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クーの迷宮(地下48階 ソウル戦)ヘモジのいぬ間に

 後頭部を肉球で連打された。

「なんでヘモジのいない時に来るかな……」

「むしろいなくてよかったかも」

 言いますな、オリエッタさん。

「本気出す」

 お互い気合いを入れ直す。

 敵は……

「『ブラッディーソウル』だって……」

 全身見るからに今までのソウル装備と違う。

「そう言えば、捜索隊出てるって言ってたけど、まさかこんな深層だったとは。それも二日続けて」

『闇の信徒』の活動範囲は出現フロアの上下一フロア分である。当然、僕たちが先頭を行ってるのだから、四十七層で事件は起きたということになる。

「素人じゃあるまいに」

「『モナルカ』相手に驚いたかな?」

 あれですら、常識はずれのレベル七十五だった。

「かもね」

「おかげでこっちはボロ儲けだな」

 敵は前触れもなしに突如として僕たちの眼前に現われた。

 ヘモジの人外の動きに目が慣れていたせいもあって、簡単に捉えることができた。

「ブラッディーなのに黒いね」

 布の切れ端と化した信徒のローブの隙間から黒い全身甲冑が見え隠れする。

「時間が経ち過ぎて酸化でもしたんだろう」

 振り下ろされた剣がこちらの多重結界を易々と切り裂いた。

「『結界砕き』か。『結界貫通』に類するものか」

 後者ならその剣、貰い受けたい。

 ヘモジを見習って、聖結界を展開させた。

 敵は大いにひるんだ。

 そこに『浄化の光』を加えて、さらに弱体化。

「本体は胴体!」

 とどめは身内にも見せたことはない、聖女様直伝『聖槍(ホーリーランス)』。

「装備品を無傷でよこせや!」

「レベル八十に無茶言わない」

 可もなく不可もなく。優位属性であることも考慮しつつ程よく調整。我ながら完璧。

 バァアアンと強烈な破裂音と共に『ブラッディーソウル』はただの装備セットになった。

 一瞬の間だったが、今日一番動き回った気がする。

「よく落ちなかったな、オリエッタ」

「リオネッロの扱いは完璧」

「人を暴れ馬みたいに言うな」

 ちなみに破壊された結界は二十枚ほど。

 いやー、ヘモジがいないおかげで、魔力に余力があってよかった。

「さあ、出番です。オリエッタ先生」

「まかせなさーい」

 とんでも付与付き装備セットの予感。

「付与ない」

「え?」

「それって、あの動きが敵の自力だったってことか?」

「でも素材はアダマンタイト」

「はぁあ?」

「黒いのは染めてるんじゃなくて、地の色なのか!」

「あ、剣だけ付与、付いてる! 『結界砕き(制限解除)』だって」

「…… なんか、怖っ!」

 試しに軽めのガントレットを付けてみた。

「あ、駄目だ、こりゃ」

 すぐにわかった。これは人間の着る物ではない。

 素材にしろと、あっさりと天から啓示が下りてきた。

「力自慢のドワーフだって、これは無理だ」

 どう考えたって装甲が厚過ぎる。

 これを全身に、なんて…… 多分一歩も歩けない。

 剣も重かった。付与スキルは魅力的だが、先日手に入れた剣が僕にはギリギリである。身体強化を全開にしてもこれは如何ともし難い。

「これ全部『ブラッディーソウル』の足枷だったんじゃないか?」

 そう言わざるを得ない性能だった。

「素材にするにしてもアダマンタイトはドワーフじゃなきゃ、まともに加工できないしな。買い手が付くまで倉庫の埃だな」

「せっかく『闇の信徒』を倒したのに報われないね」

 爺ちゃんたちは『闇の信徒』で大儲けしたって話だけど。

「帰りにギルドに寄って、報告するか?」

「今すぐの方がいいと思う。討伐隊動いてるはずだから」

「しょうがない。ローブも一応、回収しておくか」



 知らない所で高レベルの冒険者がレイドを組んで討伐任務に当たっていた。

 僕はすごーく感謝されたが、証拠品の確認をさせて欲しいということになって、担当スタッフを一人、当家の物流倉庫に案内することになった。


 男性スタッフは正面ガレージを入って、商品棚の奥にある『この先危険』の警戒ラインの手前で立ち止まった。

 裏方に入れるのは家人だけなのでセキュリティーを緩めなければならず、解除には少々手間が掛かるので、僕がラインの手前まで物を運んでくることにした。 

「すいません。回収してきたばかりで、まだ整頓してなくて」

 とぐろ状とはもはや言えないほど隙間なく床に装備品が転がっている。とぐろの縁は壁まで達していた。

 子供たちが見たら大騒ぎすることだろう。

 僕は大雪を掻き分けるマタギのように装備品の山に分け入った。

 一番遠い隅に転送したそれが転がっていた。後半周してくれていれば楽だったのに。

「これが一日の成果ですか?」

「いや、まだ途中で。いつもは日暮れまで」

「そ、そうですよね。はー」

 思いっきり溜め息をつかれた。

「ええとですね。ほとんどの装備は溶かしちゃうんですよ。付与効果とかないし」

「そ、そうですよね。いつも鉱石の納入ありがとうございます」

「……」

 か、会話が……

「足の置き場がない」

 そう言いつつオリエッタが回収品を踏み付け、乗り越えていくのであった。


 オリエッタに見守られながら、一番近場にあった兜を手に取った。

 それをスタッフに「重いですよ」と、念を入れて手渡した。

 にもかかわらず、想像を絶する重さにスタッフは兜を落とし掛けた。

「な、なんですか、これ! イタタタタッ。こ、腰やった」

