クーの迷宮(地下48階 ソウル戦)お土産忘れずに
倉庫に護符は残っていなかった。
「残念」
「ガラクタの山だ」
一緒に付いてきた男子はその煩雑さに唖然呆然。
昨日の分も残ってるしな。
「ええと。ソウルの本体が宿っていたパーツには印があるからそれは弾いとけ」
「付与がない奴も?」
「それは混ぜていい」
「りょうかーい」
「ミスリルが結構あるねぇ」
「船やガーディアンの建造にはいくらあっても足りないから、あって困ることないよ」
「陳列棚がいっぱいだよー」
「売り物になりそうな物はそっちの壁にパーツごとに並べとけばいいよ」
「そうだね」
「お腹空いた……」
ミケーレが腹を抱えた。
「さっき食ったばかりだろう」
「でも空いたんだもん」
「ここには何もないぞ。帰るまで我慢しろよ」
「最近、お菓子のストックがなくなってきてる気がする」
ニコロが言った。
「女共が食ってるんだろ。食ったら買い足しとけっての」
ヴィートが鎧を粘土のように溶かしながら鉄の塊に変えていく。
「何、自分がキープしてたお菓子、食われた?」
「普通、人が隠してる物まで食うか?」
「あいつらなら食うよ。遠慮ないから」
「むしろ面白がって食べると思うよ」
「女に隠し事ができると考えている、お前が悪い」
ジョバンニが言った。
おいおい。子供の台詞かよ。
「あ、それ、隣のクラスの担任が言ってた」
子供相手に何話してんだ。
「そう言えば、へそくり取られたって言ってたな」
トーニオが笑った。
「カズ先生?」
「そそ。カズート先生」
「新婚の?」
「新婚の」
「奥さん、おじさんの店の店員じゃなかった?」
「そだよ」
「たまに余ったお菓子くれる優しい人だよ」
「ふーん。あの人がねぇ……」
「ほら、チビども手を動かせ」
まったくお前たちは……
「何、貰ったの?」
「パンの耳、揚げた奴」
「砂糖まぶしてある、あれ!」
「あれ、おいしいよね」
「切れ端なのになんであんなにおいしいんだろう」
「思い出したら食べたくなってきた」
「砂糖のダイレクトな甘さ! ジャンク故の」
「ジョバンニ、ミスリル、よれてない?」
インゴットの型に収めるべく成形していたものが、ぐにゃりと潰れた。
「わわわっ」
「ミスリル成形するときは余計なこと考えんなよ!」
塊があっという間に小さくなってしまった。
「久しぶりに見た。半分蒸発するの」
ヴィートの言葉に子供たちはゲラゲラ笑った。
失っても動じない。
ちゃんと育ってる…… か?
子供たちは頑張った。
何がそうさせたのか、あれだけあった装備品の山が綺麗さっぱり整頓されてしまった。
「…… 全部売れるの?」
売れそうな物を分別した結果、それだけで壁一面を埋め尽くした。
「鉄も凄いことになってる」
何杯分だ?
キュルキュルキュル。
商会から真新しい台車を頂いた。
魔法や魔道具があるとはいえ、重量物を運ぶのは難儀なもので、この度、商業ギルドが企画し、採用した専用台車を『ビアンコ商会』も使うことにしたとのこと。
要するに、これも商品。うちの倉庫は商品の実演展示場というわけだ。
構造は金属フレームの箱に格子状の薄い鉄板を貼り合わせ、底に幾つものコロを付けたものである。コロは丸い鉄球で、ガーディアンの駆動部にも採用されている摩擦軽減のための術式が施されている。
見た目以上の高級品。
「早速、役に立ったな」
この場の惨状を噂で聞き付けた商会が丁稚たちに普段の状況を確認、その苦労を知ったようで、丁度よいと即行でテコ入れが行なわれたのであった。
「オリヴィアも見てたんだがな……」
馬車に積み込むときもこれまた新品の魔道具のジャッキで箱ごと積み込めるようになった。
「リース代、払った方がいいかな?」
「お得意様へのサービスでしょ」
「王女様のくせに渋いな」
「御し易いと思われたら終わりよ」
「仲間だろうに」
「仲間だからよ」
「……」
貰った台車にすべては積めず、従来の箱と合わせて五箱になった。ミスリルも二箱。一財産である。
「お金稼いだ気になれないのはなんでだろう?」
「現金化できないからじゃない?」
