クーの迷宮(地下48階 ソウル戦)やばいよね
翌朝、いつものように朝食を済ませて、いつものように出立する。
「いい天気だね」
「迷宮に潜るのが勿体ないよな」
これから行く場所は特にそう思える。
「雨、降って欲しい」
「降らない方にケーキ百個」
「賭けになんないって」
「魔法使いにも使える物、落とせばいいのにね」
「もう一度確認するぞ。今日行くフロアは罠が多い。何があってもヘモジより前に出るなよ」
「結界から出るなでしょ。わかってるって」
「あ、そうだ。足元だけでなく、頭上にも注意しろよ」
「アサシンとかいるんだよね」
「丸太の振り子も降ってくるからな」
「え?」
「丸太?」
「資料に書かなかったか?」
「書いてなーい」
「ランタンだ」
「思ったより明るいね」
「影のある場所は気を付けろよ」
「罠と敵が待っている、でしょ」
「そうだ。仕掛け扉とかもあるから絶対チョロチョロするなよ。はぐれたらその場に待機、敵が来たら脱出するんだ。絶対、ひとりで動くなよ。一方通行の扉とかヤバいんだから。そうだ、携帯ライト持ってきてるよな」
「師匠。今日、四回目だよ」
「…… 準備しろ。明かりを灯したら敵が来るからな」
基本、余り動かないで戦闘する。罠のあるエリアでは移動は謙虚に行なうべきなのだ。
普段、蜘蛛の子のように散らばる子供たちも通路が狭いせいもあって、今日は肩触れ合う位置に密集している。
いや、そこまでしなくても、結界を補完しあえる距離にいてくれれば……
「いたよ」
ニコロとミケーレが敵を発見した。
「あれが一番最初に来るね」
「どこだ?」
「通路の先、左側」
「見えねー」
「呼べば来るって」
「ねー、ねー。お姉ちゃん光魔法教わったんだよね?」
「はあ? マジかよ」
「不味くねーの?」
「だからお姉ちゃんだけなんだよ」
「明かりを灯す魔法だけだから」
フィオリーナだけが大伯母から伝授されたらしい。当人の言う通り、回復魔法ではなく、照明としての光魔法だけらしいのだが。
「なんでお姉ちゃんだけ?」
「結界と同時に操る並行処理能力が必要だからよ。フィオリーナは普段からキュルルも召喚してるから、わたしたちより成長してるのよ。あんたも一人前になったら教えて貰えるわよ」
「回復魔法も?」
「それは……」
ニコレッタが僕に助けを求めた。
近年、教会との垣根も大分低くなって来てはいる。だけど、光魔法の領分というものは神聖不可分、教会の優位性と利益に直結している問題であり、過去、聖女様による光魔法の術式革命が外部の力、端的に言うと、うちの爺ちゃんなんだが、その後でさえ鉄壁のガードを誇っているわけだ。故に教会関係者以外の者が使用すると大変不味いことになることは皆が知っての通りなのだ。
だから怪訝な顔をしてるんだよな。
「魔石に刻んだり、魔石を創造したりしなければ、迷宮で照明に使う程度なら見逃してくれるよ。まあ、その分のお布施は覚悟しないといけないけどな」
「教会関係者の前で使うなって話だろう」
「そういうことだ。回復系はポーションで我慢しておいてくれ。とんでもない呪いにでも掛けられたら別だがな。まあ、ああ見えて大伯母も元教育者だ。お前たちの成長はしっかり見ていてくれている。時期が来れば教えて貰えるだろうさ」
「じゃあ、今日はお姉ちゃんが照明担当?」
「複数あって困ることはないからな」
「ピューイの飼い主は教えて貰わなかったのか?」
「一度に何でもかんでもは無理。もっと余裕ができてからでないと」
「男は一度に複数のことをこなすの苦手だって言うものね」
「案外、マリーの方が覚えるの早いかもよ」
「だべってないで、罠の位置確認したか? 始めるぞ」
僕とフィオリーナが天井に光源を浮かべた。
元々のランタンの光源と相俟って、影という影は鳴りを潜めた。
「来た!」
予告通りの一体がまずやって来た。
子供たちは杖を構え、早々に多重結界を構築した。そして接触するギリギリまで堪えた後、一発目の『衝撃波』を叩き込んだ。
鎧人形がぐらついた。が、踏みとどまった。
「加減し過ぎた!」
ジョバンニが声を上げた。が、次の瞬間、鎧人形は音を立てて床に転がった。
「次、来るよ」
ジョバンニはこっそり顔を赤らめる。
「弓だ!」
結界が一枚持っていかれた。転がる矢。
二撃目が飛んでくる。
近付いてくる気はないようだった。
「ナーナ!」
物陰に全員移動して、弓兵が近付いてくるのを待つ。
「ナ……」
ヘモジがそーっと顔を出して覗き込む。
ヘモジの頭が弾けた!
