クーの迷宮(地下48階 ソウル戦)子供たちは今日もがんばる
翌朝、ヘモジが僕に張り付いて離れない。
あのなぁ。嫌いで誘わなかったんじゃないからな。お前いつも忙しかったろう。
「ナーナ」
英雄の癖に振れ幅でかいぞ。もっとどっしりかまえてろ。ほんと手乗り文鳥レベルに軽いんだから。
「ほら、お前がしっかりしてないと、みんな不安がるぞ」
「ナーナ」
『闇の信徒』以外とは戦いたくないそうだ。
「しょうがない奴だな」
「ほんと、甘えん坊だよね」
「そこが可愛いのよ、ねー」
「ナナナ!」
女性陣に弄ばれるヘモジ。
この状況から脱するには平常に戻るしかない。故に何も言わず、そっと先頭に立つヘモジなのであった。
「ちょろいな」
「チョロい」
「チョロ過ぎる」
「照れ屋なのよねー」
「ナナナナーナ!」
カチン。
「あ」
早速、一個目の罠を発動するヘモジなのであった。
「前進、前進。また前進」
杖を構え、ひたすら前進する子供たち。敵を結界の外縁にさえ到達させないシステマチックな動き。魔力を消耗した者は後方に下がり『万能薬』を舐める。
「敵、発見」
「盾持ち」
「引き込む!」
ドーン。
「瞬殺」
「決まった」
「慣れたもんだ」
「休み時間に練習した」
「休めよ」
大爆笑。
さすがに二日目となると環境にも慣れてくる。
怖いのは敵よりむしろ罠だということも自覚する。
「罠、固定が多いね」
「ランダムもゼロじゃないんだから気を抜かないで」
矢が飛んできた。
「どこから?」
オリエッタはもう見付けている。
「壁越しだよ」
梁にいると先入観で一瞬、上を見てしまうところを、ニコロが修正。ほんとに目がいい。
トーニオが突風で攻撃を巻き上げ、時間を作る。
その一瞬で間合いを詰めて、ドン。
「やべっ、いっぱい来た!」
「沼、沼」
足元を緩くしながら後退。
「見えた」
角から出てきたソウルが剣をシャキンと引き抜くと駆けてきた。
「曲刀だ」
魔力が充填されてる。何かやる気だ。
「氷!」
振った刀剣から氷柱が飛んできた。
が、子供たちは結界で容易くそれを弾いた。
まだ切っ先と、空いた片手に魔力が宿っている。
敵は結界があることをわかっていて二撃目を撃ち込んできた。
当然のように弾かれ、そいつは一旦飛び退いた。が、飛び退いた先には弾き落とされた氷の塊。彼はそいつを爪先で弾いた。
氷塊で結界を破壊する気か。いくら何でも、舐められてる。子供たちの結界は柔ではない。氷の欠片が当たったぐらいでは。
だが。
「!」
剥がされた!
そして本命の三撃目を振るうべく突進してきた。
空いた手に蓄えられていた魔力がいつの間にか消えていた。
「氷を暗器にしたのか…… やるな」
でも手詰まりだ。一枚剥がした程度で子供たちの多重結界は突破できない。
「!」
斬られた!
「あの曲刀!」
切っ先に残っていた魔力は――
ヘモジが身構えた。
が、子供たちの対応は早かった。
敵は膝を突いて崩れた。
「何が起きたの?」
「氷に何か仕込んでたよ」
「二枚目は――」
子供たちは落ちている曲刀を覗き込んだ。
「多くない?」
多いな。
魔法使いとしては由々しき事態。市場にあまり流れて欲しくない物だ。
「『暗殺者のシャムシール』 やっぱり『結界砕き(制限解除)』が付いてる……」
「でもこっちもドラゴン倒し易くなるかもね」
称号持ちにはいらぬ世話であるが、対策は急務だ。
実証実験した限りでは子供たちの魔力量をもってしても結界を五枚同時に切り裂くことはできなかった。魔力量の乏しい異業種がこれを持ったとしてもせいぜい一枚が二枚になる程度だろうが。このドロップ率では誰もが結界持ち対策に所有する時代が来るかもしれない。そうなったとき狙われ易い後衛職はより強力な対策を講じなければ、いい的になるだけだ。
爺ちゃん曰く、結界の強度は思いの強さに比例すると言うが…… 究極スキルの持ち主に言われてもね。
「『結界砕き』の対策には物理的な壁が有効なんだよね」
「そのために盾を持っている魔法使いもいるからな」
そういう魔法使いはそもそも並行処理が苦手で結界が張れないか、『シールドバッシュ』で殴りたい変わり者だけだ。
「……」
子供たちにも持たせるか?