 ギルド職員は例外なく、最低でもB級ライセンスを保持する元冒険者だが、一般のスタッフがアダマンタイトに触れる機会はまずない。

「アダマンタイトです」

「ア……」

 もはや査定不可能、国宝級のガラクタ装備であることが認知された。

「全部こんな感じですか?」

「全装備、重いです」

 彼の複雑な表情が存在のどうしようもなさを表わしていた。兜一つなら運べるだろうが、一式となるともう……

「ローブは回収されましたか?」

「ボロボロですけどいります?」

「証拠に頂いていっても。後で返却――」

「処分していいですよ」

「では、そのように」

「も、戻りましょうかね」

「これ…… どうします?」

「うちでは買い取れそうにないので、後で書類だけ提出してください」

 鎧コレクターが買ってくれたらラッキーかもしれないが…… この重さを運搬するだけでも一苦労だろう。溶かすしかないが…… 同族の秘術をこんな場所で公開するドワーフはいない。そもそも専用の炉がない。

 自分のスキルでやらなければならないのか……

 子供たちにミスリルを加工することを強要した罰か。アダマンタイト…… カンストした『鉱物精製』スキルでも精製は不可能。『魔法物質精製』のレベルを上げていけば、あるいは『鉱物精製』の上位スキルが手に入るかもしれない。が、『スキル大全』にも載っていないことを期待してもな。

「お手数お掛けしました」

 スタッフは帰っていった。討伐隊を戻す算段をしなければならなかったから駆け足だ。

「どうしよう?」

 事の成り行きをじっと見ていたオリエッタに話し掛けた。

「倉庫整理が先だね」

「…… ええと、そういう意味ではなくて……」


 ヘモジもいないことだし今日はもう打ち切りにした。

 大量に出た素材を箱詰めして、売り物は部位ごとに陳列棚に並べてオリエッタに言われるまま値付けする。それでもういい時間だ。



 家に帰ると、ヘモジがピューイとキュルルと一緒にプールで砂遊びをしていた。

「水、どこ行った?」

「ナーナ」

「……」

 水の注ぎ口が大破していた。

 ピューイがキュルルの影にそーっと隠れる。

 お前か。

「ナナーナ」

 ヘモジが適当に栓をしたようだが、漏水はすべて地面に吸い込まれていた。

 反省しているようなので、ピューイの額をポンポン叩いて、お仕置き終わり。魔法で配管を再生させている間に、池の砂を掻き出させた。加減がわからなくなるほど成長してるんだ。一度、思いのまま全力を出させてやれたらいいのだが。

「ようし、水入れるぞ」

「ナーナ」

「キュルル」

「……」

「もう怒ってないよ」

「ピュイ」

「だ、抱き付くな!」

 砂だらけ……

「入るな」

 今から濡れられても困る。

「もうみんなも帰ってくるから部屋に入れ」

「ナーナ」

「キュルル」

「ピューイ」

 浄化魔法を施し、ベランダから部屋に入っていった。

「ただいまー」

 子供たちも帰ってきた。

「ミケーレ、フィオリーナ、ちょっと」

「何?」

 僕はピューイとキュルルのことを話して聞かせた。

「再召喚してみる?」

「そうね。ちゃんと確認しましょう」

 召喚カードを確認する。


『陸王竜 レベル十一』


「…… 成長してる!」

「あんたたち、何と戦ってるの?」

「ナナーナ」

「魚?」

 ヘモジの話では道端でひなたぼっこしていると、面白がってたまに生魚を生きたまま与えてくれる釣り人がいるらしい。それをおいしく頂いていただけなのだが、結果、絞めていたことになるのでレベルが上がったようだ。

「どれだけ食べたらここまで成長するのよ」

「力加減がわからなくなってるみたいだから、事故を起こす前に慣れさせてやった方がいいぞ」

「じゃあ、一緒にお風呂入ろうか」

「ピューイ!」

 ミケーレがのし掛かられて倒れた。

「重くなったのはわかったよ」

 召喚獣が遠慮しなくなるということは、その分、術者が成長してきているという証拠でもある。

「はいはい、食事の用意するから、お風呂に入るならさっさと入ってきちゃいなさい」

 子供たちは蜘蛛の子を散らすように散っていった。

 僕は自室で着替えると、先日作った薬を小分けする作業を始めた。


「ナナナーナ!」

 ヘモジが大声で喚きながら食堂のテーブルをバンバン叩いていた。

「なんだ?」

「リオネッロの結界三十枚は壊されてた」

 ああ?

「ナナナナナッ!」

 バンバンバンバン!

「なんで呼ばなかった」と、激高、オリエッタに当たり散らした。

 お前、からかうなよ。高レベルの『闇の信徒』とやり合ったなんて知ったらヘモジが騒ぐに決まっているだろうに。

「こら、ヘモジ!」

 ラーラに米噛みをグリグリされながら、吊り上げられた。

「ナ、ナーナ!」

 あっさり降参するヘモジ。

「ナナナーナ!」

「オリエッタもからかうんじゃないの。あんた最近、性悪よ」

 子供なんだよ。仲がいいほどなんとやらって言うだろう?

「ナナーナ!」

「『闇の信徒』をもう一回召還しろって? 馬鹿言うんじゃないわよ」

「これに懲りたら寝込むほど食べ過ぎないことだね」

 子供たちが出てきた。

 ピューイとキュルルも茹だっていた。

 ヘモジのうじうじは収まらない。

 呼んでやったらよかったのかね……

「まあ、こういう日もあるさ」

 僕はほとぼりが通り過ぎるまで、もう少し自室に籠っていることにした。



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