ニコロとミケーレが曰った。
実際問題、貨幣問題は解決されず、年を越すまで懐に現金が入ってくることはない。未だこの町にいる者たちには迷宮で直に手に入る硬貨の方が直接的で、有り難かったのである。
そういう意味でも硬貨が割合多く出る宝箱は開けて欲しいんだけどな。
「なんか、いい匂い」
飲兵衛たちが展望台広場で屋台を囲んで騒いでいる。
「焼き鳥でも食ってくか」
「いいの!」
「みんな頑張ったからな。内緒だぞ」
「やった!」
上り坂をちょっと横に逸れて、立派なメインストリートと合流する。一番手前の出店に顔を出して鳥の串焼きを人数分頼んだ。
「毎度あり」
焼けるまで時間は掛かったが、待った甲斐はあった。
「うま」
「うま」
「おいしい」
「柔らかい」
「肉汁が……」
「さすが炭火焼き」
否、魔石コンロです。
「大人はずるいよね。毎日こんなおいしい物食べてさ」
「あのなぁ」
「もぎゅ、もぎゅ」
「わかってるって。家の食事だって最高だよ。でもそれはそれ。これはこれ。こういう所で食べるのは違うんだよ」
その歳でおっさんの嗜好の域に辿り着くか。
「家に着く前に匂い消しとけよ。絶対ばれるからな」
「わかってる」
なめてる奴は世間の親父たちと同じ轍を踏むがいい。
「風邪引く前に帰るぞ」
「はーい」
「ちょっと、ハーしてみ」
ヴィートがニコレッタに捕まった。
カクカクブルブル……
お前は大蛇に睨まれた角兎かよ。
「お休みー」
僕は急いで自室に退散した。
「だから言ったのに……」
翌朝、夫人からやんわりとお小言を頂いた。
僕は「倉庫整理をいつも以上に頑張ってくれたので」と言い訳をした。
子供たちはまるで懲りていないようで「また行こうね」と、誘ってきた。
朝食は朝食で、うまそうに食って、出掛ける子供たち。
「あいつら胃袋幾つ持ってんだ」
「子供たちは食べて寝てを繰り返して大きくなるんです」
「そ、そうね……」
「次からはお土産を包んで頂けると、残された家人も不満なく済むと思います」と、囁かれた。
笑顔が怖いよ、アルベルティーナさん。
「たまには自分以外の人が作った酒の肴で飲んでみたいものです」
「まったくだ」
大伯母がしれっと同意する。
あんたはそもそも作ってないだろう!
「お、俺も行ってくるか……」
ソルダーノさんが立ち上がった。額に一筋の汗が……
僕にじゃなく、旦那に土産を催促していたのかぁああ……
ご、ごめんね。ソルダーノさん。
「ナナーナ」
「毎日飽きないから不思議」
ヘモジとオリエッタが楽しそう。
他人事かよ。
本日も、前回の続きから。
今日こそ例の神殿のような場所に到達する予定である。
「ソウルいる!」
「ちょっと、一拍おかせてよ」
入場してすぐ前回切り上げた場所に転移したら、いきなり探知されてしまった。事前のチェックが甘かった模様。
駆けてくる一体。
「ナーナ」
ミョルニルをシャキーン。
敵はヘモジの頭上を飛び越えた。
「ナナ!」
「げ、アサシン!」
壁を三角跳びで蹴り上げ、一気に懐に入られた。
「ごめん、そこまで甘くない」
結界で進行を阻み、御用。
ヘモジに潰された。
「ふう……」
いきなり臨戦態勢に持っていくのはつらい。
今朝、あんなことがなければ、入場するまでに気持ちを高められたのだが。気が散ってしまって……
「また来た!」
ブワンッ!
何かが横を通過した。
「ナナ?」
「槍」
投げて寄越したそれの矛先が結界に弾かれ、脇の床に突き刺さった。
手ぶらで駆けてくる間抜けな一体。
『衝撃波』で吹き飛ばして勝負あり。と思ったら再起動して、手刀でヘモジに斬り掛かった。
「槍が本体か!」
僕は振り返り、魔法を叩き込んだ。
「危ねー」
「ナーナ」
「『全然』だって」
槍は粉々、商品価値はなくなってしまった。
一気にスイッチが入った。もはや油断はない。
「ナーナ」
ヘモジが部屋の隅に宝箱を見付けた。
近付く、ヘモジ。
「!」
突然、飛び退いた!
ミミックだった。
「…… 朝一番でミミックはやめて欲しい」
「ナァ……」
全員、鼓動が早まった胸を撫で下ろした。