と思ったのは錯覚で、ヘモジは敵の撃ってきた矢をすんでの所で回避していた。
唖然、呆然、言葉を失う子供たち。
「雑魚じゃなかったの?」
「ソウルの多くは戦い慣れたベテランクラスだ。なかには装備付与で思いっきり底上げされた奴もいるからな」
「やることは決まってる」
「そうそう」
「このまま待ってれば」
「違う敵と入れ替わった!」
弓兵とは別の一体が、割り込んできた。
たまたまなのか? 昨日は皆無だった連携が取れていた。
接近してきた鎧兵が物陰から見えた。その瞬間、床に沈み込んだ。
子供たちが張った罠に嵌まったのだ。
どんなに足の早くとも、ベテランであろうとも回避できないことがある。泥に嵌まったら足を取られるということだ。
動きを止めた敵に『衝撃波』が叩き込まれた。
兜が吹き飛んだ。
「まだ魔力残ってる!」
追撃したが反応変わらず。
「兜だ!」
本体は吹き飛んだ兜部分だった。
胴体が泥の池から出てくる前に仕留めないと。
でもこちらから兜を迎えに行くわけにはいかない。
頭を物陰から出そうものなら弓兵が待ち構えている。
「回収のことは考えるなッ!」
トーニオが声を上げた。
「『氷槍』!」
「『風の矢』!」
兜に商品価値がなくなった。
子供たちは一体目の片が付いたと同時に土壁を拵え、駆け出した。
次の瞬間、敵弓兵は子供たちが拵えた壁の上にいた。三角飛びで一瞬にして絶好のポジションを取っていたのだ。
子供たちは壁を盾に、魔法を撃ち込もうとまだ杖を構えたところだった。
弓兵の持つ弓が一瞬輝いた気がした。
「付与攻撃ッ!」
スキルショットだ。
「結界…… 貫通した」
二枚同時に持っていかれた?
「『結界砕き』だッ!」
子供たちは恐怖…… 否、歓喜した。
「目の色が変わった」
オリエッタが絶句する。
この状況下で歓喜に震えるってどうなんだ。
ニコレッタの『衝撃波』が弓兵の肩をかすめた。
「避けた!」
だが、衝撃は伝わり弓兵は武器を落とした。
そして足を止めた次の瞬間、ヴィートの『衝撃波』が命中した。
敵は弓だけこちらに残して、壁の向こう側に落ちた。
魔力反応の消失を確認。壁を取っ払って、敵装備を確認する。
「大当たりだ!」
オリエッタが喜んだ。が、魔法使いには有り難くない付与だった。
「高く売れそうね……」
『結界砕き』ではなく『結界貫通』効果付きのエルフ弓だった。『結界貫通』…… 聞かないスキルだ。
『結界砕き』と何が違う?