「扉、開かないよ」
「回転床だ」
「気を付けろ、みんな」
他の扉を順番に開けていく姿も手慣れたもの。
そして自分たちが来た方角を確認する。
地図を見れば進むべき方角はわかるが、内側にいるとそれがどの扉かがわからない。毎回、床の回転する角度は違うのだ。扉は入りと出で、突き当たりでなければ、最低でも二つある。が、入った扉と違う扉から出て、元来た道をしばらく気付かず彷徨うケースもあるし、入ってきた扉が正解出口になっていたことも実際あった。
「あったよ」
子供たちは扉を通過する際、小石を落とすことにしていた。人工物だと一目でわかるように加工しているので見紛うことはない。
「じゃあ、こっちの扉ね」
「ナナーナ」
ヘモジが扉を開けて忍び足。
光が漏れている段階で襲ってこないのだから、近くにはいないということだ。
「敵、いない」
「罠は……」
「あれ。宝箱」
「ナ」
「罠!」
宝箱に向かおうとしたヘモジの足元にワイヤーが。
「ナナ!」
海老反りになってこらえる。
フィオリーナが光源を動かすとワイヤーの行き着く先にでかい斧がぶら下がっていた。
「……」
「怖ッ」
プチン。
ヘモジがワイヤーを踏んだ。
ブワッと風を切りながら落ちてきた斧が結界に弾かれた。
「こんなもんか」
一番外側にあったのはジョバンニの結界だったようだ。
「ナーナ」
設置されていた斧頭の高さは僕が手を伸ばして届く程度。
「脅しか」
殺す気ならもっと大きなヘッドで、届かない高さから落としてくるはず。
となると。
バン! 木材を破壊する音。
ヘモジが宝箱を容赦なく叩きつぶした。
「ミミックか」
ミミックから指輪が出た。
宝石も嵌まっていない銀製の素っ気ないリング。
「『解放の指輪』 二つの鍵が禁断の扉を開く』だって」
「!」
「なんか凄いのが出た!」
「神殿の入口の鍵かも?」
「もう一個、入ってるよ」
金銀財宝を掻き分けると、底の方にこれまた材質以外、質素な金の短剣が隠れていた。
「『解放の短剣 二つの鍵が禁断の扉を開く』だって……」
「……」
「ナ??」
「なんで同じところに入ってるの!」
「ランダムなんだろう。こういうこともあるよ」
「楽しみ減った」
「楽になってよかったじゃないの。いい方に考えましょう」
「普通に喜べよ。おかしいだろう」
「ほら、次、行くぞ」
次の部屋には敵がゾロゾロいた。
明かりが扉に近付いただけで、扉をバンバン叩き始めた。
「開かないみたいね」
「一方通行の扉だな」
「地図、見せてー」
バンバン扉を叩く横でマップの確認。万が一のための逃走経路を確認する。
「ナーナ」
ヘモジが扉を開けるために接近する。
子供たちは臨戦態勢。
今、ヘモジと扉のわずかな間に結界が密集している。もう誰の結界が何層目かなんてわかりゃしない。パイが焼ける薄さである。
バンッと扉が弾けた。飛び退くヘモジ。
が、ソウルが扉に嵌まった。
子供たちがにやり。
魔法の弾幕攻撃がソウルを次々駆逐していくのであった。
「通れない……」
「ナ、ナーナ」
みんなでヘモジのお尻を、扉に挟まった装備品の山の隙間に押し込む。
「向こう側の装備品を避けないとぉ」
「取り除けない」
「こんなことで攻略できなくなったら笑うわ」
「笑ってないで手伝いなさいよ」
「狭い扉に全員は無理だって」
「がんばれー」
「行ったッ!」
ヘモジがポンと隙間を抜け、隣の部屋に降り立った。
「ナーナーナー」
ガツン、ガツンと装備品の山をミョルニルで剥がしている音がする。
「ちょっと、売り物、傷付けないでよ」
「ナナーナ」
「『加減してる』って」
「よーし。みんな押すぞー」
がっちり食い込んだ装備品が動いた。
長かった闘争の果てに、ボコボコになった装備品の山が転がっていた。
「ナナーナ」
「そりゃ、確かに選んで破壊したようだけども…… だ」
「じゃあ、転送するぞ」
「あッ!」
僕たち一同、呆然と立ち尽くした。
「転送すれば、よかったじゃん!」
子供たちは気付かなかったことを嘆いた。
「世の中、こんなもんだ」
単純なことには存外、気が回らないものだ。
「師匠ーっ!」
その後は順調に進んだ。精神的に疲弊したせいで無駄な動きが更になくなった。
そんな状況が面白かったかは別の話であるが、それもおやつの時間までのこと。
「食ったらリフレッシュ!」
「おー、やってやるぜ!」
「うるさい」
お決まりのパターン。
だが、放たれる魔法の威力は何割か増した。
「あっち!」
「こっち!」
「梁の上!」
「罠!」
ヴワッ。落下してきた丸太を避けたところに、尖った杭の出た格子がバチンと飛び出してきた。
二重トラップ!
ヘモジが華麗なステップで回避する。
が、石畳みの隙間に足を引っ掛けて、のけ反った。
「……」
「決めポーズしても駄目だから」
ごまかせないヘモジであった。
お昼までに予定通りの行程を消化して、僕たちは外に出た。
「昼飯、昼飯」
「今日は、なーにかな」
「ピラフとブイヤベース。おまけに骨付き肉。ちなみに肉の大きさは――」
事前に情報を手に入れていたニコレッタが大きさをジェスチャーで示した。
「それもうおまけじゃないだろう」
「そうとも言う」
「聞いたら余計お腹空いちゃった」
意気揚々と坂を上っていく子供たちなのであった。




