し出せ。欲深き者よ』」
「そうそう『禁断の金床』だ」
立ち昇る炎の手前に鎮座するそれに僕たちは近付いた。
「うーん」
「どうすりゃいいんだ?」
どこにも説明はない。
石棺が金床の手前に置かれているだけだった。
「ここに置けってことかな?」
「まとめていくつも置いていいのかな?」
「さあ……」
皆、初見なので尋ねた所でわからない。
「あ!」
オリエッタが遠くを見詰めたまま固まった。
「どした? 敵か?」
「『転移ゲート』発見」
「え?」
「ナ?」
これは親切設計か?
「取り敢えず、ものは試しだ」
この時のためにおっちら運んできた『ソウルの置き土産』の付いた部位を全身分と剣と盾をワンセットずつ石棺に納めた。どれも持てる範囲の軽めの物だが、トータルの付与効果は既に既製品を凌駕している。
石棺の蓋を閉じると同時にどこからか吹き込んでくる風の音。
炎が燃え盛り、青白く染まっていく。
ゴーゴーと吹く風音の中で金床を叩く音が聞こえてきた。
僕はふわふわした感覚に没入し、その中でそれぞれの装備に振り分ける新たな付与効果について、誰かに誘導されているかのように思いを巡らせ始めた。
そして全身分の付与を決めたとき、金床が乾いた音を響かせた。
僕は我に返った。
「どうかした?」
「ん、今、頭の中に声が聞こえてきて」
ふたりはきょとんとしていた。
結構長く考えていた気がするが、一瞬の出来事であったようだ。
石棺の蓋はもう開かなくなっていた。
もうここでは何も起らない。
僕たちは立ち上がると明日、出直すことにした。
フロアの出口は付近にはなさそうだった。
先の未到達エリアのどこかにあるのだろう。
「あと半日は掛かりそうだな」
よし。今日はここで切り上げよう。
僕たちはそばにある専用ゲートを利用することにした。
魔法陣に片足を突っ込んで、起動する術式を確認する。
怪しい様子はない。
広場に出た。
既に人影はなく、閑散としていた。
「冷たい」
そよぐ風が肌寒く感じられた。
オリエッタはリュックのなかに逃げ込んだ。
ヘモジは僕の肩の上に載り、頬をすり寄せ、照り返しの残滓を肌吸収し始めた。
景色はすっかり暗くなっていて、唯一展望台広場だけが煌々と輝いていた。
僕は身体強化を施して、急ぎ足で帰路に就いた。
子供たちは食事を済ませて、神樹の下で騒いでいた。
「あ、お帰りー」
「お帰りなさーい」
「ただいまー」
「ナーナ」
僕たちは浄化を済ませ、よっこらせと納戸に装備を下ろした。
納戸の詰め替え用の薬瓶が半分に減っていたので、新品と取り替えるために回収しておいた。
食堂には夫人とイザベルとモナさんが残っていた。
台所で洗い物をしながら、世間話に花を咲かせていた。
「遅かったわね」
「ちょっとね」
夫人には昼時に既に告知済みである。
「お帰りなさい」
「ただいま戻りました」
いつも温かい料理をありがとう。
デミグラスのシチューとパンの詰まったバケットがテーブルに置かれた。
ヘモジには具のないシチューに、野菜スティック。
オリエッタにはシチューに専用ミートボール。
そこに大きめにカットされたふかし芋。載せられたバターの塊がうまそうにとろけていた。