オリエッタが僕の耳元で囁いた。
「これ、魔力次第で結界まとめて破壊できる」
僕は放置されている矢筒から一本矢を引き抜いた。
そして自分で造った多重結界に向かってその弓で矢を放った。
子供たちが見ていないタイミングで射たので結果はばれていないが、少しだけ多めに流し込んだ魔力だけで、結界を二枚瞬時に射貫くという結果を見せた。
「こりゃ…… まずいな」
ソウルは肉弾戦が主体の魔物である。弓兵はそもそも魔力を余り必要としない兵種で魔力もそう多くはない。故に一枚のみの貫通と破壊で済んだのだろうが……
破壊できる結界が一枚のみの『結界砕き』。それが能力次第でとなると…… これってユニークスキルレベルではないか?
「……」
子供たちに伝えるべきか、誤解させたままにするべきか。
でも複数貫通できるとなると…… 身の安全にも関わってくる。
「こりゃ、売り物にはできないな」
「なんで?」
傍らにカテリーナがいた。
疑いのない眼で僕を見上げる。
だ、駄目だ。隠しておけない……
「ちょっと、全員集合」
ばらすことに決めた。
「新しいスキル……」
「ヤバいね」
「ヤバいわ」
「みんなちょっと結界張ってくれる」
フィオリーナの提案で多重結界が組まれた。その数二十枚。
そこに向かって全員が順番に一本ずつ全力で矢を放つことで威力を確かめようというのだ。
「僕もやっていいかな?」
「師匠は別格だから、駄目」
「敵にも別格がいるかも知れないぞ」
「そのときは何やっても無駄でしょ」
「……」
ダンジョンのなかで的当て大会が開催された。
「みんな様になってる」
授業には弓術の授業もある。基本物理専科だといっても魔法の鏃だとか付与とかまるっきり無縁ではないので必ず一単位はある。年少組はまだだったようだが。
魔力じゃなく力任せのものや、的外れなもの、再チャレンジを含めて検証したところ、子供たちの全力をもってしても五枚すら射貫くことはできなかった。
「……」
「これってどうなの?」
全員が僕を見た。
そもそも子供たちの魔力量の判定基準が魔物も含めてどの位置にあるのか。
「既に人族の大人のレベルは超えてるし、エルフのレベルももしかして…… でもドラゴンのレベルと比べるとなぁ……」
「ドラゴンなら弓矢はいらないと思います」
「帰ったら大師匠に聞いてみよう。と言うわけで、これは封印。今日のところは警戒を密にしておこう」
箱を拵えて中に放り込むと封をして転送した。
「さ、探索再開だ」
大分、時間が取られた。何をやっても九人分掛かるのだから止むを得ないが。
「ナナ」
先頭を行くヘモジが止まった。
プチンという音がした。
すると天井に吊り下げられていた尖った丸太がぶらんと襲い掛かってきた。
「!」
子供たちは目を丸くした。が、その目はすぐに半眼になる。
丸太がヘモジの頭上でぶらんぶらん揺れていた。
この手の罠は常識的にいって成人の急所を狙っているものだ。ヘモジはそれをわかっていて、やっているのだ。
「笑いが取れてよかったな」
「お馬鹿」
そういう僕たちも子供たちの笑いに釣られて大いに笑ったのだった。
そしてその声は新たな敵を呼び込んだ。
パチン!
敵が罠に掛かって自爆した。
「……」
「このフロアを設計した人は笑いを取りたかったのかな?」
「それはないと……」
語尾を濁すほどか。真剣に悩む振りをする。
「ほら、来るぞ」
泥沼作戦は実に有効に作用した。それもこれも通路が人種サイズであり狭かったからだ。
が、それが効かぬ奴もいる。
「天井にいる!」
ナイフが飛んできた!
「アサシンだ!」
子供たちの弾幕攻撃。見えない敵を炙り出す。
さすがのアサシンも回避や防御に注力すれば、隠遁も甘くなる。
「いた!」
見付かったら最後、子供たちはもう逃さない。
ただ『衝撃波』一発では仕留めきれなかった。距離が離れていたせいだが、梁から落とせば、紛う方なき
『衝撃波』の射程だ。
が、一撃目を見て、加減を見誤ったようで、ミケーレの二撃目は敵を四散させた。
ガンガンガンガン、迷宮中に響き渡る金属音。
子供たちは一気に青ざめるのであった。




